第103話 リューディアの想い
翌日……
今日はお昼前にキングスレー商会のマルコ・フォンティがウチに住み込みの鍛冶師オルヴォ・ギルデンに依頼した装備を受け取る為に俺の屋敷に来訪する。
同時に1週間後に迫ったロドニアへの出発の打ち合せもある。
マルコに対して新たに仲間となったリューディアとイェレミアスを紹介する必要もあった。
フェスとオデットに鍛えられ、彼女達の実力を知り、自分に素直になろうと決めたのであろう、リューディアはあれからとても穏やかになった。
「ホクト様……」
フェス達と同じ様に俺を呼ぶリューディアに俺は手を横に振る。
「お前は俺の従士では無い。あくまで契約した助っ人だ。呼ぶ時に様なんて要らないよ」
「私は……貴方をそう呼びたい……の」
フェス達と実力差を感じながらも疎外感を感じるのが嫌なのであろう。
この屋敷に来て未だ日が浅いリューディアではあるが、間違いなく俺達と絆を作っているのだ。
「分った、リューディア。宜しく頼むぞ!」
「はいっ! ホクト様!」
それを見たイェレミアスは満足したように頷いている。
昨夜食事の後にあった彼の話とはアールヴの情報屋であるあのルナーを闇魔法で徹底的に懲らしめても自分の考えは変わらないという事であった。
通常アールヴには人間の騎士道のような高潔な行動を尊ぶ考えがある。
正々堂々と戦い、魔法でも相手を不当に苦しめる(あくまでも彼等の論理だが)闇魔法を殊更嫌う。
しかし俺はとっくにそんな倫理的な枠からは大きくはみ出している。
旅立つ時にルイから諭されたこの世界で生き抜く上での倫理観もしくは主義。
――自分にとって今、何が一番大事かを判断するという事が、いくつかの出来事や戦いを経験して俺なりに学んだ考えだ。
差たる理由も無く一方的に自分に敵対し、害を為した奴にはどんな手段を使っても報復する。
特に家族に対してそんな行為をした者は許さない。
次は人の痛みが分からない奴に対して俺なりの制裁である。
そういう意味でルナーの為に奴隷として死んで行った人間への罪の償いとしてああいった処置をした訳だ。
俺はイェレミアスに改めて自分の考えを伝える。
彼は黙って俺の話を聞き、頷くと異存は無いと答えた。
そして相変わらずリューディアの事を宜しく頼むと何度も頼んで来たのである。
午前11時……
マルコが屋敷を尋ねて来た。
彼にはまずリューディアとイェレミアスのアールヴの主従を紹介する。
そして彼等がドヴェルグのオルヴォの補助をして自分の装備を持って来たのを見るとほうと感嘆の声を上げた。
マルコがそう反応するほど、本来この2つの種族は仲が悪いのである。
「オルヴォさん、これで良いのですね」
「お、おう! 姫様、これで間違い無いぞ」
マルコの革鎧を運ぶなど甲斐甲斐しく働くリューディアにオルヴォも当惑気味だ。
しかし彼にもこの屋敷で働くなら種族間の蟠りを捨てるように俺からは伝えてある。
「駄目ですよ、オルヴォさん。私の事はリューディアと呼んでください」
「わ、分った。リューディア……さん」
彼女を名前で呼び、緊張が解けてきたオルヴォは改めてマルコに向き直った。
今回、オルヴォが作った革鎧はデザインは到ってシンプルである。
まずはその着用の仕方を説明し、実際に着て貰いながら寸法や動きが滑らかどうか試して行くのだ。
15分後――最初にじっくり採寸したのが良かったのであろう。
マルコの革鎧は殆ど修正も無く、そのまま着用出来るとの事になる。
「鎧を着たまま広い場所で動いてみたいのですが……ホクト様、お庭を借りても宜しいですかね」
「ああ、武器を持った上でフェス達に身体の動かし方を習い、試して欲しい」
契約を交わしたので俺からマルコは『客』という事になるが、言葉遣いは敢えて変えないで欲しいという要望が出ていたので今迄と同様なやりとりをしていた。
俺はこの際、自らも身体を動かそうと思ったのでスピロフスに後を託し、リューディアに支度をするように命じる。
俺に稽古をつけて貰えると知ったリューディアの喜びようは尋常ではなかった。
「ああ、ホクト様。宜しくお願い致します」
先日、屋敷にあった萌黄色の革鎧をオルヴォが手直し、小さなバックラーを左腕に付け腰からミスリルのショートソードを下げたのが彼女の装備である。
後、背中に小さめの弓と矢筒を背負っていたが、フェス曰くなかなかの腕前だそうだ。
革鎧の萌黄色が爽やかな森の色をイメージして、アールヴの姫であった彼女にはとても良く似合っている。
俺はそれを見て「似合うぞ」と言うと嬉しそうに「ありがとうございます」と返事をして顔を僅かに赧めた。
俺はクサナギを背負い、屋敷の庭に向おうとすると早速、念話が響く。
『ずっと見ておりましたし、フェスティラ様からも話をお聞きしましたが……私は良い人だと思いますわ』
クサナギの口調は冷静だ。
『彼女は本当にホクト様がお好きなのです。純粋で一途な思いがこちらにまで波動となって伝わって来ます。いじらしいですわ』
クサナギは僅かに笑ったようだった。
リューディアと同様にそれには色々な意味があるのを俺は彼女の魂の波動で知るのであった。
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ホクト邸庭、訓練場……
「剣を振る時はもっと腰を入れて! 踏み込みも甘い!」
マルコのぎこちない動きに対して先程からフェスの厳しい声が飛んでいる。
「はぁあ! 僕は少し身体を動かすだけのつもりだったのに……」
「マルコさん、自分の命が懸かっているのですよ。真剣にやりましょう!」
マルコがつい洩らす愚痴に早速反応するフェスである。
「じゃあ素振りを後100回! ほら1,2! 1,2!」
「ひぃぃ!」
鬼教官に成り切ったフェスのマルコに対する指導を俺は遠い目をして眺めていた。
俺がこの世界に転生して間も無い頃、右も左も分らない時にああやって指導してくれたのがフェスだったからだ。
そんな俺を見てリューディアが寂しげな声で呟いた。
「フェスさんが羨ましい……」
「リューディア……」
「でも私もこれから貴方との思い出を作ります。後悔しないように……さあ稽古をつけていただけますか?」
俺はリューディアの菫色の瞳に自分が映っているのを認めるとゆっくりと頷いたのであった。
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