File4:男子学生連続失踪事件(參) 202X年7月15日
──Side 富ノ森調査事務所 アルバイト 相川 桜──
202X年7月15日 午後1時40分
富ノ森市・富ノ森調査事務所
依頼人が帰ったあと、扇風機の唸りだけが残った。ぬるい麦茶は机の上で汗をかき続け、グラスの輪染みがじわりと木目に広がっていく。
俺は写真をもう一度眺め、ため息を落とした。加藤蓮司。見た目からして典型的な不良。こういうのは探す前から胸騒ぎしかしない。
「どう思う、俊兄」
机の端で煙草をいじっていた瀬川は、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「まあ、俺は別件を追いたいんだがな」
「……別件?」
彼がリモコンで古びたテレビを指した。画面はニュースのリピート映像。カフェでの不審死と、交差点で大破したトラック。
「こっちは明らかに“ハコ”の臭いがする。優先順位は、どう考えてもこっちだろう」
その言い方に、胃の奥が重くなる。ハコ絡みなら間違いなく俺たちの領域だ。だが依頼人から金をもらった以上、加藤を探すのが先じゃないのか。
「……人探しは俺に押しつけですか」
皮肉混じりにそう言うと、瀬川は苦笑して眼鏡の位置を直した。
「生活費を稼ぐのはお前の役割。俺は命綱のほうを見張る。分業ってやつさ。手が欲しいなら、風吹を頼ればいいじゃないか」
「……あいつが俺のお願いを素直に聞くと思います?」
思わず低く返すと、瀬川は口元を歪めて笑った。分かっているなら言わないでくれよ。
――結局、俺が動くしかないってことなんだよなあ。
「日給五千円の割にこき使ってくれちゃってさ」
窓の外を眺め、茹だるような暑さにげんなりとしながら、俺はぬるい麦茶を飲み干した。
◆202X年7月15日 午後2時37分
富ノ森南学園 正門から50m先・コンビニ前
当然のことながら、学園の敷地には入らない。探偵助手の身分を明かして尋ねて行っても、運がよくて門前払いが関の山だ。警備員を呼ばれる可能性の方が高い。
日陰の薄いコンビニ。フライヤーの油と揚げパンの甘い匂い。冷蔵庫のモーター音。
レジの女の子に写真を見せる。制服姿の加藤蓮司。
「この子、よく来ます?」
「……ああ、エナドリ二本とからあげ棒。夜はアイス。たまに三人で」
「三人?」
「うん。でかいのと、髪明るいの。名前? 知らない。常連っちゃ常連」
レジ横にいた店長らしい男が口を挟んだ。
「そこのゲーセンにもよくいるよ。駅前の」
◆202X年7月15日 午後3時21分
富ノ森南学園 裏手の通用門外
終礼のチャイムが遠くで鳴った。蝉の鳴き声と混ざる。汗が耳に貼りつく。
通用門の外、路駐が出るゾーンで、桜は待つ。帰りの生徒がばらける地点。
煙草の匂い。体育館裏から来た二人組。ジャージにサンダル。
「ちょっといい?」
「誰スか」
「この子、見かける?」|
桜は写真を出して二人組に見せてみる。
「レンジ? 最近見ねっすね」
「よく一緒に一緒にいるやつは? 名前とか」
「え、ショーマとカイト。ショーマはオオコーチショーマ。カイトは、あれ苗字忘れたわ。クラスちげぇから」
舌打ち混じり。馴れ馴れしさで牽制してくる。
自販機で缶コーヒーを二本買って、黙って渡す。温い。
「ありがと……まあ、駅前。カラオケ。ゲーセン。パチ屋の裏の喫煙所。あとさ……」
「あと?」
「潰れた映画館の前にたまに溜まってた。アートなんとか」
◆202X年7月15日 午後4時03分
冨ノ森駅前アーケード内・ゲームセンター
「冷房が生きてて助かる……」
タバコの古い匂いが絨毯に沈んでいる。プリクラ機の前で学生らしい四人組。
店員の名札は「高橋」。二十代半ば。暇そう。メダルの交換カウンター越しに写真を滑らせる。
「この子、見た?」
「見た。三人で来る。でっかいのと、パーカーにサンダルのやつ。夜。今日はいない」
「三人の名前分かる?」
「ここで本名聞くやついないっしょ。呼び方はあったな……“ショーマ”と“カイト”。あ、カイトは『タキグチ』って呼ばれてたな」
メモに線を引く。
大河内翔真。滝口海斗。頭の中で仮名から漢字を当てる。
階段下のベンチに腰をおろしてSNSを漁る。指先にプレイ台の油膜の感触が残る。
◆202X年7月15日 午後4時32分
駅前フリーWi-Fi圏・SNS調査
#富ノ森南学園。#3C。地名タグ。位置情報付きストーリーの履歴。
笑い声とピース。手振れ。夜のネオン。
映り込む看板で場所を割る。ゲーセンのロゴ。カラオケのカーペット柄。コンビニの棚割り。
投稿主のフォロワー連鎖を辿る。「renXXXX」「sho_ma_」「kaito_tkg」。
裏垢。鍵。共通フォロワーの公開アカウントにヒット。
写真の耳。オレンジのピアス。輪郭。背格好。
