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兄貴と僕とその後

事後の話。


ちょっと暗い展開。


あと生生しい表現があるので注意(妊娠等のフレーズ)。

〔ある女の追憶〕


彼を始めてみたのは、小学校六年生の夏休みだったことを覚えている。


その日私は、図書室で借りた本を返そうと、学校へきていた。


新しい本を借りた私は、ついでにこの冷房の聞いた図書室で本を読んでいこうと思い、図書室の奥の方の席へと向かった。


すると……


そこには、一人の少年がいた。


その少年は夏の日差しを浴びながら、涼しい顔で目の前の本を広げ、片肘を突きながらそれを読んでいた。


蝉の声、薄暗い図書室、そこに射す夏の日差し、その照り返しを受けて陰影を帯びた美しい顔立ち。 


一言で言って、絵になるという奴。


多分、私と同い年で…… だけどとても同い年とは思えないような……


そんな大人びた雰囲気を持つ人だった。


そして私は…… そんな彼に一目ぼれしたのだ。


――――


〔ハル〕


「ん………ぅ… ふぇ?」


んぇ…… ここは……?


「…………いたっ!?」


え!?


な…… 痛い?


…………………………あぁ、そうか。


僕は、僕の隣で安らかに寝息を立てているおにいちゃんを見やる。


「僕…… おにいちゃんとしちゃったんだ……」


そう自分で改めて口に出してみると、何だか嬉しいような恥ずかしいような感覚がこみ上げてきて、顔が熱くなるのを感じる。


だけど…


自分が思っていたよりも遥かに……


「おにいちゃん……」


僕の心は幸せで満ち溢れていた。


「ん…… ぅぅ……?」


僕が両肘を突いて、手に顎を乗せながらおにいちゃんの寝顔を眺めていると、おにいちゃんがもぞもぞと身じろぎをしてゆっくりと目を覚ました。


ぼーっとしながら僕のことを見つめるおにいちゃん……


「えへへ…… おはよ」


そんなおにいちゃんがなんだか可愛くて愛しくて、僕はおにいちゃんの頭を撫でる。


「おう…… おはよ」


「きゃ……!?」


すると、目を覚ましたおにちゃんが僕を引き寄せて、ギュッと抱きしめてくれた。


「ハルは…… やわらかいなぁ」


「ふや……」


まだお互い裸だから、体温が直に伝わってきてとても温かい。


なんだかとても恥ずかしくて、ドキドキするけど、おにいちゃんに触れているととても安心する。


ああ…… 幸せってこういうのなんだなぁ。


「ハル…… 体は大丈夫か?」


「うん…… まだ少し痛いけど、大丈夫だよ?」


おにいちゃんが心配そうな顔で僕の頭を撫でてくれる。


優しくなでて心配してくれるのが嬉しくて僕はおにいちゃんの胸元に思わず擦り寄ってしまう。


「なぁ…… ハル」


「ん……?」


僕がおにいちゃんの胸元で甘えていると、とつぜんおにいちゃんが真剣な顔で僕を見る。


「アフターピルを用意しておこうかと思うんだけど…… いいか?」


「え……?」


「つまりさ…… えっと俺、避妊しなかったからさ…… 事後用の避妊薬を用意しようかと思ってさ」


「ああ……」


おにいちゃんが罰の悪そうな顔をして僕にそう言う。


そういえば、中でしてたんだっけ…… ぅぅ… なんか気恥ずかしいな…


最後の方はちょっと僕も訳わかんなくなっちゃってたからなぁ。


な、なんだか凄く恥ずかしくなってきた…… 


……………でも。


「いらないよ」


「え?」


僕はおにいちゃんの首に手を回して、おにいちゃんに顔を近づけて言う。


「おにいちゃんの頼みはなんだって聞いてあげたいけど…… これだけは嫌だ」


「ハル……?」


「もしできちゃったら… 僕は生みたい」


そんな事を言うって事は、おにいちゃんは僕が妊娠したら迷惑なんだろうな……


それはそうだよね…… だって僕達兄弟だし… それにおにいちゃんだってまだ学生なんだもん。


でも……


