98. オークション
「混乱を生むから、フェリシテ嬢は黙っててくれない⁈」
「はい」
オークション用に整えられたホールに到着したフェリシテは、全体が見渡せる後方の席に座ってガブリエルに詰められていた。
美人が怒ると迫力があって大層怖いので、フェリシテは大人しく従う。
「……まあ、フェリシテ嬢に悪気が無いのは分かっているのだから、もう良いだろう」
助け舟を出したヒューイットだが、肩が震えているのをガブリエルに見咎められる。
「…………ヒューイット様、笑ってますよね?」
「す、済まない。令嬢方のポカンとした顔を見たら笑いが止まらなくて――」
ジロリと睨んだガブリエルに、ヒューイットは笑っているのを認めた。
いつも令嬢達から熱い視線を向けられるのだが、あれには本当に慣れなくて、トラブルに発展する事もあるからか、令嬢達と会うといつも疲れた気分になるのだ。
フェリシテは常に予想外の事をしでかすのだが、何だかんだでヒューイットの悩みを軽くしてくれる。今回は尾ひれがついて妙な噂になるかもしれないが、夫婦仲が良いと思われるなら許容範囲内だとヒューイットは思った。
苦虫をかみつぶしたような顔をしていたガブリエルだったが、ヒューイットが良いならいいか、と気を取り直して会場を見渡す。
「……それにしても混雑していますね。普段オークションに興味がなさそうな若い男女がやたら多い気がする」
不思議そうに首を傾げたガブリエルだったが、3人は気付いていなかった。
――先程のミレーヌ嬢との遣り取りを、周囲のテーブルに居た令嬢達が耳を大きくして聞いていた事を。
*
「――――それでは、これよりオークションを開始します!」
会場内で一段高い場所にあるステージで競売人が合図をし、ついにオークションが始まった。
会場は満員で熱気に包まれており、最初の競売品が壇上でお披露目され、人々にどよめきが走る。
オークションの栄えあるエントリーナンバー1番は王族代表で、国王陛下が若い頃に名のある匠に作らせた護身用の短剣だった。
王は剣のコレクターであり、非常事態に備えて常に懐に短剣を忍ばせている。
これは数本ある王の所有物の一つで、よく手入れされた刀身は鏡の様に輝きを放ち、柄は軍神のシンボルである月桂樹が彫り込まれ炎を表す大粒のルビーが象嵌されている。
剣を作ったのが有名な匠だと言う事もあり、500万ディールという高額のスタート価格にも拘わらず、どんどん値がつり上がって会場を沸かせた。
最終的に南の辺境伯が競り落としたのだが、その価格は何と、2400万ディール。
陛下の所有物というプレミアがついて、陛下が購入した600万ディール以上の4倍の価格にまで跳ね上がったのだった。
「……うーん、これは出品前にヒューイット様につけていてもらったほうがプレミアがついて儲かったんじゃ……」
「そんな事をしたら、間違いなく僕が購入する。いや、エリックとローレンスも参戦して三つ巴になるから止めて」
ブツブツ呟くフェリシテに、ガブリエルが冷静に突っ込む。
それに目を丸くしてフェリシテは口を開いた。
「毎日ヒューイット様と顔を合わせてるんですから、触れ合う機会の無い令嬢達に譲る優しさは無いんですか?」
「無い。いやむしろ、そんな赤の他人の手に渡るより、ヒューイット様の片腕たる僕が所有する方が相応しいと思わない?」
「さあ……残念ながらヒューイット様が触れたとはいえ、物体にそこまで入れ込めないもので、その情熱は分かりかねますね」
「……その表現、引っ掛かるんだけど。まるで僕が物体に執着してるみたいじゃない。変態みたいに言わないでくれる?」
延々と続きそうな会話を、ヒューイットが「分かったから、一旦、口を閉じようか」と、ゲッソリして額を押さえ遮る。
こうなると、フェリシテが一番まともに見えて来るのは何故だ。
有能な部下達が、時々奇行に走る事を憂慮しているヒューイットである。
