第107話 バートランド出発
俺達クラン黄金の旅がキングスレー商会のミッションを受けてから数週間、とうとうこの日がやって来た。
まずはヴァレンタインの王都セントヘレナを目指して俺達が護衛するキングスレー商会の大型キャラバンは、ここバートランドを出発するのだ。
今は午前6時過ぎ――日程の関係もあり、この時間に集合した俺はキングスレー商会のマルコ・フォンティと出発前の確認を行い、現状では問題、異常無しとの結論に到ったので
マルコはキャラバン、俺は護衛のメンバーの最終点呼をする。
護衛の面子は俺達クラン黄金の旅のメンバー4人を筆頭に、冒険者ギルドからの助っ人であるサブマスターのジュリアーノ・ベリーニ、鋼鉄の聖女のメンバーであるカルメン・コンタドールとビッキー・チャバリ、そして新たに冒険者登録を済ませたリューディア・エイルトヴァーラとイェレミアスの主従、計9人だ。
俺は点呼を終えると各人を配置につかせて、マルコに出発OKの合図を送る。
合図を見たマルコは更にやや後方の馬車に乗った商会の補佐役である男に向けて合図を送る。
するとその男も手を振り、自分の持ち場は問題無いと応えて来たのだ。
先頭の護衛用馬車に乗った俺は御者役のフェスに出発の準備が整ったので馬車を出すように指示を出す。
フェスが馬に鞭をくれて出発するように促すと馬車はゆるやかに動き始めた。
俺達の馬車に引っ張られるように後の馬車も動き出す。
一隊は少し走るとあっという間にバートランド北正門に到着した。
マルコが北正門に詰めていた衛兵に対して何か言うと話は通っていたようで門はあっけなく開かれた。
バートランド北正門から出た俺達はまだまだ馬車をゆっくりと走らせる。
俺とフェスは早速索敵の魔法を発動させる。
「フェス、ここバートランドから王都セントヘレナまで経路に問題、課題はあるかな?」
「はい! この区間は私も良く知っていますし下見も済んでいます。敵が出るとしたらオークやゴブリン、そして一部の野生動物ぐらいですね。彼等なら事前に索敵で容易に察知出来ますし、この警護の面子だったら余程数が多くなければ簡単に殲滅出来ます。まあ今後の事を考えたら寧ろ腕試しになるので出て来いや……という感じでしょうか」
フェスは余裕という雰囲気でにこやかに語り、傍らのリューディアも腕を撫す。
「私の弓の腕も是非見て頂きたいですね、ホクト様」
後は……とフェスが思い出したように言う。
「我々のキャラバンが出る事をいろいろな方面より知り、王都に探索役を置いて動きを把握し襲って荷を奪おうとする輩でしょうか? まあこの前露見したような同業の商会の妨害や困窮した貧乏貴族の略奪強盗行為――実際に彼等の手先とし襲ってくるのは傭兵に加えて、山賊等が考えられますね」
山賊と聞いてリューディアの表情が僅かに曇った。
間接的とはいえ、イェレミアスが報告と言う形で情報を流した事が原因で多くの人間が殺され、奴隷として売られる原因となったからである。
それを見た俺はリューディアの肩を軽く叩き、言う。
「自分の知らない所で他人を傷つけたり、不幸にしている事はままある。重要なのはそれを知った時いかにしっかりと受け止めるか、または自分の中でどのように消化して行くかだ」
俺の言葉を聞いたリューディアは俯くと小さな声で呟く。
「……そうですね。今迄はこの世でどんな酷い事が起こっても私には一切関係ないと思っていました。それにイェレミアスが居てくれても私は私、たった1人で生きていると思っていました。でも……」
リューディアは顔を上げると俺を見る。
「私は1人で生きているようでそうではなかった。兄を探すと言いながらイェレミアスに護り養って貰っていただけの日々……私が無為に過ごす、その糧を得る為に多くの人が殺されていたなんて」
「仕方が無い……イェレミアスは利用されていただけで傭兵として務めは果している。お前は知らなかったんだから。イェレミアスも同様だ」