「ごめんね? 僕、重いよね……? でも… 僕は生みたいんだよ、大好きなひとの子供を」


僕はおにいちゃんにおでこをつけて言う。


「だからごめんね……? 生ませてください…… おにいちゃんに迷惑はかけないから…… お父さんたちに土下座でもなんでもして僕がそだてるからさ」


「………………ばかやろう」


僕がそういっておにいちゃんに微笑むと、おにいちゃんが僕をギュッと強く抱きしめてそんな事を言う。


「え?」


「馬鹿かお前は…… 勘違いすんな、俺はお前に気を使っただけで、おれ自身はお前を孕ませたいと思ってるよ…… もちろん生んでくれいい」


「え………?」


おにいちゃんが僕の背中をさすりながら僕の目を真剣に見つめてそう言う。


「別に18で父親なんて、今時珍しい話じゃないさ…… 一緒に…… 育てよう」


「おに………ぃ ちゃ…ん」


僕は…… そのおにいちゃんの言葉に頭が真っ白になる。


もちろん…… 嬉しくてだ。


「ハル……」


おにいちゃんが、僕を抱きしめながら、僕にキスをしてくれる。


「ん……… おにいちゃん……」


僕は…… なんだか嬉しすぎて幸せすぎて、涙が出てきてしまう。


「ハル…… 俺がお前を幸せにしてやるよ」


「……僕はもう沢山しあわせだよ?」


「もっとだ」


「もっと?」


「ああ」


「……………うん!」


僕は…… 本当に幸せだ。


――――


〔ある女の追憶〕


初恋をしてから私は、ずっとあの人のことを考えた、探した、目でおった、見つめていた。


あの人は…… 綺麗で、かっこよくて、人気者で、何でも出来て……


本当に、知れば知るほど凄い人で…… 私は……




見てるだけでよかったのだ……


そう…… 地味で特に取り柄もない…… 読書好きなだけの私。


そんな私はあの人とは違う。


あの人には華があって、才能があって、気高さがある。


なんでもある。


私は、可愛くもなくて、綺麗でもなくて、存在感もない。


何にも無い。


だから…… 私は 見ているだけでよかったのだ。


美しいあの人を見ているだけで、幸せだったのだ。


――――


〔リツ〕


今、俺の腕の中で裸のハルが甘えている。


肌と肌が触れ合って、ハルの柔らかい胸が、俺のみぞおちのあたりに当たっていて気持ちいい。


俺がハルを見て、微笑みかけると、ハルもにぱっと微笑む。


可愛い。


俺はなんとなくハルにいたずらをしてみたくなって、ハルの頬をつく。


「ふぇ?」


なに? といった顔で俺を見つめるハル。


俺はそんなハルを見ながら、指先でぷにぷにとハルを楽しむ。


「ハルのほっぺは柔らかいな…… きもちいいよ」


「そ、そう? えへへ」


俺がそう言って褒めてやると、ハルはまんざらでもなさげに微笑む。


俺は、ハルの頬に触れていた指をずらし、ハルの唇に触れる。


「ん……」


ハルの唇はぷるぷるしていて、とても柔らかい。


ちょっとだけしっとりとしていて、指に吸い付く。


俺は何となく楽しくなってきて、今度はハルの口の中に指を入れてみた。


「んぁ……?」


ハルは俺の親指をくわえながら、俺を上目使いに見つめる。


「ん…ちゅ……」


するとハルが、口の中で俺の指をチロリと舐める。


俺の指先をなぜる、熱くてぬるっとするハルの舌。


「………へへ、ちょっとだけしょっぱいんだね」


ハルは俺の手から口を離すと、少しだけ頬を染めて、愛らしく、そして少しだけ艶やかに微笑んだのだった。


「ハル……」


俺はそんなハルを見て、なんとも言えない満足感を感じる。


「なに?」


いや…… 独占欲とも言い換えらるやも知れない。


「お前は俺のものだ…… もうお前はなさない」


もう、だめだ…… 


俺はもう……


完全にこいつにいかれてしまった。


今更元に戻るなど、もう不可能だ。


それに…… 


「うん…… ハルはおにいちゃんのものだよ…… もうおにいちゃんから離れない」


