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兄貴を見返してやる!!

僕の名前は篠崎春しのざきはる


受験生だ。


そして、僕は今、人生の山場たる試験会場に来ている。


「よ……、よし!」


僕は絶対にこの試験に合格してやる。


そして……


「兄貴を見返してやるんだ!!」





僕、篠崎春の話をしよう。


まず……


まず、僕は兄貴が嫌いだ!


僕の兄貴こと、篠崎立しのざきりつが、僕は嫌いなのだ。



兄貴と僕は双子の兄弟である。


でも二卵性なので、似てはいない。


似てないと、いうか…… 差がある。


腹が立つ位に…… 兄貴の方が僕より遥かに優秀なのだ。


くそぉ……



兄貴は基本的に何でも完璧にこなせる天才で、勉強、ゲーム、スポーツ、喧嘩……


全てにおいて無敵だった。



兄貴はどんなものでも一度やれば大概完璧にこなす天才で、しかもそれを鼻にかけたりはせず、人格者で、周りの人間には優しく、それでいていつも男らしくて颯爽としてる自慢の兄貴で…… って、いやいや、違うんだ!!


ち、違くて……!


そ、尊敬とかしてないし!




………………まあ、確かに中学校の頃までは、本当に兄貴の事を尊敬してたし、好きだった。


で、でも兄貴は僕が高校生に上がる頃に突然、冷たくなったんだ!



一緒に行こうと決めてた、推薦の高校を辞めて、一般入試でもっと上の高校に進学を決めちゃうし……


その頃から、急に僕と遊んでくれなくなったし……


家でも、僕を避けるし、話もあんまりしてくれなくなった。


話してくることと言ったら、僕に対する注意ばっかりで、全然笑ってもくれなくなったんだ……



きっと… きっと兄貴は僕の事が嫌いになったんだ。


………なんで兄貴が突然僕を嫌いになったのかは分からない。


でも、僕はきっと兄貴に嫌われてしまったんだ。



その当時、僕はそれが凄いショックで…


悲しくて、辛くて、苦しくて…


今まで兄貴を慕っていて、兄貴も僕を好きだと思っていたのに、それが裏切られたと知って……


僕は激しく絶望した。



そして、僕はそのとき思ったんだ。


兄貴が僕を嫌いなら、僕だって兄貴を嫌いだ…… 僕の事を裏切る兄貴なんて大嫌いだ!!


…………って。



それからだ…… 僕はそれから、大嫌いな兄貴を見返してやるために勉強を頑張った。



兄貴が、僕の知らない学校で、僕の知らない友達と楽しそうに遊んだりしてる光景を見たりして……


僕は勉強に励んだ。


僕はそれが気に食わなかったのだ。


僕は兄貴に冷たくされて、こんなに、こんないショックなのに兄貴はあんなに楽しそうにしている。


僕は……


僕はそれが凄く憎らしかったのだ。



だから、僕は勉強した。


唯一得意だった勉強を頑張った。



……もちろん、勉強だって兄貴には適わなかったけど、他のものじゃ不器用な僕には壊滅的だったから、唯一対抗できそうな勉強を頑張るしかなかった。



僕は、勉強を頑張って、勉強で兄貴を追い抜いて、兄貴に言ってやりたかったんだ。



「兄貴が遊んでる間に、僕はこんなに努力したんだぞ!!」



って!


そうそれば、兄貴だって僕を見直すはずだ……


もしかしたら嫌いじゃ無くなるかもしれない……



とにかく… 僕はその日から勉強を頑張りまくった。


毎日、朝から夜まで必死に勉強した。


そのせいで、体筋肉がつかなかったし、肌は白いし、背も伸びなかった……


兄貴は高校であんなに背が伸びたのに…



でも、僕があの兄貴に勝てそうなのは、本当にこれくらいなんだもの。


全てを犠牲にしてでも頑張らなくちゃならなかった。



そして……


今、ようやく、その成果を出す時がきた。


日本の最高学府、東宮大学への受験だ!



