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天翳なき瞳 ――禊の旅路を歩む者――  作者: ペケ
第2章 影より届く、命の封
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静けさを割る黒衣の訪問者

時が経過しても、この国の空に快晴は来ず。

けれど、アーロンは変わった。

静かな稽古の中、育まれた絆と力。


影の国〈エイジウェイ〉には、季節の境目というものがない。


 空は灰色の膜に覆われ、陽は沈んでも昇っても、世界の色を変えはしない。


 それは人の心と時間の感覚を曖昧にしていく。




 ——けれど、少年は成長した。




 アーロンの背は、かつての義父・アーデンとほとんど並ぶようになった。


 腕には無駄のない筋肉が走り、動きにブレがない。


 木刀を握る手のひらは硬く、かつて剣を持てず震えていた細い指の面影は、そこにない。




 彼は、少年だった日々の面影を、その背中に置き去りにしていた。




 




 母屋の裏手にある稽古場。湿った土と枯れ葉の匂いが、風に運ばれてくる。


 そこでアーロンとアーデンは、黙々と木刀を交えていた。




 打ち込み、跳ね上げ、踏み返す。


 音もなく、確かな間合いで打ち合う二人。


 気息はぶつからず、踏み込みは静かに、しかし重く。


 動きに迷いはなく、呼吸は一定。


 アーロンの打突は速さと重みを兼ねていた。






 まるで長年組んだ舞踏の相手のように、動きに無駄はなかった。




 だが、その均衡は一瞬で崩れる。




 


 ——けれど、ほんの一瞬の溜め。


 その“半呼吸”を、アーデンは見逃さない。




 カツン、と鋭く木刀を横から差し込む。


 アーロンの防御が間に合わず、胴に軽く触れるように当たった。




 「……まだ浅い」




 「……はい」




 アーロンは息を整えながら頭を下げる。


 その顔には、悔しさと、それでも拭えない誇らしさがあった。




 アーデンは木刀を地に下ろし、呼吸を整えるように一度だけ視線を落とした。


 わずかに現れた額の皺や、目元の陰影が、日々の積み重ねを物語り


 疲労というより、時の重さが肌に染みている――そんな表情だった。


 それは、幾つもの命を奪い、背負い、見送ってきた男の影。


 その背中が、静かに語っていた。若さの残響は、もうとうに置いてきたことを。




 けれど。




 アーロンの動きに成長の兆しを見つけたとき、彼の口元にはごくわずかな緩みが現れた。


 その微笑は、過去の血塗られた日々をほんの一瞬だけ遠ざけるような、優しさを帯びていた。


 そのとき、異質な気配が敷地を横切った。




 乾いた足音。


 この澱んだ空気の中では、本来鳴るはずのない音だった。




 アーロンとアーデンが同時に振り返ると、門の向こうに一人の男が立っていた。


 黒衣。長身。感情の読めぬ灰銀の瞳。




 「……来たか」




 アーデンが呟いた。


 その声音にはわずかに緊張が混じっていた。




 




 男が近づく。


 その姿を、アーロンは記憶の中の断片と重ねるように見つめた。


 その下から覗く視線は、夜気を凝縮したような冷たい色をしていた。




 「……久しいな、アーデン。育ったようだな」


 アーデンが口を開く。


 「トゥリス……」


 アーロンは、その名に反応しつつも一歩引き、慎重に視線を合わせた。


 だが、相手の冷たい気配を前にしても、逃げるような色は浮かべなかった。


 深呼吸ののち、低く口を開く。




 「……ありがとうございます。あなたが、あのときの……義父の命を、救ってくれた人なんですね」




 トゥリスは僅かに眉を上げた。まるで想定よりも柔らかい反応に、驚いたように。


 トゥリスは微かに口角を上げた。




 「“父”か。呼ばれるようになったな、アーデン。」




 「……今日は、その話をしに来たのか?」




 アーデンが切り出す。


 トゥリスは歩を進め、手にした黒い封筒を静かに掲げた。


 重厚な封蝋には、影を象った紋章が刻まれている。




 「これは、“黒封札”だ」




 アーロンはその札に、無意識のうちに一歩踏み出していた。


 それは知っている。命そのものを試す札——“選ばれた者”だけが手にするもの。




 




 「お前を“試す”命だ。


  あの夜に拾われた命が、本当に生きているべきだったのか。


  ギルドは、それを見定めようとしている」




   風が吹いた。


  季節のないこの国で、まれに吹く、冷たい風。


  それはまるで、過去の時間がアーロンの背を押したかのようだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。内容のメインとしてはアーロンが数年の時を経て

「ただ生き延びた少年」⇒「意思を持って立つことのできる青年」へと変わった姿を描きました。

同時に現れたトゥリスという存在は、アーロンの過去とギルドの現実、そして「選ばれた命」としての運命を突き付けていきます。


彼の差し出す「黒封札」とは何か。

アーロンにとって初めての「覚悟の選択」を次は書こうと思います。

これからも、アーロンの道をともに見届けていただけますと幸いです。


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