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そして。


「……何故キリング様は、これを置いて行ったんだろう……」


 フェリシテは非常に困っていた。

 ローゼル商会の人達に"面白い人"認定された彼女は、彼らに気に入られた事に気付いていない。


 小旅団長のルマティ・キリングから、帰り際に


『せっかくなので、お近づきの印に私どもからも結婚祝いを贈りたいと思います』


 と言われて、手渡されたものがコレ。

 幸運を呼ぶブルーポピーの花、と 蓮のタネ、 マツリカの苗。

 どれも幸運を引き寄せる西方の国の植物らしいのだが、育て方がいまいちよく分からない。

 現地の人から聞いた育て方メモをもらったものの、水やりは少しとか、泥に種を埋める、とかくらいの大雑把さなので、はたしてこれでいいのか?と頭を悩ませていた。


 しかし、せっかくの好意を無下に出来ない。

 やれるだけやってやろうと、翌日、フェリシテは庭師のウォルターとハワードに相談し、廃園になっていた西側の温室二つを借りて栽培を始めることにした。

 東側のバラ園で作業していた二人に声を掛けると、あからさまに嫌そうな顔をされたのだが、珍しい花の種を植えたいと言ったところ、二人ともそわそわしてついて来た。

花の種を植えたいと言ったところ、二人ともそわそわしてついて来た。


 中年のハワードはブツブツと「貴族の女性がみっともない」と終始騎士服と土仕事をするのにケチをつけていたが、年配のウォルターは、興味が勝ったのか、クワや植木鉢を積極的に用意してくれた。

 ずいぶん大きな温室が使用されずにいるのだなと不思議に思っていたら、ヒューイットが子供の頃は使用していたが、成長するにつれ忙しさで滞在回数が減り、それで管理する人員を減らしたらしい。

 今は屋敷を荒らさない程度の最小限を維持しているのだそうで、言われた通り、廃温室内はきれいに整頓されたまま保たれていた。


「土の手入れをしていないから、腐葉土を混ぜるところから始めないとな」


 ハワードが言うのに、なるほどと頷いてフェリシテが腐葉土を運ぼうとすると


「まさか腐葉土を運ぶ気ですか?ありえない!」とガミガミ怒られ、土を掘ろうとすると「へっぴり腰で危ない!」とクワを取り上げられてしまった。

 あれもダメ、これもダメ、と却下されて、渋々許されたのが草取り。

 ノアゼット邸でも畑仕事をしていたので、全く不本意だ。

 借りられる温室はノアゼット邸で使っていた畑の何倍も大きく、何と水道が引かれていた。

 この屋敷の裏に山がそびえているのだが、雪解け水や湧水が豊富で、温泉も湧いているという。

 都市部では敷設されているのだが、田舎で水道は、この国では珍しい。

 ここに別荘を構えた理由が、温泉が出るからだったらしい。

 立地のおかげでフェリシテの住む部屋にも水道と温泉が引かれてその恩恵にあずかれていて、大変ありがたかった。

 ただ、温泉は客室にしか引いておらず、使用人たちは利用できない。

 ラザフォードは冬が長いので、燃料費節約のために、むしろ使用人も使えたほうが良いと思うのだが。


 そんな事をつらつら考えていると、あっという間に土を耕した二人がフェリシテの元へやって来た。

 相当気になっていたのだろう。種と苗を見せると、二人は目を輝かせて飛びついた。


「蓮とやらは椿のタネみたいに殻が硬いんだな。一体、どんな花なんだろうか」

「ブルーポピーって、ポピーの仲間か?マツリカはクレマチスみたいなつる植物か!初めて見るもんばっかだなあ」

「蓮というのはスイレンみたいに水中の泥に植えるそうです」


 フェリシテはルマティにもらったメモを見て言い、ちょうど四つあったスイレン鉢を指差した。


「あの鉢を使っても良いですか?泥は裏庭の池からもらいたいのですが」

「よし、泥は運んでこよう。マツリカは支柱かラティスが必要になるが、どうするね?」

「デザインはどうするんだ?アーチに仕立てるか、壁面をはわせるとか」


 庭師二人が張り切り過ぎて圧倒されそうになる。


「ブルーポピーは涼しいほうが良いらしいので、北側に蒔こうと思ってます。念のため、数カ所に分けて蒔きます。蓮は日当たりが好きだそうなので南側に。マツリカは六苗あるので、二本を鉢植えに、四本を東側に地植えにして、バラ用のトレリスを借りて絡ませたいのですが」

