76. 領地視察が始まりました2
「……正直、俺、奥様からローレンス様へクラバットピンが贈られたって聞いて、もしや何かの間違いでローレンス様に惚れて、愛人にでもしたいのかと思っちゃったんですよねー!」
部下の中で最年少の少年が、あっけらかんと笑いながら恐ろしい事を口にする。
「あっ、俺も思いました!」「オレも!」次々に5人の部下達全員が手を挙げて、ローレンスは飛び上がった。
「奥様がもしかして筋肉好きで、脳筋なローレンス様が好みのタイプなのかと……アッ、アタタタッ!ローレンス様、ごめんなさい~‼」
部下のこめかみに拳を当ててグリグリお仕置きするローレンスの額に青筋が浮かんでいるのを見て、部下達が慌てて謝罪する。
「はあ、本邸でそんな面白い事になっていたとは――しかし、ご期待に沿えなくて申し訳ありません。筋肉に思い入れは無くてですね、取り敢えず、旦那様はヒューイット様おひとりで間に合っております」
あっさりとフェリシテが答え、ローレンスは疲労を覚えて脱力した。
「それ、皆の前で言ってくれ……ヒューイット様から後でお礼が届くらしいから、キッチリ返事を書いてくれよ。本当にフェリシテ嬢の金銭感覚はどうなってんだか。贈り物は有難いけど、俺や補佐官に礼はいいから、ヒューイット様にだけ贈ってくれ。あんな高額なプレゼントのやり取りはパートナー限定にしないと、周囲から誤解されまくる」
「すみません。本来はアメジストの中に内包物が入っていると、クズ石と見なされて捨てられるんです。だから、工房で注文するのに苦労したでしょう? でも、磨くとスター効果が出そうだなとピンと来たので、無理矢理オーダーしたんですよね。かなり珍しいので、きっと今後高額の値段がつきますよ。巻き込んだお詫びなので受け取って下さい」
そうだったのかと、ローレンスが納得する。
これで、本邸の皆の誤解も解けるだろうと思うとホッとする。
「お金の件に関しては、ご心配なく。来月にはヒューイット様からお借りした資金返済も可能になります……ミョウバン水と、これのお陰で……!」
どん!とテーブルにフェリシテがボトルを置き、ローレンスと部下達の目が点になる。
一瞬、ミョウバン水の瓶かと思ったが、それより容量の大きいラザフォード領の特産品になっているシードルの瓶だと気付いた。
「……これって、シードルだよな?」
ローレンスが、珍しくも無いシードルの瓶を見せられて困惑していると、フェリシテはイイ笑顔を浮かべて首を振った。
「いいえ、これはお見舞いに行った使用人の家で作られていた蜂蜜酒なんです……! そのままでも美味しいんですが、富裕層の好みに合わせ、濾過して味をクリアにし、開花したマツリカの花でほのかな香りをつけました。ヴェルファイン王国ではマツリカは非常に珍しいですし、その香りは原産地では媚薬効果があると言われているんですよ――その名も“夜の女王”」
なんと、ローリーの亡くなった父親が代々蜂蜜酒を造る家系だったそうで、技術が無くなるのを惜しんだローリーの家族で細々と毎年蜂蜜酒を造り続けていたらしい。
ずいぶん家が大きいなと思っていたら、屋上で養蜂を行い、納屋には採取した蜂蜜と熟成樽が置いてあったのだ。
昔は村祭りで飲まれていたらしいが、蜂蜜は少量しか採れないので、地域の人口が増えるにつれ段々と大量生産できるエールやシードルに押されて廃れてしまい、今では家族だけで飲んでいたのだと言う。
ローリーの家で蜂蜜酒をご馳走になったフェリシテは、これはイケる!と直感し、蜂蜜酒を買い取った。
何しろ貴族や富裕層は伝統と珍しい物が大好きだ。
古代から続く幻のお酒に、東方の媚薬の香りときたら、王都の貴族・富裕層達の興味を惹かないわけがない。
