プロローグ 転生……そして初めての従士達
音も無く真っ暗な広い空間。
唐突だが、ここは宇宙空間だと思う。
そして俺はただ1人、自分がどんな存在なのか分からないまま、いきなり、そこに存在していた。
自分はと見ると何の形も無い靄のような存在である。
もしや昔読んだ本に出ていた精神体のような物だろうか?
多分簡単に言えば幽霊と言うか、霊魂と言うか、そんな物だろう。
確かに普通の生き物がこんな所に居られるわけがない。
肉体を持たない俺の意識は静かに辺りを見回してから、とりとめもなく、こんな事を考えた。
真っ暗な宇宙、その果てに一体何があるのか?
宇宙とはそもそもどうして出来たものなのか?
そんな議論が散々あったっけ……
しかし周りを見ればそんな議論など、どうでも良いほどの光景が今や目を持たない筈の俺の意識に飛び込んできた。
数多の星が煌き、流れていく美しさ。
昔、宇宙から初めて地球を見て感嘆したある某国の宇宙飛行士は素晴らしい台詞を発したが……
「なんと、綺麗な……」
我ながら陳腐な表現だとは思うが、俺の貧しいボキャブラリーでは、そう呟くしかない。
「でも何故、宇宙なんて……それに俺、どうして死んだのかな?」
今頃、気づく俺も俺だが、こうなる前に自分がどんな存在だったか、記憶が無ければそんな実感は起こりえない。
確か、死んだら天に昇るって言ってた人も居たな。
でも良い事しないと天国にはいけないんだと脅されていたっけ。
だから俺は周りの大人の言うことは、殆どはいはいと良く聞く子供だった。
思い起こせば、小さい頃から臆病な性格だった。
特に死というものを極端に恐れていた。
人間は死んだら……どうなるのか?
人間だけではなく死とは自分がこの世から一切消える事だと誰かから聞かされて
死なない人など居ないと分かりながらも子供心に何とか逃れる術はないかと思っていた。
でも……これが死なら怖くない、全然怖くない。
だが、俺はこれからどうなるんだ?
そう悩み始めた矢先だった。
『肉体を失い小さき魂のみ持つ者よ。だが無限の可能性を秘めたる者よ』
突如、厳かな声が聞こえ、その響きは俺の魂を震わせる。
深遠から響く厳かな声……声からして男のようだが、俺からは一切、姿は見えない。しかし、圧倒的な存在感を感じるその声の主は遠くに居るようで近くに居るという奇妙な感覚であった。
誰だろう……一体、何者なんだろうか?
『お前の輪廻の旅はまだまだ終らない……改めてそなたに新たなる生を与えよう。 更に我が加護も与えようぞ』
一瞬……俺に何か不思議な力が漲る。
「あ、あの……これってもしかして…生まれ変わり? いわゆる転生?」
『力をどう使い、生きるかは、そなた次第だ……さあ行くがよい』
俺の声が聞こえていない筈は無い。
しかし厳かな声の主は俺の質問には一切答えず、一方的に話を続け唐突に終わらせた。
俺の意識は話が終わると同時に深く深く落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『じょうじ・さ・ま……丈二様……』
ここは……どこだ。
どこからか俺を呼ぶ声がしている。
男とも女ともつかない微妙な美しい声だ、
その声は先ほどの厳かな声と同様、俺の中で静かに響いている。
名前を呼ばれながら俺の意識とともに忘れかけていた記憶がやっと甦ってくる。
俺の名は北斗丈二、年齢は30歳……
俳優みたいな名前だが単に名前だけで平凡な会社員だった。
そんな俺はある日不慮の事故で死んだらしい。
どんな事故だったのか……?
確かに誰かを助けようとしたのは覚えている。
しかし不思議な事にそれ以降の記憶だけがすっぽりと抜け落ちているのだ。
臆病な俺が何故、凄く痛い思いをして自分を犠牲にしてまで誰かを助けようとしたのか?
謎だ!
有り得ない!
