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桜風吹にいだかれて  作者: 雨後 穹・改
──アリスはもう穴の中──
4/26

File4:男子学生連続失踪事件(參) 202X年7月15日

──Side 富ノ森(とみのもり)調査事務所 アルバイト 相川(あいかわ) (さくら)──

202X年7月15日 午後1時40分

富ノ森(とみのもり)市・富ノ森(とみのもり)調査事務所


 依頼人が帰ったあと、扇風機の唸りだけが残った。ぬるい麦茶は机の上で汗をかき続け、グラスの輪染みがじわりと木目に広がっていく。


 俺は写真をもう一度眺め、ため息を落とした。加藤蓮司(れんじ)。見た目からして典型的な不良。こういうのは探す前から胸騒ぎしかしない。


「どう思う、俊兄(しゅんにい)


 机の端で煙草をいじっていた瀬川は、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「まあ、俺は別件を追いたいんだがな」


「……別件?」


 彼がリモコンで古びたテレビを指した。画面はニュースのリピート映像。カフェでの不審死と、交差点で大破したトラック。


「こっちは明らかに“ハコ”の臭いがする。優先順位は、どう考えてもこっちだろう」


 その言い方に、胃の奥が重くなる。ハコ絡みなら間違いなく俺たちの領域だ。だが依頼人から金をもらった以上、加藤を探すのが先じゃないのか。


「……人探しは俺に押しつけですか」


 皮肉混じりにそう言うと、瀬川は苦笑して眼鏡の位置を直した。


「生活費を稼ぐのはお前の役割。俺は命綱のほうを見張る。分業ってやつさ。手が欲しいなら、風吹(ふぶき)を頼ればいいじゃないか」


「……あいつが俺のお願いを素直に聞くと思います?」


 思わず低く返すと、瀬川は口元を歪めて笑った。分かっているなら言わないでくれよ。


 ――結局、俺が動くしかないってことなんだよなあ。

「日給五千円の割にこき使ってくれちゃってさ」


 窓の外を眺め、茹だるような暑さにげんなりとしながら、俺はぬるい麦茶を飲み干した。


◆202X年7月15日 午後2時37分

富ノ森(とみのもり)南学園 正門から50m先・コンビニ前


 当然のことながら、学園の敷地には入らない。探偵助手の身分を明かして尋ねて行っても、運がよくて門前払いが関の山だ。警備員を呼ばれる可能性の方が高い。

 日陰の薄いコンビニ。フライヤーの油と揚げパンの甘い匂い。冷蔵庫のモーター音。

 レジの女の子に写真を見せる。制服姿の加藤蓮司(れんじ)


