「欠陥品の魔力」と捨てられたので辺境伯に嫁いだら、元婚約者が「王都を救え」とやってきました。今さら知りません。
テンポ早めです!
『お前は欠陥品だ。その魔力、実に悍ましい』
かつての婚約者――今では元婚約者となったアルフレッド大公嫡男様は、わたくしと顔を合わせるたび、そう吐き捨てておられました。
わたくし、セレスティアは、王家に次ぐ魔力量を持つと言われる侯爵家に生まれ、この国でも稀有なほどの魔力を持って生を受けました。
しかし、その強大すぎる魔力は「制御が難しい」「荒々しく、淑女にふさわしくない」とされ、幼い頃から疎まれる対象でした。
特にアルフレッド様は、魔力の細やかな『制御』こそが貴族の証であるとお考えの方。この世界の魔力は自然や物にも影響を与えることができます。
彼の理想は、繊細な魔力で刺繍の模様を織りなしたり、紅茶の温度を最適に保ったりすること。
わたくしのように、魔力を解放すれば嵐を呼び、地面を揺らすほどの力は、彼にとって「野蛮」で「無価値」なものでしかありませんでした。
『その首輪を外すことは決して許さん。それがお前の、俺に対する誠意だ』
わたくしは十三歳の時から、アルフレッド様より下賜された『魔力抑制のチョーカー』を身につけていました。
表向きは「繊細な魔力制御を助けるための補助具」とされていましたが、その実態は、わたくしの魔力を強制的に押さえつけ、吸い上げる呪具に近い代物でありました。
これを着けていると、常に全身が鉛のように重く、思考は鈍り、魔力を練ろうとすれば激しい頭痛に襲われます。
おかげでわたくしは「魔力は多いだけの役立たず」「愚鈍な令嬢」として、社交界でも嘲笑の的でした。
わたくしが「魔力制御の訓練がしたい」と言えば、アルフレッド様は「無駄だ。お前はただ大人しく、魔力を漏らさぬことだけ考えていれば良い」と一蹴し。
わたくしが「チョーカーが苦しい」と訴えれば、「我慢もできんのか。そんなことより、ソフィアを見習え」と叱責される。
ソフィア。
それこそが、アルフレッド様がわたくしと比べ、常に賛美していた女性。
男爵家の出身ながら、稀有な『聖女』の力に目覚めたとされる、儚げで可憐なご令嬢です。
彼女の魔力は微細で、人々を癒し、花の蕾をそっと開かせる奇跡を起こすと言われていました。
アルフレッド様は学園でも常に彼女を傍らに置き、わたくしという婚約者がいながら、その寵愛を隠そうともされませんでした。
(えぇ、えぇ。どうぞご自由に)
わたくしは、内心ではとっくに諦めておりました。
この重いチョーカーのせいで、何かを考えたり、感じたりすることすら億劫になっていたのです。
ただ、侯爵家と大公家の決定であるこの婚約が、何事もなく終わることだけを願っておりました。
そして、その願いは学園の卒業パーティーで、最良の形で叶えられます。
『セレスティア! 貴様との婚約を本日、この場をもって破棄する!』
パーティーの中央、多くの貴族が見守る中で、アルフレッド様は高らかにそう宣言されました。
彼の隣には、涙ぐみながらも幸せそうに微笑むソフィア嬢。
『貴様の野蛮な魔力と愚鈍さが、どれほど私を苦しませたことか!もう我慢ならん!私の隣に立つのは、可憐で清らかな聖女ソフィア。彼女こそが、未来の大公妃にふさわしい!』
(あぁ、やっと……!)
