幼馴染を溺愛する婚約者を懇切丁寧に説得してみた。
申し訳ありません。一度投稿しましたが、短編と連載の区分を間違えていたので、削除してから再投稿しております。
本日7:01に投稿したものと内容は変わっていません。
パラリと書類に目を通す。
今更読んでも、と思わないでも無いけれど、準備不足で後手に回るのは頂けない。
「ああ、お相手は子爵令嬢なの」
確かに、侯爵家嫡男のお相手としてはもう少し上をと望まれるのは仕方のないことでしょう。
だから今回伯爵令嬢である私との婚約が結ばれたのね。
「お前の婚約が決まった」
夕食後に執務室に呼ばれ、父に伝えられたのはそんな一言だった。
「どの様なお相手でしょうか」
説明を聞かずとも政略的な婚約だとは理解出来るけど、どの程度のお相手なのかくらいは教えて欲しい。
「ソシアス侯爵家嫡男のレアンドロ殿だ。
お前より三歳年上20歳。他はその書類を読んでおきなさい」
……ソシアス侯爵家?それってまさか。
「事故物件ではありませんか」
「大した問題ではない。お前の裁量に任せるが、婚約破棄は有り得ないし、離婚も5年は許さんぞ」
そうでしょうね。だってソシアス家ということは、新たな鉄道事業の件でしょう。
お父様は私に愛が無いわけではないけれど、家と領地の繁栄の為の婚姻ならば当然だと考えているのは理解しています。
それに対しては何の反論もない。だって、もともと恋愛結婚に夢など抱いてはいなかったし。
「お会いするのはいつです?」
「1週間後だ」
「承知致しました」
レアンドロ・ソシアスは社交界で時折噂に上る人物だ。
それは何故か。
『幼馴染を溺愛しているから』
それならば結婚してしまえばいいと思うのだが、二人の仲は友愛でしかない。らしい。
見かけは悪くなかったわ。
あの方よ、と友人に教えてもらい、チラリとお顔を見たことがあるもの。
少しクセのある紅茶色の髪に翡翠の瞳の貴公子だった。
「幼馴染の件以外で悪い噂は聞かない。
優秀で友人も多いみたいだし、見目も良い。となれば、あとは私次第かしら」
自分の幸せの為だもの。頑張ってみましょうかね。
だって望む通りの幸せが転がっているはずはないのだから。
とは言ってみたものの。
「初めまして。私はレアンドロ・ソシアス。
そして彼女は幼馴染のクララだ」
「…クララ・ヒメネスです」
まさかの初顔合わせの席に幼馴染が同席するとは思いませんでした。
確かに、父達はいませんけどね?中々の強心臓だと思います。
白金の髪に淡い水色の瞳。線が細く抜けるように白い肌のクララさんはまるで妖精のように美しいけれど、ほんの少しの力で壊れてしまいそうな硝子細工みたいに儚げだ。
これは確かに庇護欲が湧くというのも頷ける。
「初めまして。エウフェミア・レムスと申します」
対する私は栗色の髪に榛色の瞳というありふれた色合いに、不美人ではないけれど中くらい、頑張って上の下?というあたり。
それでも胸や足は綺麗だとメイド達に褒められているので、夫にはいつか自慢したいと思っている。
「回りくどいことは嫌いですので単刀直入にお聞きしますが、なぜ初めての顔合わせに他の女性を同伴なさったのですか?」
まさか20歳にもなって一人では心細かったとは言わないでしょうに。
「……彼女は私の大切な女性だからだ」
「愛人になさりたいというお話ですか?」
「なっ!?君は何と失礼な物言いを!」
余程腹が立ったのでしょう。勢い良く立ち上がり、声を荒げました。
「冷静にお話が出来ないのであれば帰らせて頂きます。如何なされますか?」
「……彼女を侮辱するのはやめてくれ」
侮辱とは。それは貴方達の方だと気付いていないことに驚きました。
「いいですか?婚約者との初めての顔合わせの場に、家族でもない女性、それもヒメネス子爵令嬢のようにお美しくて未婚の方を連れて来られたら、恋人だと疑われるのは当然のことです。ですから声を荒らげる貴方様が間違っておられます。ここまでは理解出来ますか?」
「っ、だが!」
「理解出来たか出来ないかをまずお答え下さい」
「……理解はした」
よかった。ここで分からないと言われたら医師を呼ばねばならないところです。
「では続けます。成人された男性が女性を大切な人だと紹介することは、恋人や妻といった愛する人を意味するのですよ。
はい。これを踏まえてもう一度紹介をやり直して下さいませ」
あら不満気なお顔ですこと。
なぜ年下で爵位も下の小娘に指示されるのかと思っているのかしら。でも、私が言っていることは間違っていないとも思っているから反論も出来ない、そんなところでしょうね。
「…クララは私達の母親同士が仲が良く、領地も隣同士で、幼少の頃より親しくしている幼馴染だ」
「左様でございますか。でも、本日お連れになった理由には足りませんわね?」
「その、彼女は幼い頃から体が弱く、だが子爵家は財政難で十分な治療が出来ないから、私がずっとサポートしているんだ。これは彼女の命にかかわることなので、今後も続けていくことになる。
私は大切な幼馴染が苦しむ姿を黙って見ていることは出来ない。それを伝えたくて彼女を連れて来た」
あら。あらあらまあまあ!
