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99. 楽しい(?)旅路

 「ひとりで行くと思っていましたよ」


 「一人で行かせる訳無いでしょう……!一人だと何をしでかすか分からないじゃないですか‼」


 エリオットに噛みつかれ、フェリシテはしれっと耳を塞いだ。



 ヒューイットと参加したお茶会からとんぼ返りで戻った翌日、故郷へ帰るガラス工房で働いていた流民の方々を見送った直後、フェリシテは今度はエリオットと共にゲインズ領へ向かう馬車に揺られていた。

 とんでもないハードスケジュールだが、ゲインズ領の領主へ是非訪問したいので日時を調整したいと手紙を書いたら、もうすぐ小麦の収穫時期になるのでその前に来て欲しいと返答があったのだ。


 往復8日間の旅路だが、もちろんエリオットと二人きりではなくロビンが一緒だ。

 ロビンは屋敷の下働きの9歳になる少年だが、ポカンとしながら大人しく二人の口論を聞いている。

 何故ロビンを連れて来たかと言うと、先日エリオットが屋敷を訪問した際にロビンと話してその賢さに気付いて見込まれたらしい。

 

 ヒューイットの側近は全員貴族だが、単に平民が学校へ行かないため文字が書けなかったり算数ができないだけで身分による制限はないらしく、仕事が出来そうなら使用人でなく文官に育てたい様だ。


 フェリシテもロビンの能力については知らない話だったので驚いたが、ロビンにとっては良い話だ。

 使用人から文官になんて、そうなれるものでは無い。

 デビッドを見て短時間でも通える学校を作りたいと思っていたが、問題が山積みで手を出せないでいたのでロビンだけでも支援できれば嬉しい。


 それに護衛が2名つくとは言え、フェリシテがエリオットと二人きりはマズい。ロビンなら道中の癒しにもなるし、お伴として最適でもあった。

 


「……ガブリエルは『田舎なんでしょ?お肌が乾燥で荒れるから嫌!』と言って断るし、ローレンスは貴方が紹介した栄養学のアレッキ博士の手紙を読んで大爆笑して壊血病治療調査の責任者になるしで、私が来るしかなかったんです。よろしいですか、私が来たからには必ず成果を上げて帰りますよ」


 キリッと切れ長の眼をつり上げたエリオットは、大変に気合が入っている。


「一番に確保したいのは小麦です。品質によっては高値になるかもしれませんが、やむを得ません。それと野菜――まあ、正直言って北部からの輸入が滞っている今、食料品は何でも欲しい所です。足元を見られて吹っ掛けられない様に気を付けなければ」


 フェリシテはシンクレア博士の友人の領主なのでそんな心配はしていないのだが、エリオットは楽観視していないらしかった。


「私は布や綿が欲しいです。ラザフォードの冬は寒いと聞いたので、布団を配給したいですね」

「布団⁈」


 目を丸くしたエリオットがまじまじとフェリシテの顔を眺める。


「毛布一枚で震えて眠る領民もいると聞きましたよ。冬の夜でも暖かいように布団を作りたいんです」


 食糧配給でいっぱいいっぱいな現状だったが、確かに布団も必要かもしれない。

 エリオットが予算内で購入できるか考えていると、フェリシテは「大丈夫ですよ!」と自信満々で胸を張った。


「国から臨時収入が入りましたから、ぱーっと使いましょう!」

「ぱーっと、じゃありません!それは貴方が貰ったお金ですよ⁈」


 普通は自分の為に使うだろうと突っ込むと、フェリシテはふっ、とニヒルに微笑んだ。


「ご心配なく。ミョウバン水の収益は上々、ローゼル商会を介して販売したデマンドイトガーネットが驚異の高値で取引されて、今や私はお金持ちです。領民とヒューイット様の笑顔の為に喜んで貢ぎますとも……!」


 どこの世界に夫に貢ぐ妻がいるのだ。

 いや、領民にとっては有難い事だが、男前が過ぎる。

 元々変わった令嬢だと思っていたが、これほどまでとは……とエリオットは嘆かわしそうに頭を振った。

 しかもフェリシテのセリフの意味が分かっているのかロビンが目を泳がせており、何となくこれは教育上マズいとエリオットは冷や汗を垂らす。


「ロビン、窓の外にアヒルがいますよ!犬と羊もいます。可愛いですね!」


 とっさに窓の外へ視線を誘導して話を逸らしたのだが、「かわ……」と言いかけて言葉が途切れる。


「――あれはアヒルでなくガチョウですね。犬はいかついボルドーマスティフ」


 フェリシテが冷静に指摘する。

 アヒルとガチョウの区別がつかない上に、ガチムチの筋肉のついた逞しい犬がこっちを半眼で見ている。しかも羊は毛刈りが終わった直後らしく、つるつるのお肌を晒してだらしなくでろーんと地面に寝そべっているという、とても可愛いとは思えない状況であった。


「成程、あれがエリオットの可愛いと思うものなんですね。なかなかに渋い」


 頼むから、真に受けずに疑問を持って欲しい。

 真顔でフェリシテに頷かれ、エリオットは頭を抱えたくなった。


「わあ、本当だ……!何だか羊さんは本で見たのと違うみたいですね。あの犬さんも牛乳屋さんちのポポとは全然違う……!」


 無邪気に目を輝かせて馬車の窓に張り付いたロビンが、はしゃいだ声を上げる。

 救いがたい気まずい車内に舞い降りた天使の様な純粋さである。

 思わずほっこりしながらエリオットは、ロビンを連れて来て正解だったとしみじみ思った。


「ロビンはそう言えば屋敷の外にほとんど出た事が無いんですよね?」


 フェリシテが言うと、ロビンは大きく頷く。


 ロビンはもともと屋敷に勤めていた使用人の子供で、5歳の時に両親が亡くなり屋敷に引き取られたのだ。それから雑用をしてずっと屋敷内で暮らしていたので、ほとんど外界を知らないのだ。

 


 


 





 


 


 

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