93. パーティ
「船便運送の許可が下りて良かったです。運送人の給与は思った通り高額でしたし、しかも船着き場の工事費は全額補助されるし。いやあ、陛下がこんなに太っ腹だとは思いませんでした。手紙で煽って申し訳なかったですね」
「ちょっと口を閉じてくれない?せっかく僕がコーディネートして見られるようにしてあげたのに、口を開くと台無しなんだけど!」
目を吊り上げたガブリエルのお小言が始まり、フェリシテが慌てて口を閉じる。
ヒューイットは国王陛下にやたら話し掛けられた緊張で、革張りのソファにぐったり持たれている。
現在、ホールの一画で休憩のための長椅子に座った3人は、周囲の視線を集めている事も知らずに話に夢中になっていた。
――――ここは何処かと言うと、北部のコレラ被災への寄付金を集める目的で開催された、王宮主催のガラパーティの会場――王宮のダンスホールである。
元々は夏季に催される毎年恒例の王宮ガーデンパーティで、花盛りの庭を眺めてお喋りに興じる催しなのだが、今年は被災地支援のための寄付を募るチャリティパーティと言う名目になったのだ。
いつも忙しいため不参加だったヒューイットだが、北部支援の拠点に任命された事や潤沢な補助金を受ける立場上、参加が望ましいと判断して急遽パーティに参加する事にした。
すでに王都のタウンハウスから領地へ戻った貴族達が多い時期なので不参加者も少なくないのだが、コレラの流行を免れて自粛が解かれた解放感からか意外と参加者が集まっている様で、パーティは大盛況だった。
フェリシテ達は結婚を公開してから初めて夫婦で公式の場を訪れた為に注目を浴び、パーティが始まったとたん色々な人達が押し寄せて来て、挨拶だけで疲労困憊となった。
おまけに国王陛下が久しぶりにパーティに参加したヒューイットを珍しがって喜び、軽い挨拶だけで済まそうとしていた意図に反して長々と話し込む事態に陥った。
何しろ謁見したとたん、ヒューイットの隣に神妙な面持ちで並び、失礼な手紙を謝ろうとしていたフェリシテをまじまじと見つめた陛下と王妃様が目をぱちくりさせて「誰?」とのたまわった事から自体が一変した。
「パーティなら僕がついていく!」と名乗りを上げたガブリエルに頭のてっぺんからつま先までコーディネートされたフェリシテは別人の様な美人に仕上がっており、紺色の瞳に合わせてグラデーションで白からコバルトブルー色に染められた上品なドレスと、ヒューイットとお揃いの裏山で採れたスターアメジストのジュエリーで凛としつつも清楚なレディに変身していたのだ。
ついでに説明すると、本日のヒューイットの装いはシルバーグレイのコートとズボンに白のシャツ、黒レースのクラバットにスターアメジストのクラバットピンを着けている。
ガブリエルはブルーグレーのコートとズボンに白いフリルシャツ、襟にデマンドイトガーネットのブローチを着けており、3人揃って裏山で採れたジュエリーを目立たせるようにしていた。
「お目に書かれて光栄でございます。私は元ノアゼット伯爵家の長女でフェリシテと申します。この度、ラザフォード伯爵ヒューイット様の妻となりました。どうぞお見知りおき下さいませ」
「――えっ⁈あのノアゼット家のエルヴィラ嬢の姉か……⁈」
――まあ、そういう反応になりますよね、とフェリシテはうんうん頷いた。
十中八九、陛下はフェリシテの名前を忘れていたと思う。
そしてガブリエルのセンスの良さで別人に生まれ変わったフェリシテをあんぐりと口を開け、呆けて眺めた後、陛下が興味津々で質問攻めにしてきたのだ。
しまいには「いやあ、こんな美人な妻を貰ってラザフォード伯爵は幸せ者だな!」と陛下は、あの煽りまくった問題の手紙をサラッと忘れ、上機嫌で笑っていたのだが、朗らかな陛下と王妃様と対照的に、目を逸らしたヒューイットとガブリエルの地獄の様な空気が忘れられない。
取り敢えず好印象を残せたようで、ハーベイ達流民の船を使った商売は快く許可を貰えたし、陛下の覚えめでたくなったラザフォード領は今後暫く安泰となった。
ランチを挟んだ午後からはオークションがあり、現在はランチの席に案内されるまでの隙間時間である。
3人は美しい庭園を鑑賞する余裕も無く、額を突き合わせて話し込んでいた。
「ランチは王妃様がいらっしゃるから、フェリシテ嬢は余計なトラブルを招かない様に口を閉じていてくれない?」
「分かりました。この上なく大人しくしておきます」
ピリピリしているガブリエルにフェリシテが圧をかけられていると、複雑な表情でヒューイットが庇ってくれる。
「……そう怒るな、ガブリエル。今日の数々のトラブルは彼女のせいではないんだから」
この数々のトラブルが何を指しているかと言うと、陛下への挨拶を終えた後、フェリシテが巻き込まれた――否、巻き込まれかけた複数の騒動を指していた。
時間にして一時間なのだが、その短時間で見舞われた騒動は複数に渡る。
一体どんな事があったかと言うと、普段領地に引っ込んでいるヒューイットが現れたと言う事でロックオンされた彼が話をしたい紳士たちに囲まれ、ガブリエルもキャーキャー歓声を上げる独身の女性陣に取り巻かれてしまった為に一人きりになったフェリシテに、ヒューイットに想いを寄せていた彼のファン達が嫉妬のままえげつない行為を仕掛けて来たのだ。
ヒューイットと結婚したと聞いて頭に血が昇った某男爵令嬢が、つまずいた振りで果実水をフェリシテのドレスにぶちまけようとした→ フェリシテが持ち前の運動神経で避けたら、間違って隣の国の王女のドレスにぶちまけられ大騒動に発展。
某伯爵令嬢がフェリシテの前に足を出して転ばせようとした→ フェリシテが気付いて方向転換したら、替わりに大臣が引っ掛かってテーブルに突っ込み、クリームまみれになり大騒動になる。
お手洗いに行こうとしたフェリシテを取り囲んで虐めようとした複数の令嬢達は「あれっ、随分お花摘みに行きたい方が多いんですね?我慢は体に毒ですよ。私は大丈夫ですので、お先にどうぞ!」とフェリシテに言われる。→「我慢なんかしておりませんわよ!」と、全員でつい真っ赤になって抗議して注目を浴びて騒動に――
もっとあるのだが、まあ、そんなこんなで会場はずっと大賑わいだったのである。




