兄貴は僕の……
〔ハル〕
あの時。
あの、気持ち悪い男に抱きつかれて、無理やり唇を奪われそうになったあの時。
僕は本当に絶望した。
力の弱い女相手に、無理やりに欲望を押し通そうとする男と言う存在に。
こんなに怖いのに、こんなに嫌なのにこんな事を無理やりしてくるこの男に。
男の乱暴に対して、力なく成すすべがない女と言う存在に。
こんなに怖いのに、こんなに嫌なのに震えて泣くことしかできない脆弱な自分と言う存在に。
女になってしまって、こんな奴に陵辱されてしまう…… その運命に…… 僕は絶望をした。
「お…にいちゃ……」
僕は涙で滲んで歪みきった世界の中で…… おぞましくて絶望的な世界の中で…… 兄貴の事を思って呟いた。
そしたら……
ドカァッ!!!!
「うぇ!?」
僕の横にあった扉が勢いよく空け放たれ…… そして……
「……ぉにいちゃん!!」
兄貴が…… 現れた。
兄貴はそこから凄まじい勢いで前蹴りを放つ。
蹴りの風圧が僕の前顔を撫でて通り抜ける。
そして、それと同時にあの男が吹っ飛んでいった。
兄貴は吹っ飛ばした男に容赦ない追撃を食らわせる。
その姿は… その時の兄貴の表情は冷酷で残忍なものだったけど……
「ぁ……」
僕にはそんな兄貴の顔が…… 返り血を頬につけたまま無表情で男を蹴り続ける兄貴が。
かっこよくて凛々しくて…… 僕は心が震えた……
僕のピンチに駆けつけてくれたヒーロー…… いや…… 違うな。
恥ずかしいけど…… 正直自分でもバカじゃないのかと思うけど……
王子様が…… 助けに来てくれたみたいに…… 思った。
「おい……」
その後に… 男を容赦なく痛めつけて潰した兄貴は、同じ表情の……
いや… 男を見ていた時より…… 更に恐ろしい、冷酷な表情で僕を睨みつけてきた。
「ぅえ……!?」
僕はそんな兄貴の表情を見て、背筋が凍りつくのを感じた。
こ…… 怖い。
まるで… 今すぐにでも殺されてしまうのではないかと思えるような… 視線。
「おい、ハル」
「は、はい……」
兄貴が、怒っている。
そのあまりに冷たい視線が…… 僕の心を貫いてくる。
あ…ぁ… やばい… 僕…兄貴に殺されちゃうのかな……?
「ハル……」
「あぅ……」
兄貴が… 僕の顎に手を……?
うぁ…兄貴の目…… 本気だ…
ど… どうしよう… 僕、おかしい。
僕……
兄貴になら…
壊されてもいいとか… 思ってるよぉ……
「なに…… 触らせてんだよ」
「え……?」
「なに俺以外の男に…… 体触らせてんだよ」
「ぅえ……!」
あ… 兄貴?
なに……を?
「お前は俺のモノだろう…… 勝手な事してんじゃねぇ」
「………………ぁ」
僕は…… あにきのもの…
あにきの……もの。
「ぁ……ぅぅ…」
あ、あれ……?
な… なんだろうこれ……?
なんだろう……この気持ち……
「ぁ……ああ……」
体の奥が… 熱くなって……
背中がぞくぞくするよぉ……
うわ… うわぁぁ……
これ……
あ… う……
うれし……い……
なんか…… すごく嬉しぃ…
そうか……
そうなんだ。
そうだったんだ。
「はい……」
今…… 僕は何で女の子になったのか…… わかった。
これは… きっと運命だったんだ。
こうなるための……
「ハルは…… おにいちゃんのものです」
僕の全ては…… おにいちゃんの為にあるんだ……
――――
〔リツ〕
「お前は俺のモノだろう…… 勝手な事してんじゃねぇ」
く……
く、黒歴史!!
俺…… な、何言っちゃてんの!?
……うおおおぉ!!
た、確かにあの時は、変な男に抱きしめられてるハルを見て…… 変なテンションになってったてのはあるけど……!!
にしたってそれはねぇだろう!!
なんだその俺様発言!!
何様ってのを通り過ぎて……きもい!!
これじゃあハルにドン引きされてもしかたねぇよ!!
