第一話・市長への爆破要望
五月のある日──暑いのか、寒いのかよくわからない気候……少し変わった思考を持つ男子高校生の常念 穂高は、腐れ縁の男友だちの親友──安曇野 梓に、ベンチでアイスキャンデーをナメながら、グチっていた。
「まったく、松本城公園内にある、旧松本市立博物館の解体工事……いつまで、ダラダラやっているんだ、観光客が狭い通路を通らなきゃならないから見ていて不憫だ」
現在、松本市の市立博物館は新設されて縄手通りの近くに移転され、旧市立博物館の取り壊しが進んでいる。
穂高が、松本城公園内で城にスマートフォンのレンズを向けて、撮影している観光客を眺めながら言った。
「いっそうのこと、ダイナマイトでも仕掛けて、爆破解体すりゃあスッキリするのにな」
隣に座る梓が、周囲の様子を伺いながら小声で穂高に言った。
「それは、あまり松本市内では口にしない方が……誰が聞いているのか、わからないから」
少し離れたベンチには、海外から訪れた金髪の観光客女性が、大きなバックパックの荷物を探って何かを探している。
アイスキャンデーを食べ終えた穂高が、言った。
「しかし、いつ見ても松本城はいいなぁ……これが、もうすぐ登れなくなるなんてな」
「えっ、松本城入れなくなるの?」
「あぁ、耐震工事とかで木の柱に金属補強するらしい……築城してから長いから、それも仕方がないな……どう変わるかはわからねぇ、せめて金属の補強は外から見て、目立たないようしてもらいたいもんだな……松本市長さん」
戦国時代に建造された平地城──一度も合戦で使用されたコトがない、平和な城だが。
その造りには随所に戦を想定した工夫が施されていた。
「石落とし・鉄砲狭間狭間・矢狭間…… 国宝松本城、信濃の国を護る時には、もう一つの国宝開智学校と合体して、北アルプスを背にして必殺技を……」
何回も聞かされている城の説明に梓は、うんざりしていた。
(そんなの、インターネットで検索すれば一発でわかるのに)
穂高のインターネットで検索すればわかる、どうでもいい説明は続く。
「日本最古の三重四階の武の乾小天守と、徳川三代将軍『家光』をもてなすために建てられた優な月見櫓の対比がまたいいじゃねえか……もっとも、家光の野郎は松本城には来なかったけれどな」
アイスキャンデーの棒をくわえながら、ベンチから立ち上がった穂高が言った。
「行くぞ、梓」
「どこへ?」
「決まっているだろう……市長に手紙で旧博物館を、ダイナマイトで爆破解体するように伝えるんだよ」
穂高の過激な考えに慌てて止める梓。
「ち、ちょっと待て……落ち着け穂高」
「オレはいつでも冷静だ……直接市長にあって伝えてもいいけれど、さすがに高校生がアポなしで市役所に押しかけて『市長に会わせろ! 旧市立博物館を爆破しろ』はムリだろう」
「当たり前だ」
「だから、市役所の中にある市長宛のハガキに書いて、投函するんだよ……梓二号ついてこい」
「その呼び方やめてくれ」
◇◇◇◇◇◇
穂高と梓は、松本市役所に出向いて市長への手紙を探した。
「おっ、あったあった、これに書けばいいんだな」
穂高は梓が止める間もなく、サラサラとハガキに要望を書くと、市役所にあった市長に伝わる投函箱に入れてしまった。
青ざめている梓に向かって穂高が言った。
「心配するな、ちゃんと本名と住所は書いておいたから……オレは匿名でコソコソやるのは嫌いだからな」
後にこの穂高の行動が、学校で大変な騒ぎになるとは梓はまだ知らなかった。