92.
ジェシカの家から屋敷に戻って来ると、今度は門の所でオリバーとハーベイが尋ねて来たのに出くわした。
「……本当に突然の来客が多いですね」
呆れるエリオットと共にフェリシテが馬車から降りると2人が駆け寄って来て、エリオットに気付いたオリバーが丁寧なお辞儀をする。
「!……これはヴェルニア卿ではありませんか。ご無沙汰しております。突然押しかけてしまい、申し訳ございません。フェリシテ様に急ぎお会いしたくて参りました。フェリシテ様もご無沙汰しております」
ラザフォード騎士団の所属団員として顔を合わせた事があるオリバーに、エリオットは鷹揚に頷いた。
「エインワース支部警ら隊のロクス卿ですね。ご苦労様です。……そちらは、もしかしてフェリシテ様に流民の惨状について伝えた方ですか?」
エリオットの視線を受けたハーベイが、オリバーから「この方は領主様の側近の方ですよ」と耳打ちされて緊張しながら返事をする。
「はいっ。ハーベイと言います。ご領主様には大変お世話になっております!」
緊張し過ぎて直角にお辞儀をするハーベイに、フェリシテが声を掛ける。
「お久しぶりです、ロクス卿。ハーベイもお元気でしたか?今日は二人揃ってどうしました?」
フェリシテが屋敷内に招こうとすると、オリバーとハーベイは「お忙しいでしょうから、すぐ帰りますので」と遠慮した様子で断った。
何の用事で来たのか疑問に思っていると、オリバーが話を切り出す。
「実は先程、警ら隊への通達で国王陛下の介入により、ガイルとリュドミル領の流民の人達の保護と補償が決まったと連絡が来たんです。在り得ないような話だったので、フェリシテ様が何かされたのかと思ってやって参りました……!」
在り得ないような事が起こった=フェリシテが何かしたのかも?と連想するあたり、日常的にフェリシテが色々やらかしている事がよく分かるな、とエリオットは心の中で突っ込んだ。
「ああ、単に王宮へ訴状を送ったんです。全ては陛下の慈悲深い計らいです」
思い切り煽った文を送って、貴族院を緊急招集させたフェリシテが言うと非常に胡散臭い。
だが、真実を知らないオリバーとハーベイは感激した様子でお礼を口にした。
「やっぱり!ガラス工房で働く流民の方々も大喜びしてるんです」
「ありがてぇ。堂々と故郷に帰れるなんて思ってもみなかったですよ!」
「それは良かったです。しかし、そうなるとハーベイは帰ってしまうんですね。流民の方々もいなくなると寂しくなりますねえ」
皆がガラス工房やエインワースの人達と馴染んでいたのでしょんぼりしていると、ハーベイが照れくさそうに頭を掻きながら口を開いた。
「いえ、まだ海に魚が戻っていないらしいんで、もうちょっとこちらにお世話になろうかと思ってるんでさ」
「ヒューイット様から詳しい状況も伝達があったんですが、海底火山の活動は収まったけれども、漁ができるほど魚が戻っていないそうなんです。ハーベイの村は占領していたスタリオン領民全員を強制送還されたらしいので帰領は問題ないんですが、まともに漁が出来るようになるのは恐らく半年ほど後かと」
オリバーが説明すると、ハーベイは少し申し訳なさそうにした。
「……ただ、一旦、両親や村の人達に会いに行きたいんでさ。他の奴らは故郷に帰るから、ガラス工房が心配なんですけど……」
「――ガラス瓶が必要ならば、別にフェアファックスから手配可能ですよ。余計な心配などせず帰ればいいでしょう」
ツンとした物言いでエリオットが口を挟むと、ぱあっとハーベイは顔を輝かせた。
「えっ⁈何か怖そうだと思ってたんですけど、旦那、実は良い人なんですねえ……!領主様も良い人だし、ラザフォード領は良い人ばっかりじゃねえですか⁈」
失礼な事を言われているのか褒められているのか微妙だが、キラキラした目を向けられてエリオットがひるむ。普段から言い方がキツイと言われ、遠巻きにされがちなエリオットに物怖じしない人間は珍しい。
「それは有難うございます。最近また追加注文が来ていてガラス工房のサム親方がゲッソリしていたので、取引先を増やさないといけないなと思っていたんです」
ちゃっかり便乗して来たフェリシテに、ここにも物怖じしない人物がいたな、と呆れつつエリオットは「手配します」と簡潔に請け負った。
「取り敢えず4日後に流民の方々が帰郷するそうですので、お時間があればフェリシテ様もお見送りに参加して頂けませんか?ハーベイみたいに半数はガラス工房で働き続けたいそうなんですが、後の半数の方々が帰る前にフェリシテ様にご挨拶したいと言っていまして」
「4日後ですか。多分大丈夫だと思いますが――ああ、そうだ。皆さん海沿いに住む方達ですし、陸路で行くより早いので船でも出しますか」
