第九話・【松本ツチノコ】を見つけて松本の名物にしよう!
涼しい風が林を吹き抜ける中──信州スカイパークの一角にある雑木林で、虫取り網を持って。
うろついている穂高、梓、巴、天龍の姿があった。
「いたかぁ、信州ツチノコ」
「いないなぁ……コクワガタは見つけたけれど」
四人は未確認生物で、松本市おこしをするためにツチノコを探していた。
草の生えている場所を、虫取り網の先で払いながら巴が、穂高に訊ねる。
「ねぇ、そもそも信州に、ツチノコなんているの? 今どき未確認生物で町おこしなんて、ムリじゃない?」
「ツチノコの伝承は名称を変えて日本各地にあるから、いるんじゃねぇ」
迷彩服姿で完全防備の、諏訪 天龍が余計な知識を曝け出す。
「ツチノコを見つけても、それが妖怪のツチノコか、未確認生物のツチノコか、判別できなかったらオレが見極めるから……そのまま、捕まえた状態にしておいてくれ」
虫カゴに、捕獲したクワガタムシを入れながら、ストローハット姿の梓が天龍に質問する。
「妖怪のツチノコなんているんですか?」
「妖怪のツチノコは未確認生物のツチノコとは、容姿が異なっていて細長くて一つ目だから、すぐわかる……執念深いから注意しないと……あと、妖怪のノヅチとツチノコを間違えて捕まえるなよ」
天龍は、怪獣以外に妖怪にも詳しい。
ツチノコ探しの手を休めた巴が、東側の山並みを眺めて言った。
「今日は雲がないから、高ボッチが良く見える、ボッチボッチ高ボッチ……ウェルカム塩尻」
マレットゴルフの穴に棒を突っ込んで、ツチノコを探しながら、穂高が巴に言った。
「高ボッチ山でも、りんご音楽祭みたいな音楽フェスやるんだろ……巴もフェスで、一人玄蕃踊りしてフェスを盛り上げればいいのに……やらないのか?」
「それやったら、塩尻の変な人だって……第一、高ボッチフェスで演奏する曲目はロックじゃない、高原っぽい曲だよ」
木の上を見上げて、穂高が呟く。
「いないなぁ、ツチノコ……夏休みの夜になると、親子が虫を探して、ライトで雑木林の中を照らして歩いているくらいだから……ツチノコの一匹くらいはいるかと思ったけれど……ツチノコ捜索隊解散」
車を停めた駐車場へ戻りながら、天龍が言った。
「今度、伊那方面にみんなで名物のローメンでも食べに行こうな……足を伸ばして、駒ヶ根市で、ソースカツ丼も」
ローメン──蒸した太麺にマトン肉や野菜を入れて炒めた、伊那地域で愛されているB級ソウルフード。
駒ヶ根ソースカツ丼──駒ヶ根市が押している、ご当地グルメ。キャベツの千切り、トンカツ、ソースが決めて。
◆◆◆◆◆◆
数日後──穂高たちは、上り電車である目的のために、諏訪地域へと向かっていた。
塩尻から岡谷に抜ける途中にある、塩嶺峠トンネル〈塩尻トンネル〉の下を貫通する長いトンネルを通過する電車内の座席で、トンネルの長い暗闇を見ながら穂高が呟く声が聞こえた。
「この長いトンネルを利用して、ミステリーのトリックを……ダメだ、何も思い浮かばない……信州はミステリーの舞台なのに、トンネル通過中に乗客の携帯電話に、緊急アラートが鳴り響いて車内の電気が一斉に消えて、殺人事件が……これ以上先の展開が」
そうこうしている間に、電車は長いトンネルを抜けて。
岡谷の駅を過ぎて穂高が目的にしていた、上諏訪の駅に到着した。
上諏訪駅のホームには足湯があった。
滅多に電車でトンネルを抜けて、東京方面へ行くコトが無い梓が。上がりホームにある足湯を見て驚く。
「まさか、駅に足湯があるなんて……さすが、温泉が多い信州」
靴を脱いだ穂高が、裾を上げた両足をお湯に浸ける。
「オレが知る限り、諏訪にはあと二つ、足湯があるみたいだぞ……一つは諏訪博物館の近く、もう一つは湖畔公園の足湯……湖岸通りの足湯の方は、みんなで行ってみような」
駅の足湯に浸かりながら、穂高が言った。
「実はいろいろと考えているコトがあって、松本市でも町中足湯は作れないかと……浅間温泉にあるみたいな」
梓が即答で答える。
「ムリだろう」
