もう猫なんて飼わない。
黒い髪の毛をかき回して、彼は私の身体を無造作に抱いた。埃のかぶった招き猫が暗い四畳半の部屋の隅からちらちらと見える。彼は私の耳に、そっと囁いた。私は尋ねる。なあに、悠介。悠介はちょっとだけ笑った。あぐらをかいた悠介の上に私は座る。彼はぎゅっと私を抱きしめたまま、身体を左右に揺らした。薄い水色のTシャツが擦れる音がする。招き猫はまだこちらをみている。
「なあ沙織」
「うん?」
「寒いな」
「阿呆ちゃう。Tシャツなんて着とるからやん。冬やで」
「炬燵ださんか」
「ええけど……あるんか」
悠介が立ち上がった。急に立ち上がったものだから私はすてんと尻餅をつく。漫画みたいやなあ、と我ながら思った。悠介が、長い身体を折り曲げて、小さな押入れをまさぐっている。それを観察しながら、ほっぽりだされていた毛布を巻いた。髪が静電気でバチバチ鳴った。暫くして、あったあったと悠介が木製のちゃちな炬燵を取り出してきた。私はその上にをかぶった招き猫をのせて、蜜柑を食べながらゆらゆら揺らした。
「なあ沙織」
「なに?」
「俺、いつ戻るんやろ」
「……分からん」
「俺かて分からん」
「そうやね」
「招き猫、やめてくれへんか」
「うん」
猫耳が女の子についてるんは、萌えるゆーて皆嬉しがるやんか。でも男についとっても誰も嬉しいことないよな。
悠介は呟いた。そして、蜜柑を私にあーん、としてくれる。私も、あーんと受けとる。
「治らんのかな。お医者さんにかかったら?」
「ふざけてると思われるやろ。沙織にうつらへんかなあ」
「馬鹿。うつるわけないやん、そんな変なもの」
「せやなあ」
悠介には耳が二つある。
人間の耳と
猫の耳、が。