ハルも同じ気持ちでいてくれているのだ。


――――


〔ある女の追憶〕


中学生になった。


中学二年生になった。


中学三年生になった。


受験だ。


私はこの中学生の三年間。


特に何の変化も無く過ごし続けた。


学校に行って、本を読んで、あの人を見つめて、家に帰る。


そんな何気ない毎日。


片思いの…… 


いや、片思いなどと呼ぶのもおこがましい、憧れだけの日々。




だけど……


そんな些細な日常は一瞬で変化を遂げた。


あの人によって変わった。


あの人が私に少し関わっただけなのに……


それだけで私の世界は大きく変わってしまったのだ。



それはある日の図書館。


私は受験勉強をしていた。


その日、私は担任の先生に「志望校はもう一つ上を目指してみないか?」と言われた。


私の成績は結構良いらしいので、努力すればかなり上の高校も目指せるらしいのだ。


私としては、そこまで努力して上を目指すよりも、家から近くて、学費も安いらしい、近くの公立の高校の方が良いのだが。


そんな事を考えながら勉強を続けていると、不意に声をかけられた。


「となり良いかい?」


「あ…… はい…… ええっ!!」


そこには私の憧れのあの人がいたのだった。


私があわてながらあたりを見渡すと、今日はやたらと図書室が込んでおり、私の隣以外、席が全て埋まっていたのだ。


「あ…… どうぞ!! お座り下さい!!」


「え? あはは、そんな畏まらなくても……」


そういって綺麗に笑うその人に、私は目と、そして再び心を奪われた。



しばらく私は、もくもくと勉強を続けた。


私は緊張してしまって、テンパリながら勉強をしていた。


「ねぇ…… 君は志望校どこなの?」


「え……!! わ、私ですか!?」


ふいにあの人が私に声をかける。


私は上ずった声で答えてしまう。


「わ、私は木葉城高校を受けるつもりです!」


私は思わず見栄を張って、今日先生に進められた高校の名前を言ってしまう。


「へぇ…… じゃあ俺と同じだ」


「えっ!!」


あの人はそう言って私に微笑む。


「この学校で俺以外に目指してる奴がいたんだな」


「は、はい!」


「あはは、じゃあまた図書室であえるかもしれないね」


「そ、そうですね」


「小学校の時からだから、次にあったら三度目だ」


「え……?」


私はぽかんとしてしまう。


「あれ? 小学校の時夏休みの図書室で会ったの覚えてない? 藤崎さんでしょ?」


「お、覚えてます! え!? てか覚えてるんですか!?」


「うん、俺、記憶力は良い方でね、君が俺の右斜め前の席に座って、ハルーポッターを読んでたのまで覚えてるよ」


「そ、そうなんですか?」


「そうだよ、目が合って挨拶したじゃん…… お? もうこんな時間か…… じゃあ俺もう行くよ」


「あ、はい!!」


「じゃあ、また…… 会えるといいね?」


「はい!!」


私は、その日、志望校を決めた。


――――


〔ハル〕


「ハル…… 今日は夜、どっかに食べに行かないか?」


おにいちゃんがそう言って僕を見る。


僕達は今、シャワーを一緒に浴びて、着替えたあと、一緒にココアを飲んでまったりとしている。


「え! どこかまたつれてってくれるの!?」


僕はおにいちゃんのお誘いに心が弾んで、顔がにやけてしまう。


「ああ…… 今日は、なんていうか…… 記念日だからな、ちょっとおしゃれなとこで飯でも食おうぜ?」


「ほんと!! 嬉しいぃ!!」


「おし…… じゃあ、5時にいつもの駅で待ち合わせな?」


「え……? 一緒にでかけないの?」


僕が、そう言っておにいちゃんに問いかけると、おにいちゃんはちょっとだけ暗い顔をした。


「これから俺はちゃんと別れ話をしてくるよ…… さすがにあのまま別れるのは失礼だからさ」


「おにいちゃん……」


「実際自分勝手な最低の別れ方だからさ…… 多分罵られまくるだろうけど」


「ぅ………」