俺は必死になって記憶を思い起こそうとしたが――やめた。
思い出したって実際、死んでいるんだから今更だ。
まあ、それまでの人生だってありきたりで面白くも無いものだったから俺は特に未練は感じていない。
もし誰かの役に立てて死ねたのなら……
この世に生を受けた意味があった証として、それはそれで良いのかもしれない。
そんな事を考えていると徐々に意識が戻ってくる。
重かった瞼が開いて行く……
気がつくと俺は西洋風の豪華なベッドに寝かされていた。
「丈二様……いえ主様、お気づきですかな」
目が覚めた俺の耳に再び飛び込んできたのは流暢な日本語。
いつの間にかその呼びかけは俺の耳に直接届いていた。
そして俺に呼びかけていたのは30代半ばと思われる長身の男性。
プラチナブロンドの金髪を肩まで伸ばし、切れ長の涼やかな眼差しに整いすぎるくらい整った完璧な顔立ち。
西洋風の豪華な衣装を身に纏うその姿は、まるでかっての中世欧州の王族のようであった。
目が合う――彼はゆっくりと口角を上げて笑う。
瞳は金と銀のオッドアイ、彼は同じ男の俺から見ても人間離れした美しさを持っていた。
「貴方は?」
「これは申し遅れました、私はルイ、ルイ・サロモン。 主様の従士長にございます。ルイとお呼び下さいませ」
「ルイ、従士長?」
「左様でございます。私は【あのお方】から主様に付けられた家臣でございます」
ルイの相変わらず流暢な日本語と意味不明な言葉に俺は頭が混乱する。
「主様はあのお方の意志でこの世界に転生されました。貴方はこの世界を統べるだけのをお力をお持ちです」
そう言うとルイは右膝を突き、左手を胸につけて臣下の礼をとる。
「そんな貴方様をお助けしていくのが、従士長たる私の役目……」
俺は更に混乱した、いきなりの話に相変わらず全然頭がついていかないのだ。
ルイはその姿勢のまま、顔だけを上げ微笑し俺に詫びる。
「失礼をば……いきなり全てを理解しろと申し上げても、これは到底無理な話。ひとつ、ひとつ、説明していきましょう」
ルイは立ち上がると俺に一言断り、傍らの椅子に座る。
そして俺がこの世界にきた経緯を語り始めたのだ。
「主様は前世においてひとつの命を自らの命をもって救われました。今回転生されたのはその行いを気に入られたあのお方の力です。虚空に放たれた貴方様の魂を拾い上げ、新たな肉体を与え、この世界にお連れしたのでございます」
俺は改めて自分を見直してみた。
30代半ばであった筈の俺の体は何と10代後半の体になっている。
肌の張りが違う事は勿論、若干、腹が出ていたメタボ気味な体も脂肪が殆ど無い何と某タレントのような引き締まった筋肉を持つ細マッチョになっている。
ルイが俺に手鏡を渡して来た。
そこに映った俺は黒髪、黒い瞳こそ変わっていなかったが、日本人らしくないエキゾチックな彫りの深い顔立ちに変貌している。
笑うと白い歯が眩し過ぎる。
我ながら美男子だけど、これが今の俺なのか。
「ええと、さっきの話だけど……」
ルイの笑みは相変わらず変わっていない。
「【あのお方】って誰……ですか?」
「ふふふ……宙や星々を含めた全てを御造りになられた偉大なるお方です。 私にも【あのお方】をそうお呼びする以外に 他にお呼びしようがありません」
宙? あの宇宙空間で俺に道を示した存在の事なのか?
俺はその質問の答えを諦め、続いて違う質問を投げ掛ける。
ここまで話して俺は昔、中学生の時に良く読んだ小説の筋を思い出した。
いわゆる『ライトノベル』という奴である。
だが平凡なこの俺が勇者や救世主という肩書きを背負うのは到底無理だ。
だから俺は思わず反論する。
「この世界を統べるって俺に神様やれって事? 俺はそんな大層な人間じゃあないんですけど」
しかしルイは相変わらず笑みを浮かべたまま手を横に振った。
「いやいや……ご謙遜を。あのお方が主様をお選びになったのは必ず理由がある筈です……それに」
「それに?」
「仮に世界の統括者を目指さずとも構いませんし」
「ふ~ん……って良いの!?」
ルイから出た衝撃の言葉!
こうなるとテンプレが成り立たないイレギュラーの展開じゃないかと俺は思う。
俺の驚く様を見て悪戯っぽく笑うルイだが彼によれば俺に世界を統べる義務は無いらしい。
ようは好きに生きて良いとの事なのか?