「この子、よく来ます?」

「……ああ、エナドリ二本とからあげ棒。夜はアイス。たまに三人で」

「三人?」

「うん。でかいのと、髪明るいの。名前? 知らない。常連っちゃ常連」


 レジ横にいた店長らしい男が口を挟んだ。

「そこのゲーセンにもよくいるよ。駅前の」


◆202X年7月15日 午後3時21分

富ノ森(とみのもり)南学園 裏手の通用門外


 終礼のチャイムが遠くで鳴った。蝉の鳴き声と混ざる。汗が耳に貼りつく。

 通用門の外、路駐が出るゾーンで、(さくら)は待つ。帰りの生徒がばらける地点。

 煙草の匂い。体育館裏から来た二人組。ジャージにサンダル。


「ちょっといい?」

「誰スか」

「この子、見かける?」|

 さくらは写真を出して二人組に見せてみる。

「レンジ? 最近見ねっすね」

「よく一緒に一緒にいるやつは? 名前とか」

「え、ショーマとカイト。ショーマはオオコーチショーマ。カイトは、あれ苗字忘れたわ。クラスちげぇから」

 舌打ち混じり。馴れ馴れしさで牽制してくる。

 自販機で缶コーヒーを二本買って、黙って渡す。温い。

「ありがと……まあ、駅前。カラオケ。ゲーセン。パチ屋の裏の喫煙所。あとさ……」

「あと?」

「潰れた映画館の前にたまに溜まってた。アートなんとか」


◆202X年7月15日 午後4時03分

冨ノ森(とみのもり)駅前アーケード内・ゲームセンター


「冷房が生きてて助かる……」

 タバコの古い匂いが絨毯に沈んでいる。プリクラ機の前で学生らしい四人組。

 店員の名札は「高橋」。二十代半ば。暇そう。メダルの交換カウンター越しに写真を滑らせる。


「この子、見た?」

「見た。三人で来る。でっかいのと、パーカーにサンダルのやつ。夜。今日はいない」

「三人の名前分かる?」

「ここで本名聞くやついないっしょ。呼び方はあったな……“ショーマ”と“カイト”。あ、カイトは『タキグチ』って呼ばれてたな」


 メモに線を引く。

 大河内翔真(おおこうちしょうま)。滝口海斗(かいと)。頭の中で仮名から漢字を当てる。

 階段下のベンチに腰をおろしてSNSを漁る。指先にプレイ台の油膜の感触が残る。


◆202X年7月15日 午後4時32分

駅前フリーWi-Fi圏・SNS調査


 #富ノ森南学園。#3C。地名タグ。位置情報付きストーリーの履歴。

 笑い声とピース。手振れ。夜のネオン。

 映り込む看板で場所を割る。ゲーセンのロゴ。カラオケのカーペット柄。コンビニの棚割り。

 投稿主のフォロワー連鎖を辿る。「renXXXX」「sho_ma_」「kaito_tkg」。

 裏垢。鍵。共通フォロワーの公開アカウントにヒット。

 写真の耳。オレンジのピアス。輪郭。背格好。

 ストーリーの一枚に“レンジ・ショーマ・カイト”のスタンプ。日付は六月末。

 位置情報「アートシネマ富ノ森」。あの廃映画館。

 画面の光が目に刺さる。喉が渇く。自販機の水はぬるい。


◆202X年7月15日 午後5時18分

駅前バスターミナル脇・スケボー広場


 コンクリの熱。トラックのブレーキの焼けた匂い。

 十数人。タトゥーまでいかないが色の濃い連中。エナジードリンクの缶が転がる。

 端に座って、テープで補修したデッキを膝に置く青年に声をかける。帽子に「NAOKI」と刺繍。本人の名かは知らないが、そう呼ぶ。


「聞きたいだけ。加藤蓮司(れんじ)、知ってる?」

「知ってる。うっせー三人のひとり」

「残り二人?」

「翔真、滝口。あいつらはここより、雨の日はゲーセン。金曜はカラオケでシメ」

「揉め事は?」

「先月、駅前で誰かどついてたな。動画回ってたろ」

「動画、どこ」

 青年は鼻で笑って、スマホを取り出した。

 匿名掲示板に貼られたミラー。モザイクも何もない。

 夜の駅前ロータリー。誰かの肩を押して、笑っている三人。音は消されているのに、笑い声の形が分かる。

 胸の奥がざらつく。胃が汗をかく感じ。


◆202X年7月15日 午後6時02分

バスターミナル隣の喫煙所


 煙の層。灰皿の金属が熱で歪む匂い。

 グレーのパーカー、金髪混じりの青年が火を貸してくれと言う。貸してから訊く。


「レンジ、知らない?」

「最近見ねーな。バイト飛んだんじゃね?」

「何のバイト」

「知らんよ。宅配の手伝いとか、なんか“楽して稼げるやつ”って。滝口が持ってきたんだろ」

「滝口の連絡先は」

 肩をすくめるだけ。番号は出ない。代わりに場所が出た。

「パチ屋の立駐の屋上。あと潰れた映画館前。あいつら、夕焼けの写真好きだよ」


◆202X年7月15日 午後6時41分

パチンコ店 屋上駐車場


 風が生きてる場所。焼けた鉄の匂い。西日が金物を叩く音がする。

 柵に腰かけてスマホをいじっていた女子二人に写真を見せる。

「この人?」

「レンジ? 最近、彼女と揉めてたよ」

「彼女?」

「知らなーい。すぐ変わる」

 軽い笑い。風に流れる。情報は薄い。


◆202X年7月15日 午後7時12分

冨ノ森(とみのもり)駅前カラオケ 受付


 フロントの男は、疲れた目。声は丁寧。

「個人情報はちょっと……」

「分かってる。顔だけ。三人組、うるさいやつ」

 写真を伏せ気味に見せる。

 ため息。指でレシート束の上を叩きながら、小さく頷く。

「見ますね。金曜。深夜まで。誰かと揉めたら店員が止めるやつ」

「最近は?」

「先週は見てない」


◆202X年7月15日 午後7時58分

旧《アートシネマ富ノ森》前


 夜風は湿っている。草の匂い。壁のカビ。

 破れたポスター。暗い入口。足元で缶が転がる音。

 スマホの画面に、昼間拾ったストーリーをもう一度出す。

 六月末。ここで三人。

 場所は揃った。名前も。群れの形が見えた。


◆202X年7月15日 午後8時36分

駅から少し外れた雑居ビル・ネカフェ個室


 冷房が効いている。埃っぽいけど天国。指がやっと乾く。

 改めてSNSを精査。

 sho_ma_ の投稿に「海斗」タグ。別の写真に「滝口」。

 renXXXX の相互に「大河内 翔真」の本名が卒アル流出アカウントから拾える。老婆心で顔を隠してるが、耳で一致。

 滝口は地元掲示板の「迷惑行為」スレに名あり。苗字の方で呼ばれている。

 テキストをまとめる。

 ・行動圏:駅前ゲーセン/カラオケ/パチ屋屋上/旧映画館

 ・三人の呼称:レンジ/ショーマ(大河内翔真)/カイト(滝口海斗)

 ・直近の目撃:一週間前のカラオケ以降、レンジの投稿は止まる

 ・廃業した映画館前での集合は「六月末」が最後


 指先が震えるのは寒さじゃない。苛立ち。

 噂の層は厚いのに、手触りが薄い。まだ“失踪の理由”までは届かない。

 けれど一本、芯が通った。

 ――加藤蓮司(れんじ)は、群れのひとり。群れの場所は、ここ。

 群れの足跡が次の扉だ。


 ノートPCの画面を閉じる。耳がジンと鳴る。

 外に出れば、湿った夜。電線が低く軋む。

 駅前の白い光が、やけに音を立てて見えた。


 メモの最後に三つの名前を書いて、線で結ぶ。

 鉛筆の芯が小さく折れて、紙の上に黒い粉が落ちた。

【2025/09/18追記】

ご覧いただきありがとうございます。

まさかの公開から1日と13時間で、日間ランキング ローファンタジー連載中部門65位にランクインすることができました。

これもひとえに、拙作をご覧いただいた皆様のおかげです。心から感謝申し上げます。


この作品は13年ぶりの復帰作で、皆様からの評価や感想が何よりの執筆モチベーションとなります。

もし少しでも面白いと感じていただけましたら、画面下の【☆☆☆☆☆】から応援いただけると大変ありがたいです。


次回の更新もお楽しみに。

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