わたくしは、この時ほどアルフレッド様に感謝したことはありません。
もはや、婚約破棄の理由などどうでも良い。
ただ、今まで感じていた婚約者からの重圧から解放されることが、何よりも嬉しかったのです。
わたくしは、その場で淑女の礼をとり、微笑みました。
『アルフレッド様、ソフィア様。心より、お二人のご多幸をお祈り申し上げます』
わたくしのあまりにもあっさりとした反応に、アルフレッド様は一瞬拍子抜けしたような顔をされましたが、すぐに「ふん、負け惜しみか」と鼻を鳴らし、ソフィア様の手を取って去っていかれました。
もちろん、父である侯爵は激怒しましたが、わたくしが「この婚約はもう耐えられません」と(チョーカーの苦しさも相まって)涙ながらに訴えたことで、最終的には大公家からの(一方的な)婚約破棄を受け入れてくれました。
ですが、婚約破棄した後もチョーカーを外すことはしませんでした。外すことにより強大な魔力が溢れてしまう、それは淑女としてふさわしくないのではないか?数年間、アルフレッド様から言われてきた言葉が呪いのようにわたくしの心を縛りつけていたのです。
こうしてわたくしは、チョーカーは付けたまま社交界から「欠陥品の愚鈍な令嬢」の烙印を押され、自由の身となったのです。
それが、約二年前の出来事。
婚約破棄後、わたくしは事実上の「厄介払い」として、王家からある任を命じられました。
それは、国の北東に位置する『黒鉄の辺境伯領』へ赴き、瘴気の浄化を手伝うというもの。
辺境伯領は、魔物の領域と隣接しており、常に瘴気にさらされ、土地は痩せ、人々は疲弊していると言われる過酷な地。
「あの強大な魔力を持つセレスティアなら、少しは浄化の役に立つだろう」
そんな、王家からの皮肉と憐れみが透けて見えるような辞令でした。
わたくしは、喜んでその辞令を受けました。
王都の息苦しい社交界から離れられるなら、どこへでも行くつもりでしたから。
……そして、その地で、わたくしは運命の出会いを果たします。
『君が、王都から来たセレスティア嬢か。……ずいぶんと重そうな『呪い』を背負わされているな』
辺境伯領の領主、リアム・フォン・アークライト。
彼こそが、わたくしの現在の夫です。
リアム様は、わたくしを一目見るなり、このチョーカーがただの魔力抑制具ではなく、着用者の生命力すら吸い上げる危険な『呪具』であることを見抜きました。
この辺境で、魔物の瘴気や、魔力を用いた呪詛を数多く見てきたリアム様には、王都の貴族が認識できない、その穢れた魔力の流れがはっきりと見えたのでしょう。
彼はアルフレッド様とは全く違う、荒々しくも強力な、しかし温かい魔力を持つ人でした。
『外そう。そんなもの、君には必要ない』
彼はそう言うと、わたくしが何をされるのかと怯える暇もなく、その武骨な手でチョーカーに触れ……次の瞬間、青い火花と共に、十三歳の頃から付けて数年間わたくしを縛り付けていた呪具は、呆気なく砕け散りました。
――ドクンッ!
全身に、熱い血が巡る感覚。
息苦しさが消え、鈍っていた思考がクリアになり、そして、抑え込まれていた魔力が、まるで歓喜の叫びを上げるかのように、わたくしの内側から溢れ出しました。
『……あぁ、すごい。これが、君の本当の力か』
わたくしが解放した魔力は、祝福の光となり、辺境伯領の空を覆っていた分厚い瘴気を、まるで朝の光が霧を晴らすように消し飛ばしていきました。
痩せた大地には緑が芽吹き、人々は空を見上げ、奇跡だと涙を流していました。
わたくしは、初めて知ったのです。
自分の魔力が、人を傷つけるためだけのものではなく、こうして誰かを守り、笑顔にできるものなのだと。
そして、リアム様は、そんなわたくしの魔力を「悍ましい」とは決して言いませんでした。
『君の力は、美しい。この大地のように、力強く、温かい』
彼は、わたくしの手をとり、そう言ってくれました。
アルフレッド様に「野蛮だ」と罵られ続けた、この荒々しい魔力ごと、わたくしを肯定してくれたのです。この時に、私を縛っていた呪いは、チョーカーもろとも消えてなくなくなったのです。
それから、わたくしたちが結婚するのに、そう時間はかかりませんでした。
