第10話 大飯食らいの英雄亭
フェスとクサナギの喧嘩が一段落して後、俺は2人の仲裁に入っていた。
『2人とも、もう良い加減にしようぜ……』
「申し訳ありませんでした」
『御免なさい』
『俺からすると2人とも大事な仲間なんだ。どっちが大事かって言われても選べないよ』
「…………」『…………』
『あと、どっちかが手柄立てて勝ち負けって自慢するのも禁止な…』
「…………」『…………』
2人とも……やっぱり図星か……
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俺は気分転換にフェスに魔法の習得を頼む事にした。
「とりあえずマルコが来るまでに無属性魔法をひとつくらい覚えたい。 宿だと派手なのは無理だろうが……フェス頼む」
「かしこまりました」
先程の取り乱し方が嘘のように今のフェスは冷静だ。
「まずは収納からだな」
これまで見た所、旅をする際には皆、バックパックのような布や皮製の鞄に所持品を詰めていた。
しかし俺はもう少し余裕のある荷物入れが欲しいのだ。
「ここでは大きい亜空間生成は無理ですので、ほんの小さなものしか作れません。 後ほどお教えしますので、別の魔法を仰ってください」
別の魔法?
じゃあ小さい収納魔法でも良いからさ、教えてくれ。
「でも荷物入れが無いっていうのも不便だし」
「収納魔法の付呪された荷物入れなら、もうありますよ。ルイ様からお預かりした物ですね」
「え、聞いてないし」
「申し訳ありません、聞かれなかったので忘れていました。いきなりオークの襲撃とかがあったので」
『言い訳しない! それに何という不親切女でしょう』
クサナギが激しくフェスを糾弾する。
『何ですって!』
フェスも負けずに言い返す。
『ほらほら、やめろって』
間の俺はまた板挟みである。
何とか収束したいので俺はまた魔法に話題を戻す。
「でさ、その収納の魔道具って?」
「そのホクト様がしていらっしゃるミスリルの腕輪です」
「これか!」
何だ!
こんな近くにあったのか。
俺は拍子抜けした表情で何とか笑った。
そんな俺にフェスはにこにこしていたが直ぐその意味が分る。
「2つありますので私とお揃いです」
しかし嬉しそうに話すフェスをクサナギが文字通り一刀両断する。
『お揃い? そんなの全くどうでもいい事ですわ』
『何ですって! この妖刀め』
『何よ、この男女は』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――30分後
「これはどれくらいの容量になっているんだ、フェス?」
俺は左腕に付けた腕輪を見る。
「この収納魔法道具の収納容量は、う~ん、……この宿の部屋くらいですかね」
「結構、あるな」
俺は、ちょっと驚いた。
マルコが俺達に提供してくれたのは、大体、あっちの世界の12畳くらいの大きさだったからだ。
「中の亜空間では時間が止まっていますので、肉などを入れても腐りませんよ」
成る程、便利だな、それ。
長時間の移動には欠かせないだろう。
「で、どう使うの?」
「魔法の発動同様、魔力を体内で練り、そして指先にほんの少し集めてみてください」
俺はフェスに言われた通り魔力を練り、わずかに指に込めてみる。
指先がふわっと軽く暖かくなってくるのがわかる。
「集まったら、指先で軽く腕輪を触れてみてください。触れた瞬間、扉をゆっくり開ける感覚でお願いします」
「収納の扉よ、開け!」
俺が腕輪に触れると腕輪がぐにゃりと歪んだ様になり、小さな黒い穴が現れる。
そこへフェスが能面のような表情で言う。
「試してみましょうか。まずそこに居る、口から生まれた性悪刀を放り込んでみましょう」
『何ですって!!! 貴女がさっさと入ればいいのよ、この不細工女!!!』
……やめろって。
また言いあいが始まりそうになったので、俺は2人を手で制すとミスリルの腕輪に現れた入り口にフェスの持っていた、乾肉を貰って入れてみる。
乾肉は瞬く間に吸い込まれて消えてしまう。
「凄いな……でもこれ出す時はどうすれば?」
「入れたものを思い浮かべて、また出すように念じれば出てきますよ」
肉よ、出よ!
