表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天翳なき瞳 ――禊の旅路を歩む者――  作者: ペケ
第3章 沈黙の国の門
17/19

試しの台座

前の静けさとは対照的に、本章は“試される”という明確な緊張の中で物語が動き出します。


ゼルカという掴みどころのない人物が、アーロンに仕掛ける“試し”は、ただの力比べではありません。

この場面では、力だけでなく、「意志」や「記憶」――そして“何を背負って立つか”が

見られているのだと思います。


幻夢戦争記録区での経験が、どのようにアーロンの内側に蓄積され、血となり力となるのか。

そんな彼の「変化の兆し」を感じていただけたら嬉しいです。


緊張と静けさのなかに潜む火花のような一節を、どうぞお楽しみください。

 選別の広間の静寂を切り裂いたのは、ゼルカの指先だった。




  ゼルカは片手を上げてひらひらと振ると、肩をすくめながら言った。




 「……まあまあ、空気が重すぎるな。よし、ちょっと“気晴らし”でもしようか。」




 そう言って彼はくるりと踵を返し、広間の奥にある重厚な扉のほうへ歩き出す。




 「ちょっと付き合ってくれない? 坊や。そう、アーデンの倅の君だよ。」




 飄々とそう言い放ち、アーロンの肩をぽんと叩いた。




 ルーアの威圧が未だ空気に残る中、ゼルカは涼しげな笑顔で歩き出す。だがその足取りは、迷いなく――あらかじめ用意された“場”へ向かうものだった。




 「おっと、緊張してる? 大丈夫大丈夫。すぐ終わるから。」




 その言葉に、不穏な安心感が混じる。アーロンは深く息を吸い、ゼルカの背を追った。




 通路を抜けた先にあったのは、石造りの広場だった。中庭とは呼びがたいその場所は、

 まるで儀式の残滓が染みついたような雰囲気を持っていた。風はなく、天井もなく、

 だが空も見えない。不思議な感覚の閉鎖空間。




 ゼルカは広場の中央で立ち止まり、地面に仕込まれていた機構を指先で撫でた。




 「よいしょっと。」




 ごとり、と小さな音。石畳がわずかに振動し、中央から“それ”が姿を現す。




 直径1メルト(≒1m)の、黒鉄の円形台座。表面には術式の刻印が走り、その縁からはかすかに冷気が立ち上っている。




 「これからゲームをしよう、ルールはいたってシンプルだよ。」




 ゼルカは台座に軽く跳び乗り、すっと片膝を立てて座した。




 「この上に座ってる俺を、どうにかしてどかしてみてよ。手段は問わない。時間は……

 そうだね、10ティア(≒10分)で。」




 その声は軽やかだが、空気が一変する。




 「もちろん、本気でかかってきてもいいよ? 俺は殺さない程度に抑えるから。」




 そう言いながら、ゼルカの口元が笑う。その背に漂う空気は、広間にいたときのものとは異なる。

 “演技”の皮が一枚、剥がれていた。




 「始めようか、アーロン。」




 合図もなく、試練が始まる。




 アーロンは台座とゼルカとの距離を測りながら、まずは静かに血流を整える。


 脈動と共に、血廟魔術が緩やかに胎動する。




 (ここで――)




 彼は右腕に意識を集中させ、術式の始動を試みる。




 《展血・双律てんけつ・そうりつ》――自身の血を両脚へと巡らせ、

 加速と跳躍の瞬発力を引き出す基本術式。




 直後、地面を蹴る。




 空気を裂く速度でアーロンが突進した瞬間、ゼルカは台座に座ったまま、指先をわずかに動かした。




 がん、と音を立ててアーロンの足元が滑った。




 (地形操作? いや、重力か?)




 ゼルカは笑っていた。




 「まだまだ、だね。」




 次の瞬間、アーロンは立て直し、術式を重ねる。




 《血刃・流動けつじん・りゅうどう》――掌から刃のように変質させた血を投擲する。




 シュッ、と音を立てて飛び交う血刃。しかし、ゼルカは動かない。代わりに、

 周囲の空気がねじれた。刃が台座に届く直前、目に見えない壁がそれを弾いた。




 (無詠唱の結界展開……?)




 「ねえ、アーロンくん。焦ってない?」




 その言葉に、アーロンはわずかに舌を噛む。




 だが、彼はここで一歩引いた。ゼルカの周囲に展開された術式を、目で、感覚で、読み解く。




約1スティルいや、約2スティル(≒数秒)ほどの沈黙。






 その間に、アーロンは手元の血を一滴舐めた。味ではない。血の“熱”を確認するためだった。




 (いける……あの技を使えば、短時間だけでも動かせるかもしれない)




 そう。あの幻夢戦争記録区で継承した、新たな魔術。




 《灰燼かいじん》――己の血を燃やすことで細胞を一時的に再生・活性化させる術。

  痛覚を越え て力を紡ぐ魔術。

  広場の壁際には、いつの間にか先ほどの五人が姿を見せていた。

 

 「ごめんなさい……少しだけ、使わせてもらいます。」




 そう呟き、アーロンは左手を口元へ。血を裂き、舌先に落とす。




 刹那、熱が全身を駆けた。筋肉が蠢き、骨が軋む。だが、その瞬発だけは彼に“もう一歩”を与える。




 アーロンは跳んだ。台座の上へと、真上から踏み込む。




 ゼルカは動かない。




 そのまま、アーロンは空中で体を回転させ、血刃を足に纏わせて叩き込む。




 ごん――と、衝撃音が広がる。




 ゼルカの身体が、わずかに傾いた。




 (届いた――!)




 だがその瞬間、ゼルカの掌がゆっくりとアーロンの首元に触れる。




 「はい、終了~」




 次の瞬間、空気が弾けた。アーロンの身体は軽く弾かれ、後方へと転倒する。




 だが、ゼルカは満足げに笑っていた。




 「うん。合格。いやー、いいねえ。“何か”を持ってる子はやっぱ違う。」




 ゼルカは立ち上がり、台座から降りた。




 「さて。次は、正式な“第一試験”だ。五人と――ひとり」




 広場の壁際には、いつの間にか先ほどの五人が姿を見せていた。

 どこから現れたのか、それは分からない。ただ、試練の行方を見届けるために“そこにいた”。


 ミレイユの姿もある。少し離れた場所から、静かにアーロンを見守っていた。

 先程まで観測者として離れていた彼女が、再び姿を現したのは――この瞬間のためだ。


 そしてその中央、全員の視線を引き寄せるようにして現れたのは――


 筆頭、ユリウスだった。


 堂々たる佇まい。声を発することなく、ただ一瞥を送る。その重みが、この場を引き締めた。




 アーロンは地面に手をつき、息を整えながら、視線を上げる。



最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。


今回は、ゼルカ=レインヴェルトというキャラクターの”一部”を少しだけ覗かせるシーンとなりました。

彼の飄々とした態度と、その裏に潜む“見えない圧”のようなもの、何か伝わるものがあれば幸いです。


また、アーロンの側にも、幻夢戦争記録区を経た「確かな成長」が芽吹き始めています。

小さな傷と揺らぎを抱えながらも、彼が次の一歩をどう踏み出すのか――

その先に待つ行方とあわせて、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。


感想や反応も、いつでもお気軽にお寄せください。

それでは次回の内容も読んでただけたら、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