3人共、恋人がいないのが原因かもしれない。良い条件の令嬢が居たら誰か紹介した方が良いかもしれない――――
ガブリエルたちには余計なお世話な事を考えていたヒューイットは、いつの間にか自分達がエントリーしたアメジストのブローチが競売にかけられる番が来たのに気付いた。
「あ、ついに来ましたね。スタート価格は40万ディールにしたんですが、どこまで上がるかなー」
ブローチ一つで40万ディール……⁈
フェリシテの呑気な独り言に、ヒューイットとガブリエルは凍り付いた。
ヒューイットが貰ったのはクラバットピンとブローチ、カフスのパリュール(三点セット)である。
だとすると、やはり100万ディールはくだらない高額プレゼントだったに違いない。
どうしようか、今更だがフェリシテにも何かジュエリーをプレゼントをした方が良いのではないだろうか……と、ヒューイットは悩んだ。
その間にも競売は進んで行く。
「さて、次はラザフォード伯爵家からの競売品です。世にも珍しい、アステリスク効果(星上の光彩)が見られるスターアメジストのブローチ!BNWT(新品)で48カラットのカボッションカットのアメジストを14金カンティーユ(レース状の装飾)が縁取り、メレダイヤ(小粒ダイヤ)が散りばめてあります。
男女ともに身に着けやすいスタンダードなデザインですね。さあ、スタート価格は40万ディールから……!では行きます。ビット!」
競売人の掛け声とともにハンマーが打ち下ろされると、たちまち会場内に落札希望額を叫ぶ声が溢れかえった。
「50!」
「65‼」
「82……!」
「95‼」
気合の入った若い令嬢達のバトルかと思いきや、何と若い令息達も参戦して会場が入り乱れる。
鬼気迫る勢いのミレーヌ嬢と似たり寄ったりの熱意で暑苦しい炎を背負った令息に思わず目が吸い寄せられたが、あれはいったい誰だろうかとフェリシテは首を捻った。
100、118、230、260……と、とんでもないスピードで競り上がって行く価格に唖然としていたヒューイットは、あっと言う間に5倍を超え、どんどん脱落していく人々を振り落としてデッドヒートを繰り広げる人の中に、見知った顔がいるのに仰天した。
学生時代に共に騎士団で修練していた、後輩のエミリオ・ローデリヒである。
ローデリヒ侯爵家の次男で、現在は王宮の近衛騎士をしているはず。
近衛騎士に選ばれるだけあって、顔も腕も良く、ヒューイットを慕ってくれていた人物だった。
よく見ると、ミレーヌ嬢といい勝負を繰り広げている令息達に見覚えがある。
全員、騎士団で一緒だった人物ばかりではなかろうか。
「うおおお、ヒューイット様とお揃いのブローチを手に入れる為ならこの命、惜しくねえ……!」
「キャー!ヒューイット様とお揃いなんて貴重過ぎ!絶対手に入れなきゃ!」
「ちょっと、セバスチャン!お小遣い全額つぎ込むわよ……‼」
「お、お嬢様、それだけはご容赦くださいっ、旦那様に叱られます……!」
いや、近衛なんだから王の為に散れよ、と突っ込みたくなる理解し難い雄叫びが会場内に暑苦しく響き、それに対する令嬢達は黄色い声で歓声を上げる。さらにはお付きの爺やの嘆きの声も合い混じって会場内はカオスであった。
「ヒューイット様、男女問わずおモテになられるとは流石ですね」
感心したように真顔で頷くフェリシテに、うっ、とヒューイットがダメージを喰らう。
からかわれるより、真面目に言われると妙に効く。
……慕われるのは嬉しいが、何か違うのではないか?
今日は令嬢達だけでなく令息達も野獣みたいで怖い。
「……これは凄い……!ハンマープライスは420万ディール‼何と約10倍です……!」
小さなブローチ一つでこの値段。何と言うプレミアだと、これには競売人もビックリである。
――結局、ブローチを手にしたのは、セバスチャンを泣かせたミレーヌ嬢では無くエミリオで、地味に精神を削られたヒューイットは、二度とオークションに品物を出品するまいと内心で硬く誓ったのだった。




