第109話 カルメンとリューディア
俺の前から逃げるように走り去ったカルメン。
しかしフェスが後を追い、カルメンと彼女の放つ魔力波が交錯した結果、カルメンの魔力波のみ、急ぎこちらに戻って来る事を俺の索敵の能力が告げていた。
休憩時間終了まであと15分足らず……
果たしてカルメンは俺に何を伝えるのか?
そして俺は……
暫くして全力で走って来たらしいカルメンが俺の前にやって来た。
やはり息が切れている。
「はぁはぁはぁ……ジョー……」
「カルメン、フェスとは話したのか?」
俺はそう聞くと、じっとカルメンを見詰めた。
改めて彼女を見ると健康的な小麦色の肌に綺麗な赤毛が良く映える。
「はぁ、はぁ……あ、ああ、話した……俺に素直になれと言ってくれた」
カルメンは息を切らせながらも真っ直ぐに俺を見詰めて来る。
彼女の茶色の瞳はこれから重大な決意を伝えようかというように強い意思を宿していた。
素直か?
大丈夫かな?
彼女の性格上、ここからが長くなるのは間違い無い。
そう思った俺は先手を打つ事にした。
こう見えても古風な女であるカルメンの気持ちも尊重した作戦だ。
「そうか……じゃあ、俺も素直になろう。お前は俺にとって大事な女、そして可愛い女だ、俺の傍に居ろ」
いきなり直球を投げ込んだ俺の行動はカルメンには想定外だったようである。
「なななな、何!? いきなり何を言う!? 反則だ!」
反則ねぇ?
確かに覚悟を決めて告白する女の先手を打つのは反則かもしれない。
俺は更に駄目押しをする事にした。
ど真ん中に、ずばんと直球だ。
「カルメン、お前は一本槍で短気だが、純粋だ。そんなお前が俺は好きなんだよ」
「は、は、は、は、反則だぁ! フェスめ、何故、ジョーがこんな事言うって、俺に教えてくれなかったんだぁ!」
俺の予想通りだ。
自分の気持ちを伝える前に俺から好きだと言われてしまったカルメンは噛みまくりの大混乱である。
悔しがって絶叫するカルメンを俺は確り抱き締めた。
すると意外にも抱き締められたカルメンはくたっと力を抜いてしまったのである。
俺は少し気になって一応確認した。
「嫌か、カルメン? もし嫌だったら俺を突き飛ばせ」
「嫌な……嫌なわけがないだろう! 俺もお前が……お前の事が大好きなんだからぁ!」
カルメンは顔をくしゃくしゃにしながら、俺の胸に顔を埋めて大泣きしている。
やはりこいつは可愛い女だ。
「もう少しで出発だ。また今夜ゆっくり話そう」
「う、うん! ジョー、これは夢じゃないよな。俺みたいな身寄りも無く、がさつで煩い女を好きだって言ってくれるのだよな」
「ああ、夢じゃない。それにお前はがさつなんかじゃない、少し不器用なだけだ。ただカルメン、申し訳ないが、これだけは言っておく……フェスを始めとして俺には女が何人も居る。お前のような真っ直ぐな女から見たら、ずるいかもしれないが俺は全員を愛しているんだ」
俺の言葉を聞いたカルメンは激しく首を横に振った。
「俺は……もう覚悟は出来ている。フェスを見て、彼女と話して分かり合えたんだ。他の女とも必ず分かり合える」
きっぱりと言い放つカルメンを俺はもう1回抱き締める。
暫し経ってカルメンは俺達を見ている視線に気付いた。
アールヴの元王女であるリューディアである。
彼女は抱き合っている俺とカルメンを見て辛く切なそうな表情をしていた。
「ジョー……」
カルメンに促された俺もリューディアに気付いた。
「カルメン、彼女もそう……なんだ。構わないか?」
俺はカルメンに問い質す。
そうとは? などと今のカルメンは聞き返さない。
黙って俺から離れると当然のように大きく頷いたのである。
カルメンの反応を確かめた俺はリューディアの方に向き直る。
「リューディア!」
俺が大きな声で呼んでもリューディアは俯いたまま返事をしない。
仕方無い。
俺はリューディアにつかつかと近付いて、これまた確りと抱き締めてやった。
「ううう、ホクト様ぁ!」
俺に抱きすくめられたリューディアは言いたい事をずっと我慢していたのか、感極まって泣き出してしまう。
その様子をカルメンはぼんやりと見詰めていた。
カルメンはふと思う。
このアールヴの娘は自分と同じだ。
こんなに美人で……スタイルだってとても良い。
自分とは似ても似つかない生まれと容姿だけど……
凄く不器用で……泣き虫で……それでいて意地っ張りで……
一見誇り高くてもジョーにはこのざまで……
全く同じじゃないか、俺と彼女は!
こんな所に仲間が居たんだ。
そのように考えたらカルメンは急にリューディアが近しい存在に思えて来たのである。
「お姫さんよぉ……あんた、俺と一緒だ」
俺に抱き締められながら、カルメンからいきなり『男言葉』で話し掛けられたリューディアはただただ吃驚している。
俺はそんなリューディアの耳元でそっと囁いた。
「リューディア、彼女はカルメン。お前と同じ……大事な俺の女だ」
「ホ、ホクト様……私もこの方と同じ……だ、大事な女なのですか? 大事だと仰って頂けるのですか?」
「ああ、そうさ。俺はお前が可愛い。お前が好きなんだ。だが俺はフェスもこのカルメンも好きな我儘な男だ。だからリューディア、そんな調子の良い俺でも愛せるというならお前をこのまま受け入れる。嫌ならお前は俺から離れた方が良い」
「離れません! 離れるなんて絶対に無理です!」
そう言うとリューディアは俺の背に回した手により強く力を入れて確りと抱きついたのだ。
「やっぱり、このお姫さんは俺と一緒だ」
カルメンはそう言うと慈愛の篭もった目でリューディアを見詰める。
「ふふふ、姉御よりずっと別嬪だし、生まれにしてもアールヴの高貴な王女様だよね。あたしには全然同じには思えないけど……」
いきなりカルメンの耳に聞き慣れた声が聞こえた。
カルメンが見ると案の定、クラン鋼鉄の聖女のメンバーであるビッキー・チャバリが腕を組んでにやにやしている。
「何だとぉ!」
「ほらほら、それじゃあ同じだなんて絶対言えないじゃん」
腕を振り上げビッキーを打つ真似をしたカルメンであったが、首を軽く横に振ると大きな声で宣言したのである。
「私はカルメン・コンタドール。アールヴの彼女と同じく冒険者ジョー・ホクトの女さ」
まもなくすると少し遠くから俺にとっては愛する女の1人である可愛い声が聞えて来る。
いつの間にか戻ったフェスが出発の時間を告げながら、遠くで手を振っていたのであった。
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