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紫水晶の晶洞へ案内したり、ラザフォード領の農地を調査したいと言うイルサンの希望で農作業中のデビットの畑へお邪魔したりしているうち、あっという間に3泊4日が過ぎ、最終日になってイルサンとフェリシテは庭のガゼボでのんびりティータイムを楽しんでいた。
シンクレアは標本の許可を得たマツリカ、ブルーポピーや蓮のサンプル採取に精を出し、上機嫌で蓮根付きの花が咲いた蓮を抜き取り、麻袋に入れている。
蓮がちょうど人間の身長位の大きさの為、蓮の入った麻袋の不信感が半端ではない。
帰りは屋敷の馬車で隣のノアゼット領まで行き、そこから蒸気機関車で王都へ戻る予定だそうだが、何を持ち込むんだと怪しまれて不審者として駅員に乗車拒否を喰らうのではないかと心配になる。
だが相方のイルサンは全く気にしていないらしく、のんびりフェリシテとお茶に興じていた。
「それにしても楽しかったですねえ。国内にこんなにも未知の場所があるとは思いませんでした」
「楽しんでいただけて幸いです。宝の地図をくれたレオンにも報告しなければ。きっと驚きますよ」
濃すぎる4日間を過ごしたためか、明日からの博士達が居ない日常が物足りなく感じられそうだ。
何にでも興味がある二人が質問しまくったために屋敷の使用人達は少々お疲れ気味だが、名残を惜しんだ料理人がラザフォードらしい料理と言う事で、脂身があっさりしている羊肉のベーコンを使ったモンテクリストサンドを作ってくれた。
モンテクリストサンドはベーコンを挟んだフレンチトーストで、蜂蜜をかけて甘いのとしょっぱいのとを同時に味わうと言う、罪深い、癖になる料理である。
それにチャンプと言うチャイブ(小ねぎに似たハーブ)とバターミルク、チーズと塩コショウで味付けしたマッシュポテトを添え、デザートにクラナカン(オートミール、ホイップクリームとラズベリー、ウイスキーと蜂蜜を混ぜたもの)、そして先日、ロビンに大好評だったマロウティーがテーブルに並んでいる。
「本当にラザフォード領はスペクタクルな所ですよ!そのうち間欠泉が作りたくなったら呼んでください。何なら建築関係の教授に声を掛けても良いね!」
シンクレアがスキップしながらやって来て、とんでもない事を言い出す。
昨日、イルサンが様々な場所の土壌調査をした時に、ついでにミョウバン泉を汲み過ぎて枯れてしまわないか心配だったため相談したのだが、イルサンから「大丈夫ですよ。ラザフォード領と山脈を挟んで反対側のグラーツ領で毎分約3万リットルの湧出量を記録していますので、こちらも同じ位の湧出量が見込めるはずです。山脈の降水量が湧出量と比例しているんですよ。かなりな湧出量なので、何なら間欠泉みたいな人工的な温泉の噴水も作れると思います」と太鼓判を押されたのだ。
それを聞いたシンクレアが「温泉の噴水なんて、素敵じゃないか……!」と、ときめいてしまい、それに乗ったイルサンと共に裏山から引いたミョウバン泉の水道管に細工をし、あっという間に水道管の水圧と高低差を利用した噴水を作ってミョウバン水を見事に4mの高さまで吹き上げてしまった。
青い空に豪快に噴き上げる巨大噴水に使用人達も集まって来て、驚きつつも大はしゃぎ。皆が落ちてきた水でびしょびしょになったが、全員が大喜びだった。
しかし、屋敷に巨大噴水があったら間違いなく目立つ。
自宅に4mの噴水があるお宅など国内でも類を見ない。話題性がありまくりで、青い池と共に観光地になること間違いなしだ。
真面目なヒューイットの心労が限界突破するかもしれない。
良い人であるヒューイットにはぜひ長生きして欲しいフェリシテは、彼の安寧の為に噴水造りは見送る事にした。
「そう言えば、小麦や野菜の輸入は大丈夫ですか?」
昨日、イルサンに農地の土壌調査をしてもらって、やはりこの辺りはポドゾル土壌と言う事が判明したため、二人の博士が心配そうに質問して来る。
土を掘り返すと表面から約15㎝以下の古い時代の土壌がポドゾル土壌になっているそうで、人々が何とか作物を作ろうと、何年もかけて肥料や落ち葉などで改良してきたのが今のラザフォード領の土らしい。