見事に入れた乾肉が現れる。
「腕輪を起動させただけですが
そのイメージでもっと大きな空間魔法を使う事が出来ますわ」
……もっと大きな空間魔法か、楽しみだ。
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そんなこんなで、もうしばらくしたらマルコの迎えに来る時間だ。
フェスには悪いが、俺はホテルの支配人に頭を下げて、部屋の引払を取り消してもらった。
フェスの事は仲間として好きだけど、俺だってたまには1人になりたいし
後で2人にそれぞれ別に話をしたいしな。
「一息つけましたでしょうか?」
「ああ、凄く良い部屋だな。ただ落ち着かなくてね」
「まあお帰りになったら、お風呂に入るとよろしいでしょう。ここのホテルには風呂がありますので」
そうか、この世界に風呂は特別なんだよな。
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約束の時間が来たのでマルコが俺達を迎えに来た。
「では出発します」
俺達は、また馬車に乗り込むと街の中央広場に向かう。
今度は部下らしい男が御者をして馬車を走らせていく。
マルコは俺達と一緒に車内に乗り込む。
「この街はいかがですか?」
マルコにそう聞かれたので、俺は美しく活気のある街だと答える。
「そうですか、ここは僕の故郷ですので褒められると、自分の事の様に嬉しいですね」
マルコは心底嬉しそうに白い歯を見せて微笑んだ。
やがて馬車は一軒の店の前に止まった。
看板には【大飯食らいの英雄亭】と書いてある。
マルコは俺達を先に降ろしてしばらく待つように告げてくる。
店の入り口をそっと覗き込んだマルコはうなずくと、部下に命じ、公共らしい馬車の駐輪場に馬車を入れさせた。
「ここは僕が気に入っている大衆食堂です。徒弟として商人の修行に入った頃からの行きつけなんです。いつも混んでいるのに予約なんか一切、受けない店なんで、さっき入れるか見ておいたのです。再度、見ましたが大丈夫そうですよ、さあ入りましょう」
そこまでしてくれたのか……マルコ、ホテルの件といい義理堅くて奴だなあ。
俺達はマルコについて店の中に入っていく。
店の席は八割がた埋まっていた。
「これでも空いているほうです」
俺達は一番奥のテーブルに座った。
「おう、マルコじゃあねぇか」
マルコの姿を認めて声を掛けてきたのは、身長こそ170㎝くらいだが筋骨隆々の頭の禿げ上がった50代半ばの人族の男であった。
「ああ、親爺さん今日は大事なお客を連れてきたんだ」
「客だぁ? この下品な店にか?」
「ああ、この下品な店にだ」
「がははは。おい、客人がびっくりしてるぞ。 まあいいか、俺はダレン、この【大飯食らいの英雄亭】の主だ。 どうせこの馬鹿が世話になったんだろ」
俺達は一瞬呆気に取られたが、主人がマルコを可愛がっているのが分って直ぐ顔が綻んだ。
「俺はジョーだ」「私はフェス」
「おう、ジョーに、フェスか。よろしくな」
「親爺さん、馬鹿はないですよ、馬鹿は」
ダレンにいじられたマルコが苦笑して抗議する。
しかしダレンはマルコに何を言っているんだという顔をする。
「どうせ、無茶して命落としかけて、客人達に助けてもらったんだろ」
「……」
「がははは、黙っちまった。図星のようだな。まあ、良い。お前は生きて帰って来たんだ、今更四の五の言わねぇ。 今日は美味いもの食わせてやるよ」
ダレンはそう言うと手を振りながら厨房に去って行く。
それを目で追ったマルコは大きな溜息をついた。
「はあ、いつも、あんなしょーもない親爺なんです」
「でも優しそうな方ですわ」
「料理の腕だけは確かなんで期待してください。まず飲み物を頼みましょうか?」
マルコはまず3人で乾杯をしたいようだ。
「お勧めは何だい」
「エールとワインは何種類もあって選り取りですよ」
「じゃあフェスから」
「はい、ヴァレンタイン王国産の赤ワインをお願いします」
「じゃあ俺もヴァレンタイン王国産エールを、銘柄はマルコに任せるよ」
「よろしいんですか、アルトリア王国産やローレンス王国産のもありますが」
「いいんだ、マルコとの初めての飯だ、マルコの故郷の酒で乾杯したいじゃないか」
「あ、ありがとうございます!」
俺がそう言うとマルコは感激したようだ。
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
俺達3人はジョッキを合わせて乾杯する。
