兄貴を見返してやる!!
僕の名前は篠崎春。
受験生だ。
そして、僕は今、人生の山場たる試験会場に来ている。
「よ……、よし!」
僕は絶対にこの試験に合格してやる。
そして……
「兄貴を見返してやるんだ!!」
◇
僕、篠崎春の話をしよう。
まず……
まず、僕は兄貴が嫌いだ!
僕の兄貴こと、篠崎立が、僕は嫌いなのだ。
兄貴と僕は双子の兄弟である。
でも二卵性なので、似てはいない。
似てないと、いうか…… 差がある。
腹が立つ位に…… 兄貴の方が僕より遥かに優秀なのだ。
くそぉ……
兄貴は基本的に何でも完璧にこなせる天才で、勉強、ゲーム、スポーツ、喧嘩……
全てにおいて無敵だった。
兄貴はどんなものでも一度やれば大概完璧にこなす天才で、しかもそれを鼻にかけたりはせず、人格者で、周りの人間には優しく、それでいていつも男らしくて颯爽としてる自慢の兄貴で…… って、いやいや、違うんだ!!
ち、違くて……!
そ、尊敬とかしてないし!
………………まあ、確かに中学校の頃までは、本当に兄貴の事を尊敬してたし、好きだった。
で、でも兄貴は僕が高校生に上がる頃に突然、冷たくなったんだ!
一緒に行こうと決めてた、推薦の高校を辞めて、一般入試でもっと上の高校に進学を決めちゃうし……
その頃から、急に僕と遊んでくれなくなったし……
家でも、僕を避けるし、話もあんまりしてくれなくなった。
話してくることと言ったら、僕に対する注意ばっかりで、全然笑ってもくれなくなったんだ……
きっと… きっと兄貴は僕の事が嫌いになったんだ。
………なんで兄貴が突然僕を嫌いになったのかは分からない。
でも、僕はきっと兄貴に嫌われてしまったんだ。
その当時、僕はそれが凄いショックで…
悲しくて、辛くて、苦しくて…
今まで兄貴を慕っていて、兄貴も僕を好きだと思っていたのに、それが裏切られたと知って……
僕は激しく絶望した。
そして、僕はそのとき思ったんだ。
兄貴が僕を嫌いなら、僕だって兄貴を嫌いだ…… 僕の事を裏切る兄貴なんて大嫌いだ!!
…………って。
それからだ…… 僕はそれから、大嫌いな兄貴を見返してやるために勉強を頑張った。
兄貴が、僕の知らない学校で、僕の知らない友達と楽しそうに遊んだりしてる光景を見たりして……
僕は勉強に励んだ。
僕はそれが気に食わなかったのだ。
僕は兄貴に冷たくされて、こんなに、こんないショックなのに兄貴はあんなに楽しそうにしている。
僕は……
僕はそれが凄く憎らしかったのだ。
だから、僕は勉強した。
唯一得意だった勉強を頑張った。
……もちろん、勉強だって兄貴には適わなかったけど、他のものじゃ不器用な僕には壊滅的だったから、唯一対抗できそうな勉強を頑張るしかなかった。
僕は、勉強を頑張って、勉強で兄貴を追い抜いて、兄貴に言ってやりたかったんだ。
「兄貴が遊んでる間に、僕はこんなに努力したんだぞ!!」
って!
そうそれば、兄貴だって僕を見直すはずだ……
もしかしたら嫌いじゃ無くなるかもしれない……
とにかく… 僕はその日から勉強を頑張りまくった。
毎日、朝から夜まで必死に勉強した。
そのせいで、体筋肉がつかなかったし、肌は白いし、背も伸びなかった……
兄貴は高校であんなに背が伸びたのに…
でも、僕があの兄貴に勝てそうなのは、本当にこれくらいなんだもの。
全てを犠牲にしてでも頑張らなくちゃならなかった。
そして……
今、ようやく、その成果を出す時がきた。
日本の最高学府、東宮大学への受験だ!