婚約破棄からわずか三ヶ月後。
わたくしはセレスティア・フォン・アークライトとなり、辺境伯の妻として、この地で新しい生活を始めたのです。
辺境伯領での生活は、王都とは比べ物にならないほど充実していました。
わたくしはリアム様と共に領地を回り、魔力を振るって土地を浄化し、作物の生育を促し、時には魔物の群れを(遠くから)リアム様の部隊ごと魔力で強化して撃退しました。
領地の人々は、わたくしを「聖女様」や「女神様」と呼んで慕ってくれます。
もちろん、わたくしはソフィア嬢のような『聖女』ではありません。
わたくしの魔力は、花の蕾をそっと開かせるような繊細なものではなく、大地を耕し、嵐を鎮める、もっと荒々しくて、生活に根ざした力。
でも、リアム様はそれがいい、と言って笑ってくれます。
『繊細な魔力もいいが、俺は君の、大地を揺るがすような魔力が好きだ。生きている、と感じる』
彼はわたくしの魔力を全身で受け止め、そして彼自身の力強い魔力で応えてくれます。
わたくしたちは、公爵家や侯爵家といったしがらみではなく、魔力と愛で結ばれた、最高のパートナーでした。
……そんな幸せな日々が二年ほど続いたある日。
王都から、一通の手紙が届きました。
差出人は、アルフレッド・フォン・ハイゼンベルク。
わたくしの、元婚約者様からです。
中身は、驚くほど簡潔でした。
『戻ってこい。俺の側室にしてやる』
わたくしは、その手紙を読んだ瞬間、思わずくすくすと笑ってしまいました。
リアム様が怪訝な顔で「どうしたんだ?」と覗き込んできたので、その手紙を渡します。
「……フン。今さら何の用だ、あの男」
リアム様は、アルフレッド様の傲慢な文面に、わたくしとは違ってあからさまに不機嫌になりました。
「さぁ……。でも『側室にしてやる』ですって。わたくし、もう結婚しているというのに」
「あの男のことだ。辺境伯との結婚など、まだ『仮』のものだと侮っているんだろう」
リアム様の言う通りかもしれません。
わたくしたちの結婚は、急なものであったため、王家からの正式な認可が下りたのはつい最近のこと。
アルフレッド様は、わたくしがまだ自由な身だと勘違いしているのでしょう。
「もちろん、返事は『否』だ。無視する」
「それがよろしいですわね。わたくしも、もうあの人とは関わり合いになりたくありませんもの」
わたくしたちは、その手紙を暖炉の火にくべ、すぐに忘れてしまいました。
辺境は、王都で誰が何を考えていようと関係ないほど、忙しく、そして平和だったのです。
しかし、わたくしたちのその平和は、手紙から一ヶ月も経たないうちに破られました。
「申し上げます! アルフレッド大公嫡男様が、アークライト領に到着されました!」
慌てた様子の執事の報告に、わたくしとリアム様は顔を見合わせました。
「無視された腹いせに、わざわざこんな辺境まで?」
「……どうも、それだけではない気がするな」
リアム様は、何かを警戒するように、窓の外……王都のある南の空を見つめていました。
応接室に通されたアルフレッド様は、二年前と何一つ変わらない、傲慢な態度でソファにふんぞり返っていました。
ただ、その顔色はひどく悪く、目の下には濃い隈が浮かんでおり、何かに憔悴しているようにも見えます。
「セレスティア!久しぶりだな。ずいぶんと待たせおって」
「ようこそお越しくださいました、アルフレッド様。わたくし、結婚いたしまして今はセレスティア・アークライトと申します」
わたくしがリアム様の隣に座り、淑やかに挨拶をすると、アルフレッド様はわたくしを頭から爪先までねめつけるように見ました。
そして、わたくしが『魔力抑制のチョーカー』をしていないことに気づいたのか、眉を吊り上げます。
「……その首輪はどうした。俺の許可なく外したのか? やはりお前は、躾のなっていない女だ」
「失礼。それは私の判断で外させてもらった。妻の生命を脅かす『呪具』を、これ以上つけさせておくわけにはいかなかったのでな」
リアム様が、低い声で遮ります。
アルフレッド様は、そこで初めてリアム様の存在を意識したかのように、彼を睨みつけました。
「貴様か、辺境伯。セレスティアを唆したというのは」