マルコは改めて頭を下げると感謝の言葉を伝えてきた。
「改めて御礼を申し上げます。あなた方がいらっしゃらなかったら、僕は今頃、あのオーク達の晩飯になっていたところです。本当にありがとうございました」
俺はマルコの言葉に頷くと改めてこの世界のエールを初めて飲んでみる。
実は俺は前世では結構な酒好きだった。
大麦麦芽を使ったこの飲み物は、様々な香りがかみ合い、深いコクでほどよい苦味が有り、野趣に富んでいた。
ビールと違って冷えておらず、常温なのが不満だったが、飲み慣れると、はまりそうだ。
味をしめた俺はフェスのワインもお裾分けしてもらう
こっちも確かにうまい。
しかし、やはり俺はエール派だなと思うくらい、この国のエールは美味かったのだ。
そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。
親爺以外には皆10代後半から20代前半の様々な人種の若い女性達が短いスカート姿で給仕をしている。
これがこの店の流行っている理由のひとつだとしたら、はっきり言って親爺は、侮れない男である。
「何をぼ~っと見ていらっしゃるんですか?」
「い、いや何でもない。それより料理を食べようか?」
いきなりフェスに思考を破られた俺は慌てて料理に口をつけた
彼女達によって運ばれてきた料理はこれまた野趣に溢れている。
「元々、建国の祖であるバートクリード様は冒険者で形式にこだわらない、それでいて味わいの深い、野趣溢れる料理を好まれていました。ここの親爺は元冒険者でその伝統を踏襲しているのですよ」
マルコの言うとおり肉料理を中心としたヴァレンタインの英雄料理は、俺の好みに合うものだった。
ルイの屋敷で食べていたものも本当においしかったが、上品過ぎるのがなぁ……食事のマナーも大変だったし。
ヴァレンタイン王国産の小麦を使った焼きたて熱々の黒パン
ヴァレンタイン王国産豚の塩辛い腸詰
ヴァレンタイン王国産の色鮮やかな野菜のサラダ
ヴァレンタイン王国産のコンソメスープ
ヴァレンタイン王国産鶏の香草包み焼き
ヴァレンタイン(シーメリアン)王国産の干魚の網焼き
そしてヴァレンタイン王国産牛の脂身をたっぷり纏った熱々のステーキ
濃いソースと香辛料が存分にきいており、看板の名前通り、量も凄い。
俺はそれらをフォーク、ナイフだけでなく、時には手掴みでエールを飲みながら軽々と平らげていく。
俺の食べっぷりを見ていたマルコが大笑いしている。
「申し訳ありません、ホクト様の食べっぷりが、古文書に伝わる我が国の祖バートクリード様と同じでしたから」
バターをたっぷり使ったデザートの焼き菓子と濃い紅茶が来る頃には俺達は流石に満腹だった。
「美味かったな」「おいしかったです」
フェスもよく食べるな~と言おうと思ったが、嫌な予感しかしないのでやめておいた、賢明だ、うん。
「僕には夢があるんですよ。この世界を股にかけて、商いをする商人になる夢が」
少々酒もまわったマルコは熱く語っている。
「僕はいろいろな国に行っていろいろな人と商いをしたい。そうする事で世界の人々が少しでもいい暮らしをして笑顔になれればいい……確かに僕にはこの国の祖のような膂力も無いし、凄い魔法も使えない。ただ英雄に負けない夢はあるんですよ。英雄が夢を果たしたように最後まで生き抜いて必ず夢を果たす。あなた方に見られたようにオークに追い掛け回されて、かっこ悪くてもいい。死なずに生き抜いて夢を果たすんです」
マルコは一気にまくし立てるとふんと鼻息をひとつ吹き出す。
マルコは熱い男だ、自分の華やかな未来を夢見て邁進している。
ただ危なっかしい事は間違い無い。
「だが今回はたまたま運がよかった。少しは自分の身を守れるようになった方がいい」
「仰る通りです。僕は度胸もつけて、体も少しは鍛えないと」
マルコは頭を掻いて苦笑いをする。
「でも僕はあなた方に出会えた。これも縁です。 遥か東方の国ヤマトには一期一会という言葉があると言う。 良い言葉です。ただ僕はあなた達との縁を一度限りにしたくない」
ここでマルコの言葉に一段と力が入る。
「あなた達はこれからとても大きな存在になると僕は思う。 いきなりでずうずうしいお願いですが、あなた方の大きな力を僕の夢の実現のために貸して欲しい。 無論、無料とは言わない。 僕もあなた方に夢があれば全力で応援させてもらいますから」
マルコの真摯な眼差しは、俺とフェスを射るように熱く見つめていたのだった。