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兄貴をお迎え

62名の紳士に尊敬の念を込めて。

〔リツ〕


「………すぅ…………………にゅ…ぅ」


今、俺の胸元でハルが寝ている。


俺に完全に体を預け、俺が正面向かい合わせの状態でハルを抱っこしている。


「おに……………………ちゃ………」


口元をむにゃむにゃとさせながら、幸せそうに寝言を言うハル。


その寝顔はまるで蕩けているかのように…… 穏やかで…… 幸せそうで…… そして可愛い。


「ぎゅ…………て……ね?」


ハルはそう寝言を言いながら、俺に抱きつく腕に力を込めて頬を摺り寄せる。


まるで猫のように、おでこから頬を、俺のみぞおちのあたりにすり寄せ、ほわりとした愛らしい笑顔で寝息を立てる。


「お前は本当に甘えん坊だな……」


そんな子猫のようなハルが、俺は何ともいえないほど愛らしく感じて、思わずハルと強く抱きしめる。


「ふぁ……………」


強く抱きしめられたハルは、一度切なげに息を吐き出し、そして……


「おにいちゃん……」


満ち足りたような寝顔を見せてくれたのだった。


「まずい……なぁ……」


俺はそんなハルの寝顔を見ながらそんな事を呟く。



ハル……


もうすぐ春休みが終わって、大学が始まる。



この数日……


ハルが女になってからもう数日が経過した。


俺はこの数日の中で……


ハルと毎日触れ合うこの日々の中で……


「なぁ…… ハル…… お前は俺をどうしたいんだ?」


俺はハルに…… 良くない感情を…… 抱き始めている。


――――


〔ハル〕


「はぁ……… ひまぁ……」


僕は今、家のリビングにあるソファでごろごろとしている。


なんで、ごろごろとしているかといったら、やることがないからだ。


「あにきぃ……」


今は…… 四月である。


四月が始まってしまったのである。


つまり、兄貴の春休みが終わり、そして兄貴の大学生活が始まってしまったのである。


「はぁ……」


僕はクッションを抱えたまま寝返りをうって、ソファにうつぶせになる。


ソファが…… 広い。


ソファがやたらと広く感じる。


もちろん、ソファ自体が広がったわけじゃあ無い。


ただ…… 兄貴がいないのだ。


「むぅ……」


別に…… 夜になればまたあえるのだし、そんな寂しいとかじゃないけど…… ちょっと寂しい。


「どうしちゃったんだろうね…… 僕は……」


僕はうつぶせたままそう呟き考える。


人肌が恋しいのだ。


なんでこんなに人肌が恋しいのだろう?


………………いや、違うな。


別に人肌が恋しいんじゃない。


兄貴のぬくもりが…… 


僕は恋しいんだ。


「なんか僕…… 気持ち悪いな」


でも…… 


しょうがないんだよ。


だって兄貴に甘えてると…… どうしようもなく幸せな気持ちに……


「なれちゃうんだもん…なぁ…… むぅ」 


はぁ……


もっと……


もっと兄貴とごろごろしたいなぁ。


また兄貴にだっこして欲しいなぁ。


兄貴と一緒にご飯食べたいなぁ。


兄貴はお昼ご飯なにたべたのかなぁ。


兄貴ともっと遊びたいなぁ。


兄貴とどっかお出かけもしたいなぁ。


兄貴と…… おにいちゃんと……


「うぅ……」


ほんと…… 僕ってきもいなぁ……


なんで僕…… こんなに兄貴のことばっか考えてんだろ?


前も…… 兄貴の事は良く考えてたけど……


こんなに兄貴兄貴はしてなかった…… よな?


でも……


今の僕はどうしても兄貴の事ばかりを考えてしまう。


なんでだろう……? 分からない。


でも…… 考えてしまうのだ。


今、兄貴は何してんのかなぁ…… とか。


今度、兄貴にこんなことしてあげたいなぁ…… とか。


兄貴が僕にこういうのしてくれたら嬉しいなぁ…… とか。


本当にそんな事ばかりを考えている。


しかも兄貴の事を考えてるときは…… なんというか……


何だか切ない様な…… 幸せのような…… そんな不思議な気分で……


兄貴の大学が始まってからもう三日目だって言うのに…… 僕は飽きもせず兄貴のことばっか考えてる。


しかも気が付いたら勝手に顔が熱くなってたり、妙にへこんでたり……


自分が…… まるで自分じゃないみたい。


前は…… 兄貴の事を考えてても…… こんな不思議な気分にはならなかった。


「これじゃあ…… まるで……」


む……


僕はうつぶせのまま、足をパタパタとさせて、クッションに顔を埋めるのであった。



「暇だから出かけてくるね?」


僕はユキにそう声をかける。


「どちらへでしょう?」


ユキはそう言って僕を見つめる。


「え? えっとぉ……… ちょっと散歩に……」


「万が一の時の為に、行き先はお教えください」


僕が濁したようにそう言うと、ユキはキッと僕を見据えてそう言う。


「ぅ…… 青葉駅のほう……」


「ほうほう、つまり余りにもリツ様が恋しくなってしまって、健気にも迎えにいく為に、リツ様の大学の最寄である東山駅へと向かうという事ですね?」


「ぅ………」


僕は余りにも図星を突かれすぎて何だか居たたまれない気持ちになった。


「しかし、そう言うことであればもっと可愛い格好をいたしましょう」


「え? な、なんで?」


ユキは何だかやたらと熱い瞳で僕を見つめてそう言う。


「想像して御覧なさい、駅前でお迎えしている妹が可愛い格好をしていれば、リツ様だって鼻が高いでしょう?(ハル様を可愛く着飾りたいだけなんだぜ!)」


「あ、そっか……」


そうか…… 確かに身内が恥ずかしい格好をしてたら、兄貴が恥をかいちゃうよね?