「唆した?人聞きの悪いことを。俺は彼女を『解放』し、『妻』として迎えただけだ。それより大公嫡男殿、こんな辺境にまで、何の御用で?」
リアム様の威圧的な態度にも、アルフレッド様は怯みません。
さすが、育ちだけは良いようです。
「決まっているだろう。手紙に書いた通りだ。セレスティア、お前を連れ戻しに来た」
「ですから、わたくしは結婚しておりますと」
「そんなことはどうでもいい! お前は黙って俺に従えばいいんだ!」
アルフレッド様は、テーブルを叩いて叫びました。
その必死な様子は、単なる傲慢さから来るものではないように思えました。
「リアム様、少しよろしいですか」
わたくしはリアム様に目配せをし、二人きりで話す許可をもらいます。
リアム様は一瞬渋い顔をしましたが、「すぐに戻ります」とわたくしが耳元でこっそり伝えると、しぶしぶ「……何かあればすぐに呼べ」と言い残し、部屋を出ていきました。護衛は、扉の外で控えています。
二人きりになると、アルフレッド様は少しだけ落ち着きを取り戻したようでした。
「……それで、アルフレッド様。本当にどうされたのです?王都で何かございましたか?」
「フン……。お前には関係のないことだ」
「関係のないことのために、わざわざわたくしを連れ戻しに?……もしかして、ソフィア様関連ですか?」
わたくしがその名前を出すと、アルフレッド様の肩がピクリと震えました。
図星だったようです。
「……そうだ。ソフィアが……聖女であるソフィアが、近頃ひどくお疲れでな。王都に広がる『呪い』を一身に受け止め、浄化しようと奮闘されているせいで、倒れてしまわれた」
「王都に、呪いが?」
初耳でした。辺境には、そんな不吉な話は届いていません。
「あぁ。ここ半年ほど、王都では原因不明の病が流行し、人々が次々と魔力を失い、衰弱している。ソフィアは、あれこそが『呪い』だと言っておられた」
「まぁ……」
「ソフィアは、あんなに可憐な身で、たった一人で王都を守ろうとされている!それなのに、お前は……お前はこんな辺境で、のうのうと暮らしているとは何事だ!」
「……はぁ」
どうやら話が見えてきました。
聖女様が倒れた。王都がヤバい。
そこで、わたくしのことを思い出した、と。
「お前のその馬鹿みたいに多い魔力、今こそ役立てる時だ。王都に戻り、ソフィアの『助手』として、彼女の負担を減らせ。それがお前の役目だ」
「お断りいたします」
わたくしは、即答しました。
「なっ……!?」
「わたくしは『聖女』ではございませんし、誰かの『助手』になるために魔力を使おうとも思いません。わたくしのこの力は、夫であるリアム様と、このアークライト領の民のために使うと決めておりますので」
「まだ言うか!この俺の命令が聞けんというのか!?」
「元婚約者様の命令を聞く道理はございませんわ。大体、アルフレッド様は何も分かっておられない」
「何だと?」
「王都の『呪い』とやらが、本当にソフィア様に浄化できるものなのか、ということです。わたくしが言うのもなんですが、わたくし以上の魔力を持つ人間など、そうそうおりません。そのわたくしですら、この辺境の瘴気を完全に浄化するには、リアム様と二人掛かりで二年を要しました」
「……」
「ソフィア様の魔力は、お聞きしたところ『微細で可憐』なものなのでしょう? 花を咲かせる力で、国を覆う呪いが祓えると、本気で?」
アルフレッド様は、黙り込みました。
彼も、薄々気づいていたのかもしれません。
ソフィア様の『聖女』の力は、アルフレッド様の庇護欲をかき立てるには十分でも、国を救うにはあまりにも非力すぎたのです。
「そ、それでも……ソフィアは必死に……!」
「必死なのは結構ですけれど、それで王都が救われないのでは意味がありませんわ。……もしかして、その『呪い』、原因はソフィア様ご本人だったりしませんこと?」
わたくしは、カマをかけてみました。
わたくしが王都を去ってから、王都の魔力が枯渇し始めた。
そして、わたくしが外した『チョーカー』。あれは、魔力だけでなく生命力すら吸い上げる呪具でした。
もし、ソフィア様が『聖女』ではなく、わたくしと同じように……いえ、もっと悪質な『何か』だったとしたら?
