旅のはじまり
ここは、ハシュツブーク。
その国を治めている人、カデル・ミケ・ハーキスは私の父だ。
私は、シェリル・シュシェ・ハーキス。ハシュツブークのお姫様だった。
姫だから、危険も無いとは言い切れない。その為、私にはいつも護衛がついていた。
その人の名前は、ミハイル・ルーズ。何で私の護衛になったのかは謎だけれど、小さい頃から一緒にいた。
今でも私の―――騎士だった。
「わ〜……すごい、綺麗……」
丘の上から見下ろした、この町の景色は何とも言えないほど、綺麗だった。
私は辺りを見渡してからいった。
「やっぱり、誰も居ないって…素敵ね…」
「素敵ね…じゃ、ありませんよ。シェリル姫」
ビクリと体を震わせて、ゆっくりと振り向くと、思っていた通りの人がいた。
「……ミハイル…。もう…、少しくらい一人にさせてくれたって、良いじゃないの」
「………。シェリル姫、貴女はまだ、自分の価値がわかっていないようですね」
私は頬を膨らませた。
「…むーー…。わかっているわよ……」
私が寂しげに俯くと、ミハイルはそっと、私の手をとり、膝まずいた。
「シェリル姫…、もし外へお出掛けになりたければ、私を呼んで頂けないでしょうか…。私は…シェリル姫の護衛です……。どうぞ、頼って下さい」
ミハイルは私の手に口づけると、抱き上げて馬に乗せた。
そして、後ろから包み込むようにして、自分も乗った。
「少々キツイかもしれませんが、ご辛抱ください」
「ええ」
私はフードを被って城へと戻った。
私は姫なのだから、バレないようにしなければ、ならない。
外へ行くのも禁じられている。
だから、抜け出したくてこっそりと、丘に行った。
まあ見つかったけれど。
それでも、これからは外に出れるのだから、ミハイルに感謝しなければならない。
口に出すのは照れ臭いから。心のなかで。
ミハイル、見つけてくれて、ありがとう。
「…ああっ…!姫様!やっと、お帰りになられたのですね!!」
「……ユーミン…心配かけちゃった?」
ユーミンは、私を見るとボロボロと涙を流した。ユーミンは私の専属メイドだ。
実は、怒るとすごーーく、怖い。
「心配しすぎて…怒りが爆発しそうですーー!!」
そう思ったのも、つかの間、ユーミンは涙を拭いて、顔を真っ赤にしながら怒りだした。
「いやああー!もう、爆発してるじゃないのよーー!」
それから、散々というほど怒られた。のにも関わらず、ミハイルは横で笑って見ていた。
「ミハイル!どこに居るの?居るなら、さっさと出てきなさいよ!!」
奥の方からミハイルの姿が見えた。
「…お呼びですか?」
「もう、どこに行っていたのよ。私が呼んだら、すぐに来るようにしなさいよねっ!」
私が怒り気味で言うと、彼はため息をついた。
「……姫…。いくら姫と言えども…、私に対してだけは、そのような言葉遣い…やめてくれませんか」
「いやよ。私は姫なんだから、誰の言うことも聞かないわ」
ミハイルは私に近づいて来ると、ついと顎を掴んだ。
「失礼します、姫…いえ、シェリル」
初めて彼に呼び捨てにされた。
「その上からの様な言葉は、俺がムカつくから…やめてくれるよな?」
笑顔で言っているけど、迫力があって、断る気にはなれなかった。
「…ハ…ハイ…ワカリマシタ…」
「……分かって頂いて、光栄です」
怖くてつい、カタコトになり、敬語にもなってしまった。
「…………」
「…………」
妙な沈黙が続いた。
「………それで?」
「え……?」
先に沈黙を破ったのは、ミハイルだった。
「ですから、私を呼んだ理由ですよ。…まさか、用もなくて呼んだ…なんて事はないですよね」
「え、ええ。もちろん、用が有るから、呼んだのよ。外へ出かけたいの…。その…、馬に…乗って……」
「は……」
ミハイルがポカンとしたまま、止まっていた。
私は必死に訳を説明した。
「だ、だからぁ!今度は乗馬に挑戦してみたら、あまりにも楽しかったから、また…やりたいのよ…!」