僕は……
僕は、ここで…
兄貴の通う大学より上のここに合格して、兄貴を見返してやるんだ!!
◇
「うぅ…… き、緊張してきたぁ……」
もうすぐ…
もうすぐ、試験が始まる。
ついに成果を示すときがきたんだ!
僕はこの日のために、高校生活を台無しにしてきたんだ……
ぜんぜん遊ばずに、真面目に勉強してきたんだ!
ここに、全てをかけるために滑り止めだって受けてないし……
僕には本当に、ここを受かるしかないんだ!
兄貴…… 見てろよ!!
ぜったいに見返してやるんだからな!!
……でも。
もし、もし受からなかったらどうしよう……?
もし……
もしここに受からなかったら、滑り止めを受けてない僕はどこの大学にもいけない……
本試験の時期だから…… もうこの後に募集してるとこなんて無いだろうし。
そしたら…
どうしよう?
正直、もう一回浪人して受ける気力なんて僕にはない。
それに、現役で受からなかったら、兄貴を見返せない……
そして、ただでさえ不器用なのに、本当に勉強しかやってこなかった僕は、他にとりえなんて何も無いし、やりたいことも何も無い。
それに…… 正直、僕はちょっとコミュ障気味だし……
就職とかは完全に無理だろう。
まあ、家は金持ちだからニートになっても問題は無いとは思うけど……
そんなんになったら… 兄貴はきっと、もっと僕を嫌うんじゃ……
「くぅ…… 胃が……痛ぃ」
うぐ… 考えてたら胃がもっと痛くなってきた。
試験始まる前に胃薬飲んどかないと……
「んくぅ……」
ふぅ……
これで、時間が経てば効いてくるはず。
とにかく…
頑張ろう!
確かに失敗したら、兄貴にもっと嫌われるかもしれないけど…
成功すれば…
成功すれば、きっと見返せる、兄貴に……… 見直してもらえる!!
そしたらきっと… 前みたいに…
なるかな?
多分… きっと…
「よし… やるぞ……ぉ……? あれ?」
なんだか…… 眠い?
あたまが…… ぽやぁっとする……
「っ………!? ま…さか!」
僕はあわてて、さっき飲み込んだ胃腸薬を見る。
「うそ…… だろ……」
僕は体から一気に血の気が引くのを感じる。
まるで津波のように激しく押し寄せる眠気と共に、頭の中が真っ白になる。
「これ…… 睡眠…薬」
このところ試験前の緊張で。眠りが浅いから用意していた睡眠薬。
「なんで……」
でも、この手の薬を飲むのが何となく怖くて、結局飲まなかった睡眠薬。
「そんなぁ……」
昨日の夜も眠りが浅くて、今朝は遅刻ギリギリで、あわてて薬箱から持ち出した胃腸薬…… と勘違いをした睡眠薬。
「それでは、答案用紙を配ります」
「ま……! まって……」
睡眠薬は、日ごろの寝不足がたたって、すぐさま僕の意識を持っていこうとする。
「まっ………て」
まってくれ……!
そんな…
この日の為に……!!
三年間頑張ってきたのぃ……!!
兄貴…… あにきぃ!!