この方は真剣に言っておられるのよね?
本当の本当に善意でしかないと?
「……純粋培養?」
「は?」
「いえ、ソシアス侯爵令息様のお優しさに感銘を受けてしまいました」
「…怒らないのか」
あら。怒られるとは思っていたのですか。
何ともチグハグな方ですわね。でも、悪意が無いのであれば儲けものです。
「う~ん、そうですわね。まず、貴方様の無償の優しさには本当に感銘を受けました。
ただ、このままでは宜しくないとお伝えせねばなりません」
「何故だろうか」
よかった。ここでまた怒鳴り出すようなお馬鹿さんでは無いようです。では、明るい未来の為に頑張りましょうか?
「このままではヒメネス子爵令嬢が幸せにはなれないからですわ」
「……私が不幸にしていると言うのか」
「はい。だってこのままでは貴方の愛人だと世間には思われます」
「だからそれはっ!」
「人は。見たいものを見たいように見る生き物です。
真実かどうかを態々手間暇掛けて確認など致しませんわ。
結婚する女性とは別に美しい女性を手元に置き、私財を使って世話をしているのは愛人だからである、と捉えるのは当たり前のことであり、そうした他所様の家庭の不和は社交界でのちょっとした娯楽になるものですわ。
愛人やら不倫やら、そういった話題が好物の方は多いのですよ?だって罪と言うほど重くなくて気軽に話題にできますもの」
まあ。眉間のシワが凄いことになってます。
なんと低俗な!とか思っているのかしら。
「そう言った風潮を嘆くより、話題にされるような行動を取らないことが一番の解決なのです」
「……ようするに君は、何だかんだと理屈を捏ねているが、結局はクララを追い出せと言っているのか」
「え?言ってませんけど?」
理屈を捏ねるという言い方がカチンとは来ましたけどね。ここで揉めると面倒なので我慢しますわよ。
「まず、目標を定めましょう」
「目標?」
「ヒメネス子爵令嬢を幸せにしたい。これが貴方の希望なのですよね?」
「え?……あ、ああ、そう?だな?」
よし!言質は取りました!
素直な方って素敵だわ。今後も面倒を見続けたいと言っていたのに、幸せにしたいと方向を変えても思わず頷いてしまうのですもの。
それでは。
「まず、貴方様は令嬢から手をお引き下さい」
「は!?」
「何度も言いますが、今、ヒメネス子爵令嬢は貴方様の愛人だと思われています」
「まさか、すでに思われているのか!?」
「知らなかったのですか?私も何度か聞いたことがありますよ?ご友人に忠告されたこともあったでしょうに」
考え込んでるわ。覚えがあるような無いようなそんな感じかしら。
「……だが、それではクララの治療が」
「そうでしたわ。まず、ヒメネス子爵令嬢の病名を教えて下さい」
「え?……あの、…病気のことは、その、あまり人に知られたくなくて」
「何故です?貴方の中の優先順位は病を隠すことですか?それとも治すことですか?」
「えと…あの……、」
もう。どうしてそんなにモジモジとするの。
な~んか怪しいのよね。そもそも本当にそんな大病を患っているのかしら。華奢ではあるけど肌艶がいいのよ。色白だけど病弱さを感じないというか。
…………コレ。騙されてない?