僕は……


僕は、ここで…


兄貴の通う大学より上のここに合格して、兄貴を見返してやるんだ!!





「うぅ…… き、緊張してきたぁ……」


もうすぐ…


もうすぐ、試験が始まる。


ついに成果を示すときがきたんだ!



僕はこの日のために、高校生活を台無しにしてきたんだ……


ぜんぜん遊ばずに、真面目に勉強してきたんだ!


ここに、全てをかけるために滑り止めだって受けてないし……


僕には本当に、ここを受かるしかないんだ!


兄貴…… 見てろよ!!


ぜったいに見返してやるんだからな!!








……でも。








もし、もし受からなかったらどうしよう……?


もし……


もしここに受からなかったら、滑り止めを受けてない僕はどこの大学にもいけない……


本試験の時期だから…… もうこの後に募集してるとこなんて無いだろうし。



そしたら… 


どうしよう?


正直、もう一回浪人して受ける気力なんて僕にはない。


それに、現役で受からなかったら、兄貴を見返せない……



そして、ただでさえ不器用なのに、本当に勉強しかやってこなかった僕は、他にとりえなんて何も無いし、やりたいことも何も無い。


それに…… 正直、僕はちょっとコミュ障気味だし……


就職とかは完全に無理だろう。



まあ、家は金持ちだからニートになっても問題は無いとは思うけど……


そんなんになったら… 兄貴はきっと、もっと僕を嫌うんじゃ……


「くぅ…… 胃が……痛ぃ」


うぐ… 考えてたら胃がもっと痛くなってきた。


試験始まる前に胃薬飲んどかないと……


「んくぅ……」


ふぅ……


これで、時間が経てば効いてくるはず。



とにかく…


頑張ろう!


確かに失敗したら、兄貴にもっと嫌われるかもしれないけど…


成功すれば…


成功すれば、きっと見返せる、兄貴に……… 見直してもらえる!!


そしたらきっと… 前みたいに…


なるかな? 


多分… きっと…


「よし… やるぞ……ぉ……? あれ?」


なんだか…… 眠い?






あたまが…… ぽやぁっとする……






「っ………!? ま…さか!」


僕はあわてて、さっき飲み込んだ胃腸薬を見る。


「うそ…… だろ……」


僕は体から一気に血の気が引くのを感じる。


まるで津波のように激しく押し寄せる眠気と共に、頭の中が真っ白になる。


「これ…… 睡眠…薬」


このところ試験前の緊張で。眠りが浅いから用意していた睡眠薬。


「なんで……」


でも、この手の薬を飲むのが何となく怖くて、結局飲まなかった睡眠薬。


「そんなぁ……」


昨日の夜も眠りが浅くて、今朝は遅刻ギリギリで、あわてて薬箱から持ち出した胃腸薬…… と勘違いをした睡眠薬。


「それでは、答案用紙を配ります」


「ま……! まって……」


睡眠薬は、日ごろの寝不足がたたって、すぐさま僕の意識を持っていこうとする。


「まっ………て」



まってくれ……!


そんな…


この日の為に……!!


三年間頑張ってきたのぃ……!!


兄貴…… あにきぃ!!









