夜明けを告げる封札
すべての始まりには、恐れがある。
アーロンが手にした黒封札は、ただの任務ではなく
義父アーデンが語ろうとしなかった「過去」の扉。
今回は夜の母屋にある囲炉裏を囲んで、交わらせる言葉と、それに続く一つの覚悟の物語です。
微かな火の音と、二人の静かな絆、刻まれた傷の深さを映し出していきます。
廟の裏庭は、まだ夜の冷気に包まれていた。
わずかに白む空の下、アーロンは手の中の黒封札を見つめていた。
羊皮紙の封蝋は重く、剣より冷たく 感じられた。
(……これが、自分の“始まり”になるのか)
ふと、昨夜の記憶がよみがえる。
囲炉裏の火は小さく、ぱちぱちと静かに薪を焼いていた。母屋には、アーロ
とアーデン、ふたりの影だけが揺れていた。
「……あそこには、生きた人間はいなかった」
アーデンが、盃を傾けることなく、ぽつりと口を開いた。
その声には、感情が削ぎ落とされていた。アーロンは、
炎の向こうに座る義父の表情を見つめる。
「いたのは、死んだ仲間と……封じられたままの現場だけだ。
血のにおいも、焼けた衣の焦げ跡も、そのままだった」
「記録札は、ただの記録じゃない。あれは、“最期の瞬間”そのものを
封じたものだ」
(義父さん……)
アーロンは、黙って膝の上で拳を握った。
「触れた瞬間に、分かった。誰の命を犠牲にして、
自分だけ生き延びたのか……ってな」
アーデンの言葉は淡々としていたが、その沈黙の合間に、濁った痛みが
垣間見えた。
「だから俺は、あそこで引き返した。それだけの話だ」
火の揺らぎが、アーデンの顔の影を大きくした。
(義父さんは……その重さを、誰にも言えず、ずっと抱えてきたのか)
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて、アーロンは小さく息を吐き、口を開いた。
「……でも、僕はこの任務受けようと思います。」
「義父さんが立ち止まった場所を、今の僕が越えられるとは
思ってません。ただ、この目で確かめてきます」
アーデンは何も言わなかった。
ただ一度、目を細め、ゆっくりと酒盃を卓に戻した。
そして朝が来た。
アーロンは再び黒封札に視線を戻し、蝋封を割る。
乾いた音が、朝靄に溶けた。
>――継承者アーロン・ヴェスタ。
>幻夢戦争記録区への調査任を命ず。
>観測者の随行を伴い、記録回収および起動封文の検証にあたれ。
封札の文面を見つめながら、アーロンは静かに呟いた。
(……これが、自分の歩むべき道。義父さんが背を向けた記録に、
その続きを、自分の目で確かめたい。)
深呼吸とともに冷気を吸い込み、アーロンはそっと歩き出す。
道はまだ闇の中だ。けれど、かすかな光が地平に滲んでいた。
夜が明けるまで、あとわずか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
アーロンが継承したものは、魔術や技術だけではなく「アーデンの傷」も
引き受けようとします。
次回は、「断章」としてアーロンとアーデンが囲炉裏で何を語ったのか、また「血の繋がりがない」
義理の親子が「血の繋がり」以上に結ばれた絆を書ければと思いっています。
よければ、次回もぜひ読んでいただけますと嬉しいです。よろしくお願いいたします。