試しの刃、血の魔を帯びて
アーロンの前に現れた、義父さんの命を救ってくれた男。
しかし再会は静かなものではなく、「試し」として牙を剥く。義父との絆を胸に、アーロンは初めて
「外の力」と正面からぶつかる。
ー力が及ばずともわかっていても、青年となったアーロンは挑む。
張りつめた空気が、庭に満ちていた。
陽の傾きが長く伸び、木々の影を滲ませている。だが、沈黙は破られた。
「その眼……あの夜と、変わっていないな」
トゥリスがふと口を開く。視線の先には、静かに佇むアーロン。
その眼差しに、ひるみも迷いもなかった。
「……どれだけの刃を知った?」
唐突な問いに、アーロンは応えず、代わりに鞘に手をかけた。
その動きにアーデンが割って入る。
「待て、トゥリス」
低く、鋭い声。
「試すために来たのか? 今のアーロンに、それを強いる理由があるのか?」
「理由?」
トゥリスが口元をわずかに歪めた。
「“選ばれた命”が、本当に価値あるものかどうか……俺は、それを自分の目で確かめたいだけだ」
アーロンが一歩、前に出る。
「……いいよ。受ける。あなたが、義父さんを助けてくれたあなたになら……俺は、応えたい」
アーデンが言葉を失う。だが、その眼差しは止められなかった。
トゥリスが黒衣を翻し、腰から湾曲した双刃――〈鴉羽刃〉を抜いた。
薄黒い刃身が夕光を受け、わずかに鈍く光る。
「来い。“生かされた意味”を、見せてみろ」
アーロンは息を深く吸い、そして、自らの掌を刃で切った。
血が滴り、地を打つ。
――揺らぐ。空気が。
血液が魔力の器となり、赤い鎖のような糸が腕に絡みつく。
それは、アーデンから継承された“血廟魔術”。
身体の芯に、鋼の冷たさと熱が同時に宿る感覚。
疾駆。地を蹴る。
剣を振り下ろし、踏み込み、身体を捻る。
だが、トゥリスは片刃でそれを受け流す。動じない。隙も見せない。
斬撃は刃の外側をかすめ、連撃は全て読まれている。
剣技の差。体術の差。経験の差――すべてが圧倒的だった。
アーロンの呼吸が荒れる。
血廟魔術の魔力も、徐々に擦り減っていく。
それでも彼は、歩みを止めなかった。
トゥリスの鴉羽刃が、わずかに鋭角を変える。
一閃――空気が裂ける。視界がぶれる。次の瞬間には、死角からの刃が迫っていた。
だが、その瞬間。
アーロンの左手から、血の鎖が跳ね上がった。
刃を、絡め取り――奪う。
トゥリスの片方のラーベが弾き飛ばされ、空中で一回転する。
アーロンはそれを掴み、血の帯で魔力を走らせ、逆に一太刀を浴びせた。
シュッ――と、わずかな音。
トゥリスの頬に、一本の赤い線が走った。
沈黙が降る。
風が笹を鳴らし、鳥が一羽、どこかへ飛び去った。
「……なるほど」
トゥリスが頬に触れ、赤を見下ろす。
「剣技だけなら届かない。けれど……この“血の力”は、可能性を孕んでいる」
そして、拾い上げることなく、鴉羽刃を地に置いたまま、背を向けようとした。
その瞬間だった。
「もうやめろ!」
アーデンが駆け寄り、アーロンの肩を抱く。
その腕には確かな震えがあった。
「充分だ。……これ以上は、必要ない」
アーロンはようやく膝をつき、荒い呼吸の中で地に両手をついた。
血の鎖はすでに消え、腕には生傷が残っていた。
トゥリスが振り返る。
「悪いな、アーデン。だが、見たかったのは“力”じゃない。“芯”だ」
そして静かに言葉を続けた。
「黒封札を渡す理由が、ようやく見えた気がする」
その言葉は、少年の成長を肯定したものだった。
そして、次なる扉の鍵でもあった。
未熟な剣技と魔術で、勇猛果敢に挑みアーロンは惨敗した。
しかし、それでも残った揺るがぬ信念。そこからひとつの答えを掴みかけています。
「勝てなかった」のではなく、「届くことができた。」
その結果が、次なる扉を開く鍵となります。