フェスは傍らで黙って馬車を走らせながら俺とリューディアの会話を聞いていた。
「だけど私はこれから出来る限り自分の力で生きて行きます。そして他人を助ける為に自分の力を使いたいんです。だから殺された人達への罪滅ぼしも含めて貴方に力を貸すのです」
ここでリューディアはふふっと笑った。
「……貴方という人は私を攫っておいて挙句の果てに放置して……最初はとても無礼で酷いと思ったけれども……事件の僅かな手懸かりを手繰り寄せてイェレミアスの存在を突き止め、彼に白状させる手立てとして私を使っただけなのですね……それも私に乱暴したりするなんて全く考えてもいなくて温かく接してくれた」
リューディアは抑揚の無い声で淡々と話している。
「今から考えれば無残に殺されたり、嬲られたりした人からしてみれば私とイェレミアスがもしこの街に居なければそうならなかった……助かったかもしれないと当然考えるわ……」
再度自分を追い込んでいくリューディアの声はまた沈みがちになる。
俺は肯定した上で前向きになれと諭した。
「運命論としてはそうかもしれない。だが死んだ人間は生き返らないし、過去は戻せない。それよりこれからお前が生きて行く意義を見つけた事、そしてこの世界で助け合いながら生きて行く事に目覚めたのなら、それを大事にするべきだろう」
「本当!? 本当にそう思う?」
俺の言葉に対してリューディアは濡れたような菫色の瞳を向けて問う。
「ああ、俺はそう思う。お前は元々素晴らしいが更に強く美い女になる。生き別れの兄ともいずれ巡り会えるだろう」
「……美い女になると思うのなら、貴方がそう仰るのなら……私をもう放置なんてしないで! 見て! 真っ直ぐに」
「ああ、悪かったよ。いきなり攫って無視したりしてな……」
俺が最後にそう言うとリューディアは納得したように「はい」と答えたのであった。
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キングスレー商会のキャラバンは朝日に照らされた王都セントヘレナへの街道をゆっくりと走っている。
前世と違って街道と言ってもしっかり舗装されたものではなく、土を踏み固めたのみであった。
その為に馬車は時たま既についている轍に車輪を取られて揺れ、ここ数日の晴天から乾いた土埃を舞い上げている。
しかし下調べと事前の掃討をしておいたお陰で今の所、索敵にも危ない対象の反応は無い。
特に俺に加えてフェス達従士の索敵は特別で通常の人間の術者に比べて数倍の有効範囲を誇るのでいきなり奇襲されるという事はまず無いと考えてよかった。
……もっともかつて襲って来た『北の旅団』など俺のちっぽけな経験から成る常識などを超えた、とんでもない敵も存在する事を考えたら過信は禁物だ。
なので俺は決して気を抜いていない。
3時間余り走ると綺麗な川が流れていて開けた草原があったので馬に水を飲ませる事も兼ねた休憩を取る事にした。
護衛の馬車も入れて12台のキャラバンが一度に休める場所などそうは無いのでこんな場所を見つけた時には極力休息を取る様にしている。
まあ最悪水だけなら、俺達が魔法で発生させる事が出来るのでいざとなればそうするが。
俺はクサナギを背負ったまま穏やかな日差しの中でお茶を淹れる準備を始めた。
フェスとリューディアも手伝ってくれて、とりあえず護衛の人数分プラスアルファの用意が出来たのである。
ちなみに索敵の魔法の発動継続と護衛の者から見張りを3人程度立たせてあるので急に何か起きても対処出来るのは予定通りの対応だ。
やがてフェスが香りの良い紅茶を淹れてくれて俺達は車座になってそれを飲んで一息つく。
護衛のメンバーの表情は千差万別である。
中でもカルメンはフェスだけで無くリューディアが俺に寄り添っているのを見て何か聞きたそうな視線を向けてくるのであった。
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