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天翳なき瞳 ――禊の旅路を歩む者――  作者: ペケ
第3章 沈黙の国の門
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選別の広間

皆さま、こんにちは。

お待たせしました。今回は、第3章の「選別の広間」をお届けします。


これまでの静かな旅路と対照的に、今章では一気に異質で濃密な空気の中へと踏み込んでいきます。

アーロンが初めて出会う“他の候補者”たち、そして、空気を塗り替えるように現れる〈六爪〉の二人——。

それぞれの人物が放つ気配、沈黙の中にある力関係、言葉よりも多くを語る「視線と気配」に、

感じて読んでいただけたら嬉しいです。


――ここから、物語の温度が、ひとつ変わります。

 門が開いたのは、しばらくしてからだった。




 結界のうねりとともに、鋼がゆっくりと軋む。命を選別する儀式のように、重く、慎重に。




 足を踏み出すと、すぐに一人の人物が現れた。全身を黒衣に包み、顔は式札のような仮面で覆われている。言葉も名乗りもなく、ただ一礼したのち、くるりと背を向ける。




 その背中を追って歩を進めると、通路は薄暗く、ところどころに淡く灯る術式灯が、封印文様を浮かび上がらせていた。壁には“視られている”ような刻印が絶え間なく走り、天井は高く、声を出せば吸い込まれそうな静寂に包まれている。




 数分の沈黙のあと、導かれた先は円形の空間だった。




 石造りの広間。中央には円形の台座。その周囲を囲むように封術灯が埋め込まれている。天井は円環状に抜けており、そこから仄かに自然光のようなものが差し込んでいた。だがそれは陽光ではなく、術式で構築された“偽光”だろう。真昼のようで、どこか夜に近い明度。




 無言の案内人が広間の縁で足を止め、アーロンへ振り返ることもなくその場を離れていく。




 「ここから先は、あなた一人よ」




 ミレイユがそう告げ、広間の入口に留まる。観測者としての役割をここで終える、そんな距離だった。




 アーロンは黙って頷き、足を踏み入れる。




 広間は無人――かと思われたが、空気は既に“整えられていた”。


 視線の重み。場の律動。結界のような沈黙。ここは、ただの部屋ではない。“選別の場”だ。




 アーロンは中央の円台から少し離れた位置に立つ。内心の緊張は、皮膚の奥から滲み出すようだった。呼吸は浅く、指先に汗がにじむ。




 そこへ、最初の足音が響いた。




 一人目が現れる。




 赤銅色の髪に、荒れた肌。左目には曇った義眼。全身に刻まれた刀傷は、まるで過去の闘争を物語るようだった。


 彼は扉の下でアーロンを見るなり、一瞬だけ目を細め、すぐに視線を逸らした。だが、その動きすら、敵意の残滓を含んでいる。




 (この男……何かが、“剥き出し”だ)




 次に入ってきたのは、まるで影そのものだった。


 長い前髪に隠れた眼差し。黒い衣服がその動きと一体化し、足音さえほとんど聞こえない。


 気配を消し、静かに壁際へと立つ。周囲を観察しているのは明白だった。




 三人目は少女だった。




 氷のような瞳。まるで何かを透かして見るような視線。


 彼女は誰も見ていないようで、誰よりも見ていた。アーロンは本能的に、目を逸らす。




 (視られている――違う、“読まれている”のか?)




 四人目の足音は重かった。


 現れたのは、巨躯を誇る青年。背中には大斧を背負い、筋肉は装甲のように張り詰めていた。


 だがその目は穏やかで、ゆっくりとした呼吸がその場の空気をわずかに安定させる。




 そして、五人目。


 薄い髪に澄んだ瞳。手元の薬瓶が静かに揺れる。


 無言で歩み、壁の隅に座る。その仕草さえ、毒のように静かだった。




 全員が出揃った。だが、言葉はない。


 円形の広間に、六人の若者がただ“在る”。




 ――その沈黙を破ったのは、異質な「音」だった。


 


 軽快すぎる足音。


 


 場違いなほど明るく、リズムさえあるその足音は、誰の呼吸とも調和せず、結界の律動を乱した。


 そして、続く声はまるで嘲笑うように響いた。


 


 「おーおー、重たい空気〜。第一印象で全滅じゃないこれ?」


 


 ゆらり、と現れたのは一人の男だった。

 ゼルカ=レインヴェルト。


 


 手をひらひらと振りながら歩いてくるその姿は、まるで戦場を遊戯の場と

 勘違いしているかのように軽やかで、堂々としていた。


 だが――空気が反応する。


 


 彼が数歩進むごとに、空気の粒子が軋む。

 温度が一瞬下がり、周囲の術式灯がかすかに揺れる。


 


 見た目に反して、異様な静けさを連れてくる男。


 笑っているのに、何も許していない。

 口調は砕けているのに、誰一人として、彼に背を向けられない。


 


 「んー、揃ってる揃ってる。いや、俺は数に入らないって? ……ま、そうかもね。」


 


 ゼルカは、広間の円の端に設けられた低い段差に腰を下ろし、無造作に足を組んだ。


 だがその仕草さえ、緊張を崩すための“演技”にしか見えない。


 


 「ほーん、なるほどね。血まみれ、影、読心、山、毒……で、アーデンのところの倅かな。」


 


 アーロンをちらりと見やる。その目に浮かぶのは、悪戯のような光――だがその奥底には、

 深海のような静寂と“既知”があった。


 


 (……なぜだ。初対面のはずなのに――この感覚)


 


 まるで、心の奥に仕掛けられた「過去の鍵」を、すでに彼が握っているかのようだった。




 彼は肩をすくめて、円の端に設けられた低い段差に腰をかけた。




 「ま、今日は顔合わせってやつ。命の取り合いはまた今度。安心していいよ。……たぶん。」




 彼の目が、ちらりとアーロンに向く。その視線に、アーロンの心がざわめいた。




 (初めて見る顔……なのに、この感覚……)




 目の奥をのぞかれるような――そう、以前どこかで“気づかれた”ような感覚だった。




 その違和感を抱えたまま、アーロンは視線を逸らさず、静かに息をついた。




 そのとき、空気が変わった。




 扉は開いていない。誰の足音も聞こえない。それなのに、明らかに“何か”が満ち始めていた。




 鉄を煮詰めたような血の匂いが、空間に広がる。


 それは幻覚ではなく、広間の隅――そこに、既に“彼女”がいた。




 ルーア=トレン。血輪派。六爪のひとり。




 深紅の衣に包まれ、顔を半ば隠すその女は、静かに佇んでいた。


 だが、その存在が広間を支配する。術式を用いることなく、血の圧だけで空気をねじ曲げる。




 「五人とひとつ。壊すには、ちょうどいい数。」




 甘く響くその声に、誰もが声を失った。




 ゼルカだけが口笛を吹いた。




 「おーおー、出たね。紅泡のルーア嬢。加減しとけよ? せっかくの新人だ。」




 だが、ルーアは微笑むだけだった。




 ――この静寂の先に、選別が始まる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


それぞれのキャラクターには、まだ語られていない背景や矛盾、そして“揺らぎ”が隠れています。

彼らがこれからどのように交差していくのか、そしてアーロンがこの中でどんな選択をするのか……

その始まりとして、このSceneが少しでも印象に残っていたら嬉しいです。


もしよろしければ、感想・考察など、どんな些細なことでも構いませんので、

お気軽にお聞かせください。


次回は、いよいよ“選別”が動き出します。

どうぞ引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。


それでは、また、お会いできましたら幸いです。

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