「そんな顔すんなよ…… 悪いのは俺で、被害者は彼女だ、お前が気に病むことはなにもないよ」


「…………うん」


そうだ……


僕は…… 僕は他の人からおにいちゃんを奪ってこうしてるんだ。


最低のことをしてるんだ。


それを…… 自分に置き換えて見れば良く分かる。


多分僕だったら、自殺するかもしれない……


それくらいの事を、僕はしてるんだ。






でも……


でもそれでも僕は……


「おにいちゃん」


「ん?」


「僕を…… 僕を選んでくれてありがとう…… 本当にありがとぅ」


おにいちゃんじゃないとダメだ。


僕はおにいちゃんじゃないと…… ダメなんだよ。


「ハル……………」


おにいちゃんが僕を強く抱きしめてくれる。


おにいちゃん……


僕を……


お願いだから僕を……


すてないでね……


――――


〔ある女の追憶〕


私は高校生になった。


そして、読書部に入った。


読書部とは、図書室で読書をするだけの何とも平和な部活で、図書委員もかねた部活だ。


何でそんな部活に入ったかと言うと、私が本が好きだから…… と言うのももちろんあるのだが、本当のところは……


「なぁ…… 聞いてくれよ藤崎…… 最近弟がさぁ」


「うん…… へぇ…! そうなんだ」


あの人がいる部活だからだ。


と…… いっても、人気者で万能のあの人は他の部活に助っ人として引っ張りだこで、部活には基本週一でしか顔を出さないのだが。


でも…… いいのだ。


週に一度でもあの人と一緒にいられる。


それだけで私は満足だ。


「はぁ…… 悪いな藤崎、いつも俺のたわいもない話に付き合わせて」


「ううん…… 何でも話してくれていいよ?」



私はあの人と同じ高校へ進学した。


必死に頑張って勉強をして、あの人と同じところへ進学したのだ。


私は入学してすぐ…… 図書室で待っていた。


あの人を待っていた。


別に期待していたわけじゃない。


でも、もしかしたら会えるかもと思って、図書室であの人を待ってみた。


そしたら……


「お…… また会えたね」


「ぅ…………はいッ!!!」


ちょっと楽しそうな顔をしたあの人が、図書室に入ってきたのだった。


わたし達はそれから色々な話をした。


そして、あの人は、兼部ではあるものの、私と同じ図書部に入部してくれたのだ。


私は…… 数少ない、あの人が悩みを言える友人としてのポジションを得ることができたのだ。


満足だった。


あの人の友人でいられることが、あの人に頼ってもらえることが、あの人と笑いながら話せることが……


何よりも喜びだった。


私の人生は、それだけでばら色になったのだ。



そして、私は努力をした。


あの人の友人としてふさわしいように、あの人がより私を頼ってくれるように……


あの人が……


私に異性として興味を持ってくれるように……



私はメガネをコンタクトにした。


スタイルを良くするために、食生活を変え、運動をした。


勉強は今まで以上に頑張った。


あの人に面白い本を薦められるよう、いろんな本を呼んだ。


化粧だって覚えた。


ファッション雑誌だって毎週チェックした。


努力をした…… 私はした。



そして三年になる頃……


私は不本意ながら、学年で三本の指に入る美人と称されるまでになった。


週に一度は告白を受けるほどだ。


本当に… 昔の私と比べたら大きな違いだ。


でも……


欲しいのはそんな周りの評価や気持ちじゃない。’


欲しいのは……


「なぁ、みやこ…… それでさぁ」


「ふふ…… リツ君はいつもやりすぎなんだよ」


「そうかなぁ?」


「多分ね……?」


私が欲しいのは、あなたただ一人の評価なのに……


「はぁ……」


「どうしたの? 今日はやけにため息が多いね?」


「あぁ… 実は彼女と分かれてね… クリスマス前なのに寂しい限りだよ」


「え……」


ほ…


本当に?


