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天翳なき瞳 ――禊の旅路を歩む者――  作者: ペケ
第2章 影より届く、命の封
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【断章】 夜焔にて語られしもの

過去に背を向けたアーデン、その意志を継ごうとするアーロン2人の親子の絆。

血と記録が交差する、静かな夜をお届けします。


囲炉裏の火が、静かに薪を舐めていた。


 夜は深く、母屋にはアーロンとアーデン――二人分の影だけが揺れている。




 長い沈黙の果て、アーデンが低く問いかけた。




 「……本当に、行くのか。」




 その言葉は、重くも静かに落ちる。


 アーロンは火を見つめたまま、小さくうなずいた。




 「はい。黒封札の任務に応えるのが、僕の役目ですから。」




 素直な返答だったが、声の奥にわずかな迷いがにじんでいた。


 アーデンは返事をせず、火に照らされた酒盃をただ見つめる。




 やがて、ぽつりと過去を語り始めた。




 「……昔、あの場所に、一度だけ足を踏み入れたことがある。


  “調査任務”の名目でな。だが実際は――」




 火花が一つ、弾けた。




 「――その場に来たものを試す“選別”の場所だった」




 アーロンが目を細める。


 アーデンの声は淡々としていたが、その奥に深い痛みがあった。




 「記録札は、ただの記録じゃない。


  血廟魔術の応用によって“最期の瞬間”そのものが封じられている。


  誰が、どこで、どう死んだのか。誰が、その死を見届け、何を代償に生き延びたのか――

  すべてが“血”に刻まれていた。」




 アーロンは息を詰めた。




 「その札は、俺に反応した。血が引き寄せられるように……思い出したんだ。


  かつて戦場を共に駆けた仲間――封印の“媒体”となった者の名を」




 囲炉裏の火が、わずかに揺れた。




 「術式の成功には、そいつの血が必要だった。……俺がそれを、選んだんだよ」




 アーロンは拳をそっと膝の上に置いたまま、義父の横顔を見つめた。




 「終わったあと、何も感じられなかった。誇りも達成感も。


  残ったのは、自分だけが生き延びたという事実と……胸にへばりついた、鈍い嫌悪感だった」




 アーデンの目は、ただ遠くを見ていた。


 その瞳は静かで――けれど、明らかに沈んでいた。




 「だから、俺は引き返した。


  あの場所で“誰かの死”を糧に前へ進むだけの理由が、俺には持てなかった」




 しばらく、沈黙が続いた。


 囲炉裏の炎が、小さく爆ぜる音が、唯一の時の流れだった。




 アーロンはゆっくりと口を開く。




 「……それでも、僕は行きます。」




 アーデンがわずかに目を向けた。




 「義父さんが立ち止まった場所に、僕も向き合いたいんです。


  受け継いだ“血”で……何を選ぶべきなのかを、知りたい。」




 火の明かりが、アーロンの真剣な瞳を照らしていた。


 その光は、どこか子どもではなくなった証のように見えた。




 アーデンはふっと、目を細めた。




 「……そうか。言うようになったな。」




 「はい。僕はあなたの”息子”ですから」




 小さく笑ったアーデンは、盃を机に戻し、火を一瞥した。




 「……アーロン。」




 「はい。」




 「行ってこい。そして、帰ってこい。……また、“ただいま”と俺に言ってくれ。」




 アーロンは、こくりとうなずいた。


 焔の色が、ふたりの影を包み込むように揺れていた。

アーロンとアーデンーー義理で繋がった親子の関係性が、この一夜でひとつの「血の絆」へと

変わりつつあります。

次回は、アーロンの初めての旅路を書こうと思います。


お詫び:執筆が滞り、お待たせしてしまい申し訳ありません。

    物語の展開や構成、そして登場人物たちの心の動きに丁寧に向き合いたいという思いから、

どうしても筆が進むのがゆっくりになってしまいました。

また、プロットの再整理や今後の物語の方向性、さらにはこれまでの流れとの整合性の確認

ひとつひとつの工程に時間をかけてしまったことも要因です…すみません。

引き続き、お付き合いいただけましたら幸いです。


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