第111話 生きる為には……
冒険者ギルドからの助っ人であるサブマスターのジュリアーノ・ベリーニはクラン黄金の旅のリーダーである俺と共に騎馬で敵前に向かっている。
やっと出番が来たというのにベリーニはいまいち冴えない顔付きだ。
「ははは……出来れば囮役などではなく戦いたいのだが、今回の依頼のリーダーはホクトさんですしね」
「勝手な事は出来ませんね」とジュリアーノは背中に括りつけた旗印を見て苦笑した。
旗印には今回の仕事の依頼主であるキングスレー商会のマークが入っている。
相手がこちらを襲う前に殲滅しては万が一、惚けられる場合があった。
俺と共にキングスレー商会の旗印を見せて相手の出方を窺がうのである。
「ははは、ベリーニ。頑張れよ」
傍らで笑う俺の顔を見ながら、ベリーニは考え込んでいるようだ。
元々ベリーニは分り易い男である。
彼の顔にはこう書いてあった。
フェスさんは俺の好みだし、クラリスさんといい、新参のオデットさんといい凄い美少女揃いだ。
そしてあの美貌を誇るアールヴの姫君と野生的な顔立ちの美女までが……何故、こいつに!?
そのまま2人で馬を進めていると、やがて前方に騎馬に乗った騎士達と槍や弓を持った従士達が見えた。
……さあ、奴等がどう出てくるかだな。
俺は前方の敵を凝視する。
ベリーニも考え事をやめて、じっと騎馬に乗った相手の騎士達を見詰めていた。
お互いに相手が見えるこの距離であれば、こちらの大きな旗印は当然判別している筈である。
俺やベリーニはわざわざ掲げて良く見えるようにしたくらいだ。
こちらが何者かとは分らなくても相手は一応はこの地を治める貴族である。
敵意が無ければいきなり攻撃して来る筈はあるまい。
しかしベリーニの期待は悪い意味で裏切られたのだ。
騎士達は狼のような雄叫びをあげ、従士達はこちらにいきなり矢を放って来たのである。
俺の予想通り、奴等は問答無用の攻撃を仕掛けて来たのだ。
こうなれば、事前に打ち合せした作戦通りに一旦撤退である。
俺とベリーニは馬の向きを来た方向に戻して鞭を入れて駆け始めた。
俺達を追おうとする騎士の一団。
その瞬間であった。
奴等の背後の空高く1人の女性が腕組みをして立っていたのである。
俺の従士である赤毛の美少女、フェスティラ・アルファンだ。
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「貴方達、この土地の貴族でしょう。何故商隊を襲うのよ?」
フェスはわざと大声で叫ぶ。
これは確かな証拠を掴むのと時間稼ぎの為だ。
いきなり空高く現れた若い女の姿に相手は面食らったようである。
「お、女!? き、貴様、何者だ?」
「ふふふ、何者でも良いでしょう。いつもこんなに悪い事をしているの? バルゲリー騎士爵様?」
名前を聞かれたフェスは自分は名乗らずに逆に相手の名前を言い放った。
それを聞いた騎士団のリーダーらしき男がとても驚いている。
彼がこの地の『領主』であろう。
「な!? 何故、俺の名を!?」
「ふふふ、貴方の醜い欲望に満ちた黒き負の魔力波が出まくりですもの。その様子だと今迄に罪も無い人達を大勢殺しているわね? 覚悟しなさい!」
自分の名と悪事をいきなり暴かれたバルゲリー騎士爵は混乱した。
そしていきなり常識外の行動に出たのである。
「ええい! 皆の者、あのような不埒な女、弓で射落としてしまえ! 殺しても構わんぞ!」
女にやり込められたと、動揺して絶叫するバルゲリー。
バルゲリーの叱咤に応える様に従士達が弓を番えて引き絞ると一斉にひょうと放つ
フェスの居る大空に向けて放たれた矢ではあったが、途中で何か見えない壁に当ったように弾き返された。
フェスは予め自分の周囲に強力な対物理の魔法障壁を巡らせておいたのである。
「な、何!? 馬鹿なっ!」
「そんなへなちょこな矢なんか、届かないわよ」
「う、うわわわわわぁ!」
その時バルゲリー騎士爵隊の後方に居た騎士が悲鳴をあげた。
騎士がそのような情けない悲鳴をあげることなど滅多に無い。
しかし、バルゲリーを始めとして他の騎士や従士達は直ぐにその悲鳴の意味を知った。
彼等の視線の先には眼を赤く血走らせた三つ首の巨大な魔犬が彼等の来た道を塞ぐように立ちはだかっていたのである。
魔犬の大きく裂けたような口からは冥界の炎が溢れんばかりに燃え滾たぎっていた。
それを一目見ただけで、現れたのがこの世の者では無い魔獣だと分る
その姿を何かで知っていたらしい誰かがまたもや悲鳴をあげる。
「ケ、ケ、ケ、ケルベロスだぁっ!!」
「な、何!? ケルベロスだと!? ば、馬鹿なぁ!」
バルゲリー達は慌てて彼等が進もうとしていた方角、すなわちキングスレー商会の商隊が居る方向に走り出そうとした。
しかしその彼等を厳しく糾弾するかの如く、ケルベロスの咆哮が響き渡った。
「ごああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ケルベロスの航空機の爆音のような咆哮が辺りに鳴り響く!
「ごああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
度重なるケルベロスの咆哮に空気がびりびりと振動した。
ケルベロスの咆哮は敵に対する麻痺の効果がある。
オークの時と同様にバルゲリー騎士爵隊は身体の自由を奪われて全員が地に伏していたのであった。
フェスはその様子を上空から眺めていたが、ケルベロスの咆哮により、バルゲリー騎士爵隊が身動き不能となると、すとんとその傍らに降り立つ。
「騎士爵さん……どうします? 騎士の情けというのなら話次第で聞かないでもないですよ」
バルゲリー騎士爵は30代半ばくらいの赤ら顔をした大柄な男であった。
「こ、この女ぁ! 良く見れば20歳前の餓鬼じゃあないか! 今なら未だ許してやらぁ」
顔を真っ赤にして毒づくバルゲリーを見てフェスは呆れたように溜息を吐いた。
「このまま王都の騎士隊に引き渡せば、商隊を襲った罪と今迄の罪が明るみに出て家は断絶で貴方は勿論、奥様もお子様も一族郎党全員が惨く処刑されるでしょう。それでも良いのですか?」
「煩せぇ! どうせ『事』がばれりゃあ、全員処刑だ! こんな僻地で何も無い領地に俺を押し込んだ王が悪いんだ。すべて王国が悪いんだ! 俺達は生きて行く為に仕方なくやった事なんだよ!」
すっかり開き直ってふてぶてしく構えるバルゲリー。
それを見たフェスはがっかりしたようにほうと溜息を吐いた。
「貴方はそれでも騎士ですか? 戦う者としての領民を守る義務を果すどころか、騎士に必要な精神も無い。騎士に必要な忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、そして奉仕のいずれも全く無いではありませんか」
彼等の情けなさを切々と訴えるフェスだが、当のバルゲリーの耳には全く届かないようである。
「そんなものぁ、糞くらえだ! 飯を食って生きて行く為にはな、何の役にも立たないんだ……必要なのは金よ」
またもやバルゲリーが毒舌を吐いた所へ、俺はベリーニを伴ってやって来た。
一旦撤退したが、ケルベロスの咆哮により相手が麻痺させられたので戻ったのである。
フェスは念話の『回線』を俺の魂に繋ぎっぱなしにしていたのでバルゲリーの『暴言』は全て俺の耳に入っている。
その言葉を俺は貴族の子息であるベリーニに道すがら伝えていた。
俺はヴァレンタイン王国の刑法やこのような場合の貴族の処罰に関して明るくない。
『悪・即・斬』でも良いのだが、一応参考意見を聞こうという事である。
これも俺達がキングスレー商会の護衛役を務めている事と無関係ではないのだ。
「ふむ……貴方がバルゲリー騎士爵ですか」
「何でぇ、てめえは?」
「ああ、私はベリーニ伯爵の次男でジュリアーノと言います」
「糞、喰らえ! 大身の息子か! 苦労知らずのボンボンなんて引っ込んでれば良いんだよ」
バルゲリー騎士爵から正面きって暴言を浴びせられたベリーニは僅かに眉を顰め、その端正な顔に少し不快の色を見せたのである。
ベリーニは少し離れた所に俺を呼ぶとそっと囁いた。
「見た所、山賊や野盗紛いの事をやっていたと見ました。彼本人は勿論ですが、今のままで行くと妻や子供、一族郎党に至るまで王都の中央広場で見せしめの為に全員処刑です」
全員処刑?
家族までか?
俺は思わずベリーニに聞き直す。
「妻や子供に罪は無いと思うが……」
俺が呟くとベリーニは悲しそうに首を横に振った。
「当王国では連座制を採用しています。これで謀反や叛乱への抑止力のひとつにしていますからね……」
そんな俺達の会話をバルゲリー騎士爵以下30人は歯軋りしながら聞いている。
「それに彼等には反省の色も無い。このままでは領民の為にもならず、王国の領地は荒れるばかりです」
俺に対して話すベリーニは興奮し、途中から段々と声が大きくなって行く。
領地が荒れると聞き及んだバルゲリーはいきり立った。
「元々、荒地じゃあねぇか! 貧相な雑木林と魔物ばっかりでどう生きて行けと言うのだ!」
「甘えるんじゃあありません!」
バルゲリーの言葉を聞いたベリーニの目付きが鋭く且つ厳しくなった。
「だからと言って罪の無い商人達を襲って積荷を奪い、彼等を奴隷として売り飛ばす事が人として許されるわけがないでしょう」
「…………」
ベリーニから厳しく叱責されたバルゲリーは無言で俯いてしまったのであった。
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