「レムス嬢、治療は行っているが現状維持が精一杯なんだ。だから病名を広めても意味が無いだろう?」
「お医者様は神様ではありません」
「残念ながらその通りだ」
「ですから、一人ではなく数人の医師に診ていただくべきですわ。最低でも3人。理由は誤診の予防や新しい治療法が見つかっていたのを知らなかったり、あってはならないことですが、お金儲けの為に治療を長引かせる、なんてこともあるからです」
純真なお坊ちゃんは考えたことも無いのだろうなぁ。
すっごくショックを受けているもの。
「それに、病は罪ではありません。恥ずべき事では無いのですよ」
まあ、ちょっと疑ってはいますがね。
「……レムス嬢。私は貴方を誤解していたようだ」
え、何故そんなに瞳を輝かせているのですか?
「病は恥ずべき事ではない。確かにそうだ。
堂々としているべきだったのに……」
あ、そこですか。まあ本当にそう思ってはいますが、何だか困った程に素直な方ね?
チョロ過ぎて心配だけど、一周回ってちょっと可愛く思えて来たわ。
「ふふっ、私の意見を受け入れて下さって嬉しく思います」
「いや、私こそ親身になってくれて嬉しいよ」
あら、初めてちゃんと笑った顔を見てしまったわ。
なんか可愛い。……いいな、この人。
私を生意気だと叱らないし、逆に反省しちゃうなんて、これは中々優良物件なのでは?
私はこの口が災い過ぎて結婚しても上手くいかないと思っていたけど、この人となら大丈夫かも。
「未来の旦那様の為ですもの。私に出来ることなら頑張らせて下さいな」
うふふ。本当は後顧の憂いの無いようにきっちりと縁を切って頂くつもりでしたが、少し方向性を変えましょうか。
「レムス嬢……」
感動してる。チョロいなぁ、可愛いなぁ。
腹黒い父や兄や友人ばかりが周りにいるから、こんな純真な方は初めてなのよね。
この年まで純粋な善意の気持ちを持てるってある?汚すことは簡単だけど、純粋さを生み出すこと、維持することは奇跡だと思うの。
夫として有り。有り寄りの有りです。これからはやり過ぎないように、私がしっかり見張っておけばいいだけだもの。
お父様、私を良く分かってらっしゃるわ。
「ヒメネス子爵令嬢のサポートはこれからはレムス家が致します」
「え!?」
まあ、クララさんがすっごく驚いてる。というか困ってる?
「……レアンドロ。私、見ず知らずの方にご迷惑を掛けてまで生きるつもりは無いわ」
「クララ、何を弱気な!……レムス嬢。お気持ちはありがたいが、やはり今まで通り私が」
やるわね、クララさん。でも、その程度では負けませんよ。
「レアンドロ様!クララさんを救いたかったのでは無いのですか。それとも、ただ貴方がヒーローになりたいだけなのですかっ!?」
どどんっ!と偉そうに言ってみました。
だってたぶん、無意識のヒーロー願望があると思うので。あ、やっぱり怯みましたね。
「今、手を放さなければ、クララさんは皆に愛人だと思われ日陰者になり、幸せな家庭を築くことが出来なくなってしまうのですよ!?」
「あ……、」
「クララさんも。ちゃんとした治療を受ければ、素敵な殿方と結婚して温かな家庭を得られる可能性だってあるのですっ。どうか諦めないで!」
ガシッ!とクララさんの手を握り。
(これ以上粘るとこの場ですべて暴くわよ?)
と、耳元で囁いてみた。
クララさんは、ビクッと分かりやすく動揺し、そして。
「……わたし、本当に結婚できるの?」
と、ポロポロと綺麗な涙を流した。
わあ、女優だ~。
これはアレね?黙って身を引くからイイ男を紹介してよということね?だってやっぱり愛人より結婚でしょう。
「もちろんよ。先ずは我が家に行ってから色々と考えましょう?」
「ありがとう……本当にありがとうございます」
まあ、そんなに簡単に幸せは手に入れさせませんけど。まずは二人を引き離すことが先決です。
「クララ、本当に大丈夫か?」
「うん。ずっと貴方に迷惑を掛けてしまってごめんね?」
「何を言っているんだ。友達じゃないか」
ねぇ、ちょっと。優しく笑うまでは仕方がありませんが、頭ポンポンは宜しくないのでは?
ツンッと彼の上着を引っ張ってみる。
「レムス嬢?」
「……これからは、私以外の女に気軽に触れては嫌です」
この程度なら、私でも出来るのですよ?
