第99話 女心
申し訳ありません。
再びのタイトル変更です。
リューディアの目は俺に対する憎悪と共に、地に落とされた彼女の誇りへの怒りに彩られていた。
「どうもしない……お前も先程言っただろう。俺達の間には最初から何も無いのだから」
俺はイェレミアスを指して言う。
「俺はお前の御付である戦士を雇用したんだ。契約中は面倒を見てやろう」
「面倒を見る? では先程の話を元に戻してくれるの?」
リューディアが何故か嬉しそうに言う。
どうも話が噛み合わない。
何を勘違いしているのだろうか?
「俺達がロドニアに出発してこの屋敷に帰ってくる間は居て良いという意味だ。王都ハートランドのスラムのあの家よりこの屋敷に居た方が良い。執事のスピロフスが面倒を見てくれる筈だ」
「…………」
そんな俺の言葉にリューディアは黙り込んでしまう。
俺は苦笑いして肩を竦めるとイェレミアスに問う。
「それで良いな? 彼女の安全も図れる」
イェレミアスはありがたいと俺に礼を言うとリューディアを諭した。
「姫様! この人間は思ったより信義を重んじる男です。折角の申し出ですから、私が仕事を終わらせるまでこの屋敷にご逗留下さい」
「…………」
リューディアはイェレミアスが呼びかけても説得しても返事をしない。
忽ちイェレミアスの眉間に皺が寄り、今までも彼女の気紛れに翻弄されて来た事が分る。
その時であった。
「ホクト様もイェレミアスさんも女心が分っていませんね」
フェスがリューディアに近付き、「ほら……」と促したのである。
「ホクト様、彼女は……リューディアは貴方に興味が湧いたのです。そうですね? リューディア」
フェスに促され、リューディアは仕方なくといった感じで渋々と口を開いた。
「そ、そう……その通りよ。ご、誤解しないで欲しいけど、あくまでも貴方の強さに興味が湧いたの。イェレミアスをも軽く凌ぐ貴方のね」
フェスはなおもリューディアを促す。
まだ言い足りない事があるだろうと。
「ううう、そ、そのね……出来れば私も今回の旅に連れて行って欲しいのよ」
それを聞いたイェレミアスは首を横に振った。
「姫様、いけません。ロドニアへの旅は危険です。この屋敷に居れば衣食住は足りますし、何より安全ではありませんか」
イェレミアスの心配は尤もであろう。
彼女の魔法や体術の腕がどれくらいか不明だが、戦力的にはあまりあてに出来そうも無い。
しかしフェスはそんなイェレミアスの言葉などはおかまいなしである。
「どうするの? リューディア。一緒に行くの? 行かないの? 行く場合はしっかりホクト様に行きたいと頼むのよ。貴女がアールヴの姫なんて関係ないわ。ホクト様は冒険者なんだから」
ぽんぽんと矢継ぎ早に飛び出すフェスの言葉にさすがのリューディアもおされっぱなしである。
しかし何か思う所があるのであろう。
唇を噛み締めながら俺に頭を下げたのである。
「ホクト、お願い! 私を旅に連れて行って。修行したいの! 私を鍛えて欲しいのよ!私は強くなりたい! その為だったら私……何でもするわ。そ、その……わ、私を自由にしてもいいから……だからお願い!」
余程の覚悟を決めて言い切ったのであろう。
リューディアはそのまま真っ赤になって俯いてしまったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「たっだいま~」
「こ、こら! 先に挨拶するのは姉の私だぞ、クラリス」
リューディアが俺に懇願してから1時間後、オデットとクラリスが帰って来た。
「じゃあ報告任せたよ、オデット姉! 私は風呂、風呂!」
オデットがモタモタしている間にクラリスはさっさと風呂場に向ってしまう。
後には怒りに燃えたオデットが残されている。
「オデット、お疲れ様だったな。疲れていないか?」
「あ、主よ。私は全然平気だぞ、凄く元気だ」
「おいで、オデット」
俺はオデットにこちらに来るようにと呼んだ。
彼女は怪訝な顔をしながら寄って来る。
俺はタイミングを見て彼女を抱きすくめた。
オデットは吃驚して少し暴れたが、俺が更に抱き締めると漸く大人しくなった。
「主よ、誤解しないで貰いたい。こうして我慢して抱かれているのもルイ様の命令だからだ。主のお前の命令は絶対だというルイ様の……」
「少し黙っていろ、オデット」
「…………」
「お前は本当に頑張っている。お前が来てくれて嬉しいぞ、オデット」
俺はそう言いオデットを間近で見詰めると彼女も黙って見詰め返して来る。
「ありがとう……さあ、風呂に入って来い。俺の風呂を使って良いぞ。但しフェスとリューディアが先客で入浴しているがな」
オデットは俺が黙れと言ってから何も言わなかった。
少し意地になっているのかもしれない。
「さあ、早く行って来い。風呂から上がったら飯にしよう」
そう言ってもオデットが動かないので俺は風呂場に行けと促したのである。
そこまで言われてやっと歩き出したオデットではあったが、1回振り向いて俺を見詰めるとゆっくりと最上階にある風呂場に向ったのだ。
振り返った時に見せたあの目の色……
それは今迄とは違う不思議な『情』の篭った眼差しであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さあさあ! どんどん食べてくださ~い」
ナタリアの元気な声が響いている。
今は午後5時である。
少し早めの夕食の支度をしていたナタリアが腕によりをかけて作ったのだ。
屋敷のメンバー全員が揃っている上にリューディアとイェレミアスという『お客』まで増えたからナタリアも嬉しそうだ。
しかしアールヴの2人が加わるにあたって人種の問題があった。
ウチには既に黒ドヴェルグのオルヴォ・ギルデンが居る。
それに対して当初、リューディアとイェレミアスは同席する事に対して断固拒否の態度を示したのだ。
それほどアールヴとドヴェルグは太古の昔から仲が悪いのだ。
しかし俺が諭すと2人はやっと承知して渋々と座ったのである。
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