第十四話・梓がはりつけ台から睨んだ松本城が傾いた?
演劇の準備が着々と進んでいたある日──梓は舞台衣装を製作している教室に生徒から呼ばれた。
衣装作りに参加している男子生徒が、梓の体のサイズを計って作った加助の衣装を持って梓に言った。
「試着してみてくれ……サイズは合っているはずだから」
梓が農民の舞台衣装を試着する。
男子生徒は、梓の頭に手ぬぐいをかぶせて言った。
「おおっ、似合う似合う……オレの田舎のじいちゃんが、畑仕事に行く時のスタイルだ……もう少し土で汚した方が百姓一揆の首謀者で、はりつけされた時に映える……しっかり処刑されろよ」
「舞台の話しだよな……それ」
小道具担当の女子生徒が梓に訊ねる。
「ねぇ、脇から槍で突かれた時の血糊の量はどのくらいが希望? バケツ一杯くらいなら用意できるけれど……ポンプを使えば、噴き出す鮮血表現できるかな? 舞台に血の海ができてモップ掃除が大変だけれど」
梓が真っ青な顔で、学校の文化祭で、それはやめた方が……と、暴走気味な部員たちを抑えた。
◆◆◆◆◆◆
演劇の準備と稽古も進み、学園祭当日──緊張の開演を迎えた。
暗転した舞台上で、薄い赤いライトで照らされる中……舞台の端から走ってきた、大鎌を持った死神が鎌を振り下ろして。
「安曇野 梓、覚悟! 天誅 ! 死んで異世界転生しろ!」
そう叫んで舞台を駆け抜けていく。
芝居は史実と虚像を織り交ぜた、不思議な感覚で進行して…時に拍手、時に笑いが起こった。
そして、物語は近隣の村々から松本城下に集結した、農民たちのシーンへと移る。
クワやカマを持った農民に扮した生徒たちが、穂高が指示したアドリブで好き勝手な要望を叫んで客席を沸かせる。
「年貢を下げろ!」から、はじまって。
「小遣い上げろ!」
「モテ期こいこい!」
「テニス部の、あのポニーテールの先輩が好きです!」の、告白まで……ワケのわからない演出展開になっていた。
そこへ、舞台に客席から走り込んで来た。忍者姿の巴が舞台に上がって言った。
「拙者、松本城に居た忍者『芥川九郎左衛門』でござる……拙者の忍術で時空の穴が開いてしまったですござる……コンコン」
それだけ言って、また客席の方に巴が走り去ると、舞台は一気にカオス化した。
ゴリラのマスクと、カモシカのマスクをかぶった生徒が現れた……カブトムシの着ぐるみも舞台に現れて。
大道具のティラノサウルスの首が動いて出てきて、その首には架空の恐竜『四賀ザウルス』の文字が……さらに、横から飛び出してきたリニアーモーターの車体には『松本市にリニアーモーターを』の文字が達筆な筆文字で書かれていた。
そして、物語はクライマックス──加助役の梓が処刑される見せ場シーンに突入した。
はりつけ台に手足を広げた格好で固定された、梓の両脇腹に小道具の槍が突き立てられる。
そこで、梓のセリフ。
「痛い……年貢は二斗五升挽きだぞ! 二斗五升挽き! 二斗五升挽き!」
梓が大道具の松本城を睨むと城が傾き、大爆笑が起こった。
なんの脈絡もなく、特別出演で明治時代に競売にかけられ、落札された松本城を買い戻して城を救った、松本市の英雄──『市川 量造』のそれ誰? に扮した穂高が現れて、客席に向かって拍手を煽る。
はりつけされた梓の。
「二斗五升挽き! 二斗五升挽き!」
の、言葉に合わせて拍手する観客も意味もわからずに。
「二斗五升挽き! 二斗五升挽き!」を連呼する。
まるでライブのような熱気に包まれ客席と一体化した舞台で、コミカルに槍で突かれる梓。
出演者全員が舞台に登場するフィナーレで、芝居は幕を閉じた。
終了後の出演者挨拶で、はりつけ状態で頭を下げた梓の姿に客席から大爆笑が起こった。
◆◆◆◆◆◆
学園祭が終了した数日後──学食でテーブルに顔を伏せて落ち込んでいる梓の姿があった。
梓が言った。
「芝居を観に来ていた親父から『悲劇の加助騒動を茶化すな』って、メチャクチャ怒られた」
穂高はカップの飲み物を飲みながら。
「そうか」そう答えただけだった。
力なく梓が呟く。
「電車にでも乗って、傷心のプチ旅にでも出たい」
「旅立つなら、八時ちょうどの電車にしろよ……あっ、加助の芝居に恋愛要素入れるの忘れた……処刑される加助に恋心を抱く、百姓娘の配役が決まらなかったから」
穂高は、どこまでもマイペースだった。