「そして、蜂蜜酒だけ売るのは芸が無いですから、ラザフォード領の特産品を吟味して、熟成ヤギチーズとローストナッツ、羊の干し肉等も併せて販売する事にしました。ナッツにはバターの風味をつけ、干し肉は軽く燻製にして香りを良くしまして。蜂蜜酒と干し肉の組み合わせが特に受けて、ローゼル商会のツテで口コミ販売したんですが、限定100本が3日で完売です。もっと欲しいとご要望頂いてるんですが、ラザフォード内で蜂蜜酒と良い酒肴を造っている方がいたら、ご紹介してもらえませんか?」
「はあ⁈」
唐突なお願いに、ローレンスの開いた口が塞がらない。
いきなりフェリシテから大量注文が来たエインワース市場では、普段の倍近いプレミアム価格がついた事で大混乱に陥っていた。
もちろんローリーも、樽ごと蜂蜜酒を高額で買い取られて放心していた。
「お願いします。お礼に、部下の方から注文されていたミョウバン水を大サービスしますので!」
「へ……?ミョウバン水の注文?何それ……⁈」
熱心にフェリシテに詰め寄られて、呆然としていたローレンスが聞き咎める。
すると、部下達が浮かれた様子で「やったー!」と無邪気に手を取り合って喜んだ。
「視察で長時間馬に乗るから、奥様にミョウバン水を分けてもらえないか、お願いしてたんですよー!」
「ローレンス様の分も欲しいか尋ねられたんで、絶対欲しいと思いますってお伝えしときました!」
――――なん、だと…………?
知らない間に繰り広げられていた部下とフェリシテの会話に、ローレンスの動きが止まる。
……いや、俺はインキ○でも水虫でもないんだが――――⁉
慌てて訂正しようとしたローレンスだったが、フェリシテの暖かい慈愛に満ちた眼差しに、うっ、と言葉を詰まらせる。
「――大丈夫ですよ、長時間の蒸れもサラッサラの快適になりますから……! 因みに今回お渡しするのは、携帯用の渾身の改良版、希釈しなくてもすぐに使えて圧倒的便利!“そのまま使えるお手軽ミョウバン水・携帯用2号”で、更に使いやすくなりました……! 皆様にご満足いただけるいただける品の追及に命を懸けてます!」
「命を懸けるところが完全に間違ってるだろ‼」
ローレンスが突っ込むと、フェリシテは真顔で「そうなんですが」と肯定した。
「実は、ローゼル商会経由でミョウバン水のご利用者から最近お便りが届いてまして。――王宮勤めのAさんから『彼女の前でブーツを脱ぐ勇気が持てました!』と言う喜びの声が。匿名希望のさすらいの騎士様からは『遠征で風呂に入らなくてもテントの中が臭くならなかった。また購入する』と言うご満足の声が。騎士の奥様Sさんからは『あんなに気になっていた台所の排水溝の臭いが気にならなくなりました!今度はお手洗いの臭い消しに、もう一本買おうと思います!』と言うありがたい声を頂いて、感動しまして。――そして先日発売したばかりの携帯用ミョウバン水が、ついに騎士団から公式にダース単位でご注文を頂いてしまったんですよ……!これは期待に添わねば!と、張り切ってしまいました」
「奥様、素晴らしいです!」
「僕たちの希望の星です……!」
「なんという献身……感動しちゃいます!」
拍手喝采するノリのいいローレンスの部下達である。
彼らも一応、ラザフォード騎士団所属の騎士なので、王宮勤めの騎士たちの気持ちが痛い程理解できるのだ。……特に『彼女の前でブーツを脱ぐ勇気が持てました』と言うお便りに、彼らはとてつもない親近感を覚えた。
――こうして、フェリシテから大量の“そのまま使えるお手軽ミョウバン水・携帯2号”を貰ったローレンスは、はしゃぐ部下達を引き連れて、次の視察先へ向かったのだった。
*余談です: 皆様ご存じでしょうか?
商品のネーミングで思い出しました“インドジンウソツカナイ“唐辛子の存在を。
何と、生で食べる唐辛子との事。
“インドジンウソツカナイ”をつまんだ手で目鼻を触らないで下さいと言う注意が
なされる程の戦闘力の高い辛さ。
インド人も納得の辛さだそうです。 by トキタ種苗様
ネーミングセンス抜群のトキタ種苗さんが素敵過ぎます。(*´艸`*)
(思いっきり雑談で失礼しました*)