祖先達がひたすら努力したお陰で、これでも昔よりも野菜の栽培が出来るようになったのは有難いが、痩せた土地を改良している為どうしても収穫量が少なく、他の領地並みに採れるようになるには相当長い時間がかかるという分析結果になってしまった。
そこでやはり今後も農作物の輸入に頼らざるを得ないと言う結論に至った訳だが、コレラ騒動で北部から買えなくなった野菜と、フェリシテの父親の策略で格安で輸入できなくなった小麦をどうするかが目下の問題になっていた。
ノアゼット領の小麦については緊急に父親の補佐官に連絡して調べたのだが、倉庫に積み上がっていた古い小麦を支援と言う名目で一掃輸送し、ラザフォード側には『支援の為に、うっかり全部送ってしまった』と言って、新しい小麦を定価で販売しようと企んだらしい。
急に他領から輸入できないだろうから、頭を下げて買いに来ると思っている様だ。
相変わらずセコい父親に頭痛がする。
「そうですね……お恥ずかしい話、実家のノアゼット領には頼れないので、近場のスタリオン領に掛け合おうかと考えています」
ノアゼット産小麦は高級品なので、安価な小麦を購入できる所があれば良いのだが。
近い場所で作物を大量に輸入できる所と言ったら、ノアゼット領以外はスタリオン領しかない。
遠いと輸送費が掛かるし、野菜も腐敗してしまう。
スタリオン領は大きな港があり、さらには蒸気機関車も走り、近年、急激に発展してきた領地だ。
お隣のガイル領主と何やら因縁がありそうだが、他に選択肢が無いのが辛い所だ。
妹の婚約者交換から始まる騒動でノアゼット領と揉めている事を説明すると、博士達はフェリシテに同情して慰めてくれた。
「はあ……ヒューイット君と別居している様子なのが不思議だったんだが、そういう訳でしたか」
「フェリシテ嬢も苦労されてますねえ。では、ご実家には頼れないと言う訳ですね……」
「まあ、でもラザフォード領に来れて良かったです。きっかけはあれですが、ヒューイット様は優しいし、こちらに来てから楽しいですよ」
実家に居たら遊び歩く父親と妹の世話と執務で仕事漬けになっていたはず。
考えてみると、ラザフォードへ嫁いで良い事ばかりではなかろうか?
そう思っていると、博士達はホッとした様子だった。
「私達もラザフォード領が大好きですよ。なので一つ忠告なのですが、スタリオン領から小麦を輸入するのは止めたほうが良いです」
先程までニコニコしていたシンクレアの表情が曇る。
珍しく深刻な雰囲気に、フェリシテは只ならぬものを感じて聞き返した。
「それはまた……何故ですか?」
一番取引がしやすいと見込んだスタリオン領を、選択肢から外すのは痛い。
だが、何か理由がありそうだ。
「実はスタリオン領とノアゼット領の隣、ゲインズ領の領主が私の学生時代からの友人なんです」
シンクレアの話にフェリシテは目を見開いて驚く。
「えっ?ゲインズ領と言うと、隣接するサロワ領と紛争が起きている領地ですよね?」
ゲインズ領は先代の時代から隣のサロワ領と境界争いを起こしており、かなり評判が悪い領地だ。
紛争の原因はゲインズ領がサロワ領の鉱山を狙って、半世紀前に戦争を仕掛けたのが長引いていると聞く。
今は小競り合い程度で戦争はしていないが、領境で時々、銃撃戦が繰り広げられているのが新聞のニュースになっている。
ゲインズ領主が社交界に姿を現さない為どんな人物かあまり知られていないが、一方的にサロワ領に喧嘩を売っている物騒な人物だと憶測が広がっていた。
評判の悪いゲインズ領主とマイペースで愉快なシンクレアが友人同士とは、ちょっと信じられない組み合わせである。
フェリシテが戸惑っていると、シンクレアはしょんぼりと肩を落とした。
「……実は紛争なんて起きていないんだ。いや、起きていないと言うのは正確じゃないですね。確かに先代の時代は仲が悪かったらしいが、最近の小競り合いで、どうも妙な事が分かってきました。実際のゲインズ領の領主は温厚で、争いが苦手な穏やかな平和主義者なんです。学生時代は私と同じ植物学を学んでいた、実に人の好い人物なのですよ」
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なかなか訂正できずに時間が経っておりました。申し訳ありません。
教えて下さった方に感謝です**