「…あぁ、…今度は乗馬ですか…。つくづく危ないモノに目をつけますね」
そう、私は新しい事に挑戦するのが好きだった。何でもかんでも試してみて、楽しかったらまたやる。を繰り返していた。でも最近、新しいことがなくなってきているのだ。
何でも挑戦し過ぎて。うーん…。あと、何があるんだろう。
私はいつもそう考えていた。
いつの間にか、ミハイルが馬の準備をし終わっていた。
「さあ、行きますよ、姫」
「えぇ」
私は彼の手を借りて、馬へと乗った。
ザクザク ザクザク
雪の地面を踏みしめる音が響いている。
もうすぐ私の誕生日だった。
みんな、パーティーの準備をしていて、忙しかった。
私は今、父と母にプレゼントについて、聞かれていた。
「シェリルよ。プレゼントは何がお好みか?」
私はここの間ずっと考えていたが、全く答えがでなかった。
その時、仲の良い父と母を見て、ピンと思い付いた。
「父様、母様。私…恋がしたいわ…!」
二人は目をパチクリとさせた。
隣で聞いていたミハイルも、何度も瞬きを繰り返している。
「……こほん、シェリル…それは真か…」
私は何度も頷いた。
「…そうか…。そうだな、シェリルももう、十八だ。そろそろ王となるものを見つけなならんな。…おい、ミハイル。お前がシェリルの婚約者を、見つけて来い」
「はっ。姫様…、必ず姫様に相応しいお方を見つけてまいりますので、ご安心を」
ミハイルはうやうやしく、頭を下げた。
でも、何だか違う気がした。
私は恋がしたいのだ。
結婚する、なんて言っていない。
それに、決められるものじゃなくて、私が決めたい。
「よし、それでは頼んだぞ」
「……待って」
私がそう言うと、全員がこちらを向いた。
「…私は自由に恋がしたいの……。もちろん、お母様達みたいに、婚約者同士で恋するかもしれないわ…。でも…でも、私は……自分で見つけて、自分で恋がしたいの……」
決められた結婚はイヤ。私は自由に生きたい。
自由に恋したい。
これは、絶対に譲れない。
「…姫様、わがままばかり言っていても…」
「いや、いい」
父がミハイルの言葉を遮った。
「ですが、王!」
「いいのだ…。愛は無理に生まれさせても、意味がない。シェリル…、しっかりと、自分が愛した男性を見つけるのだよ」
「はい、お父様」
私はしっかりと頷いた。これからが楽しみで、自然と笑顔になっていた。ずっと私を見ていた、ミハイルの視線に気づかずに。
「…てことで、旅にでるわよ!!ミハイル!」
「…はあ……」
ミハイルはポカンとした。
まあ、イキナリ切り出したから無理もないだろう。
「だ・か・ら、好きな人を見つける為に、旅に出るのよ。あ、止めたって無駄だからね〜。もう、お父様に許可はとってあるんだから!」
私がそう言うと、ミハイルは納得したようだった。
ミハイルって…お父様命って感じよね……。
どうしてなのかしら。
私はふとそう思った。
「フン♪フンフーン♪」 「……機嫌がよろしいですね」
私が鼻歌を歌っていると、ミハイルが突然そう告げた。
「あら、それはそうだわ。だって、旅に出てるのよ?今まで夢に見てきた事が、実現している…それより、嬉しい事なんて無いわ!」
旅に出ている。姫の私が。
これほど嬉しい事はなかった。
「…そうですか」
ミハイルはふっと微笑んだ気がした。
最初に目指すのは、隣町のヤンデル村だ。
ここは昔から美形の人が多いと言われている。
私がそこに行きたいと言うと、ミハイルは反対した。
「どうしてよ。どうして、行ってはいけないの?」
「ダメなものは、いけません」
どうしてもミハイルは譲らない。
そこで良い方法を思いついた。
「……お父様は、私の好きにして良いって言ってたわよ?」
「…それは…」
ミハイルが少し押し黙った。
やっぱりね。
「お父様の言いつけを守らなくても良いの?」
「…………わかりました」
やったーー!
やっぱり、ミハイルってお父様の名前を出すと、弱いのよね。
これからはそうしよう、と心に決めた。