「ブルーポピーは露地にも蒔いたらどうだろう。バラ園に少し空いたスペースがある。近くに普通のポピーが群生しているから、土が合うかもしれんよ」


 ウォルターの提案に、フェリシテは乗る事にした。

 屋敷の東側は様々なバラが植えられた美しい庭園になっており、一部にポピー、カンパニュラ、ゲラニウムやフロックスが咲き乱れている。

 その手前のスペースは、先週咲き終わった、チューリップやビオラ、プリムラを片付けた跡地だった。

 廃温室より手入れが行き届いているふかふかの土へ、三人でブルーポピーの種を蒔いて、丁寧に水をかける。

 

 一通りの作業が終わったのがちょうど昼の十時。

 フェリシテはバラ園に建つガゼボへ二人を誘い、昨日の残りのサブレを持ってきて、自らお茶を振る舞った。

 ウォルターとハワードは遠慮したが、半ば強制的にティータイムに参加させる。

 貴族が土まみれの使用人とお茶なんて、とハワードが白磁のティーカップを緊張して捧げ持ってうわごとの様に繰り返すが、フェリシテは気にしない。

 サブレがたくさんあるので二人に食べる様すすめた。

 食事をオーダーするために厨房へ行くので気付いたのだが、ラザフォードの食糧事情が厳しいのか、ここの使用人の食事が質・量ともに貧弱だったのだ。

 フェリシテはランチを取るが、使用人は基本、食事は朝・夜のみ。午前十時と午後三時にティータイムとなる。

 その朝か夜のメニューの主食どちらかが、パンでなくジャガイモやソバだった。

 量も多くなく、おやつの時間に食べ損ねると、あとは空腹をがまんして次のおやつの時間を待たねばなくなる。

 二人はフェリシテに付き合ったため、使用人の休憩時間に間に合わない。

 自分のために使用人を飢えさせるわけにはいかないとフェリシテは考えたのだった。

 

 暇だったので帳簿を見せてもらったり、図書室があるので、そこの資料でラザフォード領について調べたのだが、ラザフォード領の食糧自給率が心配するレベルだというのを知った。

 ヒューイットがフェリシテの分の食費を別荘に計上していたのだが、フェリシテが外出で食べなかったぶんはどうしているのか探ってみると、浮いた食費で使用人の食事にハムやバターが増えていたので、見て見ぬふりすることに決める。

 使用人だけでなく、市場で会った人々も同じ状態なんだろうなと思うと、今の状況で他人を心配する余裕は無いのだが、どうしても気になるのだった。


 *


 翌日、庭園の水やりを終えたフェリシテは、再びエインワースの市場へやって来た。

 贈り物をもらって、温室を整備して花を育てる。見捨てられ、孤独に寂しく暮らすつもりが、妙に忙しくなってしまっている。


 今日は足りない園芸用品を買いに来ており、皮手袋や花ばさみ、シャベルやエプロン、そしてハーブ類の種を購入した。

 カシアンの両親へお返しがしたいが、エインワースにあるのは平民向けの店だけだ。

 やはり一度はフェアファックスへ足を運ばないと、とフェリシテは頭を悩ませた。

 カシアンの両親からは、ドレスやコート、靴、鞄、帽子、アクセサリーや王都で流行している小説まで大量にもらってしまった。しかも一級品ばかり。何をお返しにしたら良いのか迷うばかりだ。


 先日は見ていなかった街中の商店街を歩き、気の向くまま買い物する。

 意外に需要がありそうなので、来客用の茶葉も買い込んだ。


「今日は浮いた食費で、使用人たちにベーコンの一枚も増えるだろうか」

 本日、フェリシテは昼と夕食を外食する旨、料理人に伝えている。

 美味しい屋台や店を見つけるため、食べ歩く予定なのだ。

 