「え?!あの、すみません!クララを女性だと意識していなくて!」
よし、効いたみたいですね。赤くなっちゃって、本当にチョロ可愛いこと。女性として見ていない発言にクララさんが笑顔のままピシリと青筋が立つ。
うふふ、様を見なさい。
「ごめんなさい、出会ったばかりなのに嫉妬するなんてはしたないことをして」
「いえ、不安にさせたなら申し訳なかった。
これからは気を付けるので、その、今後ともよろしく頼む」
よし、今後もよろしくして下さるのね?
男に二言はありませんのよ?
「ありがとうございます。あの、どうかエウフェミアと呼んで下さい」
「…では、私のこともレアンドロと」
「はい、レアンドロ様」
本当はさっき既に呼んでしまいましたが、気にしていないようなのでセーフです。
初日でここまで距離を詰められたら上出来でしょう。
◇◇◇
「価値観の合う令嬢と出会えて嬉しいよ」
それがソシアス侯爵の私への評価でした。
「はい。綺麗なものは尊いですもの」
「ふふっ、確かになぁ。だがね、存外純粋さは幼稚で愚かだと笑われたり利用されるものなのだよ」
それは仕方のないことでしょう。
だって貴族社会など有象無象の俗物が溢れかえっておりますもの。純粋さはただの食い物にしか見えない方が多いのでしょうね。
「おかげさまで、こうして彼の妻になれるチャンスを手に入れることが出来ましたわ」
「君はお父上に良く似ているな」
「……それはあまり嬉しくありませんね?」
「そして私にも」
あらあら。お仲間認定頂きました。
でも、そうかなとは思っておりました。だって夫人はレアンドロ様に輪を掛けて純真な女神様なのですもの。
きっと、彼女の心を守る為に、侯爵様はあらゆる手を打ってきたのでしょう。
「子爵令嬢をあえて側に置かせていたのは、見極める為の篩だったのですか?」
「とても分かりやすいだろう?だが、なかなかどうして。あの子を理解し、上手く事を収められる令嬢が見つからなくてねぇ」
やっぱり。侯爵様程の方が、何故不名誉に成りかねない彼女の存在を許しておられたのかと不思議に思っていましたが、寄って来る令嬢の本質を探るために敢えてそのままにしていらっしゃったとは。
「私は妻を愛しているのでね。彼女を傷付けるような義娘は要らないんだ」
「奥様はお幸せですね」
過保護だなと思っていましたが、息子はオマケで奥様の為の措置でしたか。
「それで?あの娘はどうなったのかな」
「クララ嬢は、私の友人と恋に落ち、ガネシュ国に行きましたわ」
「ほう?それは随分と遠くに追いやったね」
「あら、私は紹介しただけですよ?」
「だがあの国は女性の地位が低いだろう。あの娘には厳しいのではないか」
「いえ。使用人がたくさんおりますからクララ嬢が家事をする必要はありません。ただ妻として愛されることだけを望まれて嫁ぎましたの」
「ふむ。まさに溺愛か。それでは一歩も屋敷から出してもらえそうもないな」
「そこは要努力でしょう。望んだ通りの幸せなど存在しませんよ。幸せは自分で掴まなくてはいけないでしょう?」
だって彼女の条件は満たしています。
一夫一妻制で働かずとも良い裕福な家庭。家政や社交などの面倒も無く、ただ夫に愛されたい。
何とも自堕落な希望ですが、友人のリシュならそのすべてを叶えてくれるでしょう。
留学生としてやって来たリシュの国は女性は家を守るものとしています。だから、社交などすることは無いし、何なら夫の許しがなければ外出も許されません。
そしてリシュは。友人としては好きだけど、絶対に結婚したくない種類の男です。
『愛する人を誰にも見せたくない。僕だけが愛でてあげたいんだ』
……それって監禁?と慄きましたが、強かなクララ嬢ならば案外と元気に生きていけるのではないでしょうか。
リシュは儚げな美しさと、それでいて狡猾さを併せ持つクララ嬢を大変気に入ったようなので、愛だけはたっぷりあるはずです。
オマケで詐欺仲間の医師も付けてあげたのでホームシックになっても大丈夫でしょう。
医師は去勢されるかもしれませんが、この国にいても詐欺行為で処罰されるはずですから問題ありません。
「エウフェミア?」
「はい、ここにおりますわ」
レアンドロ様が探しに来てくれたようです。でも、侯爵様とお話をするとお伝えしてありましたのに。
「父上とばかり話していては寂しいのだが」
「まあ」
どうしましょう。お胸がキュンとします。
レアンドロ様といると私まで素直な女の子になってしまいそうで困ってしまうわ。
「父上も、母上が待ってますよ」
「それはいかんな。では、エウフェミア嬢。これからも息子をよろしく頼むよ」
「はい、ありがとうございます」
侯爵様ったら、まるで新婚さんのように嬉しそうに行ってしまわれました。20年以上連れ添っていらっしゃるのに、何だか微笑ましいです。
「……エウフェミアは父上のような男性が好みなのだろうか」
「はい!?」
レアンドロ様が嫉妬!?というより、ワンコの様なつぶらな瞳をしないで欲しいです。今すぐ抱きしめて頭を撫でまくってキスしたくなってしまうではありませんか。
「侯爵夫妻のような、20年経っても変わらぬ愛を持ち続ける姿に憧れただけですよ?」
「そうか、よかった」
本当に嬉しそうにフワッと笑うから。
あれから半年。レアンドロ様とは仲良くなれていると思っているけれど。
「私、レアンドロ様のことが好きです」
これは恋と言っても良いのではないかしら?
