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第三章

第三章


「ハーイ!」

 麗佳の声が響くと、左側のマークと書かれた建物の中からオレンジ色の円盤のようなクレーが飛び出した。麗佳は銃で追いかけ引き金を引く。

 ドン!

 銃声が轟く。肩に蹴飛ばされるような反動が来た。その途端、クレーは砕け散り空中に(はな)が咲いた。続いて飛んできた右からのクレーを銃で追いかけ引き金を引く。

 ドン!

 再び空中に華が咲いた。ラッチレバーを右にして銃身を折ると白い煙の糸を引きながら青い薬莢が飛び出した。空中で掴み、籠に放り込む。

スコアボードを見ると、いまのところ、全てのクレーに命中していた。

 この調子なら満射もいけるかも、と思って弾を込めた。

「ハーイ」

 右側から飛んできたクレーは一瞬で砕け散り、続いて左側から飛んできたクレーも木端微塵になった。

 また銃身を折り、飛び出してきた薬莢を掴み籠に捨てる。

 いい調子。イケる。今日は絶対に、と思いながら麗佳は銃を構えた。

 

 だが八番射台で最後の一枚を撃ち損ねて満射を逃してしまった。麗佳はクラブハウスに入り銃を置くと、額の汗をタオルで拭った。

「残念だね」白髪が目立つ中年紳士が声をかけた。

「うん、最後で外した」汗を拭い麗佳は椅子に座った。

「満射は難しいよ。ゴルフのホールインワンみたいなものだ」

 紳士も腰を下ろす。

「麗佳。先生はどんな人だ?」

 麗佳は困惑した表情を浮かべた。

「いい先生よ」

 微かに顔を赤らめたのを紳士は見逃さなかった。

「フフフ、気があるのか? パパに紹介してくれるのか?」

「もう、パパったら。今日はこれからどうするの?」

「そうだな、今日は二ラウンドくらいで終わりにして、今日はママの命日だからお供えにケーキを買って帰るか」

 麗佳は、うなずいた。

「うん、それにしても早いね。ママが亡くなってから」

 麗佳の父は遠くを見つめた。

「ああ。もう十五年が過ぎたのか。思えないね」父はそう言うとガンラックから銃を取り出した。

「ちょっと撃って来るよ、麗佳もパパと行くか?」

「ううん、ここで休んでる」

 父は寂しそうな表情を浮かべたが「ああ」と言って外に出て行った。

 しばらくして銃声が聞こえてきた。父が射撃を始めたようだ。麗佳は紅茶を飲みながら考え事をしていた。


 父の勧めで射撃を始めて五年になる。

 クレー射撃とは散弾銃でクレーと呼ばれる円盤を撃つ競技でトラップとスキートの二種類がある。トラップは足元から飛び出すクレーを撃つが、スキートは前方にある左右の建物から飛び出すクレーを撃つ競技である。トラップに比べクレーの飛び方や狙い方も複雑で難易度が高い。

 だが麗佳はこの競技が好きだった。父もスキートが好きだが父は狩猟もやる。秋になると地方に愛用の銃を持って出かけていく。主に北海道だ。麗佳も誘われたが行った事はない。生き物を殺すのが嫌だったからだ。

 こうして射撃場で銃を撃っていると日本にいる気がしなかった。子供の頃、家族で出かけた海外旅行で生まれて初めて銃を撃った。父と喜んで射撃に興じていると「女の子なのに……」と、母が眉をひそめたものだ。その母も十五年前に癌で他界した。今の麗佳を見たら、何と言うだろうか?

 そう思って紅茶を飲んでいる。父のスコアはどうだろうか? そう思った時、この前の新井とのドライブを思い出した。

 やがて銃声が止んだ。終わったようだ。

「終わったぞ」父が、ドアを開けて入って来た。

「二十枚ぐらい?」

「ああ、そんなところだ。歳もあるからな」

 スキートは一ラウンド二十五枚のクレーを撃つ。二十枚も当てるのは難しい。若い頃に国体に出た事もある父にとっては普通の事だが初心者は数枚しか当たらない事もある。

「撃って来るね」

 麗佳はそう言って銃を掴んだ。女でありながら、銃が昔から好きだった。父の影響だろう。

麗佳はクラブハウスを出た。

 

 二時間後。父のメルセデスベンツの後部座席で風景を眺める。父は隣で寝入っていた。

山田が運転していた。山田は麗佳が幼い頃から雇っており、既に還暦を過ぎている。寡黙で目立たない男だが父が気に入り、ずっと専属運転手として雇っていた。

「お嬢様、社長もお疲れのようですね」

 山田がミラー越しに話しかけてきた。

「ええ山田さん。疲れたみたいね。やっぱり歳かな」山田は車線変更をしながらミラー越しに麗佳の目をみた。

「社長も、毎日大変ですからね。本当は今日も取引先のゴルフコンペに行かれる予定でしたが、先方の都合で急遽取りやめになりまして」

「そうだったの」

 父はその事は一言も言っていなかった。

 昨夜、急に思いついたように「明日は射撃に行くか?」と麗佳を誘ったのだ。

 父は土日も仕事や取引先とのつき合いで忙しく、麗佳は幼い頃、あまり遊びに連れて行ってもらった記憶がない。まだ若く仕事に夢中になっていた父にとって、家族サービスは二の次だったのだろう。だが麗佳が十歳の時に母が亡くなってから、父は麗佳と少しでも一緒に過ごそうとしたようだ。一人娘の麗佳は父に大切に育てられた。

 大学進学し都内で一人暮らしを始めた時は「ちゃんと食事をしているか」「ちゃんと通っているか」「変な男に付きまとわれたりしていないか」など、毎日電話してきた。鬱陶しく感じ、早目に電話を切ったものだ。四年生の時、看護学校に進学したいと言ったが父は自分の会社で働けと反対した。しかし麗佳が強く進学を希望したので父は折れた。

 だが父は、その代り実家で同居するようにと条件を付けた。麗佳はそのため実家に戻った。よほど心配だったと見える。

看護学校で三年学び、新井クリニックに就職したが、父は結婚するまでは一人暮らしは許さないと言ったので同居している。

もう、心配性なんだから、と寝ている父に心の中でつぶやいた。

「山田さん、あとどれぐらいで着く?」

「あと一時間ぐらいです」

 父の寝息を聞きながら、麗佳もそっと瞳を閉じた。

 


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