「うそ……だろ……」
「あと10分です!」
「………………………ふぇ?」
僕は、顔を上げてあたりを見渡す。
目の前にあったのは、何時間も経過した時計の針、ヨダレまみれの真っ白な答案、答案の見直しをする大量の受験生達。
「………………………………………ぁ」
僕は絶句した。
◇
「え……… ここ……どこだ?」
ふと気が付くと、何故か僕は廃屋の中にいた。
「え…………」
少しだけ呆然としながらあたりを見渡すと、そこはどうやら教会のようであった。
壊れた壁と、砕けた椅子、穴の開いた天井に扉のない入り口。
辺りには埃と、腐った木とカビのすえた匂いが漂っていて、何年も野ざらしで放置されていたことが伺える場所だった。
ただ、唯一無事なままのステンドグラスが嫌に綺麗で、それだけがこの空間をかろうじで教会然とさせていた。
「なんで…… こんな所に?」
僕は、ステンドグラスから差し込む月明かりを見つめて、小さく目を細める。
僕は……
「そうだ…… 受験だめだったんだっけ」
さっきの試験のことを思い出す。
睡眠薬と胃薬を間違えて飲むなんてありえない間違いをした僕。
薬のせいで試験に落ちた、救いようもなく馬鹿な僕。
試験中に寝て、目が覚めて、そしてその後の記憶が一切ない。
「はは…… いつのまにこんなとこに来たんだよ…… もう夜じゃないか」
なんで……
なんでこんなことになったんだろう?
何で?
僕が胃腸薬と睡眠薬を間違えたから。
何で、間違えたの?
ここのところ寝不足で、昨日も寝不足で、注意力に欠けてたから。
なんで寝不足だったの?
三年間の苦労が…… 逆にプレッシャーになっちゃって…… 眠れなかったから。
なにがプレッシャーだったの?
兄貴に…… これでちゃんと出来ないと、兄貴にもっと嫌われちゃうから… 減滅されちゃうから。
なんで…………………?
「兄貴が…… 兄貴がぁ!! あにきが全部悪いんだ!! ぅ…ぐぅ…… 兄貴が僕に冷たくするからぁ!!」
僕はステンドグラスを睨みつける様に見上げながら、涙を流して叫ぶ。
八つ当たりだと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
自分を嫌う兄貴が、僕は好きなのに僕のことを好きでない兄貴が、憎かった……
本当に憎くて…… 悲しかった。
僕は見上げる。
涙で滲んだ、ステンドグラス越しの月明かりが…… 紫色に怪しくに輝いていた。
『ふふ…… いい負の感情だ』
え…… 紫?
『素晴らしい栄養だ…… たった一人でここまでの負を生み出すとは』
は……? なに……? この声?
『よほどの憎しみがあると見える…… すばらしいぞ!』
え…!? ステンドグラスから……
『少年よ… 私に力を与えてくれて感謝をする』
人……!? いや……
『我が名はアシュタロス…… ここに封じられていた…… 悪魔だ』
悪魔……!?
◇
『……と、言う訳でな、温泉旅行に日本へ来たら、封じられてしまったというわけだ』
「は、はぁ……」
『時間の経過と教会の荒廃で、大分封印も弱まってはきていたのだが、それと同じくらいに私も衰弱していてな…… そこにお前が極上の負の感情を注いでくれたのだ』
「そう…… なんですか」
『ふむ…… 貴様に礼として、なにか願いを一つかなえてやろう』
「え?」
『大規模なモノはまだ力が本調子では無い故、無理だが、ひと一人を殺す程度の願いならたやすいぞ?』
「………………え?」
『アレだけの負の感情だ…… よほど憎い相手がいるのであろう?』
悪魔が……
僕の目の前にいる悪魔が…… 怪しく目を光らせ、にたりと笑った。
「あ…… あ…… ああ……!」
『さあ…… 言ってみろ…… お前の望みを!』
僕の…… 望み?
そんなの……… 決まっている!
「あ…… 兄貴を見返してやりたいぃ!!」
『む………… 見返す?』
悪魔はそう言って、訝しげな顔を浮かべると、僕の頭に手をかざした。
『ふむ…… そう言うことか…… お前の頭の中を見させてもらった』
「え……」
悪魔はにたりと、さっきより楽しげに顔をゆがませてそう言う。
『要するに、このリツと言う男を見返したいのだな? ……………ならば貴様にこの男の弱点を突くための方法を授けよう……』
「弱点……?」
弱点……
目の前の悪魔が厳かに放ったその言葉を、僕は頭の中で静かに反芻した。
弱点…… あの、完璧な、兄貴の、弱点。
兄貴の… 弱み…
「お……」
なんと…
なんて、甘美な響きなのだろうか……
兄貴の弱点。
それを突けば、あの完璧な兄貴が……
僕にとって最早届かない存在になってしまった兄貴が……
「お願いしますっ!!」
僕の手に入るかも知れない……!!
