兄貴と外食
100人の同士に愛を込めて。
〔リツ〕
「さて…… 今日は帰りにどこよるかなぁ」
大学の帰り道、俺はそんな事を呟きながら駅へと向かう。
俺が今考えているのは今晩の夕飯のこと。
つまり、今日は帰りにどこで外食をするかと言う事だ。
ここのところ、俺は大学に通学し、そして帰るたびに外食をしている。
なぜ、そんなにも毎日外食をしているのかと言うとそれは……
「ん………? 走らなくてもいいのになぁ……」
俺が前方に目を向けると、そこには一人の女子がこちらに向かって走ってきていた。
その女子は俺を見ながら、嬉しそうに、てっ、てっ、と走って近寄ってくる。
リラックスシェルエットの裾が長めのロンティーに、その裾で半分は隠れたカーゴショートパンツ、それにボーダのレギンスを合わせた、春らしくて可愛らしい格好をした美少女。
そう…… ハルだ。
「あにきぃ!」
はっ、はっ、と軽く息を切らしながら胸元を軽く押さえ、笑顔で俺を呼びかけるハル。
別に走らないで、ゆっくりくればいいのに…… 全くこいつは……
「お迎えごくろう……」
俺はいつもの様に、ハルの頭をぽんぽんと撫でてやる。
「うん!!」
それだけでハルは、本当に幸せそうで明るい笑顔を見せてくれる。
「今日の格好も可愛いな…… 似合ってるぞ?」
俺はハルを見つめたままそう言って微笑む。
「………………………!!」
するとハルは何もいわずに、顔を真っ赤にしながら一指し指でくるくると髪をいじり…… そして「えへへ」とはにかむ。
最近気が付いたのだが、どうやらハルは可愛いと言われると照れて何も言えなくなってしまうらしい。
ただ、どうやら可愛いと言われること自体はすごく嬉しいらしく、いつも黙りながらも頬を緩ませている。
まぁ、おれ自身もそんなハルの反応が可愛らしくてついつい、いつも可愛いと言うのだが。
俺も大概だな……
「さて…… じゃあ今夜は回転寿司にでも行こうか?」
俺は照れているハルをほほえましく思いながら、今日の夕飯の案を出す。
ハルが迎えに来るようになってから…… 俺とハルは毎回夜はご飯を食べに行くことにしているのだ。
「回転寿司? お寿司が…… 回転するの?」
ハルはそう言って、僅かに首を傾げる。
可愛いが…… 何も分かっていない表情だ。
俺にはわかる…… 多分ハルは今、駒のように回転する寿司を想像しているのだろう。
そうなのだ……
ハルは外食と言うものに疎い。
高校時代、友達と部活帰りにいろんな所へ食べに行った俺とは違い、ハルにはそういった経験が無いのだ。
なぜなら俺達は中学生まではユキのお婆さんこと、ヨネさんの管理の下に、常に手作りの飯を食べていた。
加えて中学時代は校則で買い食いは禁止されていたのだ。
つまり、高校時代に勉強しかしてこなかったハルは親達と一緒にいった高級料理店でしか外食をしたことが無いのだ。
故に、ジャンクフードやファミリーレストラン、ラーメン屋、回転寿司と言ったものに行ったことがない。
先日ラーメン屋に連れて行ってやったときなどは「うぁぁ……」と予想外の美味しさに感動していた程だ。
「まぁ…… 行ってみればわかるよ」
俺はハルに向かって手を差し出す。
「………!!」
ハルは差し出された俺の手を見つめ、そしてその後すぐに俺の目を見つめ「いいの?」と言う目をする。
俺はそんなハルに視線で「いいよ」と答えると、ハルはふにゃふにゃと照れ笑いをしながらきゅっと俺の手を握る。
「えへへ……… おにいちゃん」
小さい声で、幸せそうに声を漏らすハル。
別に初めて手を握るわけでもないのに、毎回始めてのように初々しく喜びを表すハル。
俺は…… この顔を見たくて毎回手を差し出しているのかもしれないな……
まずいなぁ……
本当にまずい……
最近は彼女ともあってないし、それに会おうともあまり思わない。
最近…… ハルに対して…… 「妹」と言う意識が薄くなってきているのを感じる。
このままでは本当に…… いつか俺は取り返しのつかないことをしそうだ。