私は、呼吸が、鼓動が速くなるのを感じる。


私がようやく自分に少しだけ自信を持てるようになったのが大体で半年前。


自信を持てる様になったきっかけは、リツ君の「一年の時より、凄く綺麗になったな」の一言。


そして、その時にちょうどリツ君は今の彼女と付き合い始めたとこだった。


………チャンスだ。


きっと、これが最初で最後のチャンス。


わ…… 私は努力をした。


きっと誰よりも努力をした。


大丈夫…… 私は…… 今の私なら……


「え…… そ、それならさ……」


あの人の…… リツ君の隣に……


「私と…… その、付き合ってみたら…… ど、どうかな?」


いられる…… はず。


「え…… みやこと?」


「う…… うん、どうかな?」


「……………………みやことかぁ」


「だ、だめかな?」


心臓が…… 張り裂けそうなほど…… どきどきする。


「それもいいなぁ……」


「え……!!」


「うん…… つきあおうか?」


「ほ…… ほんと!?」


「ああ…… これからもよろしく… みやこ」


「う… うん!! うん!! よろしく!! リツ君よろしくお願いします!!」


私は…… 幸せの絶頂だった。


そして、それから卒業まで… ずっと幸せの絶頂だった。


嬉しかった、楽しかった、素敵だった。








だけど…… 


春休みの後半辺りから…… 


リツ君は、あまり連絡をくれなくなってしまった。


私は…… それに凄く不安になったけど、きっとリツ君は忙しいだけで、そのうち落ち着いたらまた私と一緒にいてくれるんだと……


そう信じていた。


だから私は、それまでリツ君の邪魔になるようなことはせず。


努力を続けようと思った。


将来、恐らく世界をしょって立つであろうリツ君。


その時、彼にふさわしい…… 奥さんになれるように、私は努力をするのだ。



そんな中、数日が過ぎたある日…… リツ君から電話が来た。


「明日… 泊りがけでデートをしよう」


私は……


それに私は、はしゃいだ、喜んだ、幸せの絶頂だった。


楽しみだった、素敵だった、リツ君に早く会いたかった。


美容室に行って、新しい服を買って、抱いてもらうために色々な準備だってした。


私は幸せに満ち溢れていた。










翌日…… 彼から「別れよう」と突然言われるまでは。


――――


〔リツ〕


「ごめん……」


「なんで!? なんでなのぉっ!? 私にぃ……ぅ 私に悪い所があったら全部治すからぁ!! だからぁ……ぁ だからお願いぃ!!」


目の前で俺の襟元を掴みながら…… 


俺の彼女だった女の子、藤崎みやこが泣いている。


「別れるなんて言わないでぇ!!!!」


「ごめん……」


それしか言えない。


俺の勝手で…… 別れるなんて言うのだから。


「……………っ!! 理由を、理由を教えてッ!!」


俺は…… みやこの涙で濡れた瞳を、可能な限り真剣に見つめながら、せめてもの誠意を込めて言う。


「お前より…… 好きな人が出来た…… だから別れたい」


「ぁ………… ぇ… そんなのって…… ひどい… ひどいよぉ」


みやこが泣きながら…… 泣き崩れる。


本当にみやこに悪いことを…… 俺は……







いや…… 違う。


馬鹿か俺は…… みやこを悲しませて心を痛める自分を…… 悲劇のヒーローぶってやがる。


最低だ…… 本当に最低だ……


そうだな……


俺は最低の男だ。


好きな女が出来たから、その女を手に入れたいが為に、付き合ってた女を迷い無く捨てるようなクズ野郎だ。


好きな新しいおもちゃに夢中になって、昔のおもちゃを捨てるように…… そんな風に恋人を変えるような最低のクズ野郎だ。


恋人がいるのに、実の妹に手を出して中出しをするような…… 本当に最低のクズ野郎だ。



だけど…… そんな最低の人間になってでも…… 俺はあいつが欲しかった。


それだけは紛れも無い事実で、今の俺に残された、唯一の「純粋」だ。



だから…… 悲観ぶるのはやめよう。


そんなのは…… ハルに悪い…… 俺はハルを全てにおいて優先する。


そう決めた…… 決めた、俺はハルの為に存在する…… 最低のクズ野郎だ。