現実主義の私を恋に落としたのですから責任を取っていただかねば。
「……私も。貴方のその真っ直ぐな瞳に心を奪われているよ」
レアンドロ様の頬が赤い。でも、翡翠の瞳は力強くて。
「先に言わせてごめん。大好きだよ、エウフェミア」
うわ、うわ~~。初めて告白されてしまいました。
一生無いと思っていたのに、どうしよう。なんと答えたらいいのかしら。
「私はクララ嬢みたいに綺麗では無いわよ?」
あ、これは違う。可愛くないやつです。
「なぜ?綺麗だよ。貴方の瞳も、理路整然と語る言葉も、私を私でいられるようにと気遣ってくれるその心も」
「…レアンドロ様」
「私も分かっているんだ。自分の考え方が世間では甘く愚かだと言われることを」
「違いますっ、それは」
「でも君は、そんな私を笑うことなく、叱ることもなく。ここまでなら大丈夫。ここはこうしていきましょうと、私でいられるまま、人に侮られないように導いてくれる。
そんな優しい君が愛おしいし、婚約者であることが嬉しいんだ」
優しいなんて言われたのは初めてですし、レアンドロ様が本心から言って下さっているのだと信じられて。
これは……、泣いてしまいそう。
駄目よ駄目。淑女たるもの簡単に涙を見せるものではないわ。何か違うこと、違うことを…、
「……クララ嬢に負けてないところ」
「ん?」
「私、お胸と足が綺麗よ?」
「えっ!?」
あら?私ったら動揺のあまり意味不明なことを言ってしまった気がします。恋とはこのように人を愚かにするものなのね。
でも、レアンドロ様が真っ赤になって固まっているので、反撃としては成功したと言ってもいいかしら。
「な、なにを……」
「いつか、旦那様になる方に自慢したいと思っておりましたの」
「ありがとう?というか、クララを女性として見たことは本当にないぞ?あいつが儚いのは見た目だけで案外気が強くてズボラだしな」
「え!?」
「え?」
「……知ってたのですか」
「だって幼馴染だから」
まあ、凄い。この方を舐めていましたわ。本当に美醜に関係なく、幼馴染だから助けてあげたかったのね。
きっと病は嘘だったと伝えたとしても、無事ならよかったと言って喜ぶだけだったのでしょう。
「私も。貴方と婚約出来て本当に嬉しいわ」
「……その、貴方の自慢を見られる日を楽しみにしている」
「ふふっ、磨き上げておきますね」
よかった。女性への興味が無かったら如何しようかと思っていましたが大丈夫みたい。
結婚式は半年後。貴方をメロメロに出来るように努力しなくては。
「つまみ食いは?」
「しません!」
「ふふっ、冗談ですよ」
純真と純情はイコールかしら。
しばらくは揶揄ってしまいそうだけど許してね。
【end】
♫•*¨*•.¸¸♪✧ ♫•*¨*•.¸¸♪✧ ♫•*¨*•.¸¸♪✧
【おまけ】
やられた。完全にしてやられたわっ!