エッ⁇
おやつにクッキーを出しますか、と同じくらいの気軽さで言ったフェリシテに、その場にいた3人が思わず妙な声を出して固まる。
「そうだ、船だと支援物資も輸送できるじゃないですか。陸上輸送みたいに渋滞は無いし、早いし、船の輸送ってお得じゃありませんか?」
「そ、それはそうですが……」
これまでになかった発想のため、3人の目が泳ぐ。
「確かに船だと休まず夜間航行もできるので、ガイルやリュドミル領の海岸方面に馬を休ませつつ陸路で行くより3日は早く到着することが出来ると思いますが、肝心の船はどうするんです?船員も調達しないといけないのに」
思わず動揺で早口になったエリオットに、フェリシテはしれっと答えた。
「いやあ、そういえば、ローゼル商会のレンタルサービスで船もあるって聞いていたんですよね。船員はほら、丁度よく一人ここに船のスペシャリストがいますでしょう?」
「へっ……?――お、俺ですかいッ⁈」
名指しされたハーベイが仰天し、声が引っ繰り返る。
フェリシテのペースに巻き込まれたハーベイは、驚き過ぎて飛び上がった。
「話に聞くと最近の漁では、手漕ぎの小型船以外に共同購入した中型汽船も使うそうじゃないですか。と言う事は、ハーベイの村でも汽船を所有して漁師の方々が操縦しているんですよね?」
それは確かにその通りで、時々汽船で沖に出て漁をしたり、浜から領都へ魚を売るのに鮮度が落ちない様、輸送用としてハーベイの村には2隻の汽船があって漁師達が交代で使っていた。
川を遡って行った所にある内陸の都市部のほうが海産物は珍しいので、高値で買ってもらえる。
ただ、汽船で他の領地へ行った事はないので、フェリシテの話はかなり無茶だと思うのだが。
「いやっ、漁船と運搬船じゃ勝手が違いますって!」
「まあまあ、考えてみてくださいよ」
ぶんぶん首を振るハーベイに、フェリシテは宥める様に言った。
「浜の人々は半年は漁が出来ないままでしょう?村の人達も誘ったらどうでしょう。災害支援金って、大した金額じゃないんです。去年の収入の7割しか貰えないんですよ。ですが、ご存じですか?国に雇われた支援物資の運搬人の給与は高いんですよね。私が操縦するのと違って、ハーベイ達の特技が活かせるかなと思うんですが――。多分、物資を運び終わる頃には村にもう一隻、中型機船が買えるくらいになると思うんですよね」
「――――やります」
高額の給与と聞いた、ハーベイの瞳が生き生きと輝き出す。
「その言葉を待っていました。それに長距離輸送に慣れたら、魚が獲れるようになった時にラザフォード領まで直接売りに来ていただければ。内陸のラザフォードや隣のノアゼット領では、魚の干物とかオイル漬けがなかなか手に入らないんです。アンチョビとかタラの干物があったらいいなと思うんですけど」
内陸部で海の魚は高価なので貴族しか口に出来ないのだが、漁師が直接販売してくれたら大分お安くなるはず。
「……まんまと釣られてますね……」
ハーベイとフェリシテの会話にエリオットが呆れていると、「あのー」とオリバーが遠慮がちに手を挙げた。
「それって、ロクス領も混じって良いですか⁈ロクス領では秋から冬にかけて鮭とイクラが獲れるんですよ。高級食材ですけど販売量が伸び悩んでいるので、直接販売できると嬉しいです……!」
オリバーは隣のロクス領領主の三男で、ロクス領はラザフォードと同じく特に有名な産業がない。
領地は小さく半分が山地で、昔は木炭作りが盛んだったが現在は石炭に押されて都市部では売れなくなってしまった。
少しでも自領の特産を売りたいと思っていたオリバーだったが「それは好都合」と手を打ったフェリシテから、とんでもない要望が飛び出した。
「実はラザフォード領が、王都から運ばれてくる北部のコレラ被災地支援物資の中継拠点に任命されまして。フェアファックスを中心に街道沿いの宿泊施設や飲食店へ、食料を大量に調達しなければいけなくなったのですよ。しかし肉の調達はこれ以上増やすのが難しくて。ちょうど良いので鮭とイクラを大量に仕入れたいですねえ。取り敢えず来月から持って来れるだけ持って来てもらうと言う事でお願いできますか?」
「よ、喜んでっっ‼」
予期せぬ大口取引に、オリバーが歓喜すると、ハーベイも負けじと手を挙げる。
「はいはいっ!食料を食い荒らされてなければ、冬に作ったアンチョビを売れるぞ。食料貯蔵庫に手付かずで置いていたからな!」
「おお……幸運な事に、早速、お魚の食料調達が出来てしまいました」
たんぱく質ゲットの喜びにフェリシテが打ち震える。
その様子を遠巻きに眺めながら、エリオットはフェリシテの引きの強さに、たらりと冷や汗を流していたのだった。




