第五話・奈良井の宿場は漆器だらけ……おやきは灰だらけ
次の休日──穂高と梓は、松本駅から電車に乗ってJR中央本線を木曽へと向かった。
穂高は奈良井宿駅までの往復キャプを、梓は松本駅からの片道キップしか購入しなかった。
車中から西側の山並みを見て穂高が言った。
「おぉ、今日は晴れているから常念岳が良く見える……いいなぁ、残雪が残る常念岳は」
松本駅を出た電車は、四つほどの駅を追加して塩尻駅に近づく。
広丘駅を通過した時に、穂高がまた知ったかぶりを披露する。
「知っているか……松本寄りの広丘って短歌の地は、最近のオリンピックの女子柔道で優勝した、すげぇ選手の出身地で……」
梓は「あぁ、そうですか」と、スマートフォンの画面を見ながら軽く流す。
電車が、ホームにブドウ棚がある塩尻駅に入ると、平出 巴が電車に乗り込んできた。
「今日は人身事故とかなかったから、電車も時刻通りに到着したね」
穂高と梓の近くに座った巴は、背負っていたディーバックの中から取り出した。
ご当地キャラのアニメ絵がラベルにプリントされている、ペットボトルの水を飲んで言った。
「玄蕃さまぁぁ……塩尻市って、本当に三方からの交通網が交わっている、宿場町だよね」
塩尻市は、名古屋へ繋がる中央本線、松本市からさらに長野に続く篠ノ井線、甲府や新宿に繋がっている中央本線と分岐している。
次第に山の間隔が狭まってくる車窓の風景を見ながら、巴が言った。
「次の駅から電車はワンマン電車に変わりまーす」
梓がなんのコトかと思っていると、車内でもアナウンスがあって。
駅に駅員がいない無人駅が、この先多くなるとアナウンスされた。
梓が見ていると、駅に止まるたびに、赤っぽい整理券発行機から、ピロっと乗車整理券が出てきて。
乗客はその出てきた券を引き抜いていた。
そして駅に電車が到着するたびに、先頭車両の運転手が券と一緒に乗車料金を料金箱に、受け取っているのが見えた。
感心する梓。
「面白いな、バスの料金払いと同じシステムを、電車でもやっているのか……近い将来はスマートフォン決算に、変わっていくかも知れないけれど」
穂高が、しみじみとした口調で言った。
「思い出すなぁ……小淵沢駅から乗り換えた、小海線のハイブリッド電車に乗った時のコトを……小海線は一時間に一本くらいしか、電車が走っていなくてな──某有名なアニメ映画監督の故郷の高原で開催された映画展に行った時は、おぉ、やっぱりここがあの映画の舞台になっているんじゃねぇ……と思ったわ、湖の両岸に上社と下社があったからな……その映画のタイトルは……」
梓は穂高の言葉を無視して、電車に揺られながら、うつらうつらと眠った。
◇◇◇◇◇◇
穂高に揺すり起こされて梓は目覚めた。
「起きろ、次の駅が奈良井の駅だ」
電車が駅に停車すると、運転手が運転席のカーテンを開けてキップを回収した。
ホームから跨線橋を渡った駅舎には、多くの観光客が訪れていた。
巴が言った。
「奈良井宿は、反対画の駐車からも線路の下を抜けて、奈良井宿の町に出れるんだよ……向こう側には木曽の大橋もあるから」
駅舎から出た穂高は、五本の種類が異なる木が植えられている場所に近づきながら、眺め呟く。
「前はあの五木に、ちゃんと樹木名が付いていたからわかったんだけど……今は、無いから。いやっ、これは?」
穂高が驚いた声で言った。
「いつの間にか、五木に名札が付いている⁉ 左からヒノキ、サワラ、アスナロ、ネズコ、コウヤマキ……あの、小さい木〝ネズコ〟だったのか!」
梓がいったい、何の話しをしているのかと、穂高に訊ねる。
穂高が言った。
「木曽には『木曽五木』というものがあってな〝ヒノキ〟〝ネズコ〟〝アスナロ〟〝サワラ〟〝コウヤマキ〟の五つが木曽五木だ……特徴は、ヒノキは幹の皮がペロペロと剥けるような感じで、コウヤマキの葉はツンツンと尖っていて……」
梓は、検索すればわかる事柄を、自慢げに喋っている穂高に少し意地悪をする。
「戦隊ヒーローみたいなものか? いつ六本目の追加戦士が増えるんだ?」
ムッとした表情の穂高が、信州人オプションの理論武装で返す。
「そうだなぁ、その五人の五木戦隊の一人を梓が傷つけたと想定するだろう」
いきなりの、飛躍した例え話しに梓は意地悪の毒気を抜かれる。
「はぁ?」
「はい、それで梓二号くんの首は落ちました……木曽五木は、それだけ貴重なモノで江戸時代には断頭刑の対象になった……道に生えている五木の枝を折るなよ」
「わかったような、わからないような」
三人は足早に、奈良井宿の観光をはじめた。