「うそ……だろ……」























































「あと10分です!」


「………………………ふぇ?」


僕は、顔を上げてあたりを見渡す。


目の前にあったのは、何時間も経過した時計の針、ヨダレまみれの真っ白な答案、答案の見直しをする大量の受験生達。


「………………………………………ぁ」


僕は絶句した。






















「え……… ここ……どこだ?」


ふと気が付くと、何故か僕は廃屋の中にいた。


「え…………」


少しだけ呆然としながらあたりを見渡すと、そこはどうやら教会のようであった。


壊れた壁と、砕けた椅子、穴の開いた天井に扉のない入り口。


辺りには埃と、腐った木とカビのすえた匂いが漂っていて、何年も野ざらしで放置されていたことが伺える場所だった。


ただ、唯一無事なままのステンドグラスが嫌に綺麗で、それだけがこの空間をかろうじで教会然とさせていた。


「なんで…… こんな所に?」


僕は、ステンドグラスから差し込む月明かりを見つめて、小さく目を細める。


僕は……


「そうだ…… 受験だめだったんだっけ」


さっきの試験のことを思い出す。


睡眠薬と胃薬を間違えて飲むなんてありえない間違いをした僕。


薬のせいで試験に落ちた、救いようもなく馬鹿な僕。


試験中に寝て、目が覚めて、そしてその後の記憶が一切ない。


「はは…… いつのまにこんなとこに来たんだよ…… もう夜じゃないか」


なんで……


なんでこんなことになったんだろう?


何で?



僕が胃腸薬と睡眠薬を間違えたから。


何で、間違えたの?


ここのところ寝不足で、昨日も寝不足で、注意力に欠けてたから。


なんで寝不足だったの?


三年間の苦労が…… 逆にプレッシャーになっちゃって…… 眠れなかったから。


なにがプレッシャーだったの?


兄貴に…… これでちゃんと出来ないと、兄貴にもっと嫌われちゃうから… 減滅されちゃうから。


なんで…………………?


「兄貴が…… 兄貴がぁ!! あにきが全部悪いんだ!! ぅ…ぐぅ…… 兄貴が僕に冷たくするからぁ!!」


僕はステンドグラスを睨みつける様に見上げながら、涙を流して叫ぶ。


八つ当たりだと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。


自分を嫌う兄貴が、僕は好きなのに僕のことを好きでない兄貴が、憎かった……


本当に憎くて…… 悲しかった。


僕は見上げる。


涙で滲んだ、ステンドグラス越しの月明かりが…… 紫色に怪しくに輝いていた。


『ふふ…… いい負の感情だ』


え…… 紫?


『素晴らしい栄養だ…… たった一人でここまでの負を生み出すとは』


は……? なに……? この声?


『よほどの憎しみがあると見える…… すばらしいぞ!』


え…!? ステンドグラスから……


『少年よ… 私に力を与えてくれて感謝をする』


人……!? いや……


『我が名はアシュタロス…… ここに封じられていた…… 悪魔だ』


悪魔……!?



『……と、言う訳でな、温泉旅行に日本へ来たら、封じられてしまったというわけだ』


「は、はぁ……」


『時間の経過と教会の荒廃で、大分封印も弱まってはきていたのだが、それと同じくらいに私も衰弱していてな…… そこにお前が極上の負の感情を注いでくれたのだ』


「そう…… なんですか」


『ふむ…… 貴様に礼として、なにか願いを一つかなえてやろう』


「え?」


『大規模なモノはまだ力が本調子では無い故、無理だが、ひと一人を殺す程度の願いならたやすいぞ?』


「………………え?」


『アレだけの負の感情だ…… よほど憎い相手がいるのであろう?』


悪魔が……


僕の目の前にいる悪魔が…… 怪しく目を光らせ、にたりと笑った。


「あ…… あ…… ああ……!」


『さあ…… 言ってみろ…… お前の望みを!』


僕の…… 望み?


そんなの……… 決まっている!


「あ…… 兄貴を見返してやりたいぃ!!」


『む………… 見返す?』


悪魔はそう言って、訝しげな顔を浮かべると、僕の頭に手をかざした。


『ふむ…… そう言うことか…… お前の頭の中を見させてもらった』


「え……」


悪魔はにたりと、さっきより楽しげに顔をゆがませてそう言う。


『要するに、このリツと言う男を見返したいのだな? ……………ならば貴様にこの男の弱点を突くための方法を授けよう……』


「弱点……?」


弱点……


目の前の悪魔が厳かに放ったその言葉を、僕は頭の中で静かに反芻した。


弱点…… あの、完璧な、兄貴の、弱点。


兄貴の… 弱み…


「お……」


なんと…


なんて、甘美な響きなのだろうか……


兄貴の弱点。


それを突けば、あの完璧な兄貴が……


僕にとって最早届かない存在になってしまった兄貴が……


「お願いしますっ!!」


僕の手に入るかも知れない……!!