でもそれでは話が美味過ぎる。
俺の疑惑の眼差しもルイはしっかりと受け止めた。
「あのお方は貴方にこれからの可能性を示唆しただけです。 お考えになる時間も充分にあります、ここまでは宜しいですか?」
ここまでしっかりと話してくれるなら疑っても仕方が無い。
それに俺は彼以外に頼る者が居ないのである。
俺が黙って頷くとルイも姿勢を正して改めて話し始めた。
「では続けて説明させていただきます。まず主様の肉体ですが……基本老いませんし、疲れることを知りません。そして古代竜並みに頑健ですし回復力も抜群です。
……それって人外っていうか、とんでもない出鱈目な事じゃあないか。
「またこの世界には主様のいらした前世の世界と違い魔法が存在しております。 主様は今は魔法が全く使えない状態ですが、問題ありません。 魔法というのはまず想像力の才能が発動を左右します」
出たよ、魔法!
まあここは大事な話でしょう。
ちゃんと聞かなきゃね。
「……そして魔力の量。前の世界で魔法という概念が存在しないせいか使用する事ができませんでしたが、私から見て間違いなく主様には魔法の才能がございます。魔力容量に関しては貴方様の肉体には、あのお方から与えられた私以上の魔力量がありますので、全く問題がありません」
ルイは俺の魔力量のところで言葉に力を込めると複雑な表情で笑い更に説明を続ける。
「話が長くなりまして申し訳ありませんな……ふふ。 魔法を使えば魔力は消費され魔力量の総量は減ります。失われた魔力は魔法薬を飲んだり、この世界の自然が産みなす魔力を吸収する事で 時間をかけて徐々に回復します。これはあくまで普通の方の場合です」
「俺は普通の範疇ではないって事?」
「ふふふ、主様はその魔力を任意でいくらでも体内に吸収できますので 魔法を際限なく使う事が出来るのです」
ルイは面白そうに微笑むと俺に片目を瞑ってみせた。
それもトンデモな話だな……いわゆるRPGでのMPとか気にしないでいいって事か。
「この世界の魔導士、魔法使い達は魔方陣を描いたり、神・精霊との契約による呪文を詠唱して魔法を発動しますが、主様の場合はただイメージして念じるだけ。当然、無詠唱です。但し詠唱を行えば当然、正確に魔法が発動し易いメリットはあります」
無詠唱か……そりゃ楽だし、すぐに魔法を発動出来るって事か。
「ただ、一応練度がございますので完全に使いこなすには、ある程度の経験が必要ですね……ここまではよろしいでしょうか?」
「了解!」
「結構でございます。そして今、主様がいらっしゃる世界ですが、主様のお持ちになっているイメージであれば中世時代の欧州風の剣と魔法の世界でございます」
「俺のイメージ!?」
「申し訳ありませんが、あの方のお許しをいただき、主様のご記憶のいくばくかをお預かりいたしましたので。これ以降、主と臣下としての絆を結ぶ最低限のものですからどうかお許しくださいませ」
お許しくださいと言ってもなあ――ま、仕方が無いか。
「先ほど私が主様にお呼び掛けしておりましたのは念話と言います。魂には鍵がいくつかございますが、その第一の鍵を外していただきますと魂の一部と一部が触れ合い、魂通しの会話すなわち 念話をする事が可能でございます」
俺が気にする素振りを見せるとルイは意味ありげに笑う。
「ふふ……ご心配のようですな。 そうそう人間は知られたくない事のひとつやふたつは 誰でも持っているでしょう。 そういう事は魂の最後の鍵さえ掛けておけば大丈夫。 心の奥底にそう簡単に他者は踏み込めません。 念話自体は当事者同士以外には聞こえませんし私とこれからご紹介する者に第一の鍵だけは ぜひ開けておいて、いただきたいものです」
ルイはその言葉と同時にパチッと指を鳴らす。
その音に応えるように若い女性の声が響いた。
「ルイ様、お呼びでしょうか?」
「フェスティラ、お入りなさい」
俺の居る部屋のドアが音も無く開き1人の華奢な女性が入ってくる。
真っ赤なストレート髪が肩まで伸び、しなやかな獣のような雰囲気。
野性味はあるが、目鼻立ちの整った、意志の強そうな美少女だ。
大きな瞳は鮮やかなワインレッド。
そして鋭く燃えるような眼差しを俺に向けてくる。
「主様にご挨拶を……」
「は!……フェスティラ・アルファンと申します。よろしければフェスとお呼びください」
少女、フェスは右膝を突き、左膝を立て左手を真横に掲げ、うやうやしく礼をする。
ルイが改めて彼女を紹介する。
「この者が主様のお付きの従士となるフェスティラでございます。
以後お見知りおきを……主様がこの屋敷から旅立たれるまで
まず彼女が体術と魔法の基礎を手ほどきさせていただきます」
こうして俺は訳がわからないうちに違う世界に転生し、新たな一歩を踏み出したのであった。