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 頭を切り替えた翌日。


 スッキリした気分で目覚めたフェリシテを待っていたのは、予想外の客だった。


「オーストルジュ伯爵家から、フェリシテ様へ贈り物でございます」


 昼下がりに訪ねて来た立派な荷馬車の商人は、騎士服姿のフェリシテに怪訝な表情を浮かべたものの、一瞬でそれを抑え込んで、丁寧におじぎした。


 どうやらカシアンの両親が結婚祝いを送って来たらしい。

 公表されないフェリシテの結婚だったので、誰からもお祝いをもらっていなかったのだが、カシアンの両親が気を遣ってくれたのだろう。

 お祝いと言うよりお詫びを兼ねているのか、大量のプレゼントが荷馬車に山積みにされていた。

 

 馬車に掲げられた紋に〈ローゼル商会〉と名が入っている。

 わがヴェルファイン王国の男爵位にある、エドアール・ローゼルが会長を務める有名な大商会だ。

 取り扱う品は国内外を問わず、高品質なものから珍品まで様々だが、上級貴族御用達として他商会と一線を画している。

 そんなところから、店を買い上げたのかと見まごうばかりの高級品を贈られて驚くと共に、感謝で涙が出そうになった。会ってお礼を言いたいが、難しいだろう。……そう思うと少し切ない。


「よろしかったら、お茶でもどうぞ」


 フェリシテの私室の三分の一を埋め尽くすプレゼントを運び込んだ商人達をねぎらい、フェリシテはリーダーと思しき人物とその部下三人を、応接室に招いてお茶を出した。

 昨日、市場で茶葉を買っておいて正解だった。

 客が来るのは想定していなかったが、まさかすぐ役立つとは。


「……失礼ですが、奥様ですよね?フェリシテ・ラザフォード様でお間違いないですか?」


 フェリシテ自らがお茶を入れたのを見て、商人達が目を白黒させる。


「ええ、間違いなく、私がフェリシテです」


 応接室に彼らを通すまで、駆け付けた使用人は馬番のベンジャミンのみ。

 給仕をするメイド達は客に気付いてもやって来なかった。

 ベンはフェリシテの馬の世話をするしてくれているので自然と親しくなったのだが、他の使用人とは疎遠なままだ。

 

 商人の男性は逡巡した後、再びためらいがちに口を開いた。


「あの、フェリシテ様はノアゼット伯爵家のご長女様とお見受けいたします。ご挨拶がおくれましたが、この度はご結婚、おめでとうございます」


 結婚を祝っていいのか迷った様子の商人達に、フェリシテは苦笑を返す。


「ありがとうございます。こちらに来て間もないので勝手がつかめず、十分なおもてなしが出来ずに申し訳ありません」


 お茶だけでは寂しい気がするーー

 二階の私室まで何往復も荷物を運んでもらったため、疲れただろうとフェリシテは少し考えた後、すっとソファから立ち上がった。


「あの、皆様、各地を回られて美食に慣れていらっしゃるので、お口に合うか分からないのですが……良かったら、午前中に焼いたお菓子がありますのでお持ちしますね」


 *


 ーーーー俺達は、何を見せられているんだ?


 両親が揃って病で亡くなり、十五歳から商人の世界に飛び込んではや九年。

 世界中を踏破し、栄光あるローゼル商会の小旅団長となって様々な人や物を見て来た。

 未開の地の少数民族や世界中の王族とも交流し、珍しい物や奇異な物にも多く触れ、多少の事では動じることは無いと自負していたのだがーーーー


 現在、ローゼル商会 小旅団長 ルマティ・キリング 二十四歳は大いに動揺していた。


 ちらっと醜聞を耳にしていた、婚約者を妹に寝取られたと噂の、元ノアゼット家令嬢、現ラザフォード家夫人の元へ、内心、興味津々でやって来た。

 初対面では騎士服を着ていたのに驚いたが、見た目は特に目を引くものの無い、中の中のお嬢様なのだが、少々変わっているなと思った程度だった。


 しかし、テーブルに並べられた計10皿の菓子を前に、ローゼル商会のルマティ、およびその部下三人は、今、取りつくろうのも忘れ唖然としていた


「ええと、説明させていただきます」


 そう切り出したフェリシテは、柄違いの皿に盛られたサブレを手で示した。


「こちら、バターサブレクッキー二種でございます。花柄模様の皿のほうは国内でよく使用されるノアゼット産小麦百パーセントで作られています。そして」


 フェリシテが同じくサブレが載った別の皿を指す。


「こちら、オリーブの葉模様の皿の方は、わがラザフォード産小麦百パーセントのサブレです。この二つは屋敷のシェフが同じ製法で作り、焼いたものになります」


「????」


 同様に二皿ずつ、パウンドケーキ、揚げ菓子、タルト、フロランタンと紹介が続く。

 そして全てを説明したところで、フェリシテが状況が飲み込めないでいるルマティ達に気付き、説明を付け足した。


「失礼しました。昨日たまたま産地の違う小麦粉が手に入ったので、このふたつの小麦粉はどこまで特色が異なるのか?を知りたくて調査していたのです」


「ーーーー調査」


 大真面目なフェリシテを前に、四人の商人達の開いた口がふさがらない。

 前代未聞の展開に戸惑うルマティへ、フェリシテがそっとサブレののった二枚の皿を差し出す。


「正直な感想をいただければ嬉しいのですが」


 ちょっと期待のこもった眼を向けられ、ルマティ達は困惑しつつも、深く考えるのは止め、見た目はそっくりなサブレを、右にノアゼット産、左にラザフォード産を各一枚ずつつまみ、思い切って交互に口の中に入れてみた。


「⁉」


 たいして違わないだろう。

 という予想を裏切られ、ルマティ達の表情に驚愕が走った。


 ノアゼット産はよく食べ慣れた味で普通に美味しかったのだが、ラザフォード産は全く違っていた。


「ーーこれは好みが分かれるかもしれませんね。歯ごたえや口溶けなどが全く異なる」


 ルマティが感嘆の声を上げると、部下たちも声を揃えて驚きを表した。


「ラザフォード産の方がサクサク感や口の中でホロッと溶ける感じが強いですね」

「ノアゼット産は香りや風味が濃くて、少し重めのザックリした歯ごたえと舌でとろける感覚がします」

「へえ、これがパウンドケーキだと、ラザフォード産はパサついてボソボソするのか」


 部下の一人がさっさと次の皿に手を出し、面白そうに感想を述べる。

 あまりに正直に口に出したため、すぐに、しまった!という顔をしたのだが、フェリシテは機嫌を損ねるでもなく、いつの間にか素早く握っていたペンで真剣にメモを取っていた。


「いえ、どうぞ。忌憚のない意見で参考になります」


 これまで何百と言うおもてなしを受けて来た。

 だが、こんなユニークなティータイムがあっただろうか?


「実は、私のおススメはこれ!このフロランタンなんですよ。ラザフォード産クルミとヘーゼルナッツをキャラメリゼした一品なのですが、下の生地がラザフォード産だとサックリして軽く香ばしい歯ごたえになり、何個でも食べれてしまいそうな美味しさなんです……!」


 熱いプレゼンを挟みながら、世にも奇妙なティータイムはその後、意外な盛り上がりを見せ、数時間にも及んだのだった。


 






*ヴェルファイン王国では、旅団はギルドに所属している商団にも使われています。

 小旅団は12人、中旅団は小旅団10組、大旅団は中旅団10組になります*

 

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