黒封札のゆくえ
それは運命を告げる封札。
黒き封札は、選ばれし者の未来を閉じ、開く鍵でもある。
義父アーデンとの暫しの別れを胸に、アーロンは歩みを始める。
誰にも、守られず、頼ることのできない険しくも厳しい道のりを…
風が止み、夜の輪郭が鮮明になる。訓練場の静寂を切り裂くことなく、
トゥリスは懐から一通の封筒を取り出した。
それは、漆黒の紙に赤い蝋が施された。〈ルフ=アルヴェス〉の中でも、
選ばれし者だけが受け取る“選定の証”。
「アーロン。これはお前の名で届けられた、正式な任務招集だ」
言葉とともに、黒封札がアーロンの掌に落ちる。
まるで金属のような冷たさと重みが、指先から心へと沈んでいく。
封を解く。蝋が割れる乾いた音が、夜気の中に小さく響いた。
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任務地:幻夢戦争記録区
対象:記録札の回収および遺構の調査
同行者:観測者ミレイユ(六爪)
備考:血廟魔術の行使を許可する
評価:六爪査定任務対象
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「……ミレイユ?」
その名を呟いたのはアーデンだった。視線が鋭くなる。
「〈六爪〉のひとり、“灰髪のミレイユ”。彼女が観測者として同行する。お前を評価したいそうだ」
トゥリスの言葉と同時に、冷たい香の風が吹いた。アーロンが振り向いた先に
一人の女が立っていた。
長く滑らかな灰の髪、黒曜のような瞳。そしてどこか現実から半歩引いたような、
焦点の合わない微笑み。
「あなたの“瞳“が、どこまで曇るのか。私はそれを、見ていたいの」
その声音には、好奇心だけでなく、かすかな哀しみのようなものが混じっていた。
アーデンは小さく息を吐くと、何も言わず視線を逸らした。
この任務がどれだけ危険で、そして彼の息子がいよいよ“外”の評価に晒されるということを
誰よりも理解していたからだ。
アーデンの拳が静かに握られる。だが怒りではない。ただ、止められない流れへの悔しさがにじんでいた。
「……義父さん」
アーデンの表情がわずかに揺らいだ。だが、
すぐに穏やかな光がその瞳に宿る。
「行くのか」
「……はい」
「俺は、もう何も言えん。お前の決意は、もう言葉じゃ止まらん」
そしてアーデンは、手を伸ばし、アーロンの肩を軽く叩いた。
「行け。そして、生きて戻れ」
「……はい。必ず」
ミレイユは何も言わなかった。ただ、アーロンをじっと見つめていた。
彼の瞳がどこまで耐え得るものか、その芯を確かめるように。
アーロンは、ゆっくりと背を向ける。
もはや、誰かの背中に隠れて歩く時ではなかった。
彼の歩みは、もう誰かの背に守られるものではなかった。
その瞳が見据える先に、己の運命が刻まれていると、彼は知っていた。
この章では、アーロンは青年としてではなくひとりのギルド員(見習いのような立ち位置ですが…)
として世界に向き合います。
アーデンの所属しているギルド(ルフ=アルヴェス)の最高幹部の一人であり、「澄眼派」
のミレイユの登場は、ただの同伴者ではなく、アーロンが歩む道を「見届ける目」としての役割を担っております。