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「皆様、これはヒューイット様の隣に並ぶための戦いですのよ⁈お化粧品に釣られてどうなさいますの!」
ミレーヌ嬢が声を張り上げてから「あっ」と慌てて手で口を押える。声が大きいと気付いた様だ。
フェリシテの話になびきかけていたご令嬢達は首を竦め、バツが悪そうにしゅんとする。
「も、申し訳ありませんわ……だってガブリエル様とお近付きになれる機会かと思いましたのよ……」
顔が良い紳士に弱い令嬢方の結束は脆くもほどけかけていた。正直言ってゆるゆるである。
どうもヒューイットに執着しているのはミレーヌ嬢おひとりの様で、後のご令嬢達は単なる腰巾着と言って差し支えないと思われた。
「これは聞き捨てなりませんね。ヒューイット様の隣に並ぶとは、私に対する宣戦布告でしょうか?」
一応、ラブラブ夫婦の設定なので、フェリシテは聞き咎めたフリをしてニッコリ笑った。
3年後には離婚なので狙われても差し支えないのだが、ヒューイットは良い人なので是非幸せになってもらいたい。
そんじょそこらのつまらない女性に引っ掛かからせてはならない。
大体において優秀な割にエルヴィラの猫被りを見抜けなかったヒューイットは、女性を見る目が無い様な気がする。ここはひとつ、自分が見極めなければ!と気合を入れた。
「ええ、そうですわよ!あなたはヒューイット様に似合わないわ。地味で根暗で無能な引き籠りですもの。ご自分の身の程を知って自ら引き下がったらいかが?」
開き直って堂々と言い放ったミレーヌ嬢は、胸を逸らしてオーホホと高らかに笑った。
「そうですわよ。家柄も良くて美しいミレーヌ様ほどヒューイット様にお似合いの方はいませんわ!」
ミレーヌ嬢の言葉にすかさず令嬢達が合の手を入れる。
練習しているのかと思う程、息ぴったりだ。
褒められたミレーヌ嬢は鼻を高くして、分かりやすくご満悦である。
確かにミレーヌ嬢は、少々高飛車だがキラキラした大きな青い瞳に栗色の髪の愛らしい令嬢である。
容姿にも家柄にも自信があって、おまけに若い。ぴちぴちの16歳である。
普段手入れをサボっているフェリシテと違い、お肌も髪もツヤツヤ。
取り巻きの令嬢達も皆お洒落で可愛いらしく、フェリシテに負けては悔しいと思うのも頷けた。
だが、エルヴィラの様に腹黒くも無く、裏の無い令嬢達が一生懸命威嚇してくる様子は、まるで子猫たちがシャーッと毛を逆立てている様で微笑ましい。
フリフリのドレスを着た5匹の子猫に囲まれていると思うと、頬が緩みそうだ。
「ちょっと聞いてますの⁈少しは反論したらどうですの……!」
あっ、とフェリシテは全く話を聞いていなかった事に気付いた。
聞いていない間もまくし立てていたミレーヌ嬢が喋り過ぎて息が切れ、ゼエゼエしながらフェリシテをゆび指す。
それにしても体力が無さ過ぎではないか?と脳筋のフェリシテは心配になったが、一応、話を聞いていた風を装って真顔で誤魔化そうとした。
――――その時、フェリシテは(斜め上の)重大な事に気付いてハッとした。
…………このテーブル、縦ロール率が高くないだろうか?
フェリシテを含めたテーブルに着く6人中、ミレーヌ嬢を筆頭に4人が縦ロールである。
会場には100人を超える招待客がいるが、髪型が縦ロールの女性は7~8人である。
そのうちの半数がこのテーブルに集っている事になる。
このテーブルの縦ロール密度、高過ぎでは……?
流行には疎いが、別に縦ロールが流行っている訳では無いと思うのだが――と考え込んだフェリシテはミレーヌ嬢をまじまじと観察した。
「な、何ですの?言いたい事があるなら受けて立ちますわよ!」
ひるみつつも強がってファイティングポーズをとるミレーヌ嬢が可愛い。
大きな赤いリボンを付けた縦ロールが似合っている。
もしや、ヒューイットが縦ロール好きを公言してミレーヌ嬢達がそれに倣っているならば、フェリシテも縦ロールにするのはやぶさかではない。それでこそラブラブ夫婦と言うものだ。
「ミレーヌ嬢は縦ロールがお似合いですね。皆様お揃いで大変可愛いです」
「――貴方、ちゃんとお話を聞いてますの⁈」
育ちの良いお嬢様であるミレーヌ嬢の罵倒の語彙力は、猫パンチほどである。
戦っていた相手から可愛いと言われて動揺する他の令嬢達は、何を言っても余裕で落ち着き払っているフェリシテが難攻不落の壁の様に感じて焦った。
「私が可愛いのは当然ですわよ!ようやく私こそがヒューイット様に相応しいとお分かりになりまして⁈」
ぶれないミレーヌ嬢がふんぞり返る。
それ以上反らすと椅子ごと引っくり返りそうだが、給仕達がそれとなく背後で転がった時の為にスタンバイしているので、いつ転がっても安心である。
「確かに可愛いですが、ヒューイット様にかかれば誰もが彼より下ですからね。可愛い以外にミレーヌ嬢がヒューイット様に捧げられることは御座いますか?」
既に本邸ではウサギのヴィーちゃんで可愛い枠はひとつ埋まっている。それ以外で勝負できるポイントはないかとフェリシテが質問すると、ミレーヌ嬢は予想外だったらしく、「ふえっ⁉」と驚いた後、えーとえーとと真剣に考えてから答えを絞り出した。
「私の『愛』を捧げますわ!私の一生をかけてヒューイット様へ愛を注ぎますのよ!」
箱入りでちゃんとした恋愛をした事が無いミレーヌ嬢は、愛読書の恋愛小説に書かれたロマンチックなセリフを思い出し、口にした。
「この世で一番崇高な物は愛なのですわ!」とドヤ顔で高らかに宣言すると、取り巻きの令嬢達が感激して一斉に拍手があがる。
それに気を良くしたミレーヌ嬢だったが、取り巻きと一緒にフェリシテもほっこりした良い笑顔で拍手しているのを見て、シャーツと毛を逆立てた。
「ちょっと、何を一緒に拍手してらっしゃいますの⁈あなたこそヒューイット様に何ができるのか言ってみなさいな……!」
くだらない事だったら承知しないわよ!と鼻息荒く言い放ったミレーヌ嬢だったが、きっとここにガブリエルが居たら彼女を止めていた事だろう。『カオスになるから止めとけ……!』と。
「あ、私ですか?そうですね、私もヒューイット様への愛がノンストップで止まらず、朝起きたら真っ先にヒューイット様を拝んでおります。本当にヒューイット様は立派な方で、最近は領民の間でヒューイット様を拝むのが流行しているんです。もう毎朝の日課で、拝むとその日は一日中清々しい気分で過ごせるんですよ」
「お、拝む……?」
通常の日常会話に登場しない単語が出てきて、令嬢達がざわつく。
冗談かと思ったが、フェリシテは至って真面目な顔である。
「た、確かに神々しい方ですから気持ちは分かりますわ」
拝んだことは無いが、ヒューイットは眩しい程の美貌と存在感の持ち主である。
ミレーヌ嬢はつられて同意した。




