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桜風吹にいだかれて  作者: 雨後 穹・改
──アリスはもう穴の中──
7/26

File4:男子学生連続失踪事件(陸) 202X年7月18日

──Side 富ノ森(とみのもり)調査事務所 アルバイト 相川(あいかわ) (さくら)──

202X年7月18日 午後5時25分

富ノ森市・南学園前 通学路


 午後の下校時間。制服姿の生徒たちが、汗ばんだシャツを揺らしながら歩いていた。

 俺は木陰で待ち構え、ポケットからスマホを取り出す。

 画面にはSNSから拾った一枚──校外学習の集合写真。端に小さく写った少女。

 部活帰りの生徒たちが群れを成して歩いていた。


「ちょっといい?」

 目の前の二人組を呼び止める。


「この子、知ってるか」


 男子生徒が画面を覗き込み、眉を寄せる。

「ああ……同じ学年の子っすね。白石さん」

「どんな子だった?」

「おとなしいっす。でも隠れファン多い感じ。ハッコーの美少女的な。でも声も小さいし、友達も少なかったと思います」


 隣の女子生徒が頷いた。

「もともと目立つ方じゃなかったけど……去年の三学期くらいかな、なんか急に暗くなった感じ。っていうか学年上がってから見てない気がする」


 聞き込み三人目、女子生徒。鞄を抱きしめるようにして答える。

「知ってます。美人だけど大人しい子。前は友達とも普通に話してたのに……最近は全然見ない」


 四人目、男子生徒。

「同じクラスっすよ。話したことあんまねーけど。三年になってから全然学校来てないっすね。四月は居たような気がするけど」


 そのあとも何人か三年生と思しき生徒に聞き込みを重ねたが、証言はどれも一致していた。

 白石彩花(しらいしあやか)――存在は確かにある。だが薄い。印象が(かす)んでいる。

 四月の中頃以降は、姿を見かける者すらいなかった。


◆202X年7月18日 午後8時12分

富ノ森市・駅前アーケード


 夜の街は熱気と煙草の匂いでむせ返っていた。カラオケビルの前、柄の悪い連中が数人、缶を蹴りながら(たむろ)している。

 俺は再びスマホを取り出し、画面を見せつけるように歩み寄った。


「この子、最近見たことないか」


 派手な金髪の男がちらと画面を見て、下卑た笑いを漏らす。

「あー……あー!見たことあるわ。何回か」

「おとなしい顔して、カイトらと一緒にいるの何度か見たぞ」

 後ろの一人がニヤニヤと口を挟む。

「胸デカかったよな。妙に影薄いくせに、なんつーの? そそる感じ。連れ回されてんの見て、あれ絶対遊ばれてんだろって話してたわ」


 乾いた笑い声が広がる。桜は苛立ちを顔に出さないよう、スマホの中でぎこちなく笑う白石彩花の顔を凝視し続けていた。


「名前は?」と念のため問いかける。

「知らねーよ。つーか名前なんか興味もねーし。……でも確かにいた。3人とセットで。何回も見たわ。毎回胸見てたわ」


 ゲスな証言。だが十分だった。

 昼の学生たちが口を揃えて語った「目立たないおとなしい子」。

 夜の不良たちが吐き捨てた「3人とセットで連れ回されていた女」。


 証言が線で繋がる。


 “白石彩花(しらいしあやか)”。


 昼間の証言――「おとなしい」「暗くなった」「四月中旬から休みがち」。

 夜の証言――「3人に連れ回されていた」「遊ばれていたように見えた」。

 そして裏垢動画。

 全部が一本の線でつながる。


 六月二十九日、大河内が消えた。

 そして七月十日、加藤が消えた。

 立て続けに、加害者だった二人が。


 偶然で済ませられるか?

 ――いや、違う。


 証言も、映像も、空白の時間も。

 どれを取っても白石を中心に円を描いている。

 偶然で済ますには、線が繋がりすぎている。あの絶望を知ってしまった以上、彼女が関わっていないと考える方が不自然だった。


 間違いなく、彼女はこの失踪事件に深く関わっている。


 問題は――どのように。


 復讐? 誰かの共犯? 彼女自身も失踪の被害者? それとももっと別の形か。

 答えはまだ見つからない。


 ただ、心当たりはあった。


 もし──もし、だ。“何らかの方法で”彼女が彼らを圧倒するような手段を得ていたとしたら?

 例えば、”月曜日の通り魔事件”で俺が目にした、あの超常(のろい)の力を。

 彼女が同じものを手にしていたとしたら。


 想像は恐ろしいほど現実味を帯びていた。

 あの動画の中で泣き叫んでいた少女の姿が、鮮明に脳裏に蘇る。


 そして問題なのは。

 次がある、ということだ。


 残っているのは滝口ひとり。

 そして、もし白石の矛先が止まらなければ……。


 考えるほどに、汗が背中を伝った。

 窓の外では蝉の声が夜になっても止まらず、鼓膜を揺らす。

 ――時間がない。


 気づけば、俺は、駆けだしていた。


◆202X年7月18日 午後8時26分

富ノ森市・自宅・玄関


 玄関のドアを乱暴に閉める音が、家全体に響き渡った。

 喉は焼けつくように乾き、肺は熱を持って膨らんでいる。走り込んできたせいだけじゃない。証言と記録と動画が繋がったその瞬間から、俺の全身は警鐘を鳴らしっぱなしだった。


 靴箱に手を突いて、肩で息をしながら顔を上げる。

 廊下の蛍光灯が白々と照らし、影が床に歪んで落ちていた。

 その光景すら、やけに心細く見える。


 ――本当に行くのか?


