第102話 フェスの望み
「よく分った、イェレミアスの言う通りお前が下司だって事と、お前のしでかした事で何の罪も無い人間が地獄に落とされた事もな」
「はっは~、俺は人間の指示通りやっただけだぜ。悪いのはダンカンとギャリーの2人だ」
俺が問い質してもアールヴの情報屋ルナー・ハルメトヤは、自らは悪くないと主張した。
あくまでも2人の代わりに悪事に手を染めただけだと。
奴自身には全く反省の色は無い。
しかしそんな主張が通るわけがないのだ。
「どうするんだ、ご主人様。俺は直ぐにでもこいつを始末したい所なんだが」
イェレミアスが怒りを押し殺した声を発するとそれまで威勢の良かったルナーが急に押し黙った。
俺はにやりと笑い、イェレミアスに問う。
「イェレミアス――お前は釣りをやった事があるか?」
「……何だ、急に。釣りなら何度もやった。得意な方だ」
俺は頷くと改めてルナーを指差した。
「イェレミアス、こいつは餌だ。ダンカンとギャリーという悪党を釣り上げる為のな。仕掛けを作るのは俺さ……楽しいぞ」
ルナーは俺の笑顔を見て寒気を覚えたらしい。
がたがたと震えている。
「闇魔法を掛けられた事を忘れたような態度だが……この闇の魔法はいろいろ条件をつけられるんだ。この意味は分るな?」
俺はルナーの肩に手を掛けた。
「や、やめてくれ!」
「ふっ、俺のかけた苦痛の魔法は簡単には消えない。お前は俺達の逆スパイになって貰う。そして奴等が悪事を働いている証拠品を押えて貰おう」
アールヴは闇魔法を人一倍嫌う。
俺がイェレミアスから白い目で見られる事も覚悟の上である。
「や、やめてくれ!」
「お前みたいな奴の悲鳴など聞こえんな……ふむ、壊死も追加しようか。これは即効性の闇魔法ではあるが、魔力波を少し変えれば俺達に逆らったり、正体がバレたら忽ち全身が腐る。先程の苦痛の魔法の効果で身体が引き千切られるのを同時に体験出来るぞ」
俺は魔力を高めると指先に集中する。
黒き魔力の波動を感じてルナーは絶叫した。
「ややや、やめてくれ~っ!」
「俺達の為に巧く働けば生き残るチャンスがある。さもなければここでイェレミアスに抹殺されるのとどっちが良い? 選べ!」
「いやだ、いやだ、いやだぁ!」
「駄々をこねるな。被害者の事を考えると俺はお前には簡単に死んで欲しくない。もし死ぬなら苦しんでのたうち回って死ね」
俺は人差し指に魔力を集め、ルナーの心臓に当てると黒き魔力波を送り込む。
「ぎゃああああああ!」
亜空間に悪党の絶叫が虚しく響き渡っている。
その後、念話で散々脅しをかけた後にルナーを奴の自宅に放り出した俺達はバートランドの屋敷に戻ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ご主人様、話があるんだが……」
屋敷に戻ってから俺はイェレミアスに話があると誘われた。
多分、先程のルナーの事であろう。
俺は夕食後の時間で約束し、早々に風呂に入る。
屋敷に戻ったのは午後3時くらいではあるが、この時間から入る風呂も乙なものだ。
俺が湯船で手足を伸ばしてリラックスしていると扉を軽く叩く音がする。
この魔力波はフェスだ。
「フェスか? お入り」
俺が声を掛けるとフェスが小さな声で返事をし、遠慮がちに風呂場に入って来た。
細身の引き締まった白い肌の裸身に赤い長い髪が鮮やかに映える。
戦いの時は戦姫と異名が付く位、その戦い振りは荒々しいのに俺の前では1人の初心な乙女である。
俺にはそのギャップが堪らない。
フェスに限らず、クラリスもオデットも好きな男の前ではそうなるだろう。
まさに究極のツンデレだ。
フェスは俺に軽くキスをすると湯船に入り俺の傍らにその美しい裸身を沈めた。
「リューディアさんは疲れて眠ってしまいました」
フェスが唄うように言う。
「彼女はこの屋敷を――いいえ、ホクト様の基を自分の居場所と決めたようです。私とオデットが相手をしましたが今日は全力を出していました。体術と剣技は中々で魔法は回復系が得意のようです。伸び代もまだまだあります」
俺は黙って頷くとフェスはほうと悩ましげな溜息を吐いた。
「仲間として合格ですよ、彼女――オデットの了解も取ってあります」
そして湯船に浸かりながら俺にもたれかかるとリューディアさんが羨ましいと呟いた。
俺はフェスの髪をそっと梳きながら、「何故だい?」と問う。
「貴方は転生した特別な肉体とはいえ――人間。彼女はアールヴで自身が言っていた通りに貴方との間に子を為す事が出来ます。いつかは可愛い子が生まれるでしょう。それは貴方と彼女が同じ時を生きた証になるのです」
フェスは目を伏せて話を続けた。
「私は精霊が大いなる力により受肉した存在。この肉体も仮初のもの……人間との間に子供が授かるとは思えない。私は……私は……貴方が愛しい……貴方との愛の証として私もリューディアのように子供が欲しいのです」
「フェス……」
俺はこれまで女にここまで愛された事は無い。
そしてこんなに愛される事が幸せだと今、改めて実感したのだ。
当然、俺も彼女を愛している。
「ふふふ、最近私はクサナギさんと良くお話するんですよ。彼女にも優しくしてあげてください。それに前にも言いましたがクラリスもオデットも貴方にほのかな思いを持っています。そしてリューディアも加わります……頑張って全員愛してくださいね」
フェスとクサナギ……俺にとってこの2人は特別な女だ。
それは最初に会った時から分っていた事である。
「分った、フェス。俺だってお前に……俺の子を生んで欲しいよ」
俺がそう言うとフェスはみるみるうちに涙ぐんだ。
そして嬉しいと俺の胸に顔を埋めたのである。
「よぉし! 頑張るか!」
「……ホクト様……まだ昼間なのにエッチです」
俺は恥ずかしがるフェスをお姫様抱っこして寝室に運んだのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!