 マルベリージャムとカテージチーズを包んだソバ粉のクレープや、焼きリンゴの砂糖バターかけ、くるみとフェンネルシードのガーリックバケット、ミント入りのりんご水。

 貴族御用達のレストランも良いが、気軽に食べれる屋台のグルメも実に美味しい。


 たくさん買い込んで商店街の中央広場にある噴水のふちに腰かけ、雑踏を眺めながら引き肉入り揚げパンをかじり、馬にリンゴと人参をあげてのんびりしていたフェリシテは、突然、前方から「あっ‼」と少年に指をさされて目をぱちくりさせた。

 人ごみをかき分けて突進して来た人物に見覚えがある。


「ええと……今日も客引きのお仕事ですか?」


 先日お世話になった少年が汗を拭ってやって来たのを見て、フェリシテはのん気なセリフを投げかけた。


 少年は、キョロキョロと周囲を見回した後、慌てて口を閉じてフェリシテの隣に腰かける。

 よく分からないが、何か用だろうかと首をかしげつつ、フェリシテは揚げパンと一緒に勝った鶏肉のフライと、ウズラの卵とジャガイモの串揚げを紙袋から出して少年に差し出した。


「なに、食い物でも恵もうってのか?」


 不機嫌になった少年を見て、そんな意図はなかったフェリシテが面食らう。

 確かに、少年は貧しい身なりをしていて食事も足りていない様ではあった。

 だが、恵む、という意識のなかったフェリシテは首を振って、キッパリと言った。


「いえ、そうじゃありません。ただ、久しぶりに他の人とご飯をご一緒できるチャンスが巡って来たと思いまして。ボッチめしって、ちょっと寂しいんですよね。まあ、それはいいとして、これ美味しいんですよ!鶏肉がサクッ、じゅわっとジューシーで、店員さん一押しなんですよ……!」

「……ボッチめしって、あんたそんな下町スラングを……」


 唖然とした後、額に手をやってうめいた少年は、ため息をついて脱力した様だった。

 その隙に少年の手に串焼きを握らせると、少年は苦笑してお礼を言った。


「ーー何か、あんたと話すと力が抜けるな」

「店員さんに色々教わったんです。街中で今、流行しているモノや言葉を少々」


 エインワースの人々が人懐っこいおかげでトレンドリサーチが大変はかどる。

 

「ずいぶん町の人達と交流してるんだなーー本当にあんた、変わってるな」


 少年は串揚げに一口かじりついた後、声のトーンを落として瞳の奥を光らせた。


「ーーフェリシテ様。ノアゼットから来た、ヒューイット・ラザフォード伯爵のお嫁さんーー」


 目を見開いて振り向くと、少年は唇の先に人差し指をあてて静かにするよう促した。

 誤魔化そうとしたフェリシテだったが、少年が遮って説明する。


「この前、盗賊に狙われないか心配で、こっそり警ら隊のオリバーとあんたの帰りを見守ったんだ。

すると、領主様の別荘にあんたが帰って行った。おかしいと思って馬番のベンジャミンに聞いたら、あんたがラザフォード伯爵の奥様になった人だって教えてくれた。嘘ついても無駄だよ。ベンは知り合いなんだから」


 使用人は自分を歓迎していないから言いふらさないと思っていたが、こんなに早くバレてしまうとは……

 三年後に離婚なのでひっそり暮らす計画が、困った事になったと思っていると、少年は急いで付け加えた。


「いや、訳アリそうなんで他の人には言ってないから安心してよ。バレたのは俺と警ら隊のオリバーだけ。オリバーはロクス男爵の三男で、一応、貴族だからあんたを知ってたんだ。何となく耳にしてた噂で、ヒューイット様が結婚を公表しない理由を察したというか……」


