夢と鏡面
勢いで書きました。国語の教科書みたいなのを目指しました。
6月23日、初めてきた町はずれに見覚えのあるカフェがあった。南国風で海みたいな匂いのするカフェだ。数年前夢でみて、なぜかわからないがその光景を強烈に覚えているカフェが目の前にあった。懐かしさを感じるような不思議な落ち着きのあるカフェ。瑠璃はこのカフェに入って一休みすることに決めた。
「いらっしゃいませー。」
女性店員の声。中は涼しくほかに客もいないようで貸し切り状態だ。よく見るとぬいぐるみが置いてあった。鏡の隣に置いてあるものと同じで、親近感を覚える。席は自由なようなので奥の方の二人席を選んだ。机にはなにも、メニューも置いていない。
「お冷です。」
「あの、メニューをもらえますか?」
近くに来た店員に聞いてみるが店員は困った顔をする。
「うちにメニューはないんです。お客様はこのお店は初めてですか?」
「・・・そうです。もしかして一見さんお断りのお店だったりしますか?」
ふらふらと導かれるまま入ったためほとんど何も確認していなかった。もしかすると外の看板に何か書いてあったのかと少し焦る。
「心配いりませんよ。初めてのお客様も大歓迎です。ただ、少し他のカフェとは勝手が違いまして。」
「何が違うんですか?」
「うちではお客様はメニューを決められないんです。お客様から少し話を聞いてそのうえで商品を提供しています。おだいは一律千円とさせていただいています。」
変わった仕組みだなと思った。千円となると何が来るかわからないのに千円は少し高く思えた。しかし、きれいな外観や内装、何より夢で見たという何やら運命めいたものを感じていたので少し悩んだが払うことを決めた。
「わかりました。それでいいのでぜひお願いします。」
「それでは質問させていただきます。最近困っていることがありませんか?学校の友達に関してです。」
「えっ、うーん、まあ確かに困ってると言えば困ってることはあります。」
「友達と少し疎遠気味になってきていませんか?同じクラスで一年前はよくしゃべっていたけど最近はどうにも馬が合わない、といった感じですか?」
「ええ、まあそうです。・・・あのこれ注文に関係するんですか?」
食べ物や飲み物とあまりに関係のない内容ばかり、さらには自身の心の内側をまさぐられているような下世話な質問ばかりで内心気分が悪かった。
「もちろんです。うちでは飲み物や食べ物だけでなくここを出た後も幸せでいられるような特別な体験を目差して商品を用意させていただいています。そのためには必要な質問なのです。」
淡々とした口調で答える。
「最後の質問です。また仲良くなりたいと思いますか?」
「まあ、はい。できることなら。」
突き返すようにではあるが一応正直に話す。店員は少し考えた後、わかりましたと言い裏手のキッチンに向かっていく。一体何だったんだと瑠璃は頭を悩ましていた。
彼女は高校三年生。自分もまわりも大学の受験勉強を始めていた。当然時間のほとんどを勉強に使っており話題のテレビや曲、アニメや芸能ニュースなどを拾う暇がない。普段はそういう物事ばかりを話していた瑠璃にとってこの変化は話がなくなるのと同義だった。自然に友達と話すことは減っていきたまにあった時には決まって進路の話をする。瑠璃はこれを窮屈に思っていた。真面目な話は正直なところ面白くない。はやりのアイドルが出たテレビの話をしていたあの頃が好きだった。友達と話すことを楽しいと思えていないことがばれたくなくて少しずつ友達を避けるようになっていた。そして最近このことを悩みとして自覚し始めていた。店員にされた質問には驚きっぱなしだった。自分でも最近気づいたことでまだ誰にも打ち明けていないことを言い当てられる。かっこつけて歩いてたのに鏡を見たら口の横に昼ご飯で食べたスパゲッティのソースがついたままだった、そんな感じがした。
しばらくして店員が戻ってきた。手には緑の飲み物を持っている。一体何だろう、質問ありきで千円で来る飲み物に期待を寄せる。
「お待たせいたしました。緑茶です。」
想像と違った。えっ、緑茶?お高めのコーヒーとかかわいいラテとかじゃないんだ、珍しいと少し思った。
「あのこれちょっといいお茶だったりするんですか?」
「いいえ、自販機にも売っているものですよ。500mlで160円のものです。」
「それで千円は詐欺じゃん!」
流石に高いと思ってしまった。飲み物の違いが分かるわけではないが千円払って飲むものではないということだけはわかった。なんでこんなに高いんだろうと疑問に思っているとそれにこたえるように店員がしゃべりだした。
「これが出てきた理由はいたって簡単です。それはお客様の家の隣にある自販機で売っているからです。」
強い恐怖があった。家の話も家の隣に自販機があるという話もしていない。なのになんでこの店員は知っているんだ。
「それは簡単なことです。お客様の直近の出来事からメニューを決めているからです。」
喋っていないのに会話が成立した。何かおかしい。このお店から逃げ出さなくてはならない。扉へ走る。
「ありがとうございましたー。」
お金を払っていないのになぜかご機嫌の店員。異様な空気ではあるがそんなことにかまっている場合ではない。扉を開け外へ出る。その瞬間、目が覚めた。そこはベットの中だった。今までの出来事は夢だったのだ。まだ日も登りかけの朝方、家の隣の公園でセミがけたたましく鳴いていた。
瑠璃は学校に行きクラスの友達に夢のことを話した。みんなしてその話を面白そうに聞いてくれた。その日は今までに見た夢の話で盛り上がっていた。それは今までよりもずっと楽しくって、くだらなくって、望んでいたものが叶ったような気がした。
国語の教科書は授業で扱わない内容が好きです。何も覚えてないけど。