だから……


「ごめん…… みやこ…… 俺は、そいつがお前より何倍も好きなんだ…… だから本当にごめん」


正直に言おう。


殺されるわけには行かないけど、それ以外なら何であっても甘んじて受けよう。


「ぁ………………………………」


みやこが硬直したままはらはらと涙を流し…… 俺を見つめる。


俺はそんなみやこを…… 無言のまま見つめ続けた。


「君は…… リツ君は…… 本当に正直なんだね?」


みやこが、笑顔とも泣き顔ともとれないような顔で嗤う。


「ごめん……」


俺にはもうそれ以上の事も、それ以下のことも言えない。


「は…… ぁはは…… 私が好きになったリツ君のままだ…… なにも…… 変わってない……」


みやこは嗤いながら、泣き笑って、微笑む。


「ぅ……ん…… わかった…… うん…… いいよ…… 別れてあげる…… はは…… しあわせに」


そして……


「なってね……」


悲しそうに笑ったないた


「ごめん……」


俺は最後にそう言ってその場を立ち去る。


みやこを振り返らないで立ち去る。


俺はみやこを好きだった。


だけどそれを伝えたところでみやこにとって何のプラスにもならない。


ただ、俺の罪悪感が薄れるだけだ……


それに……


俺は今…… 一番ハルが好きだ。


言葉は有限だ…… 俺はもうハル以外に気持ちの篭った「好き」は言わない。


だから……


「ごめん」


「う……ぅ… ぅぅっ…… えぁ……ぅう!!!」


俺はそこから…… まっすぐに歩き出した。


――――


〔ある女の追憶〕


ふられた……


私は、この世界で一番大好きな人に…… 完膚なきまでにふられた。


憎い……




なんて……


そんな思いは全く出てこなかった。


だって…… 私をふったあの人は……


真っ直ぐで、真剣で、少しのごまかしも、少しの迷いもせず……


気高く、美しく、強く、純粋に……


実にあの人らしく私を振ったのだから。


私が大好きなあの人のまま…… 私を振ったのだから。


ひどい……


こんなに酷い事はこの世にない……


振っておいて、なお私を好きにさせるなんて…… こんな残酷な事はない。


ひどい… 悲しいのに…… 憎みたいのに……


振られたのにもっとあなたを好きになってしまった私には…… 悲しさしか残らない。







ひどい…







わたしは……







どうすれば……







悲しすぎて… 頭が…… おかしくなる……



































「リツ君を…… たぶらかした女」


そうだ……


憎むべきは…… そいつだろう。


そいつさえいなければ、リツ君は私のものだった。


そいつさえいなければ……


そうだ…


ゆるせない。


私が…… 努力した私がこんなにも苦しいのに。


そいつはのうのうと、リツ君の幸せを享受しているのだ。


そんなのは……


そんなのは…


「許せない」


そうだ…… 殺そう。


その女を殺そう。


もちろん……


そんな事をしてもリツ君はきっと私の元に帰ってはこない。


でもそれをしなかった所でもリツ君は私のところには帰ってはこない。


リツ君の目を見れば分かる。


他の誰でもない私だからこそ分かる。


リツ君の瞳は…… 初めて…… 今までで初めて真剣な目をしていた。


だからリツ君は決して帰ってこない。


帰っては来ない、二度と……


でも……


他の女にリツ君を取られるくらいなら……


「ころ……そう……」


――――


〔ハル〕


僕は今、駅で待ち合わせをしている。


今日は… いつにもまして僕を見てる人が多い気がする。


僕は…… 今日…… 初めてスカートをはいたのだ。


正直、なんだかスースーして心もとないし、恥ずかしい。


でも…… 多分だけど可愛く決まっているはず。


ユキも「超可愛いですハル様! 太鼓判をフルコンボだドンですよ!!」といっていたので? 大丈夫だろう。


「おにいちゃん…… 大丈夫かなぁ」


心配だなぁ……


前の彼女とよりを戻したりしないよね?