 言葉を濁した少年が、気の毒そうな視線を送って来る。


「……できれば、内緒にしててくれると助かります」


 そう言うと、少年は「分かった」と大真面目に頷いて、口を開けて串揚げをほおばった。


 大人気の領主様のお嫁さんが、地味で冴えない変人だとバレたら、領民の中が使用人たちの様に怒り出すかもしれない。

 元気を無くして黙ったフェリシテをちらりと見て、少年は咳払いした。


「ーーその、貴族でも大変なんだな……あんた面白いし、悪い人間じゃないと思う。あんまり気を落とすなよ」


 彼なりに慰めてくれているらしい。

 まじまじと見返すと、目が合った少年は大人びたしぐさで、ポンポンとフェリシテの肩を優しく叩いた。

 ずいぶん気遣いのできる少年である。

 噂を面白おかしく吹聴する者も多いのに、大人よりよほど人間が出来ている。


「ーー君はとても賢そうですね。しかも優しい」

「よせよ。かゆくなる」


 顏をしかめた後、少年はボソッと呟いた。


「デビットだ」

「え?」

「名前。デビットって呼んでくれ。奥様」

「分かりました。では、私の事はフェリシテと呼んで下さい。この格好で奥様と言うのもアレですし」


 騎士服を指して言うと、デビットはクスッと笑って少し考えた。


「名前をそのまま呼ぶと不敬ってのもあるけど、正体がバレそうだ。フェリ様って呼んでいいかな?」

「フェリでかまいませんよ。様付けだと街に溶け込めないじゃないですか」


 三年後に平民になるかもしれない。

 そのためには今から平民生活に馴染んで、平民のプロフェッショナルになって、意気揚々と生活するのだ。

 様々な思惑を含んで言うと、「はあ」とデビットは気の抜けた様な声を出して、フェリシテを上から下まで眺めた。


「ーーこの前も言ったけど、フェリ様……フェリって、貴族なのに、らしくないよね」

「そうですか?」


 もの心ついた頃から、筋金入りのボッチだったフェリシテには、自分と比較対照できる御令嬢がいない。

 妹を参考にするなら、全く違うと思う。

 あそこまで奔放でわがままに振る舞うのはちょっと遠慮したい。

 だが、貴族たちはエルヴィラを好ましいと思っている様なので、あれが貴族として正解なのだろうか?

 社交界で親しい人を作りたいとは思っていたのだが、哀しい事に、毎度夜会で壁の花になるのには慣れていた。

 なのでその立場を利用して噂話や会話から情報収集し、出された料理を味見してはシェフからレシピを聞き出して新しい食材開発に精を出し、絵画や家具を堪能しては最新のトレンドを知る事に使命感を燃やしていた。だって、暇だったのだ。

 

 ただ、せっかく流行にのったり、良い物を取り寄せてもエルヴィラに持っていかれてしまい、妹の部屋は男性からの贈り物があふれ華やかな高級品に彩られていたが、フェリシテの部屋はそういうわけで二級品ばかりになり、他には勉強が嫌いなエルヴィラに持っていかれない本ばかりが溢れた地味な部屋になっていた。

 今考えると、エルヴィラは良いものが欲しいというより、フェリシテが自分よりいい物を持つのが嫌だったのだろう。

 両親も使用人もエルヴィラ中心の生活だった事を思うと、よく自分はあんな所にいたなと思う。

 だが、精神的に鍛えられて少々の事にはめげなくなった。

 うん、そこは普通の貴族とは違うかもしれない。


「普通、貴族は平民と噴水のへりに座って屋台の物は食べないだろ。それにこんなに気安く喋らないし」


 デビットは「変わってる。でも、面白い」とニヤッと笑った。


 一応、誉め言葉と受け取っていいのだろうか?

 悪く思われてないならまあいいか、と気を取り直したフェリシテに、串揚げを食べ終えたデビットが質問してくる。


「相変わらず護衛なしで買い物に来てるけど、伯爵家でどういう扱いされてんの?久しぶりに他人と食事するってさっき言ってたよね。もしかして、噂になってるトラブルがもとで冷遇されてる?」


 油断していたところへ鋭いツッコミが入って、フェリシテは思わずせき込んだ。

 答えにくい質問に動揺していると、察しの良いデビットが憐みの目を向けて来る。


「まあその……ヒューイット様は悪い人じゃないんだけど、今は頭に血が昇ってるんだと思う。ほら、貴族の体面ってやつがあるからな。悪の根源の妹とやらに当たれない分、怒りの矛先がフェリにむかっちゃったんだな。理不尽な立場で辛いよなあ。まあ、ここに来ちゃったからには、開き直って楽しく過ごしてよ。この町の人達は気の好い人が多いから、フェリの正体が分かったとしても、受け入れてくれると思うよ」


 ……この子は本当に子供なのだろうか?

 人生二週目と言うやつか?