「な……何を馬鹿なことを……!」
アルフレッド様が激昂した、その時でした。
「――その通りよッ!!」
応接室の扉が勢いよく開かれ、そこに立っていたのは、アルフレッド様が王都に残してきたはずの、ソフィア嬢その人でした。
その姿は、かつての儚げで可憐なものではありません。
目は充血し、肌はかさつき、その身からは、瘴気にも似た淀んだ魔力が漏れ出ていました。
「ソフィア!? なぜここに! 安静にしていろと……」
「うるさいわね、アルフレッド!あんたがさっさとこの女を連れてこないから、私自ら出向いてあげたんでしょう!?」
ソフィア嬢は、アルフレッド様を金切り声で一喝すると、その濁った瞳で、わたくしを捉えました。
「セレスティア……!久しぶりね!ずいぶんと『元気』そうじゃない!」
「……ソフィア様。そのお姿、一体……」
「これ?あぁ、全部あんたのせいよ!」
ソフィア嬢が叫びます。
「あんたという『極上の餌』がいなくなったせいで、私はこんなに飢えているのよ!」
やはり、そうでしたか。
彼女は『聖女』などではなく、他人の魔力を喰らう『魔力喰い』。
そして、わたくしが着けていたあのチョーカーは、彼女がわたくしの魔力を安全に『捕食』するための道具だったのです。
「アルフレッド様を唆して、あんたに呪具をつけさせたのも私。あんたの魔力を少しずつ吸い上げて、私の力にしてきたわ」
「まぁ……」
「あんたが王都からいなくなって、本当に困ったわ。仕方ないから、王都の雑魚どもの魔力で我慢してたけど……やっぱり、質が違うのよねぇ!」
ソフィア嬢は恍惚とした表情で、わたくしを見つめます。
王都の呪いの正体は、彼女による無差別な魔力捕食だったのです。
「さぁ、セレスティア!おとなしく王都に戻って、再び私の『餌』になりなさい!そうすれば、王都の呪いも解けるわ!」
「……お断りします、と言ったら?」
「決まってるじゃない!」
ソフィア嬢の背後から、黒い触手のような魔力が現れます。
「ここで無理矢理、あんたの魔力、全部吸い尽くしてあげる!」
「――させんッ!!」
ソフィア嬢の触手がわたくしに届くより早く、部屋の外から飛び込んできたリアム様が、炎の魔力をまとった剣でそれを両断しました。
「リアム様!」
「遅くなった、セレスティア。……やはり、厄介な『蟲』が紛れ込んでいたようだな」
「あなた……辺境伯ね!邪魔しないで!」
ソフィア嬢は、リアム様を睨みつけますが、リアム様は動じません。
「アルフレッド!何をぼさっとしているの!あの男を殺して!そしたら、セレスティアの魔力はあんたにも分けてあげるから!」
「……え?」
アルフレッド様は、目の前の惨状が理解できないのか、呆然と立ち尽くしています。
愛した聖女の変わり果てた姿と、衝撃の事実に思考が停止しているのでしょう。
「ソフィア……? 君は、何を……」
「あぁ、もう! 役立たず!」
ソフィア嬢はアルフレッド様を見限り、わたくしとリアム様に向かって、再び無数の魔力の触手を放ちました。
「セレスティア、下がっていろ!」
「いいえ、リアム様。ここはわたくしが」
わたくしは、リアム様の前に一歩出ました。
もう、誰かの後ろに隠れて守られるだけのか弱い令嬢ではありません。
「わたくしの魔力は『悍ましい』そうですから。その『悍ましさ』、存分に味わっていただきますわ」
わたくしは、深呼吸を一つ。
そして、二年間、この辺境の地で育んできた、わたくしの魔力の全てを解放しました。
目指すは、ただ一点。ソフィア嬢の穢れた魔力の『浄化』。
アルフレッド様に「野蛮だ」と罵られた、荒々しい魔力。
ソフィア嬢が「極上の餌」だと欲した、強大な魔力。
それが、わたくしの夫と領地を守るための力となって、黄金色の嵐のように応接室を吹き抜けました。
