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真心

彼は宅配便の最終工程である配達員をしている。お客様に品物をお渡ししてその証として伝票に押印してもらうのが仕事だ。そして定期的に担当エリアの変更がある。住所と家族構成、電話番号、留守の時間帯などの個人情報に接する仕事なので不祥事がないように担当エリアを替えるのは当然の措置だろう。


そこは彼にとって初めての担当エリアだった。前に隣のエリアを担当したことがあったので、多少は土地勘があった。

配達車に届け時間と住所に振り分けて荷物を搭載した。上司の安全点検が終わるといよいよ出発だ。朝の時間帯の荷物が少なかったので、今朝は精神的にのんびりできる。


いよいよ担当エリアに着いた。前任者に聞いた駐車可能な場所に車をとめて、さっそく慣れた手つきで品物を持って届け先に向かった。幸いにも在宅で品物を渡すことができた。これは幸先がいい。

しかし、その後は独身者のアパートが多く、もう出勤したのか、留守が続いた。

「だったら居る時間を指定して欲しいなぁ。」

と愚痴もでる。

慣れない場所だけにあっという間に昼になった。車内で菓子パンと牛乳で軽い昼食をとった。

次は12時からの時間帯だ。専業主婦が在宅してくれればラッキーだ。

宅配便が来ることを知っていたのか、在宅率が高く配達は順調にすすんだ。

そのなかで、1軒だけ気になるお客さんがいた。木が生い茂る旧家の門前で私の到着を待っていた女性がいた。20歳前後で白のワンピースを着ていた。判子をもらう時まで無言で最後に「ありがとうございました。」と深々とお辞儀をした。何とも普通の人とは異なる雰囲気をもった女性だった。

そんなことも忘れるほど、夕方から夜にかけては忙しかった。昼間不在だった人の再配達の依頼が来て、届ける回数は増えていった。

夜遅くになって、やっと営業所に戻ってきた。


「どうだい、あのエリアの感想は。」と前任者が聞いた。

「別に、他のエリアと同じですよ。だた変わった女の子がいましたけど。」

「そうだろう。あの子、気になるよな。あの時間帯になると毎日外に出て宅配を待っているんだぜ。」

「えっ、毎日ですか。」

「毎日、荷物を出す人がいるっていうのも不気味だろう。」

「そうですね。」

「案外、自分自身が送り主だったりして。」

「それも考えたけど、何のために。理由が思いつかないよ。」そう言いながら前任者は帰っていった。

自分も帰りながら、あの不思議な少女について考えたが何の結論もでなかった。


明日になった。今日も彼女は宅配便の配達を待っていた。

明後日も、先明後日も。


そして、彼は気付いた。

「彼女、裸足だ。」

いくら東京とはいえ、真冬の地面は氷点下の日もあるだろう。そこでずっと裸足で宅配が来るのを待つとはただごとではない。

それにもうひとつ。宅配の箱のサイズは同じだが、中味が少しずつ重くなっている。箱も同じものを何度も使っているようだ。

宅配業界で「これ何ですか。」って聞くのは御法度だ。ましてや「なんで裸足なんですか。」とか「何で宅配が来るのを外で待っているのですか。」なんて興味本位の事など聞けるはずもない。


その頃には、彼の頭は彼女のことで一杯になった。

とうとう非番の日に彼女の行動を見張ることにした。


まず決まった時間に裸足で家の前に立って、宅配便が来るのを待った。程なく私の代わりのシフトの子が荷物を渡した。彼女は「ありがとうございました。」と深々とお辞儀をして、家の中に消えていった。ここまではいつも見る彼女の行動だ。

その後30分ほど経ったころに、彼女がまた裸足で出てきた。今度は道をはさんだ向かい側の雑貨屋に入っていった。そこで例の箱を渡して宅配便を出した。やはり差出人は彼女だった。

