第二話・松本娘ロック知らずのガールズバンド結成
数日後──安曇野 梓の家に、地方の日刊タイム誌の記者を名乗る女性が訪ねてきた。
「松本市長に送った高校生の要望がユニークなので、少しお話しを……」
最初、梓はどうして自分の家に? と、思ったがすぐに、気づいた。
(穂高が市長に送った手紙の、差出人の宛先……オレの名前とオレの家の住所だ!)
梓が何か言う前に、市民のタイムスの女性記者は勝手に話しを進めてきた。
「あたしも、最初は驚きました『旧博物館をさっさと爆破解体しろ!』という過激な要望には……一歩間違えれば逮捕に繋がりますから、でも内容をよく見たら観光客の不憫さを嘆いた要望だったのですね──確かに解体工事期間中は大名町側の土橋にある『国宝松本城』の、薄汚れた石碑の前で観光客が、スマホ撮影する楽しみが失われてしまうので……さっさと、解体しろという気持ちもわかりますが」
解体後の旧私立博物館の敷地は、当面は砂利敷きの広場になって、イベントなどで利用されるらしい。
女性記者は梓が、何も言わないので、さらに話しを進めた。
「あたしが興味を持ったのは、二枚目の要望ハガキです……明治維新に埋め立てられた城の南・西外堀の水堀復元を行っていますが、それに対しての要望もユニークで『堀に空いている通路スペースに、善光寺の門前通りみたいに連なる土産物屋を作れ!』とか『ガールズバンドが、路上パフォーマンスができるステージを作れ!』とか……実現可能かどうかは別にしてユニークな提案です」
絶句する梓。
(二枚目の要望? 門前町の土産物通り化? ガールズバンド? 聞いてないぞ!)
確かに縄手通りから、松本市内を流れる女鳥羽川を挟んだ通りの中町は、数年前はほとんど目立った飲食店はなく。
観光客の姿はまばらな通りだった──それが、気がつくと飲食店が増えて観光客が訪れる、蔵のなまこ壁が名物の観光通りへと変貌を遂げた。
梓は思った。
(南側の復元堀のスペースは、確かにアイデア次第で有効活用できるな……あとは、高砂通りをもう少し、サブカルチャー的な通りに変貌させたら……雛人形を売る店ばかりじゃ、面白みに欠ける)
高砂通りとは、中町からさらに南にある通りで、松本の湧水群〈松本は市内の至る所から地下水が湧き出ていて、市民も生活用水に利用している……飲めない水だったら、ちゃんと『この水は飲めません』と注意書きがされている〉の一つ『源智〈玄智〉の井戸』がある通りだ。
そして、女性記者はとんでもない質問を梓にしてきた。
「それで……夏までに学校でメンバーを集めて、ガールズロックバンドを結成する計画は本気ですか?」
(なにぃぃぃ?)
梓は、女性記者の質問に絶句した。
◆◆◆◆◆◆
翌日──梓は、自分の席で雑誌を読んでいる穂高に詰め寄った。
「なに、勝手なコトしているんだよ! 適当に誤魔化したけれど……ガールズバンド結成するコトになっちまったぞ!」
音楽雑誌を読んでいる常念 穂高は、あっけらかんとした口調で言った。
「そりゃ、良かった」
「良かったじゃねえよ! どうするんだオレ、ロックなんて知らねぇぞ!」
「オレもだ、クィーンとかセックス・ピストルズとか、ニルヴァーナ程度しか知らん……フジロックも名前だけは知っているだけで、ロックマニアからは、首筋をつままれて宇宙に放り出されるレベルだ……聞くな」
呆れる梓。
「それで、よくガールズロックバンドを結成するなんて言えたな」
「おもしれぇじゃねぇか……信州には〝りんご音楽祭〟ってのもあるからな……松本は楽都・学都・岳都なんだよ」
穂高は、ガールズロックバンドメンバー募集が描かれた、手書きの募集用紙を梓に見せた。
「学校の許可はもらってある……これを校内にコピーして貼り出す」
「ガールズロックバンドの結成なんて……学校が認めてくれるのか?」
「心配するな、オレの親父は町の名士だ……文句を言ってきたら札束の力で、ねじ伏せる……蟻が先だ、梓二号」
「おまえなぁ……また意味不明なコトを」
半ば強引に穂高の計画が進められ、吹奏楽部や軽音楽部から、数名の女子生徒が集められた。