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Ep2.なら、全部『横取り』してしまおう ①


 思えばつまらない人生だった。


 母ひとり、妹ひとりの母子家庭で育ち、やりたいことはあったけれど大学に行く余裕など無く。高校を卒業して直ぐに就職。せめて妹だけでも大学に行かせたいと必死に働いて、働いて、働いて。毎日毎日、家と職場の往復。

 そんな中でも良い人に出会って、お付き合い、そして婚約して。妹が大学を卒業したら、結婚してもいいかな、なんて。


 そんな――馬鹿げたことを考えていた。


「ごめんね、お姉ちゃん」


 妹に婚約者を『横取り』されるまでは。

 潤んだ妹の瞳とバツが悪そうな婚約者の表情が、ジリジリと脳裏に焼き付いて吐き気がして――その後のことを覚えていない。



――――


 未だに震える指先で注がれる紅茶。チラリとヴェレチカが扉の前で控える騎士に目をやれば、彼は小さく顎を引いた。クローリカが淹れ直すところを監視していた彼からの合図は“安全”。

 ヴェレチカは優雅にティーカップを持ち上げて口をつけた。優しい甘さが緊張で強ばった肩の力を抜いていく。


「さあ、今度こそ叔父様もどうぞ」

「……いらん」


 酷く冷たい声だった。


「そうですか」


 テーブルに並べられたクッキーやケーキに目移りをしながら、ヴェレチカは特に気分を害した様子もなく、ケーキに乗せられた赤いベリーをフォークで掬う。その艶やかな色は彼女の唇によく似ている。1口食べれば爽やかな酸味。甘めのクリームと合わされば、均整の取れた丁度いい匙加減のケーキとなるのだろう。

 ヴェレチカがぺろりとケーキ1切れを食べ終わるところを見届けたルガルは、深くため息を吐く。


「何なんだ、お前は」


 彼女に呼び出された時、ルガルはチャンスだと思った。

 16歳になったばかりの彼女は他の甥姪たちよりも利用しやすい。兄皇帝の動きを探るためにスパイとして潜り込ませていたクローリカと接触し、ヴェレチカとの茶席に出される紅茶に神経毒を仕込むよう指示をした。摂取すれば激しい痙攣の後、一時的な仮死状態に陥るという代物。何らかの後遺症は残る覚悟の上で、それでもルガルにはこの国を出なければならない理由がある。


(それを、まさか看破されるとはな)


 しかも服毒を阻止されただけでなく、スパイであるクローリカにも疑いの目を向けさせてしまうとは。


「……戦争が始まりますわね」


 ヴェレチカの呟きにぴくり、とルガルの眉が動く。

 ルガルが今日まで反乱軍として皇帝に抗っていた事で、戦火は国内に収まっていた。それも褒められたことでは無いが、その抑止の反乱軍長であったルガルが捕らえられたことで、ローゼンガルム帝国の他国に対する苛烈な侵略戦争が始まることは想像に難くない。

 実際、ゲーム最終章では大陸のほぼ全てが帝国の領土となっていた。

 つまりはこの大陸にある国全てに戦争を仕掛けたということ。その被害は計り知れない。


「お前も……参加するのか」


 ルガルの問いにはヴェレチカも考えあぐねていた。


「戦争に興味はありませんのよ? でも、ねぇ……『皇位継承戦争』の末席に加わってしまいましたから」


 ローゼンガルム帝国の皇位継承戦争。

 それは皇帝の子供たちが国家の利益と損失によって計られるランキング戦である。

 現在、ヴェレチカは第36皇女だが、この36という数字は別に彼女が皇帝36番目の子供であるということでは無い。単純に()()()()()()()()36番目ということだ。

 明日になれば下がっているかもしれないし、35位以前の兄姉たちがヘマをして繰り上がっている可能性もある。

 そして皇帝崩御の際に第1位の座に居た者が次代の皇帝となるのだ。

 日々変動する地位――それがここローゼンガルム帝国の皇族たちの日常であり、伝統。

 そして先の皇位継承戦争で圧倒的な武力と魔法を用いて国内統一を果たしたグランの子供、ヴェレチカたちは国外への活動に手を伸ばし始める。他国への侵略戦争の主となるのはルガルの甥姪たちなのだ。