「簡単に限界を決めるな……この上諏訪駅ホームの足湯はな、以前は浴場で全裸になって入浴できたんだ」
「なっ、駅でスッポンポンになって風呂⁉」
「もちろん、男湯と女湯に分かれていて、よしずでホーム側からは風呂場が見えないようになっていたんだが……いつも間にか、足湯に変わっていた」
「そりゃそうだ……駅で男女が全裸で入浴していたら、いろいろと問題も起こっただろう」
足湯から両足を上げて、タオルで足を拭きながら穂高が言った。
「オレは帰ったら、松本市長に梓の名前で要望を出そうと思う──『松本の新名所として町中に、裸になって気楽に入浴できる、野天風呂を』作ってくれるように」
「頼むから、その要望はやめてくれ!」
◇◇◇◇◇◇
高校生の穂高たちは、駅を出ると湖岸通りに向かい。
湖畔公園の足湯に到着した。
足をお湯に浸けながら、穂高が足湯の近くにある、諏訪湖間欠泉センターを見て呟く。
「開館した当初は高さ五十メートルまで自噴していて、見応えがあったけれど今は……道路を挟んだ向かい側にあって閉館した、温泉植物園にも一度くらい来たかったな……親父の話しだと、温泉の熱を利用して植物を育てていて、室内に蝶が舞っていたらしいけれど」
諏訪湖に浮かぶ、亀やスワンの遊覧船を眺めながら穂高が言った。
「実はここに来た一番の目的は、諏訪湖を見ながら……『どうすれば諏訪湖に巨大生物の未確認生物を誕生させるか』みんなの意見を聞きたくてな」
梓は穂高は、まだ未確認生物で町おこしを諦めていなかったのか……と、思った。
穂高の妄想暴走は続く。
「松本には巨大生物を誕生させる湖はないから……お城の堀だと、未確認生物が泳いでいたら、目立ちすぎて確認生物になってしまうから……諏訪湖で未確認生物の、いいアイデアない?」
穂高の目は本気だ、推しの松本市を目立たせるためには、どんなバカバカしい発想でも一度は取り組む。
足湯に白い足を浸けながら、巴が言った。
「こっそり、大きくなる生物の稚魚を入手して諏訪湖に放してみたらどう? 育つかどうかはわからないけれど……淡水魚のピラルクとか諏訪湖だから〝スッシー〟で」
足湯をしながら、額の汗を手の甲で拭いて梓が言った。
「それって湖の生態系壊さない? 諏訪湖って湖底にヘドロとか蓄積していて、水深無いって聞いたぞ……諏訪湖のスッシーってネーミングもどうかな?」
「じゃあ、圏内の他の湖で……大町方面の青木湖とか、茅野の女神湖とかで」
梓が少し苦笑気味に巴に言った。
「青木湖だとアッシー、女神湖だとメッシーか……なんかパッとしないな、スッシー、アッシー、メッシーっていうのはどうも」
諏訪湖に浮かぶ人工島の初島を眺めながら、穂高が言った。
「じゃあ、こういうのはどうだろ……未確認生物に見立てた流木を諏訪湖にブチ込むってのは……これなら、たまに湖面に浮かび上がれば目撃した諏訪市民が大騒ぎしてニュースになる、スッシー騒ぎに便乗して松本でスッシーの饅頭とかお菓子を販売すれば、商品名は『スッシーの里』とか『スッシーの休日』で」
梓が冷めた目で穂高を見て言った。
「いやいやいや、スッシーが話題になる前に、遊覧船の進行を妨害した理由で、流木を湖に放り込んだ犯人探しのニュースになるから……それだけは、やめておけ」
「そうか、梓もそう思うか……やっぱり、諏訪湖に流木を放り込むのはマズいよな……流木が御神渡りを邪魔するコトになる……諏訪湖の未確認生物計画は、断念するか」
「その前に流木は、湖から撤去されるがな」
しょーもない話しをしている穂高たちが、足湯に浸かっていると、近くの駐車場に車を停めた、天龍お兄さんがやって来た。
「お待たせ……諏訪湖かぁ、今も大映の大魔神は、湖底に沈んでいるのかな? アレ、違ったかな? 諏訪湖に関連しているのは、ウルトラマンジャックに登場したコダイゴンだったかな?」
このあと──穂高たちは、天龍の車に乗って。
伊那の寒天工場を見学したり、伊那のローメンを食べたり、駒ヶ根のソースカツ丼を食べたりして、休日を満喫した。