…………と、後で冷静になってから考えて思ってたんだけどなぁ。
「あにき…… えっとね…? あの…… その、僕さ… クッキー焼いてみたんだけどさ…… えっと、良かったら一緒に食べてくれないかな?」
あれから三日が経った。
あの一件以来、ハルは俺に対して引くどころか…… 更に俺を慕ってくる様になったよう思える。
しかも……
「クッキー? ハルが焼いたのか?」
「う…… うん」
「凄いな… うん、是非いただくよ」
「ほ、ほんと? え…えへへ……」
なんだかとても女の子なのだ。
少しだけ緊張しながらも、はにかみながら俺を見つめるハル。
頬は薄く染まり、口元をニマニマとさせ、嬉しそうに目を細めるハル。
あれ? 初めから女の子だっけ? と思うほどに……
「あにき、はい…… どうぞ」
ハルが女の子なのだ。
「お、おう……ありがとう」
俺は、右手を添えながらニコニコ顔でクッキーを俺の口元へと運ぶハルを見つめ、そう答える。
「おいしい?」
ほわりと微笑を携えながら、上目使いに問いかけるハル。
「ああ…… 美味いよ」
ハルにいわゆる「あーん」をしてもらいながら食べたクッキーは、甘さ控えめで、さくさくとしていて贔屓目無しに美味しかった。
「へへ…… えへへ」
その返答に満足したのか、ハルは本当に幸せそうにふにゃふにゃと笑う。
「ありがとな」
俺はお礼を言いながら、ハルの頭をいつも通りにぽんぽんと撫でてやる。
「ぁ………」
頭を撫でられたハルは、気持ちよさそうに小さく息を漏らす。
「おにいちゃん……!」
そして、嬉しげに俺の腕を抱きしめ体を俺へと預けたのだった。
「む……」
俺はその際に腕へと伝わった、ハルの胸の感触に少しだけ緊張をする。
ハルは…… 最近スキンシップが更に増えた。
「あのね…… また作るからね?」
今だって、そんなことを言いながら抱きついた俺の腕へと頬を控えめにすりよせている。
「ああ…………」
俺は…… そんなハルを愛らしく思いながらも…… どこか危なげに思う。
このままではハルが危ないのだ。
どう危ないのかと言うと…… 主に俺が危ない。
つまりは、ハルが俺の魔の手にかかるやもしれないのだ。
そう……
つまりはそうなのだ……
俺は…… もう…… ハルを妹として見れていないのだ。
この前の俺の「俺のもの」発言…… あれは勢いとはいえ…… 真実なのだ。
そう……
本音なのだ…… 本心なのだ……
いや…… 正直言えばもっと前からそう思っていたのかも知れない。
もしかしたら…… 女のハルを始めてみたときから… どこかそう言う目でハルを見ていたのかも知れない。
いや…… いつからそう思っていたのかは、この際関係はないだろう。
大事なのは…… 今、俺が、ハルを、女として意識してしまっている…… という事実なのだ。
だが……
それは言うまでも無くまずい。
いくら俺がハルを妹と思えなくなってしまっていても…… 紛れも無くハルは俺の双子の妹なのだ。
手を出すのは… さすがにまずい。
なので、これ以上ハルにスキンシップを許すのはまずいのだ。
「どうしたの?」
ハルが俺の事を見上げながら、ふにゃりと微笑む。
完全に俺を信頼しきっている顔だ。
俺は…… なるべく、その信頼を裏切りたくはない。
だが…… ハルのこの姿、この仕草。
肩と胸元を出した、ニットのトップスと、カーゴショートパンツ。
胸元とむき出しの肩を見せつけ、生足を晒しながら女の子座りで俺の腕へ抱きつく…… ハル。
なめてんのかこいつは……
俺に信頼を裏切れと言わんばかりだ。
「いや…… なんでもない」
本当はなんでもないくはないのだが……
はぁ……
しょうがない……
ちょっとハルに、少しだけ俺を怖がってもらおう。
俺も健全な男で…… しかも「俺のもの」とか言っちゃうような危ない奴だって事をしっかりと認識してもらおう。
まぁ、ハルに少し嫌われるやも知れないが、ハルを無理やりに犯してしまうよりはましだ。
さて…… じゃあ胸を…… うん…… 胸はさすがにやりすぎな気がするから…… 腰でも撫で回しておくか?
腰を抱くんじゃなくて、腰を撫で回せば、ハルも俺が男だとしっかり分かるだろう。
じゃあ…… さっそく……
「ふぇ…………!?」
ハルの腰をなぜるように振れた俺の手…… ハルはそれに体をピクリとさせて驚き、俺を見て、少しだけ不安げな表情をする。
「ぇ………ぁぅ………」
俺はそんなハルとしっかり目線を合わせながら、ハルの腰元を撫でる手を、ゆっくりと少しだけ…… 迫るように下へと下げる。
「ぅ……ぅぅ………」
するとハルは、ふるふると唇を震わせ…… うるうると瞳を潤ませ…… 頬を赤くして熱い吐息を吐く……
不安げに…… でも何かを懇願するような…… 悩ましげな表情をするハル。
そうだ…… 怖がれ…… そして俺と距離をとってくれ…… 俺の押さえが利かなくならないうちに。
「お…にいちゃ……」
ハルは……
泣きそうな表情のまま… 消え入りそうな声でそう呟く。
そして一つ、小さく息を飲み込んで……
ポスリ。
「…………え?」
耳まで顔を真っ赤にしながら…… ギュッと目をつぶって……
「ぁ………ぅ…」
震えながら…… 俺の胸元へとその身を預けたのだった。
「え?」
あんまがっかりさせたくないんで先に言っておきますが、まだノクターンは書きません。
でも次話の後か、その次の話の後くらいには多分書きます。
ただ18歳以下はダメ絶対w