「それに……」


「それに?」


「可愛い格好の方が、リツ様もお喜びになられますよ?(私もお喜びになられますけどね)」


「………………っ! わ、わかった…… お願いします!」


確かに…… もし…… 兄貴が可愛いって言ってくれたら……


嬉しいかも。


む…… 何だろう…… 頬がゆるむなぁ。



「えっと…… いってきます」


僕はユキにそう言って玄関の扉を開ける。


「はい、いってらっしゃいませ」


ユキがそう言って玄関で僕に手を振る。


「これ…… 大丈夫なんだよね? 似合ってるよね?」


「ええ、ばっちり可愛いですわ!」


「よ、よし……! い、いってきます!」


僕は一度、むん、と気合を入れてから家を飛び出したのであった。


――――


〔リツ〕


「ん? なんだ?」


帰り道…… 俺はいつもの様に電車で帰ろうとしていたのだが、そこで人だかりを目にする。


いや、たかっているといった感じではないか。


なんというか…… 遠巻きに見ていて、そこらへん一帯の人の流れが滞っている。


そんな感じだ。


この都心の駅という場所で、この人の滞りは、はっきりいって邪魔の一言に尽きるのだが…… 一帯何があるんだ?


「うわぁ…… かわいい! 芸能人かなぁ?」


「おい…… お前、声かけてこいよ!」


「お、俺が声かけられるレベルじゃねぇよ!」


そんな小声が耳に入ってくる。


どうやら、この人ごみの中には可愛いだれかがいるらしい。


俺はそれに特に興味があった訳ではないがなんとなしに、その人ごみの中心へと目をやる。


「へ…………」


俺は…… 自分の視線の先にあったものをみて思わず間抜けな声をあげて固まる。


そこには……


可愛い女の子がいた。


ワンピース…… いや、あれはチュニックというやつだろうか?


落ち着いた色合いのチュニックに、春っぽい明るめな色のカーディガンをあわせて、下にはデニム地のクロップドパンツをはいている。


可愛い女の子が着る様な服を、見事に着こなしている可愛い子。


周りの視線に対し、困ったように目を伏しているのが、なおさら愛らしく見えてしまう女の子。


ていうか……


「ハル……」


それはハルだった。


「お、おい…… ハル? なにやってるんだ?」


俺はハルに近寄って声をかける。


「うぇ……? あ……! おにいちゃん!!」


俺の声に気が付いたハルは、少し驚いたようにしてこっちを見やる。


そして俺の事を視界に入れた瞬間に、パァっとした笑顔を見せて、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「へへ…… 兄貴! 迎えにきたよ!」


ハルはほわほわと、本当に嬉しそうな顔をしながら俺の腕へと抱きつく。


「いっしょにかえろ?」


そして、俺の腕をキュッと大事そうに抱えて、頬を摺り寄せながら俺を見上げるのだった。


「俺を…………迎えにきたのか?」


「うん!」


ハルはどこか誇らしげにそう返す。


その表情は、どこかじゃれ付いてくる子犬を思わせるよな顔で、おそらくハルにしっぽでもあったのならブンブンと左右に大きく振れていることだろう。


犬だったり猫だったり大変だな……


「そうか…… ありがとな?」


俺はハルの頭をぽんぽんとなでてやる。


「………………うんッ!!」


するとハルは顔をほにゃりとさせながら、本当に嬉しそうに微笑むのであった。


――――


〔ハル〕


駅で兄貴を待っていると、段々と回りに人が寄ってきているのが分かった。


恐らく…… みんなでは無いと思うけど、僕のことをみているのだろう。


僕だってバカじゃない……


まぁ…… 胃薬と睡眠薬間違えるようなバカだけど……


あの親の子供で、あの兄貴の弟だ…… 僕はまぁ、それなりに見れる顔をしているのだろう。


だから、こうして見られるのは仕方が無いことなんだろうけど……


なんか…… 心細い。


男の時はそんなこと感じなかったのになぁ。


なんだろう…… このか細い体だと、どうしても不安になってしまう。


でも……


それでも僕は、ここで待つのをやめられないでいる。


だって……


兄貴を待つこの時間が、こんなにもドキドキして心地いいから。


兄貴にもうすぐ合える。


兄貴にもうすぐ触れられる。


そして、兄貴を迎えに来て、こうして兄貴をまっている自分が…… 何となく誇らしい。


「まだかなぁ……」


兄貴、僕が来てるのを知ったら驚くかなぁ。


迎えに来たこと…… ほめてくれたら嬉しいなぁ。


兄貴……


兄貴……


まだかな…… おにいちゃん。


「お、おい…… ハル? なにやってるんだ?」


「うぇ……? あ……! おにいちゃん!!」


おにいちゃんだ!!


えへへ…… 兄貴! 兄貴!


「へへ…… 兄貴! 迎えにきたよ!」


なんだろう?


なんでこんなに嬉しいんだろ?


数時間ぶりなだけなのになぁ……


「いっしょにかえろ?」


でも…… 嬉しい。


やっぱり、兄貴と触れ合えるのは…… 幸せで、嬉しくて、ほっとする。


「俺を…………迎えにきたのか?」


「うん!」


そうだよ!


えへへ…… ほめてくれてもいいんだよ?


「そうか…… ありがとな?」


………………ッッ!!


「………………うんッ!!」


おにいちゃんが撫でてくれた……!


くぅ…… なんか…… なんだか胸の奥がぶるぶるするよ……


なんだろう…… なんか僕…ぅぅ…… 超幸せかも……!!



なんかもう、俺の脳内のハルが萌えすぎてやばい。


もう、俺はダメかもしれない。

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