第十五話・玄蕃の祭りはキツネの祭り
某日──その日は、朝から塩尻市民の、平出 巴はMAXに燃えていた。
玄蕃祭り……それは一年に一度、塩尻市民がキツネに戻る日。
どこから、湧いてきた! と、思うほど塩尻市の閑古鳥が鳴く大通りを、人で埋め尽くされる日。
「コンコンコ~ン、コンコンコ~ン」
平出 巴は、夕方の大通りで踊り狂っていた。
そんな巴の様子を、塩尻市大通りの商業施設と文化施設の〝えんぱーく〟を、繋ぐ渡り通路を見上げる、歩行者天国になった道の端にある、ヒョウタン型のベンチに並んで座り。
屋台で買ってきた、塩尻市名物の〝キムタクチャーハン〟〔刻んだキムチとタクアンのチャーハン〕と〝コンコンコロッケ〟を食べていた。
キツネの半面をかぶった穂高が、隣の梓に言った。
「巴のヤツ、生き生きしているな……さすが、化けキツネの眷属市民」
キツネになりきって踊る、巴を見て梓が言った。
「巴のヤツ……完全にキツネだな……いや、あれはキツネが憑いていると……言ったほうがいいか。今キツネのコスプレをした女の子が前を通った」
「クルッと回って、コンコンコ~ン、コンコンコ~ン……山賊焼きぃぃ、塩尻駅前で『山賊焼きサミット』うおおおぉぉぉ!」
「巴のヤツ、玄蕃祭りに混じって変なテンションで、盛り上がっているな」
◇◇◇◇◇◇
玄蕃祭りを見ながら、穂高がまた妙なコトを言い出した。
「梓、オレは乗鞍にプリクラ機を設置してくれるように、松本市長に要望書を送ろうと思う」
「はぁ? 乗鞍にプリクラ?」
「そうだ、乗鞍、プリクラ、乗鞍、プリクラだ……塩尻市は高齢者の、eスポーツも盛んだから、その流れから思いついた」
数秒の沈黙が続いた後、梓が言った。
「ダジャレかよ! 乗鞍のどこに設置するんだ?」
乗鞍と言うのは、松本から見て西側にある乗鞍岳の地域だ……そのエリア内には有名な景勝地『上高地』も存在する。
穂高が言った。
「オレは、乗鞍のエリアは長野県の【西信】だと、勝手に思っている……北信・東信・中信・南信があるんだから……ウェストの西信があってもいいだろう」
「まあ、西信は悪くは無いが……行くのか? 乗鞍に?」
「次の休みに天龍さんの車でな、すでに巴には話しを通してある」
梓が巴から差し出しで受け取った、塩尻市の御当地萌え巫女キャラがラベルにプリントされた、ペットボトルの水を飲みながら言った。
「乗鞍とか上高地方面は言ったことはないなぁ……子供のころに親に連れられて生坂村近くの山の、京ケ倉には行ったことは有るけれど」
「標高990メートルで山城があった生坂村の『王城・京ケ倉』か……登ったのか?」
「いや、下から見ただけだ……トレッキングコースとか、地図には書いてあったから……大した山じゃないんだろう」
穂高の目つきが変わり、持っていた割り箸が、食べかけのキムタクチャーハンの中に落ちる。
「京ヶ倉が大した山じゃないだと……山をナメるな!」
穂高はスマートフォンで検索した、京ヶ倉の画像を梓に見せる。
「よく見ろ……こんな馬の背みたいな尾根道や、梯子、ロープ、鎖場の場所もあるんだぞ、京ヶ倉をナメるな! 巻き道もあるらしいが」
馬の背のような、尾根道画像を見た梓が悲鳴をあげる。
「ひぇぇっ、こんな尾根の道、横からの強風受けたら一発で滑落じゃないか!」
踊りながら巴が言った。
「山をナメるな……死ぬぞコーン」
◆◆◆◆◆◆
次の休日──穂高と梓は、天龍の車に乗せてもらって乗鞍へと向かった。
玄蕃祭りで、キツネに憑かれたように踊った巴は、筋肉痛が取れずに自宅で寝込んでいる。
上高地に向かう、島々線の終着駅『新島々駅』で、車を停めた天龍は車から降りて駅で、島々線の鉄道娘キャラグッズを購入して言った。
「悪いな……鉄道マニアの知人に頼まれたから」
ちなみに、新島々の駅はあっても普通の島々駅や旧島々駅は存在しない。
新島々駅から車は、長い山道へと入る、曲がりくねったカーブの道が続き梓は悲鳴をあげる。
「うわぁ、前からバスがきた! よくこんな山道走れるな……バスの運転手を尊敬する」
やがて道はトンネルへと入り、トンネル内の分岐を右へと車は進んだ。
穂高が言った。
「タヌキの大きな置物があった……あのタヌキを見ると、やっと乗鞍に来たって感じがするな」
そして、なんとか乗鞍のペンション地区へと車は入ってきた。
硫黄の匂いが漂う、乗鞍高原の観光案内所の駐車場に止めた車から出た穂高は、大きく伸びをすると。
早速、持参したメジャーで、プリクラ機が設置できそうな場所をお節介にが探す。
「ここなら、置けそうだな……登山客にウケるぞ、プリクラ」
梓が不安そうに駐車場にある『クマ出没注意』の看板を指差す。
「なぁ、今ふっと思ったんだが……こんな場所にプリクラ機を設置して、誤作動でクマがプリクラ撮影したら……どうするつもりだ」
「そこまでは、考えてなかった……松本市長に乗鞍にプリクラ設置の要望を送るのはやめよう……市長の業務に支障が出そうだ」
梓は内心思った。
(最初からクマにプリクラ機を破壊されるかも知れないとは、考えなかったんだろうか?)
三人は、来たついでに、硫黄の匂いがする白濁の乗鞍温泉に入って山道を帰った。