 まじまじとフェリシテはデビットを見返して問いかけた。


「デビット、君は何歳ですか?学校に行ってます?」

「年は十歳だけど……学校には行ってないね。金持ちしか入れないだろ?大体、学校に行ってたら、昼間働いたりしてないって」


 肩をすくめるデビットの服は、着古しているが、きちんと洗濯されている。

 痩せてはいるが、健康そうなあたり、両親は健在なのだろうか。


「デビットの親御さんは何をしているんですか?」


 ぶしつけかと思ったが踏み込んで尋ねると、デビットはガシガシ頭をかきながら、「俺の身の上なんて、どうでもいいと思うんだが……」と面倒臭そうにしながらも答えてくれた。


「両親は農家で、今は毎日、少し離れたところにある畑に出かけて小麦を育ててる。けど、あまり儲からなくて、俺が客引きや商店の使い走りをしてお金を稼いでるんだ。冬には農業が出来ないから、毛糸作りの工房や木製家具のやすりがけみたいな仕事を色々やってる。まあこういう生活してるのは俺だけじゃなくて、エインワースの子供はこんな感じ。農業は儲からないんだけど、他に仕事もないからさ。だから大きくなると都市部に出てく若者が多いんだ」


 この町では家計がギリギリな家庭が多く、子供が貴重な労働力になっているらしい。

 子供時代に遊ぶなんてこともなく、大人に混じって仕事をするので、マセた子供が多いらしい。


「五歳くらいから仕事する子供が多いな。屋台の掃除や手紙のお使い、畑の収穫手伝い、草むしりとかさ。お金がもらえなくとも、親が仕事してる間におやつやご飯を食べさせてもらったりする。うちも親が畑へ行ったら朝から晩まで帰ってこないから。俺が仕事で儲かる様になったら、屋台で晩ご飯を買って帰りたいんだ。もう少し大きくなったら、火を使って料理できるんだけどさ」


 改めて、ラザフォード領はノアゼット領より生活が厳しいのが伝わって来る。

 ノアゼットでも働く子供がいるけれども、ノアゼットは温暖で作物が豊富に採れるから、生活は豊かである。

 ラザフォードではこれといった特産が無く、かつ土地が瘦せている。

 同じように手掛けても、ノアゼットほどの収量は見込めないのだろう。

 これは環境の問題によるところが大きいので何とも難しい。


「文字の読み書きは出来ますか?お金の計算は?」

「お金の計算は、ちょっとなら出来る。文字は……リンゴ、とか、小麦、とか読める字はあるけど、書けないな」


 頭が良さそうなのにもったいない。だが、学校に入れると家族が困るだろう。


「何か難しい顔してるけど、これが現実。時々、隣のロクス領の猟師が干し肉を売りに来るけど、向こうもこんなもんだって言ってたよ。あっちは領土の半分が山だけど猟師が減ってるって。王都が近いから、領地から出てく人も多くて大変みたい」


 デビットが慣れた口調で言う。


「領民の生活を気にしてくれんのはありがたいけど、非公式の奥様に領地経営の権限はないんだろ?それより気になってるんだけど、カバンからはみ出してるの、農具じゃない?俺の見違い?」


 脇に置いていた肩掛けカバンから、鎌とシャベルの柄がつき出しているのを目ざとく見つけたデビットに「当たりですよ」とフェリシテがシャベルを取り出して見せる。

 しかし、それを見たデビットが微妙に引き攣った顔をした。


「ーーまさか、冷遇されてるって、そこまで?自分で野菜を育てようとしてんの⁈」

「えっ⁉」


 慌てて否定したフェリシテは、ハーブの種をカバンから引っ張り出した。


「食事はいただいてますよ!これはハーブを育てるためと、先日もらった珍しい花を育てるのに使うんです……!」


 勢い込んで弁明すると、デビットはホッとした様子で冷や汗をぬぐった。


「さすがに領主様がそこまで非道じゃなくて良かった……いくらなんでも事実だったら軽蔑してたよ、俺」


 ヒューイットの指示ではないが、嫁入りして三日間は食事を出されなかったし、今も頼まないと出してもらえないーーというのは一応黙っておく。

 領民の領主への尊敬を損ないたくない。

 たかが一度や二度会った相手に、素敵な領主のイメージを壊されたくはないだろうーーそう思っていたのだが。




 

 


 


 



 



 

 

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