『本当に良いのだな…… これを授けると、少しばかりお前が大変な事になるが良いか?』
「いいです!!」
僕は即答した。
だって…… 大学に落ちて、もう何も兄貴に勝てる要素が残ってない僕にとって、残された道はこれしか無いのだから……
このままだと、僕は一生兄貴を見返してやれないのだから。
それなら…… 何でもいい…… 兄貴を何とかできるのなら、僕は何だってする!
『いいだろう……!』
僕の答えに悪魔がニヤリと微笑む。
『せいぜい楽しむが良い…… 第二の人生をな』
その微笑みはぞくりと背筋を凍らせるような笑みだった。
「え?」
悪魔が、僕に手をかざし、何かの呪文を短く唱える。
『では、さらばだ…… 達者で暮らすが良い』
そう言って、悪魔は霞のように姿を消していった。
「え…… 何が? え…… じゃ、弱点は?」
僕は残されたまま、ただ、呆然としたのだった。
とくん……
「へ?」
どくん!
「………え? ええ?」
ドクン! ドクン!! ドクンッ!!
「かッ…… え… な……に? これ… くるし…ぃ…!!」
突然僕の心臓が異常な程高鳴り始める。
どくどくと音を立てて、熱い血液が体中を回る。
そして……
バキィ、ベキィ、ゴキィ!!
「がぁ!! い、痛い!! 骨が… 折れるぅ……!!」
骨が、全身の骨格が、音を立てて軋みだす。
骨が勝手にあらぬ方向へ曲がり、ひとりでに折り曲がってゆく。
ビキィ、ボキィ、グシャァ!!
「痛い、痛い、痛いぃ!!!!???」
肉が裂け、血が噴出し、それがすぐに塞がり、骨が砕け、肌を突き破りそれがまた元に戻る。
グチャ、グチュ、ブシャァ!!
「うがぁああああ!!! 兄貴ぃ、兄貴ぃ、助けてェええ!!!!」
内臓が直接誰かの手でかき回されているかの様な、すさまじい不快感と激痛が走る。
「あああああああああああああああああああッ!!!」
痛い、苦しい、死んじゃう…… 嫌だ!
兄貴、兄貴… お兄ちゃん!!
「たすけ……てぇ……!!!」
「…………いき……てる」
僕は目を覚まし、力なくそう呟く。
体はだるくて、気分は最悪だ。
だけど…… まだ生きてる。
「なん…… だったんだ………… え?」
僕は段々とはっきりしてきた意識の中で、一つの異変に気が付く。
「え…? 声…… え… これ…… 僕の声?」
体内で響いて聞こえる、自分の声。
それが何故か、いつもより少しだけ高く、違和感がある。
「いったい…… きゃ!?」
僕はどうしたのだと、ゆっくり上体を起こすと、何故か後頭部が引っ張られた。
「え…… これ… えっ! 髪が……え!? 何で……なんでこんなに長いの!?」
僕は、自分の尻の下に敷かれていて、起き上がる際に頭皮を引っ張った…… 自身の長い髪を見やる。
「うわぁ!? 服が全身血まみれ…… え? 袖…… なんでこんなに余ってるの?」
僕が、自身の視界から見える自身の手足を見やると、そこには袖があまり、大分大きくなった血まみれの服が目に入る。
「………………え」
そして、そこで僕はありえない物を目にする。
「これ……」
それは僕の目線のちょうど真下にあって、二つの丸みを帯びた物体で。
僕はそれを両の手で触ってみた後に、しばらく呆然としたあと…… 小さく呟いた。
「おっぱい……だ」
僕はそこで、もう一度意識を失ってしまった。
およそ10話くらいで完結予定。