第9話 バートランド
俺達を乗せた馬車はバートランドへの街道をひた走る。
途中、小鬼やダイアウルフなどの襲撃はあったが、俺とフェスで軽く片付ける。
更に走るとようやく地平線の向こうにバートランドの街が見えて来た。
俺達の向かうバートランドはヴァレンタイン王国、第2の都市である。
人口は約10万人。
日本で言えばたいしたことの無い規模だが、こちらの世界ではなかなかの大都市だ。
ヴァレンタイン王国は1千年程前、英雄バートクリードと11人の円卓騎士達が、建国したと言われている国だ。
元々冒険者だった彼と仲間達が夥しい数の魔物を斃し、さらに魔族を駆逐、この街を作り上げたのが、この国の礎と言われている。
彼はこの国の大部分を平定すると、自分の名をこの街に付け、自身の出自からこの街を冒険者達の街とし、初代マスターとして冒険者ギルドを創設した。
街は英雄の噂を聞いて訪れる冒険者達とそれを相手にする商人や女で賑わい、発展していった。
来訪者を問わない寛容さと郊外に冒険者の鍛錬に適した迷宮があったのも、街の発展にますます拍車をかけたのである。
しかしバートクリードと円卓騎士達がこの世から身罷ると、彼等の子孫はこの街を嫌い、バートランドの北に新たに王都を建設した。
英雄の子孫達が街を離れてもこの街は益々繁栄した。
バートクリードの作り上げた冒険者ギルドからは彼に匹敵すると言われた力を持つギルドマスターが続々と輩出され、ギルドの名声を揺ぎ無いものとしたからである。
今や冒険者ギルドはここバートランドに本部を置き、かってバートクリードの宿敵だった筈の北の魔族の国にさえ開かれ、世界中にネットワークされているのだ。
RPG好きの俺がお約束の冒険者になるという気持ちでまず目指すのも当然の街であった。
バートランドの街自体は英雄が魔物と戦っていた頃の名残のある高い壁が聳え立っている。
円卓騎士の1人が施したという古より物理と魔法を排除する障壁魔法がかけられた15mほどの強固な城壁である。
街の北と南にある正門には衛兵が何人か立っており、外の詰め所で街に出入りする人間の確認を行っている。
馬車が南の正門前に差し掛かるとその傷だらけの惨状を見て驚いた衛兵達は、マルコとアンゲロスから事情を聞いて、休憩中の人間まで出て慌てて各所へ報告に向かっていた。
とりあえずオークの上位種が出現した事は街の衛兵隊の耳に入ったようだ。
俺達、当事者は一通り衛兵に話を聞かれた後、解放される。
やはりオークの大量発生は由々しき問題であり、新たな犠牲が出る前にボルハ渓谷の始末は早めにつけておくべきだろう。
本来なら俺達、市民ではないものが街へ入るにはその都度、税金を払うようだが、今回はマルコがうまく処理してくれたようだ。
俺達は門をくぐって街の中に入る。
「じゃあ、ここでお別れだな」
俺はクラン【暁の地】のリーダー、ガロに声を掛けた。
「命の恩人のあんたには感謝してもしきれない、この借りは必ず返す。あんた達ほど凄腕の冒険者に俺達が何が出来るかは分らんが……」
「冒険者をあきらめないのならば、まず【暁の地】をしっかりと立て直す事だな。 俺達も近々、ギルドに登録するつもりだ。何かあった時はよろしく頼む」
それを聞いたリーダーのガロは目を見開き、驚愕の表情だ
「あんた達、未登録だったのか!? もし登録すれば、すぐにギルド内でも指折りの冒険者と言われる筈だ」
「いや、いきなり目立ちたくないからな。あまり余計な事は言ってくれるなよ」
俺が鋭く一瞥するとガロは取り乱したように慌てる。
「わ、分った。俺だって恩人のあんたの足を引っ張るなんて本意じゃあない。余計な事は一切、言わないよ。な、皆そうだろ」
イシドロやホアンも慌てて頷いている。
「じゃあ、俺達はこれで……」
脅かし過ぎたかな?
