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97. 

「ですからヒューイット様が選ぶ側なのですよ。私達がいくら足掻こうとも、ヒューイット様に選んでもらえるとは限りません」


 フェリシテは浮気した妹の代わりなので、ヒューイットに選ばれた訳では無い。

 それに先程の曇ったヒューイットの表情からも、ミレーヌ嬢達が選ばれる事は無いだろうと思われた。

 ついでに侯爵令嬢であるミレーヌ嬢を、彼女の両親が格下の伯爵家へ嫁入りさせる訳が無い。

 そこらへんは高位貴族はよりシビアで、確かミレーヌ嬢には隣国に留学中の同じ侯爵家の婚約者がいたはずだった。


 フェリシテの言葉に反論できずにミレーヌ嬢がぐっと詰まる。



「ところでミレーヌ様はヒューイット様のどこが好きなんですか?」


 唐突に興味津々でフェリシテが尋ね、スープを飲んでいたミレーヌ嬢と取り巻きの令嬢達が吹きそうになる。慌ててハンカチで口元を押さえたミレーヌ嬢は、いきなり予想外の質問をし出したフェリシテの自由さに引きつつ、ぷいっとつれなくそっぽを向いた。


「――貴方と馴れ合う気はありませんことよ!」


 何故、ライバルとヒューイットについて話さなければならないのだ。

 一向に楽しくない不毛な会話になるだけではないかと、ミレーヌは憤慨していたのだが、フェリシテは全く気にしていない様子で「そうですか」と頷き、身も蓋もない事をズバリ口にした。


 「私は”顔”ですね。あんなに美しい方は見た事がありませんよ。ヒューイット様を見ただけで寿命が延びます」


「あっ、貴方、ヒューイット様を外見だけで評価しているの⁈酷い人ね!」


 ミレーヌ嬢がカチンときた様子で反論し、周囲の令嬢からも「不届きですわ!」等とブーイングが上がる。


「えっ?ヒューイット様の美しさは全世界人類共通で周知の事実だと思ってましたが、そうじゃないんですか?」


 真顔で返して来るフェリシテに「……い、いえ、あの、それは同意はしますけれどもっ」とミレーヌ嬢達はたじろいだ。

 ヒューイットは真面目で婚約者を大切にしていたので、ミレーヌ嬢達は挨拶以外で碌に言葉を交わした事が無い。

 遠巻きにして「素敵ねえ」と鑑賞するだけなのだが、顔だけが目的で好きなのかと言われると何となくやましい気がしてしまってフェリシテを非難したが、実は好きな所の90%位が顔だったりする。


「ですよね。皆さんもヒューイット様のお顔が好きですよね!」


 曇りなき眼で言い放つフェリシテに押され「……え、ええ……!もちろんですわよ!」と顔を赤くして、ほぼヤケクソ気味にミレーヌ嬢達はついに認めた。


 何となく、給仕達の無言の視線が笑いを堪えている様で屈辱的である。

 嫌がらせをしてやろうと思っていたのに、むしろ返り討ちにされていないだろうか?

 歯が立たずに悔しがっていると


「……何の話をしているんだ?」


 とミレーヌ嬢の背後から、呆れた様なテノールの良い声がその場に響き渡る。

 ドキッとしたミレーヌ嬢達が振り返ると、そこに居たのはガブリエルと連れ立った噂の渦中のヒューイットが腕を組んで立っていた。


 キャア!とテーブルを囲む令嬢達から歓声が上がり、ミレーヌ嬢も目をハートにして感激する。

 何故ここに?と思っていると、すでにランチの時間は終了していたらしく席を立った人々が移動している所だった。

 

「あ、もうオークション会場へ移動ですか?」


 ほとんど食事できなかったフェリシテが、残念そうに椅子から立ち上がる。いつもは王宮料理の新作を楽しんでいたのだが、仕方無い。


「良い席に座りたいから、早く行こうと思って。出品者のエントリーも始まってるらしいよ」


 ガブリエルが答えると、取り巻きの令嬢達が頬を赤らめて声を上げた。


「も、もしかしてオークションに参加されるんですか⁈」

「出品って、何を出されるんですか?」


 ガブリエルやヒューイットの出品した物なら手に入れなければ!と令嬢達が盛り上がって色めき出す。


「そう。出品するのはヒューイット様がつけてるアメジストのブローチとデザイン違いのジュエリーだね」


「えっ⁈ヒューイット様とデザイン違いでお揃いになるんですか⁉」


 ガブリエルに言われて、一斉にヒューイットの襟につけているブローチに視線が集まる。

 そこにあるのは十字架を模した5個のアメジストにサファイアをあしらった繊細なデザインのブローチだった。

 透明感のある夜明けの一瞬を切り取った様な紫色に金色の光彩が煌めく不思議なアメジストは、クールな雰囲気を持つヒューイットをさらに神秘的に際立たせ、震えがくるほど美しい。


