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第108話 フェスとカルメン

 クラン鋼鉄の聖女アイアンメイデンのリーダーであるカルメン・コンタドールがじっとこちらを見ているのを感じた俺は軽く手を振って応えるが、不器用なカルメンはすっと目を逸らしてしまう。


「カルメン!」


 これからの警備の打ち合せもあるし、仕方なく俺は大きな声でカルメンを呼ぶが、彼女は顔を伏せて走り去ってしまった。


 あ~あ……

 相変わらずだ。

 何かきっかけがあれば彼女とは普通に話す事が出来るのだが……


「ホクト様、私が彼女を……」


 フェスがフォローをしようと申し出てくれた。

 これはありがたい。

 俺はフェスに彼女へのフォローを頼む事にする。

 今のフェスなら上手くやってくれる筈だ。


「頼む……」


「お任せください!」


 元気良く返事をするフェス。

 そんなフェスをリューディアは不思議そうに見詰めている。

 さすがにリューディアもこの一連の流れを理解しており、フェスの行動が不可解この上無かったからだ。

 カルメンを追って走って行くフェスを見たリューディアは思わず「何故……」と小さく呟く。


「フェスはそういうなんだ。このような事も含めて俺を全部愛してくれている」


「全部……愛して……いる!? 私には信じられません、それなら何故わざわざ……」


 リューディアの言う事は尤もな事だ。

 普通の女性ならまずこのような事はしない。

 だがそれは俺が簡単に明かして良い事ではないだろう。


「その事は敢えて俺の口からいう事じゃない……今度、彼女と話してみるが良い」


「…………」


 リューディアは俺の言葉を聞いて黙り込んでしまう。

 俺はカルメン、そしてフェスの走り去った方角を目で追い、ふうと息を吐いたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「カルメンさん!」


 少し離れた場所で立ち尽くしているカルメンに追いついたフェスは彼女を呼び止めた。

 カルメンは顔を俯かせたままフェスに対して返事をしない。


「カルメンさん!」


 フェスはもう1度呼ぶ。


「二度言わずとも聞こえている……確かフェスティラさん……だったな」


 カルメンは面倒な口調で返事をする。

 余りフェスとは話したくない。

 そのような気持ちを表すような言い方だ。


「フェスで良いですよ、話があるのですけど話してもいいですか?」


「悪いが……俺には無い」


 カルメンは断るが、そんな彼女に構わずフェスは話を続ける。


「カルメンさんは不器用ですね、私も人の事は余り言えませんが……」


「ふん! 余計な……お世話だ」


 挑発するようなフェスの物言いについ、カルメンの口調もぞんざいになる。


「ふふふ、確かに! 私はお節介やきですね。でも今の貴女は昔の私……愛する男性ひとを素直に愛していると言えない不器用で面倒臭い女……」


「……うるさいいぞ、黙れ」


 カルメンの内面をはっきりと言い当てるフェスの言葉にますます彼女の気持ちはいらついた。


「人との出会いは大事です。更に愛する人に巡り会えるなんてもっと貴重だと言えます。そんな相手に自分の気持ちをひた隠しにして苦しむなんて馬鹿げているとは思いませんか?」


「俺は黙れと言っているんだ!」


「黙りません……何なら腕づくで黙らせてみますか?」


 「喋るな」というカルメンに対して更に挑発するフェス。

 だが怒りを浮かべていたカルメンが暫くして諦めの表情に変わる。


「面白い受けて立とうと言いたいが……あんたの実力は充分知っている。限り無くSランクに近いAランク冒険者、戦姫せんきのフェスとはあんたの事だ。さすがに俺が無鉄砲でもCランクの格下が戦える相手などではないと分っているさ」


「ふふふ、私と戦わないのはホクト様に自分の気持ちを告げない理由と一緒ですか?」


 戦意を喪失したというカルメンにずばっと直球を投げ込むフェス。


「な、何!?」


「私は幼い子供の母親を助ける為、自分の身を顧みずにオークの大群との戦いに赴いた貴女が好きなんですよ……その勇気は私なんかと戦うよりずっと覚悟が要るものだと思います」


「……フェス、あんたは変わった女だな。俺がジョーに気持ちを伝えるように勧めるのに何の得があるんだ?」


 カルメンは漸くフェスの真意に気付いたようである。

 その表情は苦笑に変わっていた。

 しかしフェスは自分の考えをきっぱりと言い放つ。


「得? 確かに得なんか無いわ。でも私は彼の前では、いつも胸を張って愛していると言いたいの……貴女もそうじゃない? ホクト様が私の愛を必要としてくれている、そうであれば彼の前では私は戦士じゃなく1人の女で居られる、ただそれだけ……」


「……凄い自信だな。俺にはそのような確固たる自信が無いのだ」


 それを聞いたフェスは口を押えて笑う。


「な、何がおかしい!?」


「自信なんか私にも無い……あの人の心の奥には深遠の闇が横たわっている。誰もが踏み込めない奈落がね。そこに何があるのか……私はその奥を見極めても彼を愛する覚悟を決めているの……何故ならば奈落に踏み込む恐怖よりも彼を失う喪失感の方が大きいと分っているからよ」


「ジョーを失う……喪失感」


 そう言われたカルメンは腕を組み暫し考え込んだ。


「そうよ、想像してみて……貴女が彼を失う喪失感を……自分の気持ちを伝えないまま彼を失ったら一生後悔するから……私はそう思って自分に素直になったのよ」


 フェスの言葉にカルメンの気難しい表情が柔らかく変わって行く。

 彼女はとうとう決意を固めたようである。


「……分った……確かに俺はジョーが居なくなったら平静でいられる自信がない。自分の気持ちを何とか伝えてみるよ」


「もう余り時間が無いわ。今、決意した勢いでしっかりと伝えてきなさい」


「あ、ああ……ありがとう、フェス」


 ホクトの居る場所に急いで戻るカルメン。

 そんなカルメンに手を振りながらフェスは小さく呟いたのだ。


「敵に塩を送るか……言い得て妙だわ。ねえホクト様」


 それはかつてホクトと知識模写の魔法を使った時に彼から貰った知識の断片を思い出した言葉である。


「ふふふ、本当に馬鹿ね」


 自嘲気味に言うフェス。

 それは恋敵に塩を送った自分に対してなのか、それとも不器用なカルメンに自分を重ねたのか……


 多分その両方だろうとフェスは感じるのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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