でも……
「へへ…… たのしみだなぁ」
「本当に幸せそうだな、ハルは……」
「うん…… ありがと、兄貴」
「…………へ?」
「いつも優しくしてくれて…… ありがとぉ… 僕は… 僕はしあわせだよ」
「ぬ………」
でも…… 俺は……
もう、ハルを自ら遠ざけられる気が…… しない。
――――
〔とある青年〕
僕は…… 最近恋をしている。
その恋をしている相手は…… 最近、東山駅でよく見かける、凄い可愛い女の子だ。
その子はいつも、東山駅の入り口で、壁に背をもたれながら立っている。
誰かを待っているのか…… いつも寂しげに佇んでいる。
ロングの明るめな茶髪が特徴の、可愛くて、綺麗で、小柄な女の子。
僕はいつもこのオカッパ寿司のバイトに行く途中で見かける彼女に一目ぼれをしてしまったのだ。
だから僕は…… 密かにその子に告白をする気でいた。
次のバイト代が入ったら、すぐにあの子に告白をして、彼女にふさわしい、最高のデートをするんだって決めていた。
そう、決めていたんだ……
あの子がこのオカッパ寿司に来た…… あの日までは……
その日、僕はいつもどおりにオカッパ寿司でバイトをしていた。
あの子とのデート代と言う目標があるからだろうか…… 最近バイトにも真剣に取り組んでいる。
あの子に…… 適当に稼いだお金でデートに誘いたくはないから。
僕は…… そんな事を考えながら、その日もバイトに勤しんでいた。
しかし…… 来たのだ……
その日、僕のバイト先に…… あの子が。
何やら店内が騒がしいなと思い、僕が店の賑やかになっている方に目を向けると、そこには僕が一目ぼれをしたあの子がいた……
長くてさらさらででふわふわとした、明るめな茶色のロングヘアー。
大きくて、澄んでいて、たれ目なのがまた可愛らしい、綺麗な瞳。
子猫のような柔らかさと、まるで姫か何かのような高貴さが同居する、美しい顔立ち。
間違いない…… 間違えるはずも無い…… あの子だ。
こんなチェーン店の回転寿司にあの子が来るなんて…… もしかして…… これは運命なんじゃないのだろうか?
と……一瞬よぎった僕の考えは、その直後に脆くも崩れ去る。
「二名で」
そう受付の子に言うのは、あの子の隣にいた男……
おしゃれに流した黒髪に、切れ長の目鼻立ち、鋭い眼光と引き締まった顔つき、その上長身で、体もマッチョではないものの引き締まっていて強そうだというのが分かる。
あの子に…… 見事なまでに釣り合いが取れている青年がそこにはいた。
しかも……
あのこと手を繋ぎながら来店をしたのだった。
僕は若干呆然としながら、仕事を続けつつ二人の観察をした。
僕は…… まだ、希望を捨てきれないでいたのだ。
だってそうだろう?
生まれて初めての一目ぼれで、あの子は一度目にしたら焼きついてしまう程に、あんなに愛らしいんだ。
それに……
あんな可愛い子なのに、デートで回転寿司を選択するような奴だ…… もしかしたら見た目と違って大した奴じゃないのかも知れない。
と…………
考えていた時期が僕のもありました。
僕はその日徹底的に打ちのめされた。
その後、僕の前眼で繰り広げられた光景によって、徹底的に打ちのめされたのだった。
席に座るとき。
二人はテーブル席へと案内され、そこで男はあの子を自分の向かいのテーブルへとエスコートしようとしていた。
しかし、そこであの子は不思議そうな顔をする。
「何でそっちに座るの?」と言わんばかりのあの子の顔。
僕もそれを見ていて、いったいどうしたのだろうと見ていたが、その直後に、あの子がどうしたかったのかがすぐ分かった。
あの子は男の向かいに座らず、男の隣に座ったのだ。
まるで、そこが自分の定位置だと言わんばかりに。
楽しそうに嬉しそうに、によによとしながら男の隣に座ったのだ。
食事をしているとき。
あの子は、小さな口でパクパクと少しずつ寿司を食べていた。
そして、少し食べては、箸を止め「美味しいね」と言いながら男を見上げ頬えむ。