すると、向かいの自宅から、

「お嬢様、もうおやめ下さい。奥様もそうおっしゃっています。」

という女の人の声が聞こえて来た。

彼女は、

「もうすぐ終わるから。」

と返事をして自宅に戻った。


彼は混乱した。彼女は道向こうの集配店から自分の家に宅配便を送っている。何でそんな事をするのだろう。それにここでも裸足だった。自宅からはやめるように言われている。


結局わからずじまいでこの日は終わろうとしていた。


彼は独身だ。軽めの夕食を外で済ませて、自宅近所の居酒屋で飲むのが習慣だ。

居酒屋では、いろんなお客の話を聞くのが好きだ。宅配の世界では触れないこともここでは見聞きできる。

今日も管を巻いているサラリーマンの二人組がいた。

「おい、俺は課長になれると思うか。」

「先輩、優秀だし押しが強いし、なれますよ、課長。」

そこに遅れてもうひとりやってきた。

「悪い、悪い、遅れてすまん。」

「係長も、先輩は課長なれると思いますよね。」


「馬鹿だな、競争相手の係長に同意を求めてどうする。」と彼は笑った。


「それを俺に聞くか。いい根性だ。俺に勝ちたければお百度でも踏みなさい。」

そう言ったあと、三人は上司批判が始まった。


「お百度。なんか、おばあちゃんに聞いたことがあるぞ。」なんか、願掛けして百回回るみたいな話だった。さっそく家に帰って実家に電話した。おばちゃんにお百度について詳しく教えてもらった。


「彼女の行動はお百度とは随分違うなぁ。」そう思ってその日は寝た。


次の日もいつもどおり裸足の彼女に宅配便の荷物を渡した。彼女もいつもと同じように深々とおじぎをしてくれた。


向かいの雑貨屋の宅配の回収は夕方なので、私とは違う担当者が取り扱っている。だから通常は雑貨屋との接点はない。雑貨屋は自分の荷物には別の宅配業者を使っているようだった。

しかし、今日はラッキーだった。その雑貨屋に運ぶ荷物があった。

彼女が自宅に戻ったのを確認して雑貨屋に荷物を届けた。伝票処理をしながら、

「向かいには毎日お届けしているんですが、あそこの娘さんっていつも裸足なんですか。」

「不思議でしょ。私が「寒いからストーブ当たりなよ」って言っても断るんですよ。」とご主人。

「あんまりご近所のことは言いたくないけど、あの娘さん、病気らしいわよ。」と奥さん

「そういや、顔色悪いものなぁ。」

「病気といえば、最近奥さんの姿も見ないね。」

「あなた、しゃべり過ぎですよ。」

「すみませんでした。いろいろ聞いてしまって」と言って私は雑貨屋を出た。


「娘が病気で母親も病気。で、娘は病気にもかかわらず不思議なことをやっている。娘の願望は母親が元気になることだろう。だったら母親の病気が治るための何かをしているはずだ。もしかしたら、元気だったら出来ることを、病気のせいで形を変えてやっているのかもしれない。」

「彼女の荷物はぐるぐる回っている。そして彼女は裸足だ。」

「彼女はお百度参りを変形させてやっているのではないか。」

「彼女自身は病気で動けない。そこであの箱を自分に見立てて、雑貨屋と宅配便をつかって自分のもとに1周させている。自分がその箱に接するときは必ず裸足だ。少しずつ重くなるあの箱にはお百度石が入っているのだろう。もちろん願いは母の病気が治ること。」

「彼女も元気だったら近くの神社で本当のお百度が踏めただろうに。」

あくまで推論だが理にかなってはいる。


次の日も彼女への配達があった。彼女は相変わらず裸足だった。いつもは「ありがとうございました」と挨拶する彼女が今日は、

「今まで本当にありがとうございました。」

と挨拶した。

「お百度参りが済んだんですね。おかあさん、元気になられるといいですね。」と返した。

彼女はかなりびっくりしていたが、満面の笑みで、

「ありがとうございます。宅配のみなさんや雑貨屋のみなさんのおかげです。」

「私も体が弱いので裸足はやめようと思っています。」と笑った。


半年後・・・

その旧家に荷物を届けに行くと、荷物を取りに彼女が出てきた。彼女は靴を履いていた。

そして、庭の手入れをしている品のいい女性がいた。きっとお母さんなのだろう。

「みなさんのおかげであそこまで元気になりました。」

「いいえ、あなたのお母さんへの思いが伝わったのです。」

「では次の配達がありますから。」

と彼女と別れた。

そして次の配達先は向かいの雑貨屋だった。

「娘さんもお母さんもお元気になられて良かったですね。」

「あのお嬢さん、ちょっと変わった方法でお百度参りしていたんですよ。」

「ひょっとして、あの荷物ですか。」

「そうです。」

「私たちもお役に立ててよかったなぁ、母さん。」

「あのお嬢さんって本当にお母さん想いなんですね。」

「それに比べてうちの子たちは・・・」

彼は風向きが悪そうになったので雑貨屋をあとにした。


「形じゃないんだ。真心なんだ。結局は。」


彼は宅配作業の続きに取りかかった。


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