第三話・ロックガールズ……グループ名も決まらずに解散、そして松本ぼんぼんだけが残った
集められた女子生徒の中には、ろくに楽器を演奏したコトもない生徒も含まれていた。
集めた女子生徒たちに向かって、穂高が言った。
「バンドはボーカル無しの、インストゥルメンタル……いわゆる、演奏だけのインストガールズバンドを目指す──合唱部にも声をかけたが、ボーカルをやりたがる者が誰もいなかったからな……あいつら、ロックじゃねぇ」
梓は心の中で。
(いやいやいや、そもそも、合唱部にロック魂を求めるのが間違っているって)
そう呟いた。
音楽室を借りて、とりあえず集めた女子生徒の実力を見る。
最初に兄のアコースティックギターを、少しだけ弾いた経験がある女子生徒に、いきなりエレキギターのリードギターをやらせてみた。
「アンプ? チューナー? なんですか、それ? あっ、ギターを弾くピックなら持っています」
穂高がアンプにシールド〈ケーブル〉を差し込んで、エレキを弾いてみろと言った。
女子生徒が、慣れない操作でエレキギターから音を出した瞬間に、穂高が怒鳴る。
「下手くそ! 眠くなるような魂がこもってないクソ演奏するんじゃねえ! おまえの演奏は部屋でやっているオ●ニーか!」
「うわぁぁぁぁん」
穂高の心ない暴言を、ぶつけられたツインテール髪の女の子は泣きながら音楽室から、飛び出して行った。
頭を掻きながら穂高が言った。
「変だな、熱いロック魂があるヤツなら、反撃して言い返してきて、本気の演奏をするのに……違うのか?」
初ドラムと、初キーボードの女子生徒も、穂高の勘違いロック魂の言葉に涙目になる。
「そんなんじゃ、ロックじゃねぇ! 魂のパッションがドラムにこもっていねぇんだよ! 汗だくになって恍惚とした顔をしろ!」
「キーボード弾きながら、胸揺れるくらいの情熱みせろ! 下手くそ! 悔しかったら練習して自分を越えてみろ!」
穂高のハラスメントな言葉に、音楽室から逃げるように飛び出していく女子生徒たち。
最後に残ったのは四名の女子生徒だった。
一人は三味線弾き。
一人はグランドピアノ。
一人はタンバリン叩きだった。
何も楽器演奏できないで残った、最後の一人に穂高が訊ねる。
「どうして、残った?」
聞かれた女子生徒が、踊りの身ぶりをしながら答える。
「あたし、正しい〝松本ぼんぼん〟の踊りを、みんなに伝えたいんです」
〝松本ぼんぼん〟というのは夏に松本市で市内を歩行者天国にして行われる、一大盆踊りイベントで一般市民や観光客飛び入りも認められている──ただ、回を重ねるごとに、踊りにアレンジを加える者も出てきて。
市では正しい振り付けの、松本ぼんぼんを後世に伝えようと乗り出している。
「なぜか、対抗するようにほぼ同じ日に、毎年長野市で開催される〝長野びんずる〟には負けたくないんです……あたし」
梓は、松本市民ならその気持ち、わかるぅと思った。
梓が穂高に進言する。
「ぜんぜん、ガールズロックバンドっぽくないけれど……松本ぼんぼんに、これだけ情熱を注いでいる、彼女ならメンバーに加えてもいいんじゃないか」
「ちょっと待て、少し気になるコトがある」
穂高は、松本ぼんぼん好きな女子生徒に質問する。
「山賊焼きって松本市がメインだよな?」
少し口ごもり気味に、女子生徒が答える。
「信州中信のソウルフードですから、盛り上げていきましょう」
そう言った後で、女子生徒は横を向いてポツリと小声で。
「……でも元祖山賊焼きの発祥は、塩尻市ですから……フッ」
そう呟く声が、穂高の耳に届く。
穂高は確認の為の質問を、女子生徒に畳みかける。
「キツネは、お夏キツネだよな、山形村横出ヶ崎の」
梓には、穂高が何を言っているのか理解できなかった。
女子生徒が当然のような口調で答える。
「何をおっしゃいますやら……キツネは玄蕃さまに決まっているでしょう……はっ⁉」
禅問答のような、地元人でしかわからない返答。
穂高がタメ息をついて言った。
「間違いない……この女子生徒、塩尻市民だハロウィンと現場祭りの日にだけ、どこから湧いてくるのかわからないくらい通りを埋め尽くす……塩尻市民だ」
玄蕃祭りは塩尻市の夏の盆踊りで、キツネの振り付けで連になって踊る。
塩尻市民にとってキツネは特別な存在で、神格化している。
塩尻市民の女子生徒が、涙目で穂高にすがる。
「おねげぇしますだ、お奉行さま……お慈悲ですだ、玄蕃祭りと松本ぼんぼんは踊り日をずらしていて、両方参加していますだ……メンバーに加えてくだせぇ、同じ宿場町のよしみで」
穂高が言った。
「まあ、お互いに持ちつ持たれつの宿場関係だからな……いいだろう」
「ありがとうごぜぇますだ……ついでに山頂に立派なホテルがある、美ヶ原を塩尻市にください」
「調子に乗るな……美ヶ原は上田市とも、かぶっているんだ……交渉するなら、六文銭の黒い電車が走る上田市とも交渉しろ」
「ひぇぇ、真田丸と⁉ それは勘弁」
梓は、蚊帳の外に置かれた二人の会話を呆然と聞いていた。
試しに三味線女子と、グランドピアノ女子と、タンバリン女子の演奏を聴いてみたら、超絶な演奏テクニシャンだった。
特にタンバリン女子は、全身を使ってタンバリンを叩いた。
お尻や足や膝を使って、サッカー選手のように器用に、タンバリンを叩く緑色のティーシャツを着た女子生徒に梓は感激した。
◆◆◆◆◆◆
すったもんだで、演奏練習を重ねて蟻が先ガールズバンドの、プチ野外コンサートの許可を穂高は市からとって。
会場は、天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神の四つの神を祭神と祀られている。
万能の願い事神社──四柱神社、西側の大手門枡形跡広場に決まった。
グランドピアノが、広場に運び込まれ準備が着々と進む中。
その様子を眺めている穂高が梓に言った。
「グループ名は、会場でシール貼り投票で決める……その方がおもしれぇだろう」
コンサート開始時刻が近づくと、雲行きが怪しくなってきた。
黒い雲が上空に広がり、演奏がはじまるとポツリポツリと広場の地面に、雨の点々が現れ。
演奏開始数分で、ゲリラ豪雨が発生する。
テントの用意をしていなかった、ロックガールズコンサートは、ずぶ濡れになりながら意地で演奏を続ける。
その体から湯気を出しながら演奏をしている、制服姿のロックレディを見て傘の下で穂高が親指を立てた。
「本物の、ロック魂だぜぇ」
ピアノの中に雨水が溜まり、三味線とタンバリンは音が出ない。
雷鳴が鳴り響く中で、松本ぼんぼん娘が歌詞を口ずさみながらヤケクソで、ずぶ濡れで踊る姿には鬼気迫るモノがあった。
豪雨は激しさを増して、雷雲が上空に停滞していると判断した市側は、コンサートを中止して。
グループ名が決定しないまま、ガールズロックグループはその場で解散した。