「叔父様が捕縛されたことで、国内の点数稼ぎには限界が来ましたし……きっと明日にでも、お兄様お姉様方は他国に向かわれるのでは?」

「……っ」


 反乱軍の鎮圧、捕縛がこれまでの皇位継承戦争における主な点数稼ぎだった。しかし、それももう終わり。

 国内で目立った活躍が見込めないヴェレチカの兄姉たちは挙って他国の侵略に向かうだろう。何せ、戦争というのは最も目に見えて勝敗が分かりやすい。


 ルガルは奥歯をかみ締めた。

 そうだ、だからこそ我が身の生命以外の何を犠牲にしても、ルガルは国外に出なければならない。争いを止められなくとも、少しでも被害を抑えなくては。


 言葉の結末を想像し、俯いて何かを堪えるルガルと、震えたままのクローリカを眺めながら、ヴェレチカはぺろりと唇についたクリームを舐める。

 『皇位継承戦争』は16歳から強制参加だ。死ぬまで脱落は出来ない。

 そしてヴェレチカも今日から巻き込まれていくことになる。


(ゲーム開始……主人公が連合軍と合流するのは18歳だから……あと2年か)


 その2年でゲーム内のヴェレチカは第3皇女にまで上り詰めていた。その発端がこの“反乱軍の長、王弟ルガル毒殺”という事件だったのである。

 毒殺――実際にはルガルは死んでいない且つルガルの自作自演だが――によって、少なからず国益を齎したと判断されたヴェレチカは、ここから本格的な継承戦争に参加していったと、ゲームでルガルが語っていた。

 皇位を上げることに拘る甥姪たちであれば、ルガルの死を自分の手柄として報告するだろうと。

 国外への逃亡においてルガルには「自分が死んだ」という目撃者と、それを速やかに兄王に伝えてくれる相手が必要だった。それを両方満たす相手が『皇位継承戦争』に参加している甥姪。

 ヴェレチカを選んだのは、単純に彼女が今1番下位であったから。そして彼女が父である皇帝に並々ならぬ親愛と敬愛の情を向け、娘として愛されたがっていることを知っていたからだ。


(確かに、ゲームのヴェレチカなら真っ先にお父様へ報告するでしょうね)


 だが、今のヴェレチカは皇位も父親にも興味が無い。

 如何に労力少なく、ある程度快適にこの世界を生き抜けるか。それが目下の悩みである。


(別に叔父様の話に乗って、彼を無傷で国外に出してもいいんだけど)


 そうなればゲームのストーリー通り、彼は連合軍を支援するだろう。それは即ちヴェレチカの処刑という未来に1歩近づくことになる。五体満足で彼を逃がす、という恩を売れば多少変わるかもしれないが。


(わたくし)、面倒事は嫌です」

「……は?」


 ルガルは訝しげに姪を見る。


「痛いのも、疲れるのも嫌です……でも『皇位継承戦争』に巻き込まれた以上、順位は上げておかないと。私の生命に関わりますし」


 ヴェレチカは面倒くさそうに2つ目のケーキにフォークを突き刺す。


 争う相手は少ない方が良い、と思うのは当然のこと。

 兄弟姉妹たちは皆が家族であり、敵同士。

 そもそもの戦争参加者を減らそうと考える人も居るのだ。そして狙われるなら、下位から。

 戦争に参加し、順位を上げればそう簡単に手出しはされなくなるだろう。ただそうなるとゲームのストーリー通り帝国が連合軍に敗北した時、処刑の確率はグンと上がる。

 そこまで考えて、ふと彼女は思った。


 そもそも、どうしてストーリーに事を進める必要があるのか、と。


 少なからずこの先の大枠の歴史を知っているということは、それを変える準備が出来るということでもある。

 ヴェレチカは口角を上げて、ルガルに上目遣いで声を潜め囁いた。


「……『横取り』しませんか?」




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