『本当に良いのだな…… これを授けると、少しばかり・・・・・お前が大変な事になるが良いか?』


「いいです!!」


僕は即答した。


だって…… 大学に落ちて、もう何も兄貴に勝てる要素が残ってない僕にとって、残された道はこれしか無いのだから……


このままだと、僕は一生兄貴を見返してやれないのだから。


それなら…… 何でもいい…… 兄貴を何とかできるのなら、僕は何だってする!


『いいだろう……!』


僕の答えに悪魔がニヤリと微笑む。


『せいぜい楽しむが良い…… 第二の人生をな』


その微笑みはぞくりと背筋を凍らせるような笑みだった。


「え?」


悪魔が、僕に手をかざし、何かの呪文を短く唱える。


『では、さらばだ…… 達者で暮らすが良い』


そう言って、悪魔は霞のように姿を消していった。


「え…… 何が? え…… じゃ、弱点は?」


僕は残されたまま、ただ、呆然としたのだった。

















とくん……


「へ?」


どくん!


「………え? ええ?」


ドクン! ドクン!! ドクンッ!! 


「かッ…… え… な……に? これ… くるし…ぃ…!!」


突然僕の心臓が異常な程高鳴り始める。


どくどくと音を立てて、熱い血液が体中を回る。


そして……


バキィ、ベキィ、ゴキィ!!


「がぁ!! い、痛い!! 骨が… 折れるぅ……!!」


骨が、全身の骨格が、音を立てて軋みだす。


骨が勝手にあらぬ方向へ曲がり、ひとりでに折り曲がってゆく。


ビキィ、ボキィ、グシャァ!!


「痛い、痛い、痛いぃ!!!!???」


肉が裂け、血が噴出し、それがすぐに塞がり、骨が砕け、肌を突き破りそれがまた元に戻る。


グチャ、グチュ、ブシャァ!!


「うがぁああああ!!! 兄貴ぃ、兄貴ぃ、助けてェええ!!!!」


内臓が直接誰かの手でかき回されているかの様な、すさまじい不快感と激痛が走る。


「あああああああああああああああああああッ!!!」


痛い、苦しい、死んじゃう…… 嫌だ! 


兄貴、兄貴… お兄ちゃん!!


「たすけ……てぇ……!!!」










































「…………いき……てる」


僕は目を覚まし、力なくそう呟く。


体はだるくて、気分は最悪だ。


だけど…… まだ生きてる。


「なん…… だったんだ………… え?」


僕は段々とはっきりしてきた意識の中で、一つの異変に気が付く。


「え…? 声…… え… これ…… 僕の声?」


体内で響いて聞こえる、自分の声。


それが何故か、いつもより少しだけ高く、違和感がある。


「いったい…… きゃ!?」


僕はどうしたのだと、ゆっくり上体を起こすと、何故か後頭部が引っ張られた。


「え…… これ… えっ! 髪が……え!? 何で……なんでこんなに長いの!?」


僕は、自分の尻の下に敷かれていて、起き上がる際に頭皮を引っ張った…… 自身の長い髪を見やる。


「うわぁ!? 服が全身血まみれ…… え? 袖…… なんでこんなに余ってるの?」


僕が、自身の視界から見える自身の手足を見やると、そこには袖があまり、大分大きくなった血まみれの服が目に入る。


「………………え」


そして、そこで僕はありえない物を目にする。


「これ……」


それは僕の目線のちょうど真下にあって、二つの丸みを帯びた物体で。


僕はそれを両の手で触ってみた後に、しばらく呆然としたあと…… 小さく呟いた。


「おっぱい……だ」


僕はそこで、もう一度意識を失ってしまった。

およそ10話くらいで完結予定。

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