回転する皿を、男に取ってもらっては嬉しそうに「ありがとう」と微笑む。
お茶を飲みながら、上目使いで、男の顔を盗み見ては微笑む。
男のお茶が無くなり、それに気が付いたあの子がお茶を入れてあげる、そして男に「ありがと」と言われ、幸せそうに微笑む。
あの子はずっと微笑んでいた。
可愛らしく、愛らしく、頬を薄く染めながら、ずっと微笑んでいた。
食事が終わった後。
会計を済ませた男を見上げ、あの子が男のそばに寄り添う。
そして、口元をキュッと結んで、何かを期待するようにして男を見上げる。
男はそんなあの子を見ると、ふっと小さく笑い、まるでダンスにでも誘うかのように、あの子に向かって手を差し出す。
あの子はそれに「ぁ……!」とせつなくなるほどに嬉しそうな笑顔と吐息を漏らし、そして満足そうにその手を握った。
そうして、あの子は帰っていった。
終始余すことなく幸せそうにしてあの子は帰っていった。
全ての男を虜にするような、甘い甘い、蕩けるような笑顔を、あの男にだけ向けて……
誰が見てもわかる。
あの子が…… あの男にベタ惚れなのだ。
他の男など、入る余地も無いほどに…… あの子はあの男しか見ていなかった。
彼女は…… 本当にあの男が大好きなのだろう。
僕は…… その日…… 完全完璧に失恋をしたのであった。
――――
〔ハル〕
最近…… 僕はおかしい。
とても…… おかしい。
こころが暴れまわっているのだ。
兄貴に、優しくしてもらって…… 兄貴に触れ合って…… 兄貴を迎えにいって…… 兄貴とご飯を食べに行って。
僕は……
僕は兄貴にしてほしい事がたくさんある。
兄貴になら何をされてもいいと思えてしまうほどに……
僕は兄貴にしてあげたい事がたくさんある。
兄貴になら何だってしてあげたいと思うほどに……
僕は…… 兄貴になら殺されてもいいし、兄貴の為になら死んだっていい。
最近、本気でそう考えてしまう自分がいる。
重い、おかしい、気持ち悪い……
どこの世界に、実の兄にそんな事を思う兄妹がいるのだ……
僕はおかしい……
それに…… 最近、兄貴が彼女と電話をしているのを見ていると……
胸が…… むかむかして気持ち悪くなってくる。
僕はおかしい……
これではまるで兄貴に……
僕は…… 兄貴と距離を置いたほうがいいのかも知れない。
でも……
それはもう無理だ。
「おにいちゃん……」
僕は握った兄貴の手をキュッと握りなおして、小さく呟く。
「ん?」
兄貴が僕をみやり、小さく微笑んでくれる。
「……………ぅ……」
僕はその小さな笑顔だけで、大きな幸せを感じてしまう。
無理だ……
もう、あの頃には戻れない。
兄貴に冷たくされた頃には戻れない。
いま、兄貴に冷たくされたら、この温かさを知ってしまった、今…… 冷たくされたら……
僕はきっと、ずっと泣きっぱなしになってしまうだろう。
きっと、兄貴が許してくれるまで、ずっと泣いて縋って、懇願し続けるだろう。
多分、もう兄貴の弱点を突こうなんて微塵も思わず…… ただただ泣き続けるのだろう。
それが容易に想像できてしまう。
「僕を…… もう嫌いにならないでね」
「………………どうしたんだ急に?」
「ううん…… なんでもない…… 忘れて?」
ちょっと幸せすぎて不安になっただけ……
「…………………ならないよ、約束する」
兄貴がそう言って僕の頭を優しく撫でてくれる。
「ぅぁ………………」
僕は…… そんな兄貴の一言だけで、どうしようもなく顔がふにゃふにゃとしてしまう。
「泣くなよ…… 最近お前はすぐ泣くな?」
「ぅえ!?」
あ……れ?
ほんとだ…… 泣いてる……
「ご……めぇ……」
「いいよ……」
兄貴が優しく僕の涙をぬぐってくれる。
その兄貴の手の温かさが、嬉しくて優しい……
「おにいちゃ…… ありがとぉ…」
僕は最近本当におかしい。
僕は……
僕は多分…… 兄貴に狂っている。
ハルの心理描写が、書いていて心底ニヤニヤする。
俺も相当に大概である。