 ガブリエルのつけているデマンドイトガーネットの方も出品したかったが、流石に幻の宝石が出たら大騒動になりそうで止めた。


 今日、出品するにあたって少しでも高額になる様にとアメジストのブローチをヒューイットにつけてもらったのだが効果は抜群で、たちまち令嬢達の目の色が変わって前のめりになる。


「わ、私もオークションに参加しますわ、バイヤー(購入者)として……!」

「なっ……⁈」


 ミレーヌ嬢を差し置いて抜け駆けした令嬢ひとりがすかさず挙手すると、

「私も……!」「私も参加しますのよ!」と目を剝くミレーヌ嬢そっちのけで取り巻き令嬢全員が手を挙げた。


 ――女性達の結束とは脆いものである。


「あ、貴方たち……!」と絶句した後、ミレーヌ嬢がクッと唇を噛んでいたのだが、ふとフェリシテのドレスの胸元にもアメジストのブローチがつけてあるのを目敏く見付けた。


「……あら?貴方も同じアメジストのブローチをつけていますわね。もしかして、ヒューイット様とお揃いの贈り物ではありませんの⁈」


 何て羨ましい!と悔しがりながら指摘すると、ヒューイットとガブリエルが「あっ」と動揺して顔を見合わせた。


 フェリシテのブローチはリボンガーランドのデザインで、リボンを結んだ蔓植物を模したプラチナに32カラットの雫型カボションカットのスターアメジストをあしらってある。

 ヒューイットとデザインは違うし、お揃いと言えるほどではないが、同じアメジストを使っているのは確かだ。


「まあ、本当ですわ……!」


 手の込んだ見事な細工に溜息が漏れると同時に、嫉妬と羨望の眼差しがフェリシテに集まる。

 高額な宝石の贈り物は男性の寵愛の深さを物語るバロメーターと言っていい。

 スターが出ているアメジストは初めて見たが、高級品を見慣れている令嬢たちの目にもブローチはいかにも質が良く高額そうに見えた。


 令嬢達には意外だったが、ヒューイットはフェリシテの事を実は好いているのかもしれない――――ちょっと、いや、相当意外で複雑だが――と、令嬢達が地味に敗北感を味わって凹んでいた時。


 「いえ、これは贈り物ではないのですよ」と、即座にきっぱりフェリシテが否定した。


「そ、そうですの?」

「まあ……そうですわよね、ヒューイット様がまさか貴方を……いえ、失礼、何でもありませんわ!」


 ヒューイット様が、こんな変わった令嬢を好きになるなんて有り得ないわよね!と、一気に気が晴れて顔を希望で輝かせた令嬢達は笑顔で浮上したのだが。



「――これは私からヒューイット様への贈り物なのです」


 フェリシテが口を開き、「エッ⁈」と令嬢達は耳を疑い固まった。


 男性から高額な贈り物をされるのはよくある事だが、女性が男性へ高額な贈り物をするとは聞いた事が無い。

 どう反応して良いか混乱する令嬢達に、フェリシテはふっ、と男前な微笑を見せた。


「このブローチなどより、ヒューイット様の方が何倍もお綺麗なのですが、私の愛の証をブローチに託したのですよ……!ヒューイット様の天空の澄んだ空のごとき麗しい瞳。百合を思わせる白磁の肌に妖精の紡ぐ白金の朝露の糸の様な艶やかな髪!神々のかき鳴らすハープのごとき響きを持つ甘美な声……!稀にしか見せてもらえないこの世の奇跡であるはにかんだ微笑!ヒューイット様の虜となった私にとって、お金よりもヒューイット様の存在そのものが価値があるのです……!ふぐっ」


 次の瞬間、高らかにヒューイットへの愛を謳い上げようとするフェリシテの口が、ヒューイットとガブリエルの手によって素早く封じられる。


 既に漏れ出したトンデモセリフは回収できないため、唖然とする令嬢達に愛想笑いを残してフェリシテを強制連行したのだが――――



 ……ヒューイットとガブリエルの努力虚しく、翌週からヒューイットは妻から貢がれるほどに愛されているらしいと言う妙な噂が立ったのは言うまでも無い。


 同時に「私達にはヒューイット様に貢ぐほどの甲斐性は無いわ――」と黄昏れ、悔しがるヒューイットファンが続出し、負けを認めた令嬢達が「私たち以上にヒューイット様を幸せにしてあげて下さい!」と涙を呑んでフェリシテにヒューイットの幸せを託し、何故か美談として語り草になった。


 



 


 






 


 

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