大丈夫だよね?


………うん、信じてるよ、おにいちゃん。



「おい……… あの子超可愛いんだけど!」


「やべぇ!! 絶対芸能人だよ!!」


「うわぁ…… あのふともも…… やべぇ!!」



む…… また見られてる……


ふとももいうな…… タイツはいてるっていっても恥ずかしいんだから!


ふん……


でも、僕はもうおにいちゃんのものなんだ。


だって、僕の子宮なかにはおにいちゃんのがあるんだもの…… もう僕はおにいちゃんのものなんだ。


えへへ…… なんかうれしいな。


「ハル…」


「ぁ……!! おにいちゃん!」


「おわったよ…… 行こうか?」


おにいちゃんは、少しだけ疲れた顔をしていたけど…… 吹っ切れたような顔で、僕に微笑んでくれた。


「うん…… よろこんで!」


僕は何もいわない…… いえない…… でも……


「おにいちゃん、ありがとう……」


僕はこの手を離さない。


――――


〔藤崎みやこ〕


私は去り行くリツ君を追いかけ、そして後をつけた。


そして……


私はその先で、この世で一番見たくないものを見てしまう。


それは……


「おわったよ…… 行こうか?」


私には見せたことのない、「素」の表情で微笑みかけるリツ君と……


「うん…… よろこんで!」


その微笑を受けて、笑顔を輝かせる… 私とは、いや… 世間とは各が一つ違う、すごく可愛い女の子の姿。


「ぁ…………」


私はそこで気が付いてしまう。


リツ君の今まで私に見せていた表情は…… 親愛の篭った、私だけに見せてくれていると思っていた笑顔は……


所詮は外行き用の笑顔でしかなかった事を。


リツ君が私に向けていた笑顔は……


今、あの女の子に向けているような…… 柔らかくて、優しくて、人間らしい笑顔ではなかったのだ。


「あぁ………」


私は女の子を見る。


リツ君を見つめて、幸せそうに、愛らしく、信頼しきった仕草を見せる女の子。


可愛い……


殺したいくらい…… 可愛い。


「う…………ぁ」


うらやましい。


うらやましい、うらやましい。


うらやましい、ねたましい、胸がくるしい。


憎い…


嫉妬……


憎……悪…


「う…… アアアアアアアアアアアアアアアアああああ嗚呼あああああああああああああああああああああああ!!!」


私はいつの間にか用意していたガラス片を握りしめる。


握った手から血が噴出する…… 私は走る。


それから……


そこで……


私はその後のことを覚えていない。


――――


「う…… アアアアアアアアアアアアアアアアああああ嗚呼あああああああああああああああああああああああ!!!」


走る女。


「え……?」


突然の事にに呆ける少女。


「ハ… ハルッ!!」


慌てて庇おうとする男。


「がぁああああああああ!!」


凶刃を振り下ろす女。


ザクッ…


「………………………ぇ?」


「ハル!! クソぉ!!」


「がっ!!??」


泣きながら刃を振り下ろした女を、思い切り蹴り飛ばして気絶させる男。


「あ……つい?」


どくどくと血が流れる……


「ハル!! っぁ……!?」


深く裂かれた自らの頬に……


「え……?」


少女は触れて…… 呆然と立ち尽くした。

みやこは悪くないし、基本リツは自分勝手な最低野郎だと思う。


でも、そんなもんじゃないかなとも思う。


やられた方はたまったもんではないが……



次回最終回!!


そしてそのあとエピローグ予定!!


しばし待たれよ!!

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