第110話 襲撃
バートランドを出て2日目、俺達が護衛するキングスレー商会の商隊は明日、ヴァレンタイン王国の王都セントヘレナに到着する。
クラリスとオデットが事前に魔物共を掃討しておいたせいで目立った襲撃もなく、商隊は予定通り順調に街道を進んでいたからだ。
俺は先頭の馬車の御者席に乗り辺りを睥睨する。
傍らにはリューディア、そしてクラリスと交代したビッキーが乗り込んでいた。
最初は先頭の馬車にクラリスが乗り込んでいたのであるが、ビッキーが俺と話がしたいというたっての希望で側面を騎馬で守る役目を交代して貰ったのである。
戦力的にもクラリスであれば側面の守りを更に強化出来るので俺も交代を認めたのだ。
馬車の索敵役は俺1人が居ればとりあえずは事足りる。
という理由で御者台には俺を真ん中にして左右にビッキーとリューディアが座る。
そのビッキーがいきなり笑顔で俺に話し掛けて来た。
「ジョー……ありがとう」
「何だ、いきなり礼だなんて?」
唐突に言われた礼の理由を俺が聞くと案の定、やはり思った通りの事だった。
「うふふ、そうそう……姉御の事だよ」
カルメンは今後は俺から離れずに行動を共にするだろう。
そうなれば容易にある事が想像出来た。
「ああ、お前には申し訳ない事になるかもしれんぞ」
「そうだね……どうやらこれでクラン鋼鉄の聖女も完全に解散だ」
「……悪いな」
俺は男の世界と言われる冒険者達の中において、ずっと女だけで頑張って来た彼女達を思い浮かべて少し胸が痛んだ。
「ああ、良いの、良いの。何かさ、不出来な姉をやっと嫁に出した妹のような気分なんだ」
不出来な姉ね……
その表現が面白くて、思わず俺は苦笑してしまう。
「ところで、これからお前はどうするんだ?」
確かビッキーは凄腕のシーフとして成長し、色々なクランから引く手数多だと聞いている。
もし鋼鉄の聖女が解散したとしても、ビッキーの腕ならどこのクランにも歓迎されるだろう。
しかし、彼女は俺をじっと見詰め、悪戯っぽく笑ったのだ。
「あたし? そうだなぁ……実はあたしもそろそろ子供が欲しいって思っていたんだ。姉御に続いてあたしもジョーの『彼女』にして貰おうかな……いろいろな意味でさ」
「おいおい……冗談だろ」
「……冗談? うふふ、結構本気だよ」
それを傍らで聞いていたリューディアが思わずぎゅっと俺の袖を掴んだのは言うまでもなかったのである。
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商隊が王都セントヘレナへの道を少し進んだ時に俺の索敵に反応が出た。
「……来るぞ」
俺の呟きにリューディアとビッキーが同時に反応する。
「「え?」」
「3km先から30名の兵達が進んでくる……騎馬が10騎、徒歩が20人」
俺の言葉にリューディアは身体を硬くした。
遭遇すれば今迄に対集団の戦闘経験が無い彼女にとってはある意味『初陣』である。
緊張するのも無理はない。
「兵って……な、何者でしょう? 傭兵でしょうか?」
現在の俺の索敵はルイの屋敷を旅立った頃に比べると格段に精度を増している。
相手の風貌まで魂の中に浮かび上げる事が出来るのだ。
「いや……旗は持って居ないし、鎧や盾の家紋は外してあるが……奴等は騎士一党と従士達、すなわちこの辺りを治めるヴァレンタイン王国の貴族だろう」
貴族という事実にまたもやリューディアとベッキーの言葉が驚きで重なった。
「「貴族!?」」
中でも元王族とあってリューディアには意外だったようだ。
「ゆ、許されるのでしょうか? この国の貴族はアールヴの間でも知られている人間の英雄バートクリードと円卓の騎士の子孫だと言いますよ。それが!?」
そんなリューディアの言葉を聞いて俺はゆっくりと首を横に振った。
「人間とは貧すれば鈍すると言う。先祖が崇高な志を持っていても子孫もそうとは限らないのさ」
「寂しい……事ですね。でもこうやって貴方と旅立って、私はすこしずつ現実というものを知り、大人へと成長出来るような気がします」
そんなリューディアの言葉を聞いていたビッキーではあったが、リューディア同様に大きく頷いたのである。
「あたしは……いや姉御とあたしは男性に対して凄く偏見を持って生きて来たのをジョーに変えて貰ったんだ。ようは子供だったんだね。今は感謝しているよ」
索敵で得た情報を俺は直ぐにフェス、クラリス、そしてオデットの従士達に送った。
俺の従士達も皆、素晴らしい索敵能力を持っている。
当然、この襲撃についてもとっくに気付いていたのだ。
フェスとは対応策を検討し、騎馬で走るクラリスに商隊の隊長であるキングスレー商会のマルコ・フォンティへの伝令約を務めて貰う。
こんな時は慌てるのが1番不味い。
マルコは俺の報告に対してさすがに青褪めたが、このようなケースは何度もシュミレーションして想定済だ。
これはマルコだけでなく商隊のスタッフ全員に対しても徹底している。
「それでホクト様。相手がヴァレンタイン王国の貴族であれば後々の問題が出て来ます。如何致しましょうか?」
商隊の主であるマルコに判断を求められて俺は少し考え込んだ。
「奴等はこれまでも同じ様に商隊を襲っていたのに違いない。となると最終的には殺さずに生かして王国に引き渡すのが得策なんだが……」
実は対応に関して迷っている。
俺と従士達だけであれば容赦ない『悪・即・斬』で良いのだが、今の俺達はキングスレー商会の護衛役という立場だ。
いくら強盗に成り下がっていても国に直接属する戦う者――貴族を殺してしまうと、商会に害は及ばないかという事を気にかけたのだ。
そんな俺の様子を察したかのようにマルコが言う。
「彼等が私達と同じ商隊を襲って略奪と殺戮を繰り返していたとすれば、襲われた者はさぞ無念だったでしょう。それも本来は彼等を守るべき戦う者たる貴族から襲われたとあっては」
「……そうだな。良し、決めた!」
俺はマルコの言葉にも後押しされて自分の価値観に基づく判断で行く事を決断する。
「振りかかる火の粉は払わないといけないし、戦おう。それにまず大事なのは依頼主であるマルコ達キングスレー商会の人間と荷だ。相手を生け捕りにしようなどとして、こちらが傷ついたら本末転倒だ」
敵は未だ2kmほど先なので、俺が護衛の人間全員にそう言い渡すと魂に声が響いた。
申し入れをして来たのはフェスである。
『ホクト様、私が相手の貴族の家長を生け捕りにします。簡単ですよ』
『よし! 俺にも考えがあるぞ』
『うふふ、……良い作戦ですよ』
俺の魂に浮かんだ作戦を知ってフェスは嬉しそうに笑うのであった。
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