ストーリーの一枚に“レンジ・ショーマ・カイト”のスタンプ。日付は六月末。
位置情報「アートシネマ富ノ森」。あの廃映画館。
画面の光が目に刺さる。喉が渇く。自販機の水はぬるい。
◆202X年7月15日 午後5時18分
駅前バスターミナル脇・スケボー広場
コンクリの熱。トラックのブレーキの焼けた匂い。
十数人。タトゥーまでいかないが色の濃い連中。エナジードリンクの缶が転がる。
端に座って、テープで補修したデッキを膝に置く青年に声をかける。帽子に「NAOKI」と刺繍。本人の名かは知らないが、そう呼ぶ。
「聞きたいだけ。加藤蓮司、知ってる?」
「知ってる。うっせー三人のひとり」
「残り二人?」
「翔真、滝口。あいつらはここより、雨の日はゲーセン。金曜はカラオケでシメ」
「揉め事は?」
「先月、駅前で誰かどついてたな。動画回ってたろ」
「動画、どこ」
青年は鼻で笑って、スマホを取り出した。
匿名掲示板に貼られたミラー。モザイクも何もない。
夜の駅前ロータリー。誰かの肩を押して、笑っている三人。音は消されているのに、笑い声の形が分かる。
胸の奥がざらつく。胃が汗をかく感じ。
◆202X年7月15日 午後6時02分
バスターミナル隣の喫煙所
煙の層。灰皿の金属が熱で歪む匂い。
グレーのパーカー、金髪混じりの青年が火を貸してくれと言う。貸してから訊く。
「レンジ、知らない?」
「最近見ねーな。バイト飛んだんじゃね?」
「何のバイト」
「知らんよ。宅配の手伝いとか、なんか“楽して稼げるやつ”って。滝口が持ってきたんだろ」
「滝口の連絡先は」
肩をすくめるだけ。番号は出ない。代わりに場所が出た。
「パチ屋の立駐の屋上。あと潰れた映画館前。あいつら、夕焼けの写真好きだよ」
◆202X年7月15日 午後6時41分
パチンコ店 屋上駐車場
風が生きてる場所。焼けた鉄の匂い。西日が金物を叩く音がする。
柵に腰かけてスマホをいじっていた女子二人に写真を見せる。
「この人?」
「レンジ? 最近、彼女と揉めてたよ」
「彼女?」
「知らなーい。すぐ変わる」
軽い笑い。風に流れる。情報は薄い。
◆202X年7月15日 午後7時12分
冨ノ森駅前カラオケ 受付
フロントの男は、疲れた目。声は丁寧。
「個人情報はちょっと……」
「分かってる。顔だけ。三人組、うるさいやつ」
写真を伏せ気味に見せる。
ため息。指でレシート束の上を叩きながら、小さく頷く。
「見ますね。金曜。深夜まで。誰かと揉めたら店員が止めるやつ」
「最近は?」
「先週は見てない」
◆202X年7月15日 午後7時58分
旧《アートシネマ富ノ森》前
夜風は湿っている。草の匂い。壁のカビ。
破れたポスター。暗い入口。足元で缶が転がる音。
スマホの画面に、昼間拾ったストーリーをもう一度出す。
六月末。ここで三人。
場所は揃った。名前も。群れの形が見えた。
◆202X年7月15日 午後8時36分
駅から少し外れた雑居ビル・ネカフェ個室
冷房が効いている。埃っぽいけど天国。指がやっと乾く。
改めてSNSを精査。
sho_ma_ の投稿に「海斗」タグ。別の写真に「滝口」。
renXXXX の相互に「大河内 翔真」の本名が卒アル流出アカウントから拾える。老婆心で顔を隠してるが、耳で一致。
滝口は地元掲示板の「迷惑行為」スレに名あり。苗字の方で呼ばれている。
テキストをまとめる。
・行動圏:駅前ゲーセン/カラオケ/パチ屋屋上/旧映画館
・三人の呼称:レンジ/ショーマ(大河内翔真)/カイト(滝口海斗)
・直近の目撃:一週間前のカラオケ以降、レンジの投稿は止まる
・廃業した映画館前での集合は「六月末」が最後
指先が震えるのは寒さじゃない。苛立ち。
噂の層は厚いのに、手触りが薄い。まだ“失踪の理由”までは届かない。
けれど一本、芯が通った。
――加藤蓮司は、群れのひとり。群れの場所は、ここ。
群れの足跡が次の扉だ。
ノートPCの画面を閉じる。耳がジンと鳴る。
外に出れば、湿った夜。電線が低く軋む。
駅前の白い光が、やけに音を立てて見えた。
メモの最後に三つの名前を書いて、線で結ぶ。
鉛筆の芯が小さく折れて、紙の上に黒い粉が落ちた。
【2025/09/18追記】
ご覧いただきありがとうございます。
まさかの公開から1日と13時間で、日間ランキング ローファンタジー連載中部門65位にランクインすることができました。
これもひとえに、拙作をご覧いただいた皆様のおかげです。心から感謝申し上げます。
この作品は13年ぶりの復帰作で、皆様からの評価や感想が何よりの執筆モチベーションとなります。
もし少しでも面白いと感じていただけましたら、画面下の【☆☆☆☆☆】から応援いただけると大変ありがたいです。
次回の更新もお楽しみに。