 頭の片隅で問いかける声があった。

 だがすぐに振り払う。

 行かなきゃならない。白石彩花が、次に何をしようとしているのか。滝口海斗の命が残されているのかどうか。それを確かめるためには。


 だが理屈では分かっていても、それを確かめに足を踏みだすことを想像した瞬間、胃の奥がねじれるように冷えた。

 昨日見た動画の残像が焼き付いて離れない。埃舞う暗闇、泣き叫ぶ少女、肉と肉のぶつかる音。

 あの場所に彼女がまだいるとしたら――いや、違う。

 彼女が「何か」を持っているとしたら。


 唇を噛み締める。

 今の俺ひとりで対処できるのか。


 頭に浮かんだのは、うちの2階に居候する、風吹(ふぶき)の顔だった。


 階段を駆け上がり、隣の部屋の前に立つ。

 拳でドアを三度叩いた。


「風吹! 起きてるか!」


 最初は沈黙。

 次に、布団を引きずるような音。低い唸り声。


「……なに、夜だよもう。うるさい」


 寝ぼけ声だった。

 だが返事があっただけで安堵が胸に広がる。


「一緒に来てほしい。すぐにだ。人死にに関わるかもしれない」


 短く、要点だけを叩きつけるように告げた。

 だが返ってきたのは間延びした欠伸混じりの声だった。


「……はぁ? (さくら)、本気で言ってる? 明日にしよう?」


「明日じゃ遅い!」

 声が大きくなった。自分でも驚くほど荒ぶっていた。

 拳をもう一度ドアに叩きつける。木の板が鈍く震える音が、静かな家に不釣り合いに響いた。


 中から、布団に再び沈むような気配が伝わってくる。

 そして吐き捨てるような声。


「……勝手にいきなよ。わたしは寝る」


 がちゃり、と鍵のかかる音すら聞こえた気がした。


 ドア越しに呻くような寝返りの音がする。

 呼びかければまだ返事はあるのかもしれない。


 ドアノブに手を伸ばしかける。

 あと一回叩けば、無理やり起こせるかもしれない。

 ノブを回して踏み込めば、布団を引きはがしてでも立たせられるかもしれない。


 だが、伸ばした手は途中で止まった。

 ノブの冷たい感触をほんの少し指先がかすめただけで、力が抜ける。


 呻く気配はまだ中にある。

 それを背に、俺は拳を握りしめ直し、静かに手を下ろした。


 沈黙が廊下に広がった。

 蝉の声も遠のき、家全体がしんと冷える。

 なんのために帰ってきたのか。とんだタイムロスだ。


 背中を伝う汗が冷たくなっていく。

 「一人で行くしかない」という答えが、拒みたくても喉にせり上がってくる。


 頭の奥で涙で濡れた白石彩花の顔がリフレインする。

 モザイク越しでも分かった泣き顔。

 あの声。


 喉を鳴らす。乾いた唾がひどく重たく感じる。


 玄関に戻る。

 靴を履こうとして、手が震えて紐を掴み損ねる。

 額から汗が滴り落ちて、玄関マットに染みを作った。


 ――怖いのか。


 心の奥底から声が響く。

 そうだ。怖い。

 ただの不良と会うのとはわけが違う。人の失踪を引き起こす何かに、自分はこれから触れようとしている。

 怖くないはずがない。


 だが、止まれない。


 もし今行かなければ、滝口の名前も他の二人と並んで“失踪者リスト”に刻まれる。

 そんな予感に背筋が冷たい。

 いや、それだけじゃない。

 彼女が次に狙うのは、もう滝口だけでは済まないかもしれない。


 ここで何もしなければ――また後悔する。

 あの日のように。


 手をぎゅっと握り締め、拳が白くなる。

 足を靴に押し込む。

 革が汗ばんだ足に張り付く感覚が妙に生々しい。


「……なら、俺が行くしかない」


 小さな声だった。だがそれは決意の重さを孕んでいた。


 玄関のドアノブを握る。金属が汗で滑る。

 それでも力を込め、引き開ける。


 夜の街の熱気と蝉の声が、途端に流れ込んできた。

 街灯に照らされたアスファルトの白い輝きが、今夜の行き先を突きつけてくる。


 なぜか、廃映画館だ、という確信があった。

 そこに答えがある。

 そして――白石彩花が居る。


 俺はひとり、夜の闇へ駆け出した。

【2025/09/18追記】

ご覧いただきありがとうございます。

まさかの公開から1日と13時間で、日間ランキング ローファンタジー連載中部門65位にランクインすることができました。

これもひとえに、拙作をご覧いただいた皆様のおかげです。心から感謝申し上げます。


この作品は13年ぶりの復帰作で、皆様からの評価や感想が何よりの執筆モチベーションとなります。

もし少しでも面白いと感じていただけましたら、画面下の【☆☆☆☆☆】から応援いただけると大変ありがたいです。


次回の更新もお楽しみに。

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