「きゃああああああああああっ!!」
わたくしの純粋な浄化の魔力は、ソフィア嬢の邪悪な魔力にとって、何よりも劇毒だったのでしょう。
彼女の魔力の触手は光に触れた瞬間に消し炭となり、彼女自身も、その身を焼かれるような苦しみに絶叫しました。
「いやっ!やめて!私の魔力が……!せっかく集めた魔力が、消えていく……!」
わたくしは、一切容赦をしませんでした。
彼女が王都の人々から吸い上げた魔力を、根こそぎ浄化し王都の空へと還していきます。
やがて、ソフィア嬢から漏れ出ていた邪悪な魔力は全て消え去り、彼女は魔力を失ったただの人間として、その場に崩れ落ちました。
「……あ、あ……」
アルフレッド様は、腰を抜かしその場で震えていました。
全てが、終わったのです。
その後、事態はあっという間に収束しました。
魔力を失ったソフィア嬢と、現実を受け入れられないアルフレッド様は、リアム様の部隊によって拘束され、王都へと送還されました。
王都の呪い(魔力枯渇)は、主犯であるソフィア嬢が捕らえられたことで、ひとまず進行を止めました。
アルフレッド様を擁護していた大公家は、今回の不祥事――『魔力喰い』を聖女と偽り王都に引き入れ、国を混乱させたこと、そして辺境伯であるリアム様に対し、無礼な要求と襲撃を行ったこと――の責任を問われ、爵位を剥奪。
アルフレッド様とソフィア嬢は、国を傾けかけた大罪人として、二度と日の目を見ることのない地下牢へと送られたそうです。
王都からは、リアム様とわたくしに対し、多大な感謝と(不祥事の口止め料を兼ねた)莫大な報奨金が送られてきました。
王都の人々から奪われた魔力は、わたくしが定期的に行う遠隔浄化の儀式によって、少しずつ王都の大気に還元され、人々の体調も快方に向かっているとのことです。
わたくしは、今も変わらず、この『黒鉄の辺境伯領』で、夫と共に暮らしています。
「セレスティア」
「はい、リアム様」
執務の合間、テラスでお茶を飲んでいると、リアム様がわたくしを後ろから優しく抱きしめてくれました。
彼の胸に背中を預けると、力強く、温かい魔力が伝わってきて、とても安心します。
「あの時、アルフレッドに『悍ましい』と言い返していたが……」
「うふふ。聞いておいででしたか?」
「あぁ。最高に格好良かったぞ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
リアム様は、わたくしの髪に顔を埋め、深く息を吸い込みます。
「君の魔力は、いつだって清々しくて、力強い。だが俺は、その魔力を持つ君自身を、世界中の誰が何と言おうと一番愛している」
「……わたくしも、ですわ」
わたくしは、そっとリアム様の手を握り返しました。
「わたくしのこの魔力も、そしてわたくしの心も、あなたのその強さと優しさに、ただ惹かれていると申しております」
かつては「欠陥品」と疎まれ、呪縛でしかなかったこの力は、今はわたくしとリアム様を結びつけた、何物にも代えがたい「絆」です。 この力と愛がある限り、わたくしは愛する夫と、この大切な領地を、全力で守り続けていく。
辺境の空は、今日もわたくしたちの魔力が溶け合うように、どこまでも澄み渡っていました。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
随分前にプロットを作っていた王道のざまぁ系ストーリーを投稿させていただきました。
ちなみに前半は主人公の過去を回想しているため、セリフの表記が『』このカッコになっていまして、後半からは「」このカッコに変更しています!
よろしければ評価してくださると励みになります!
よろしくお願いします!