去っていくガロ達を見ながら、俺はフェスと顔を合わせて苦笑いをしていたのだった。
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「貴方がたは僕と一緒に来ていただけますか」
マルコは俺達にお礼をしたいようだ。
「ワシは一足先に商会へ戻っておる。マルコも早く戻れよ」
アンゲロスは俺達を一瞥すると迎えに来た部下にもう1台の馬車を任せ、自分の馬車の馬に一鞭くれて去っていく。
マルコはその部下が乗ってきた馬車に俺達を乗るように促した。
俺達が馬車に乗るとマルコは馬車を発車させる。
「どこかにお泊まりになる、ご予定は?」
ご予定も何も俺はこの街は初めてだ。
フェスに聞いたが、彼女も特にあてはないと言う。
会話の途中でクサナギが不満そうに聞いて来た。
『私には聞かないんですか?』
フェスに何かにつけて対抗するクサナギがまさかこの街の宿泊先を知っているとは思わず、俺はついスルーしてしまったので、彼女はえらく落ち込んでしまった。
後でフォローしよう……御免な、クサナギ。
俺はマルコの馬車の車窓から街並みを眺める。
それにしてもこの街は美しい。
目に眩しい白壁の家が立ち並び、歩道には街路樹が植えられ、馬車が走る道は、石畳で舗装されている。
今、俺が通っているのは中央広場なのだろう。
一角には市が立ち、人々が夕餉の材料を買い求めている。
酒場や食堂、露店も多く、美味そうな料理の香りがまるで、ここまで来るようだ。
行きかう人も服装は全てが豪華というわけではないが、全体的にこざっぱりとしている。
雑多な人種がいるのにも驚く。
様々な人族は当然、一番多いが、その次に多いのが獣人族。
エルフやドワーフなどの妖精族やそのハーフっぽい人々も多く見られる。
当然、他国からの冒険者も多いのだろうが、やはり他の国に比べて人種差別も少ないのであろう。
「では我がキングスレー商会特別推薦の宿がありますので、そこにしましょう」
「特別推薦?」
連れて行かれたのは結構、豪華な建物である。
白壁の5階建てで造りもしっかりしている。
どう見ても安く泊まれる冒険者の宿と言った雰囲気ではない。
「こちらです」
「おいおい、俺達には分不相応だろう……俺達、そんなに金持ってないぞ」
「宿泊費なんて、そんな心配はご無用ですよ」
俺達はマルコに引っ張られるようにして宿に入る。
そんなつもりじゃあなかったのに……って、俺は無理やり某所に連れ込まれた女性のような気持ちになる。
どうも俺って押しに弱いな……
フェスやクサナギに対しても普段そうだし……
俺は心の中で自嘲気味に呟いていたのだった。
「支配人は、居ますか?」
「はい、おお、フォンティさん、どうしましたか」
出てきた支配人は端正な顔立ちの男性のエルフである。
「こちらの方々はキングスレー商会……いや僕にとって大事なお客様です。最高のおもてなしをして差し上げたいのですが」
「わかりました。普段お世話になっているフォンティさんにそこまで仰られては、このホテル【バートクリード】が精一杯のおもてなしを致します」
何!? この街の名前=英雄の名前が付いているホテルか?
いいのかよ……高そうだぞ、ここ。
「では何泊ほど」
「とりあえず1週間ほど」
どんどん話を進めるマルコである。
ええっ、1週間もか?
フェスはというと?……何! 凄く嬉しそうな顔してるぞ。
「お部屋はどうされますか」
「お部屋って?」
「お2人はご夫婦「そうですわ」「ち、違う、違う」ですか?」
「…………」「…………」
自ら俺の妻だと言ったフェス。
どうせ便宜上言っただけであろうが、その事を俺が否定したので彼女はむくれて黙っている。
プライドの高い彼女の自尊心を著しく傷つけたのであろう。
その怒りがもろに顔に出ているのだ。
「あの……どう致しましょう?」
暫く続いた、きまずい沈黙をやっと支配人が破った。
いいよ、支配人さんナイスフォローだ!
俺は思わず心の中で叫んでしまう。
流石にそのタイミングを逃す俺ではなかった。
「ひ、1人部屋を出来れば2つで」
俺は殺気の篭もった目で睨むフェスの視線を逸らしながら、何とか部屋を取ったのだった。
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「では2時間後にまたお迎えにあがります。
僕は商会でひと仕事終えたら今日はもう用事がありません。
宜しければ夕食など、ご一緒にいかがですか」
支配人と共に部屋まで案内してくれたマルコは相変わらず気配りをしてくれる。
「いいよ。ただ、出来れば大衆食堂みたいなところで
気をつかわず食べたいんだが……」
「かしこまりました。良い店がありますのでご案内します。では後ほど」
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簡単な荷物の片付けも終わり、俺とクサナギはホテルバートクリードの豪華な部屋で寛いでいた。
『ほっほっほっ! 悪は滅びて正義は最後に勝つのでございますね。良い気味ですわ、それにホクト様と2人っきりだし』
クサナギが何故か勝ち誇っているが……
そもそも、フェスが【悪】って何?
そんな事を考えていると、突然、扉が乱暴にノックされた。
え、誰?
ノックは段々と激しさを増してくる。
その叩き方は尋常では無い。
まるで親の仇に対してのような激しさだ。
おいおい扉が壊れるよ、そんなに叩いたら。
俺が慌てて扉を開けると……
そこにはフェスが地獄の鬼のような形相で立っていた。
『何で貴女がここに来るのよ、貴女の部屋は隣でしょ。ここは私とホクト様のたった2人っきりのお部屋よ』
クサナギがからかうようにフェスを挑発する。
何だよ、クサナギ、そのべたな言い方は……
「わ、私は…私はホクト様の従士です!!! 従士は……いつも……い・つ・も一緒でないといけませんから、部屋は当然、引き払って参りました」
『何よ、それ! 信じられない! どこまで、かまってちゃんなのよ~!!!』
フェスの言葉を聞いたクサナギの絶叫が響き渡る。
しかし俺は不思議だった。
いつも冷静な筈のフェスが何故、ここまで取り乱すのかと?
あくまでも俺と彼女の関係は業務上の主と従士。
ルイに命じられて仕事として俺に付き従っている間柄なのにだ。
そして……俺は巻き込まれたのだった。
フェスとクサナギの喧嘩にである。
別に2人とも俺の従士扱いなら仲良くして欲しいのだが、全く原因不明だ。
街に着いた俺に安息は、まだまだ来なかったのである。