確かに私の希望通りよ。リシュは格好良くて優しくてお金持ち。そして私を何よりも大切にして愛してくれる。
…………この部屋の中で。
ずっとずっとずっとお部屋の中。
この国に着いてから、婚姻の手続きの書面にサインをして、この部屋に通されて。
最初は嬉しかったわ。だってお姫様のような天蓋付きベッドに応接セットや鏡台もとっても素敵で、残念なのはテラスが無いことくらい。
簡易のキッチンがあるからお湯を沸かすことも出来ちゃうし、浴室もご不浄もすべて備わっていて至れり尽くせり。
情熱的な初夜からなし崩しに蜜月へ。
まるで小説のような溺愛っぷりに、さすがに体はガクブルしながらも喜んでいたわ。
でも。まさか監禁愛だなんて…っ!!
「……エウフェミアさんったら本当は怒っていたのね」
彼女はレアンドロを相当気に入ってしまったみたい。
あれだけしっかりした人なら、夢見がちなレアンドロを上手く操縦してしまうのかもしれないわね。
彼が嫌いだったわけじゃない。ただ、本当にお金に困っていただけで、体が弱いのも嘘では無くて。
……ううん。たいして重病でもないのに病名を偽っていたのだから完全な詐欺だし、訴えられなかっただけ感謝するべきなのは分かってる。
でも、それとこれは違うでしょう?
さて、どうする?
この国は男尊女卑。リシュの庇護下から抜け出したら死ぬ以外の未来は見えない。
でも、私はエウフェミアさんのように男を手玉に取るような頭の良さも無い。
それなら自分の手札で戦うしかないわよね?
「リシュ。貴方ってつまらない男ね」
「……ふぅん?」
舐められたままでいるものですか。
私は手玉に取られるんじゃない。振り回してひれ伏させる女よ。
「貴方、自信が無いのね。だからこ~んな部屋に私を閉じ込めておかないと安心出来ないのでしょう?ふふ、笑える」
「なるほど。君は勇敢だな。……殺されるかもしれない、とは思わないのか?」
リシュから表情が消えた。やっぱりこの辺りが地雷なのね。でもだから?ここで怯むと思われていたのなら業腹だわ。
「そうしたら貴方の負けが確定するだけじゃない。高笑いして死んでやるわっ!」
ジリジリと睨み合いが続く。
私はエウフェミアさんみたいな弁舌は出来ない。それでも、嘘ハッタリは得意なのよ?
「……ふっ、アハハッ!やっぱりいいね!」
リシュが突然笑い出した。
こ~れ~は~思いっきり変態路線なのでは!?エウフェミアさん、これはやり過ぎだと思います!
「……買い物に行くから」
「ふふっ、いいよ。どこに行く?」
いいのかよ。でも、ここで気を抜いたら即終了の予感。
「それを考えるのが貴方の役目でしょう。つまらない所だったらすぐに帰るわ」
そう言ってやったらお気に召したらしく、嬉しそうに笑っている。やっぱり変態か。
「あと甘いものが食べたい。クリーム系」
「フルーツは?」
「……いる」
リシュがふにゃっと笑った。
どうやら強気なだけじゃなく、素直な要求を足すのは正解だったみたい。
……何この綱渡り。失敗したらどうなるの?
「リシュ、キスして」
でも、ドキドキする。どこまで許されるのだろう。
どこまで愛してくれるの?
「……すき……」
ちゅっ、と掠めるような口付け。
「ふっ…、ふふっ!クララは本当に可愛いね」
それからは食べられちゃうような口付けに変わり、ドロドロのグチャグチャに溶かされて本当に食べられた。
「……クララは恨んでる?」
夢現に聞こえた声はとても小さくて。
「でも、本当に好きなんだ……」
馬鹿なリシュ。眠ってるかどうかちゃんと確認しないと。貴方が私を愛しているのなら、天秤は大きく傾いてしまうのよ?
でも、今は眠くて。
スリッと、近くのぬくもりに縋ってしまう。
これからどうなるのか分からない。
こんなリシュの執着がいつまで続くのか。
……すぐに飽きられてしまうかも。
それでも。
「……リシュ…すき……」
まるで寝言のように罠を仕掛ける。
罠に掛かるのは貴方か私か。
それすらも楽しめばいいのかしら。
……うん。明日、エウフェミアさんに手紙を書こう。
素直な気持ちと皮肉を込めて。
──素敵な殿方をありがとう、と。